【カスハラ対策】カスハラが刑事事件になる線|義務化で通報が増える構造

若井亮

若井亮

テーマ:不当要求

 店や窓口で強く苦情を伝えた後に「警察を呼びます」と言われた、あるいは実際に警察官が来た。そうした経験から、「カスハラで逮捕されることはあるのか」と調べる方が増えています。

 結論から申し上げると、カスハラという名前の犯罪はありません。刑事事件になるのは、言動が暴行・脅迫・強要・業務妨害などの罪の要件に当てはまる場合です。ただ、2026年10月1日から事業者にカスハラ対策が義務づけられ、国の指針には「犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する」という対処が書き込まれました。罪の線そのものは動いていませんが、線を越えたときに通報される可能性は、仕組みのうえで高まっていくと考えられます。

 この記事では、カスハラと犯罪の線がどこで分かれるのか、義務化によって何が変わり、何が変わらないのかを整理します。苦情を伝える側の視点を中心に、事業者の側から見た位置づけにも触れます。

本記事は2026年9月10日時点の内容です。改正労働施策総合推進法の施行(2026年10月1日)より前に執筆しており、指針の運用や解釈は、今後公表される資料によって補われることがあります。


「カスハラ罪」という犯罪はない

カスタマーハラスメントは、労働施策総合推進法の改正によって定められた概念です。この法律が義務を課しているのは事業者で、言動をした顧客に対する罰則は置かれていません。2025年4月に施行された東京都のカスタマー・ハラスメント防止条例も、行為者への罰則を設けていません。

 したがって、ある言動が「カスハラに当たる」と評価されても、それだけで刑事手続が始まるわけではありません。刑事事件になるかどうかは、刑法などに定められた個々の罪の要件に当てはまるかどうかで決まります。国の指針も、この区別を前提にしています。警察への通報が挙げられているのは「暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動」についてであり、カスハラ全般を通報の対象にしているわけではありません。

線は2本あり、その間に広い領域がある

苦情を伝える行為には、2本の線が引かれていると考えると整理しやすくなります。1本目は、正当な申入れとカスハラを分ける線です。指針は、社会通念上許容される範囲で行われた苦情を「正当な申入れ」として、カスハラに当たらないと明記しています。2本目は、カスハラと犯罪を分ける線です。

領域事業者側で想定される対応刑事手続との関係
正当な申入れ事実を確認し、必要に応じて説明・謝罪・補償を行う関係しない
カスハラに当たるが犯罪には当たらない対応の打ち切り、警告文、出入り禁止、仮処分など原則として関係しない
犯罪にも当たり得る警察への通報、被害届捜査の対象になり得る


 真ん中の領域への対応は、事業者と顧客の間の問題として処理されます。取引や来店を断られることは刑罰ではありませんが、苦情を伝える側にとっては不利益の大きい結果です。出入り禁止の手順については、「出入り禁止」を告げてよいか|サービス提供を断るときの手順で扱っています。

指針が挙げる言動の型と、重なりうる罪名

指針は、手段や態様が社会通念上許容される範囲を超える例として、身体的な攻撃、精神的な攻撃、威圧的な言動、継続的・執拗な言動、拘束的な言動を挙げています。これらの型と刑法上の罪は一対一では対応していませんが、重なりやすい組み合わせを目安として示すと次のようになります。

指針が挙げる言動の例重なりうる罪名犯罪として検討されるときの主な条件
殴る、物を投げつける、つばを吐きかける暴行罪、傷害罪人に向けて力を加えること。けががあれば傷害罪
害を加えるとほのめかして脅す脅迫罪生命・身体・自由・名誉・財産に対する害の告知
土下座や謝罪文を強いる強要罪脅迫や暴行を手段に、義務のないことをさせる
返金や値引きを脅して迫る恐喝罪脅迫や暴行を手段に、金銭などを交付させる
大声で威圧し、業務を止める威力業務妨害罪業務を妨害するおそれのある状態を生じさせる
退去を求められても居座る不退去罪退去を求められた後も、とどまり続ける
中傷や名誉を傷つける内容をSNSに投稿する名誉毀損罪、侮辱罪不特定多数が見られる状態であること。告訴が必要


 表から分かるとおり、犯罪として検討されるときに問われるのは、主に要求の「中身」ではなく「手段」です。高額な賠償を求めた、同じ質問を何度も繰り返したというだけでは、多くの場合、犯罪の要件には当たりません。反対に、求めた内容に一定の理由があっても、手段次第で罪が成立し得ます。最高裁も、義務の履行を求める場合であっても、手段として用いた脅迫が社会通念上受忍すべき限度を超えれば強要罪が成立し得ると判断しています(令和5年9月11日判決)。罪名の違いは、恐喝・強要・脅迫はどう違うのか|言い方で罪名が変わるで詳しく扱っています。

 また、大声を出したことだけで直ちに業務妨害とされるわけではなく、その場の状況から成立を否定した裁判例もあります。なお、名誉毀損罪と侮辱罪、物を壊した場合の器物損壊罪は、被害者の告訴がなければ起訴できない罪です。

義務化で通報が増える構造

刑法は変わっていないのに、10月以降に警察が関わる場面が増えると考えられるのは、指針が事業者に求める体制の中に通報が組み込まれているからです。

指針は通報を3つの場面に書き込んでいる

指針を読むと、犯罪に該当し得る言動を警察へ通報することが、次の3つの箇所に挙げられています。

  1. あらかじめ定めて従業員に周知しておく対処の内容の例(その場の対応)。
  2. 被害を受けた従業員への配慮として講じる措置の例(事後の対応)。
  3. 特に悪質なものへの対処方針の例(抑止のための備え)。


 このうち3つ目の対処方針をあらかじめ定めて周知し、対処できる体制を整えることは、事業者が講じなければならない措置の1つです。通報をどう扱うかを、起きる前に決めておく仕組みになっています。

判断が現場の個人から組織に移る

これまでは、店員が警察を呼ぶかどうか迷い、「お客様相手に大ごとにしたくない」と見送る場面も少なくなかったと思われます。指針は、可能な限り従業員を一人で対応させないことや、報告を受けた管理監督者等がその場で対応することを、対処の例に挙げています。どこで通報するかが事前に決まり、判断する人が1人ではなくなれば、迷いによる見送りは減っていくと考えられます。

記録と証人が残りやすくなる

指針は、やり取りの録音・録画や、事案と対応経緯の記録を挙げています。複数人で対応すれば、その場を見ていた人も増えます。本社や本部に情報が共有されれば、別の店舗や別の日の言動がつながって見えることもあります。通報されたときに、やり取りが記録として残っている可能性は、以前より高くなると考えておく必要があります。

変わらないもの

罪の要件は刑法に定められたままで、義務化によって処罰の範囲が広がるわけではありません。厚生労働省の解釈資料でも、改正法は事業者に新たな法的権限を設けるものではないと整理されています。通報を受けてどう動くかは警察が、起訴するかどうかは検察官が判断します。

通報された後の分かれ道

警察官が駆けつけた場合でも、その後の流れはさまざまです。

  • 双方から事情を聞かれ、その場で収まって終わることがあります。
  • 警察官から注意や警告を受け、退去を促されることがあります。
  • 警察署で任意に事情を聞かれることがあります。
  • 暴行など目の前で起きている犯罪については、現行犯として逮捕されることがあります。
  • その場では帰されても、後日、被害届を受けて捜査が始まり、呼び出しを受けることがあります。


 後日の捜査は、身柄を拘束されないまま進むこともあれば、逃亡や証拠隠滅のおそれがあると判断されて逮捕状による逮捕に至ることもあります。脅迫罪・強要罪・業務妨害罪・不退去罪の公訴時効は3年、恐喝罪は7年であり、「その場で帰されたから終わった」とは限りません。

 もう1点押さえておきたいのが、誰が被害者になるかです。業務妨害や不退去では店や会社が、暴行・脅迫・強要では言動を向けられた従業員個人が被害者となるのが通常です。被害届の名義や、謝罪・示談の相手も、これに応じて変わります。

苦情を伝える側が線の手前で止まるために

苦情の中身に理由があるときほど、伝え方で立場を損なわないことが大切です。次の点を意識するだけでも、2本目の線からは距離を取れます。

  • 退去を求められたら、いったんその場を離れ、改めて書面や窓口で伝えます。
  • 手を出したり、物に当たったりしません。
  • 「〜しなければ〜する」と、害を加える内容と要求を結びつけません。
  • 求めるのは返金、交換、説明など、取引の中身に関わることにとどめます。
  • 従業員個人の名前や写真、評判に関わる内容をSNSに出しません。


 店の対応に納得がいかない場合は、本社や本部の窓口に書面で伝える、消費生活センター(消費者ホットライン188)に相談するといった経路もあります。

警察から連絡が来た・通報されたとき

すでに警察が関わっている場合は、次の点に気をつけてください。

  • 被害者とされる従業員に、直接連絡を取らないこと。
  • 経過を時系列で書き出し、言ったこと・したことを記憶のまま残しておくこと。
  • 呼び出しの日時に都合がつかなければ、調整を相談すること。
  • 謝罪や弁償の申し出は、会社の窓口や弁護士を通じて行うこと。


 従業員個人への連絡は、謝罪のつもりであっても、受け取る側には圧力と感じられることがあり、それ自体が別の問題として扱われるおそれもあります。自分の言動が表のどの罪に当たるのか、当たらないのかの見立ても含めて、早い段階で弁護士に相談しておくと、取れる選択肢を確認しやすくなります。

事業者の側から見た通報の位置づけ

事業者にとって通報は、相手を処罰させるための手段である前に、その場の危険を止め、従業員の安全を確保するための手段です。差し迫った危険があれば110番、急を要しない相談であれば警察相談専用電話(#9110)という使い分けがあります。

 同時に指針は、消費者の権利や障害を理由とする合理的配慮の求めに留意すること、事業者側の不適切な対応が言動の背景になっている場合もあることを明記しています。通報の基準は「犯罪に該当し得る言動」という指針の言葉に沿って定め、正当な申入れまで通報で封じる運用にならないようにしておくことが、後の紛争を避けることにもつながります。1本目の線の読み方は正当なクレームと悪質クレームの線引き|「社会通念上許容される範囲」とはで、義務の全体像は【2026年10月施行】カスハラ対策が義務に|アルバイト1人の店も対象ですで整理しています。

よくあるご質問


「カスハラだ」と言われました。それだけで逮捕されることはありますか。

カスハラという評価だけで逮捕されることはありません。逮捕は、罪を犯したと疑うに足りる理由があり、かつ逮捕の必要があると判断された場合に行われるものです。ただし、指摘された言動の中に表で挙げたような罪に当たるものが含まれていれば、話は別になります。

10月1日より前の言動にも関係しますか。

罪の要件は以前から変わっていないため、施行日の前か後かで、犯罪になるかどうかが変わるわけではありません。変わるのは事業者側の体制であり、通報や記録の運用が整っていく時期と重なる、という関係です。

まとめ


  1. カスハラという犯罪はなく、刑事事件になるのは暴行・脅迫・強要・業務妨害などの罪の要件に当てはまる場合です。
  2. 苦情には、正当な申入れとカスハラを分ける線と、カスハラと犯罪を分ける線の2本があります。
  3. 犯罪として検討されるときに問われるのは、主に要求の中身ではなく手段です。
  4. 指針は、犯罪に該当し得る言動の警察への通報を、その場の対応・事後の対応・抑止の備えの3つの場面に書き込んでいます。
  5. 義務化によって処罰の範囲は広がりませんが、判断が組織に移り、記録が残りやすくなることで、線を越えたときに通報される可能性は高まります。
  6. 警察を呼ばれてその場で帰された場合でも、後日、捜査が始まることがあります。


 苦情を伝えること自体は、顧客としての正当な行為です。問題になるのは伝え方であり、線を越えたかどうかは、その場の感情の強さではなく、何をしたかという事実で判断されます。ご自身の言動が線のどちら側にあるのか迷う段階でも、経過を整理しておくことで見通しは立てやすくなります。

弁護士法人若井綜合法律事務所では、刑事事件・不当要求・男女トラブル・風俗トラブルに関するご相談を、全国から24時間受け付けています。ご相談の方法は、電話・メール・LINEからお選びいただけます。お一人で抱え込まず、まずは状況をお聞かせください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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