昨日の自分が、一番の他人になる。
フィンランドのバスには、
運転手さんの運転やサービスがよかったときに押す
「いいね!」ボタンがある。
……という話を見ました。
へぇ〜。
SNSのなかじゃなくて、
バスの中に「いいね!」がある。
しかも、
「この運転手さん、よかったよ」
を、その場で伝えられる。
なんだかいい。
日本だったら、
降りるときに「ありがとうございました」と言うくらい。
「ありがとうございました」は、意外と効いている
バスでもタクシーでも、
降りるときには「ありがとうございました」と私は伝えます。
タクシーなら、
小さな缶コーヒーを一本渡すこともあります。
すると、
運転手さんがちょっと嬉しそうにする。
その顔を見て、
こちらも悪い気はしません。
むしろ、ちょっと嬉しい。
ここで、
「誰かを喜ばせるって素敵ですね」
で終わると、ものすごくいい話。
……でも。
私はそんなに純粋ではありません。
機嫌のいい運転手さんに乗せてもらったほうが、私も乗り心地が良い。
運転も気分に左右される。
だからこそ、
運転手さんの機嫌がちょっと良くなる。
すると、
その後の運転も気持ちよくなるかもしれない。
次に乗るお客さんも、
ちょっと気持ちよく過ごせるかもしれない。
もしかしたら、
その人がまた誰かに優しくするかもしれない。
その日一日、
ちょっと機嫌よく過ごせたら、
いつもならイラッとするところで、
ひと呼吸できるかもしれない。
そして、
また誰かを大切に扱う。
そういうことが、
あちこちで少しずつ起きたら。
事故やトラブルだって、
もしかしたら減るかもしれない。
すると、
タクシードライバーが減ることもなくなる。
そうなったら。
巡り巡って、私がタクシーを捕まえる苦労が減る。
……なんということでしょう。
私の缶コーヒー一本が、
最終的に自分のタクシー待ち時間に返ってくる。
機嫌は、意外と乗り物です
誰かの不機嫌って、
本人だけの問題じゃありません。
職場でもそう。
ひとり機嫌が悪いと、
なぜか周りまで静かになる。
誰も何もしていないのに、
空気だけが重い。
逆に、
誰かがちょっと機嫌よくしていると、
その場の空気まで軽くなる。
機嫌って、感染力がある。
しかも、不機嫌の威力は侮れない。
送料無料なのに感染力高し。
本人は一円も払わず、
周囲に配ります。
だったら、
いいほうを私は感染させたい。
そして循環させたい。
親切は「元の相手」に返さなくてもいい
何かをしてもらったら、
「恩返しをしなきゃ」と思うことがあります。
もちろん、それもいい。
でも、必ずしも同じ相手に返さなくてもいい。
誰かからもらった優しさを、
次の誰かに渡す。
その人が、
また次の誰かに渡す。
そうやって、
少しずつ回っていく。
フィンランドのバスに
「いいね!」ボタンがあるという話も結局は同じ。
「よかったよ」
「ありがとう」
「助かったよ」
そういうものを、
ちゃんと相手に渡す。
日本では、
褒めるより先に、
「あれはダメ」
「ここが悪い」
と言うほうが、
めちゃくちゃ得意だったりします。
人生の減点方式評価制度。
毎日、採点されているような社会って、そりゃ疲れます。
だから、
私は「いいね!」を押す代わりに、
「ありがとうございました」と言う。
たまには、
缶コーヒーも渡す。
別に、
聖人君子になりたいわけではありません。
ただ、自分がちょっと気分よく過ごしたいだけ。
そして、
その「ちょっと」が
誰かのところへ回っていけばいい。
相手が嬉しい。
自分も嬉しい。
その結果、
次の誰かまでちょっと気分がいい。
それが一番安上がり。
そして十分すぎる。
どうせなら、腹黒く親切に
親切って、
完全に無償じゃなくてもいいと思うんです。
自分も得する。
相手も得する。
ついでに、その先も得する。
親切なんて、
そのくらいでいい。
むしろ、
ちょっと腹黒いくらいのほうが長続きできる。
自分が一方的に我慢する親切なんて、
そのうち嫌になりますから。
どうせなら、
自分も気分よくなる方法を選ぶ。
そして、
もらったものを、
自分のところで止めない。
フィンランドのバスに
「いいね!」ボタンがあるなら。
私は今日も、
降りるときに言います。
「ありがとうございました。」
……ボタンよりアナログ。
でも、
こういうアナログが、
案外あなどれない。
親切は、ちょっと腹黒いくらいがちょうどいい。



