セクストーション(性的脅迫)に遭ったら|最初の1時間で決まること
「発注先の担当者から、うちの社員が毎回のように長時間問い詰められている」。事業者の方からのご相談で、こうしたお話をうかがうことがあります。その一方で、「自社の営業担当が取引先から『それはカスハラだ』と言われてしまった」というご相談も届くようになりました。
2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法では、カスタマーハラスメントへの対策が事業主の義務になります。この点を扱った解説の多くは「対象は消費者だけではなく、取引先も含まれる」と説明しており、その説明自体が誤っているわけではありません。ただ、相手が取引先の担当者である場面には、店頭でのやり取りとは違う事情がいくつも重なります。関係が続いていること、こちらが発注する側にも受注する側にもなり得ること、そして相手にも雇い主である会社があることです。
この記事では、指針が「顧客等」をどのように定めているのかを条項に即して確認したうえで、相手が取引先の担当者である場合に何が変わるのかに絞って整理します。義務の全体像、正当なクレームとの線引き、相談窓口のつくり方、就業規則への定め方については、それぞれ別の記事で扱っています。
「顧客等」の範囲は指針に書かれている
カスタマーハラスメントの定義は、改正労働施策総合推進法33条1項と、これに基づく指針に置かれています。指針は「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)といい、2026年2月26日に公布され、施行日から適用されます。
指針の冒頭は、対象となる相手を「顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者」と表し、これをまとめて「顧客等」と呼んでいます。取引の相手方は、顧客と並ぶ形で定義の本文に置かれています。
指針が挙げている六つの例
指針は「顧客等」の内容を説明したうえで、含まれる者として次の例を挙げています。
- 事業主が販売する商品の購入やサービスの利用をする者。
- 事業主の行う事業に関する内容等に関し問い合わせをする者。
- 取引先の担当者。
- 企業間での契約締結に向けた交渉を行う際の担当者。
- 施設・サービスの利用者及びその家族。
- 施設の近隣住民。
三番目に「取引先の担当者」が挙げられています。取引先が相手である場合を対象に含めるかどうかは解釈に委ねられているわけではなく、指針の文面に例として書き込まれている、という関係になります。
まだ取引が始まっていない相手も含まれ得る
指針は「取引の相手方」について、今後取引する可能性のある者も含む、と括弧書きで補っています。四番目の例に「企業間での契約締結に向けた交渉を行う際の担当者」が置かれているのも同じ趣旨です。
したがって、見積りの段階や商談の段階で受けた言動について、契約書を取り交わしていないから対象外である、という整理にはなりません。顧客についても、今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある潜在的な顧客が含まれると書かれており、取引の有無を入口の条件にしない立て付けが取られています。
「職場」は自社の店舗や事務所に限られない
もう一つ押さえておきたいのが「職場」の範囲です。指針は「職場」を、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所とし、通常就業している場所以外であっても業務を遂行する場所であれば含まれるとしています。
訪問先や打合せの場も入る
指針は具体例として、取引先の事務所、取引先と打合せをするための飲食店、顧客の自宅等を挙げています。取引先に出向いた先での言動は、自社の建物の外で起きたことであっても、「職場」の外で起きたから対象にならない、という整理にはなりません。訪問や常駐の多い業種では、この点が実務上の出発点になります。
電話やメール、インターネット上のやり取り
指針は、対面で行われるもののみならず、電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含まれると明記しています。施行通達(令和8年4月24日雇均発0424第2号)は、この「SNS等」について、自社が運営するものに限らず種類を問わないとしています。取引先とのやり取りは電話やメール、チャットが中心になることも多く、その形式ゆえに対象から外れる、という関係にはありません。
取引先が相手だと、判断の物差しに契約内容が加わる
三要件の二つ目である「社会通念上許容される範囲を超えた」言動について、指針は、言動の内容が契約内容からして相当性を欠くもの、又は手段や態様が相当でないものを指す、と説明しています。契約という言葉が判断の説明の中に出てくる点は、取引先が相手の場面では特に意味を持ちます。
指針の例示には企業間取引を思わせる項目がある
指針は、言動の内容が範囲を超える典型例として次の四つを挙げています。
- そもそも要求に理由がない、又は商品・サービス等と全く関係のない要求。
- 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求。
- 対応が著しく困難な、又は対応が不可能な要求。
- 不当な損害賠償要求。
二つ目には「契約内容を著しく超えたサービスの提供を要求すること」、三つ目には「契約金額の著しい減額の要求をすること」が具体例として添えられています。いずれも、消費者との場面よりも企業間の取引で問題になりやすい類型です。手段や態様の側では、暴行や物を投げつける行為、脅迫や人格を否定する言動、大きな声で威圧すること、同様の質問を執拗に繰り返すこと、長時間にわたる居座りや電話での拘束などが挙げられています。
経緯や関係性も考慮要素に入る
指針は、範囲を超えるかどうかの判断に当たり、言動の目的、経緯や状況、業種・業態、業務の内容や性質、言動の態様・頻度・継続性、行為者との関係性などを総合的に考慮することが適当だとしています。言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度も、この経緯や状況に含めて挙げられています。
あわせて指針は、事業主や労働者の側の不適切な対応が言動の原因や背景となっている場合もあることに留意する必要があるとしています。納期の遅れや説明不足がこちら側にあったという事情は、判断の外に置かれるものではありません。他方で、こちらに落ち度があれば手段や態様を問わない、という結論になるわけでもなく、指針は内容と手段・態様の双方に着目して総合的に判断することが適当だとしています。
| 場面 | 起きやすい形 | 押さえておきたい点 |
|---|---|---|
| 発注側の担当者から | 契約にない作業や当日中の対応を繰り返し求められる | 契約の範囲がどこまでかを先に確かめる |
| 受注側の担当者から | 条件の説明を求めた際に大声や長時間の拘束がある | 言われた内容と言い方の問題を分けて記録する |
| 契約締結前の交渉相手から | 条件に応じなければ不利益になるとほのめかされる | 交渉の段階から「顧客等」に含まれ得る |
| 常駐や出向先の関係者から | 自社の建物の外で継続的な言動を受ける | 訪問先も「職場」に当たり得る |
取引先との関係は、受ける側だけの話ではない
取引先が相手の場面には、消費者が相手の場面にはない特徴があります。自社の従業員が行為者の側に立つことがある、という点です。
自社の担当者が行為者になる場面
指針は、事業主の責務として、カスタマーハラスメントに対する労働者の関心と理解を深めるとともに、自社の労働者が他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をすることを挙げています。事業主自身と、法人であればその役員についても、他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うよう努めなければならないとされ、労働者にも同様の努力義務が置かれています。いずれも同法34条の規定を受けたものです。
方針には社外での言動も書き込む
指針は、望ましい取組として、方針の明確化を行う際に、他の事業主が雇用する労働者に対する言動についても、カスタマーハラスメントを行ってはならない旨の方針を併せて示すことが望ましいとしています。社内に向けて「従業員を守る」という方針だけを示すのではなく、自社の担当者が取引先でどう振る舞うかも同じ紙面に書いておく、という組み立てが想定されています。
行為者が他社の従業員のとき、事実確認は自社だけで完結しない
相談を受けた後の事実確認についても、相手が取引先の場合には特有の条項が置かれています。
相手の会社に協力を求めることが措置に含まれる
指針は、事後の対応として事実関係を迅速かつ正確に確認することを求めたうえで、行為者が他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主である場合には、必要に応じて他の事業主に事実関係の確認への協力を求めることも含まれる、としています。再発防止に向けた措置についても、同じように相手の会社に協力を求めることが含まれると書かれています。
協力を求められた側に置かれた努力義務
この裏返しとして、同法33条3項は、自社の労働者や役員による他の事業主の雇用する労働者に対する言動について、相手方の事業主から協力を求められた場合の努力義務を定めています。指針はこれを受けて、協力の求めに応ずるよう努めなければならないとし、協力を求められたことを理由に契約を解除するなどの不利益な取扱いを行うことは望ましくないとしています。
さらに指針は、協力に応じて社内で事実関係を確認する際、協力した労働者に不利益な取扱いを行わない旨を定めて周知・啓発することが望ましいとし、事実が確認できた場合には、就業規則その他の服務規律等を定めた文書の規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずることが望ましいとしています。
| 自社の立場 | 求められること | 根拠 |
|---|---|---|
| 自社の従業員が受けた側 | 事実確認、被害者への配慮、再発防止。必要に応じて相手の会社に協力を求める | 労働施策総合推進法33条1項、指針4⑶ |
| 自社の従業員が行った側 | 相手方の事業主からの協力の求めに応ずるよう努める | 同法33条3項、指針5⑴ |
| 協力に応じたとき | 協力した従業員に不利益な取扱いを行わない旨を定めて周知する | 指針5⑵ |
| 事実が確認できたとき | 就業規則等の規定に基づき、行為者への措置を検討する | 指針5⑵ |
「対象になる」ことと「取引をどうするか」は別の問題
対象に含まれると聞くと、法律が取引を打ち切る根拠を与えてくれるように感じられるかもしれません。ただ、厚生労働省が公表した解釈に関するQ&A(令和8年4月24日)は、改正法は事業主に何らかの措置を行う法的な権利や権限を新たに設けるものではないという趣旨を明らかにしています。義務づけられているのは雇用管理上の措置であり、相手との取引関係をどうするかは、これとは別に契約と経営判断の問題として考えることになります。
力関係を背景にした要求には別の枠組みもある
立場の差を背景にした過大な要求については、独占禁止法2条9項5号の優越的地位の濫用として問題になることがあります。また、2026年1月1日には、従来の下請法が中小受託取引適正化法(取適法)として施行され、代金の減額や受領拒否、不当な給付内容の変更などが禁止行為として定められています。カスタマーハラスメントの措置義務とは目的も窓口も異なる枠組みですが、同じ出来事が両方の視点から問題になることはあり得ます。
悪質なものへの対処方針は事前に定めておく
指針は、特に悪質と考えられるものへの対処の方針をあらかじめ定めて周知し、その対処を行える体制を整えることを求めています。例として挙げられているのは、犯罪に該当し得る言動についての警察への通報、警告文の発出、法令の制限内における商品の販売やサービスの提供をしないこと、店舗や施設への出入りの禁止、民事保全法に基づく仮処分命令の申立てです。継続的な取引関係にある相手の場合は、これらに加えて契約書の解除条項や予告期間の定めが関わってきますので、社内の方針と契約の内容を突き合わせておくことになります。
相手が個人事業主やフリーランスの場合
取引の相手方が法人ではなく、個人で仕事を請けている方であることもあります。指針は、方針の明確化を行う際に、自社が雇用する労働者以外の者、すなわち他の事業主が雇用する労働者及び個人事業主等に対する顧客等の言動についても、同様の方針を併せて示すことが望ましいとしています。これらの方から相談があった場合には、指針が定める措置も参考にしつつ、必要に応じて適切な対応を行うよう努めることが望ましいとされています。
改正法の附則には、特定受託事業者が受けた同種の言動について検討する旨の規定が置かれています。また、フリーランスとの取引については、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律により、業務委託をする側にハラスメントに関する相談対応の体制整備が求められています。取引の相手方が個人であるかどうかで、考えるべき枠組みが一つ増える形になります。
避けたい進め方
ご相談をうかがっていて、後から手当てが難しくなりやすいと感じるのは、次のような進め方です。
- 取引先が相手だからという理由だけで、社内の相談の対象から外してしまうこと。
- 現場の担当者に、取引関係への影響まで含めた判断を一人で背負わせること。
- 社内で事実関係を整理しないまま、相手の会社へ抗議だけを先に伝えてしまうこと。
- 言われた内容の問題と、言い方や時間帯といった手段の問題を、区別せずにまとめて扱うこと。
- その場は受け流し、記録を残さないまま同じやり取りを繰り返すこと。
よくあるご質問
取引先の担当者の言動が対象に当たるかどうか、行政に判断してもらえますか
厚生労働省のQ&Aは、都道府県労働局が個別の事案について該当性の判断を行うものではない、という趣旨を示しています。行政が見るのは、事業主が求められた措置を講じているかどうかです。当事者間で解決に至らない場合の道筋としては、同法36条の紛争解決の援助や37条の調停が用意されています。
相手の会社が事実確認に協力してくれない場合はどうなりますか
同法33条3項は努力義務として置かれており、協力しなかったことに対する制裁が定められているわけではありません。Q&Aは、行為者に連絡することができない場合には行為者からの聴取までは要しないという趣旨を示しています。また指針は、事実関係の確認が困難な場合の例として、調停の申請を行うことやその他の中立な第三者機関に紛争処理を委ねることを挙げています。確認できなかった場合にも、再発防止に向けた措置は講ずることとされています。
自社の従業員が取引先から「カスハラだ」と言われました
まずは社内で何があったのかを確かめることになります。相手方の事業主から事実関係の確認について協力を求められた場合、これに応ずるよう努めることが同法33条3項に定められています。事実が確認できた場合の懲戒その他の措置については、就業規則等の規定に基づいて検討することが望ましいとされていますので、自社の規定に根拠となる条項があるかどうかを確認しておくと動きやすくなります。
まとめ
- 指針は対象となる相手を「顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者」と定め、含まれる例に「取引先の担当者」を挙げている(労働施策総合推進法33条1項、令和8年厚生労働省告示第51号)。
- 今後取引する可能性のある者や、契約締結に向けた交渉を行う際の担当者も例に含まれており、契約の有無が入口の条件にはなっていない。
- 「職場」には取引先の事務所や打合せの場も含まれ、電話やインターネット上のやり取りも対象から外れない。
- 範囲を超えるかどうかは、言動の内容が契約内容からして相当性を欠くか、手段や態様が相当でないかという二つの側面から総合的に判断される。
- 自社の労働者や役員が他の事業主の労働者に対して行う言動についても、注意を払うよう配慮する責務が置かれている(同法34条)。
- 行為者が他社の従業員である場合、事実確認や再発防止で相手の会社に協力を求めることが措置に含まれ、求められた側には応ずる努力義務がある(同法33条3項、指針5)。
- 対象に含まれることと、取引をどうするかは別の問題であり、後者は契約の内容と経営判断として整理することになる。
取引先との関係でお困りの方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、事業者の方からのご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。取引先の担当者からの言動に従業員の方が困っているという段階でも、社内でどこまでを相談として受け、どこから相手方の会社に伝えるのかという線引きは、後の対応の進めやすさに関わってきます。
自社の担当者の言動について取引先から指摘を受けた、という側のご相談も同じです。事実確認の進め方、社内規定との突き合わせ、相手方への回答の組み立て方など、取引関係を踏まえた整理が必要になる場面は少なくありません。判断に迷われた段階でお声がけいただければ、状況に応じた進め方をご一緒に考えます。


