インスリン治療の実際 ~前編:インスリン分泌を知る~
はじめに
血糖値のマネージメントのためにインスリン治療を開始した際に、顔や身体の浮腫みを訴える方がいらっしゃいます。頻度は多くありませんし、ほとんどのケースは短時間で改善しますので、過度な心配は必要ありません。しかし、浮腫が起こることで、インスリン注射に対してネガティブなイメージを持たれてしまうケースもありますので、今回はインスリン注射による浮腫について考えてみたいと思います。
インスリン浮腫
インスリン注射による浮腫が最初に報告されたのは、インスリンが製品化されてから、5年後の1928年です(JAMA .90(8): 610–611,1928)。その後も、インスリン注射開始後の浮腫の報告は散見されており、「インスリン浮腫」と呼ばれています。
インスリン浮腫は、インスリン注射に伴う稀な副作用であり、もし浮腫が出現しても、インスリン注射開始後数日程度で消失することが多いと報告されています(Diabetes Care.16(7): 1026-8.1993, Am J Hypertens.7(5): 474-7.1994)。
インスリン浮腫の原因
現時点で完全には解明されていませんが、幾つかの機序が考えられています。
- インスリンが腎臓に直接作用しNa(ナトリウム)の尿中排泄を減少させるため(J Clin Invest.55(4): 845-55.1975)
- インスリンの血管壁透過性亢進作用による蛋白漏出や膠質浸透圧の低下のため(糖尿病 .50(12): 859–863.2007)
- インスリン使用により、グルカゴンが低下することでNa(ナトリウム) 利尿作用が減弱し、浮腫が出現する(Am J Hypertens.7(5): 474-7.1994)
インスリン浮腫が起こりやすい状況とは
インスリン浮腫の発症例(8例)をまとめた報告では、発症時の年齢、病型、罹病期間は様々ですが、HbA1cが著明に高値(全症例で、HbA1c 11 %以上)であるとい特徴があるようです。また、8例中5症例で、糖尿病性ケトアシドーシスあるいはケトーシスの治療後にインスリン浮腫を起こしていました。インスリン浮腫の出現時期は、インスリン使用後7~14日程度と報告しています(村前直和ら、第52回日本糖尿病学会近畿地方会,「整形外科の術後にインスリン浮腫が疑われた1例」)。
また、自律神経障害を合併している場合にインスリン浮腫が起こりやすくなることや浮腫が遷延するケースがあることや、治療後有痛性神経障害にインスリン浮腫が併発しやすいことも報告されています(糖尿病29(8): 755–760, 1986, 糖尿病 50(9):695-701, 2007)。
まとめ
- インスリン治療による浮腫はインスリン作用の理論的にも起こりえますが、多くはすぐに改善します。
- ただし、自律神経障害があるような場合には、浮腫が遷延する場合もあります。
- 臨床的には、長期間高血糖にさらされている方で、神経障害が進行している場合に、インスリン治療により急激に血糖値を下げる場合には注意が必要となります(治療後有痛性神経障害と同じような症例)。
インスリン治療が必要な方にとって、生命の維持や全身状態の改善のために、インスリン注射は欠かせないものです。インスリン浮腫は、まれに起こりえる副作用でありますが、マネージメントできますし、多くの場合は短期間で回復します。高血糖状態が続いているような方は、過度に恐れることなく、身体にとって最適な治療方法を選択していただきたいです。