【不当要求対応】会社の代表者個人が名指しされた|法人と個人の切り分け
「壊れたので弁償してほしい」と言われ、修理の見積書や、すでに支払ったという領収書を示された。金額を見て高いと感じたものの、書面が出てきた以上は応じるしかないのだろうか——このようなご相談を、店舗を営む方からも、個人としてトラブルに巻き込まれた方からも伺います。
書面が示されること自体は、むしろ話が整理しやすい進み方です。根拠がまったく説明されないまま数字だけを告げられる場面に比べれば、検討の材料はそろっています。ただ、書面が出てきたことと、記載された金額をそのまま負担すべきこととは、別の話です。
この記事では、示された領収書や見積書をどの順序で確認していけばよいのかを整理します。提示された金額そのものにどう向き合うかについては別のコラムで扱っていますので、ここではその先、出てきた書面をどう読むかに絞ります。
1.領収書と見積書は、証明している事柄が違う
はじめに押さえておきたいのは、この2つの書面が語る内容は同じではない、という点です。
領収書は、金銭を受け取った側が発行する受取証書です。民法にも、弁済をする者は弁済と引換えに受取証書の交付を請求できると定められています(民法486条1項。その内容を記録した電磁的記録の提供を請求できる旨は同条2項)。領収書が示すのは、記載された金額の支払があったという事実です。
これに対して見積書は、これから必要になる費用の見込みを示した書面です。支払があったことを示すものではなく、作成した業者の判断による見込額という位置づけになります。
| 書面 | 主に示す事柄 | 示していない事柄 |
|---|---|---|
| 領収書 | 記載された日に、記載された金額の支払があったこと | その支出が今回の出来事から生じたものかどうか |
| 見積書 | 作成者が見込んだ費用の額 | 実際に支出されたかどうか、その額で修理されるかどうか |
いずれの書面も、その金額が相手方の負担すべき損害にあたることまでを示すものではありません。この違いを意識しておくと、次に何を確認すればよいのかが見えやすくなります。
2.金額を説明する立場にあるのは、請求する側です
損害賠償を求める場合、損害が生じたこと、その額、そして問題となった出来事との間に相当な因果関係があることは、請求する側が主張し、裏づけるのが原則です(民法709条、415条)。書面が1枚出てきたことによって、この負担が請求を受けた側に移るわけではありません。
なお、損害が生じたことは認められるものの、その性質上、額を立証することが極めて困難な場合について、裁判所が審理の全趣旨と証拠調べの結果に基づいて相当な額を認定できるという規定があります(民事訴訟法248条)。もっとも、これは立証の困難を補うための仕組みであり、根拠の説明を省いてよいという意味ではありません。
ですから、内訳や算定の考え方を尋ねることは、争う姿勢を示す行為ではなく、話し合いを成り立たせるための手順にあたります。
3.書面そのものを確認する項目
受け取った書面は、次の点を順に見ていきます。写しで示された場合には、原本を確認できるかどうかもあわせて尋ねます。
- 作成者……社名、所在地、連絡先が記載されているか。実在を確認できるか。
- 宛名……誰宛ての書面か。請求している本人以外の名前や、空欄、「上様」になっていないか。
- 日付……出来事より後の日付か。請求を受けた後に作成されたものではないか。
- 対象……何についての金額か。品名、型番、数量が特定されているか。
- 但し書き……領収書であれば、「品代」などにとどまらず、何に対する支払かが読み取れるか。
- 内訳……「一式」だけでまとめられていないか。単価と数量に分かれているか。
- 費目の重なり……同じ損傷について、修理費と買替費用の双方が並んでいないか。
- 記載の性質……「概算」「参考」といった注記が付いていないか。
写真やメッセージアプリの画像で送られてきた場合、記載が加工されているかどうかまでを見分けることはできません。原本の提示を求めることは、失礼にあたる行為ではありません。金額が大きい場合ほど、原本を確認できるか、発行元に内容を問い合わせてよいかを、早い段階で尋ねておくとよいでしょう。
これらは、書面の真偽を判定するための項目ではありません。手書きであることや、様式が簡素であること自体は、直ちに不自然さを意味しません。目的は、その書面が何をどこまで語っているのかを確かめることにあります。
4.金額の中身を4つの視点で分解する
①その支出は、今回の出来事から生じたものか
修理の対象に、もともとあった傷や経年による劣化が含まれていないかを確認します。1か所の損傷について、全体の塗装や部材の交換が計上されている場合には、その範囲が今回の出来事によるものかが検討の対象になります。
②修理費と、その物の価値との関係
物が壊れた場合の賠償は、失われた価値を金銭で埋めるという考え方が基本にあります。そのため、修理費が、同じ程度の物を手に入れるのに必要な額を大きく上回るときには、後者を基準として考える余地が生じます。
交通事故の物損では、修理費が事故時の時価と買替えに要する費用の合計を上回る場合を経済的全損と呼び、時価等を基準に賠償額を考える扱いが定着しています。最高裁も、中古車の取引価格は、同じ車種・年式・型で、使用状態や走行距離が同程度の車を中古車市場で取得するのに必要な額によって定めるべきだとしています(最高裁昭和49年4月15日判決)。物の種類が異なればそのまま当てはまるわけではありませんが、新品の価格ではなく、壊れた時点でのその物の価値から出発するという視点は、他の場面でも参考になります。
③すでに埋め合わされている部分はないか
保険による給付を受けている、別の相手から一部を受け取っているといった事情があれば、その分まで重ねて負担すべきものではなくなります。相手方が事業者である場合には、支出した消費税の扱いが議論になることもあります。
④見積のまま、修理されていない場合
実際に修理していなくても、修理費相当額を損害として請求できる場合はあります。他方、修理する予定がないまま見積額だけが示されているときは、その物を今後どうするのかが確認の対象になります。処分するのか、そのまま使い続けるのかによって、埋め合わされるべき内容は変わってきます。
5.こちら側で用意できる材料
確認は、相手方に尋ねるだけで終わるものではありません。次のような材料を自分の側でそろえておくと、金額の議論が具体的になります。
- 現物を確認する。写真だけで判断せず、可能であれば損傷の状態を直接見せてもらいます。
- 別の業者から見積りを取る。相手方に業者を変えるよう求めることはできませんが、金額を検討する材料にはなります。
- 出来事の前後の記録を探す。店舗であれば防犯カメラの映像、個人であれば当日のやり取りや写真が手がかりになります。
- 説明されたことを記録に残す。口頭で示された内容は、後になって食い違いが生じることがあります。
6.確認を求めること自体は、通常の手順です
根拠を尋ねると、相手方の態度が変わることがあります。「疑うのか」「誠意がない」といった反応が返ってくる場面も見られます。ただ、支払う側が金額の根拠を確かめることは、賠償の話し合いでは通常の手続です。
そのうえで、次のような反応が続く場合には、いったん立ち止まって検討したほうがよい場面といえます。
| 確認に応じる場合に見られること | 立ち止まって検討したい反応 |
|---|---|
| 内訳や算定の考え方を説明する | 内訳を尋ねると話題が変わる |
| 原本や現物の確認に応じる | 写ししか示さず、原本を見せない |
| 検討する時間を認める | 期限だけが繰り返し強調される |
| 書面でのやり取りに応じる | その場での即答や現金の用意を求める |
なお、請求額が高いこと自体が直ちに違法となるわけではありません。問題となるのは求め方であり、その線引きについては別のコラムで整理しています。
7.書面の内容に疑問を持ったとき
実態のない内容の書面が作成され、金銭の要求に用いられた場合には、私文書偽造罪(刑法159条)や偽造私文書行使罪(同法161条)、詐欺罪(同法246条)が問題となる余地があります。
もっとも、この判断は慎重に行う必要があります。手書きであること、様式が整っていないこと、金額が想定より高いことは、いずれもそれだけで偽りを意味するものではありません。確かな根拠がないまま「偽造ではないか」と相手方を追及すれば、こちらの側が別の問題を抱えることにもなりかねません。
疑問が残る場合にすべきことは、相手方を問い詰めることではなく、書面を保管し、やり取りの記録を残したうえで、評価を専門家に委ねることです。
8.支払うと決めた場合に、書面で確定させておくこと
確認の結果、一定の金額を支払うという判断に至ることもあります。その場合には、金額だけでなく、次の点を書面に残しておきます。
- 何についての支払かを特定する。対象となる出来事や物を明記します。
- この件に関して、ほかに債権債務がないことを相互に確認する。
- 支払の方法と時期を明記する。
- 支払の際に領収書を受け取る。支払う側は、受取証書の交付を求めることができます(民法486条1項)。
根拠を確かめたうえで支払うのと、確かめないまま支払うのとでは、その後の展開が変わります。とくに、全体の内訳が定まらないうちに一部だけを支払うと、支払義務を認めたものと受け取られることがありますので、順序には注意が必要です。
判断に迷う段階でご相談ください
示された書面が1枚だけで、内訳の説明がないまま期限を切られている。確認を求めると相手方の言い方が変わる。こうした状況で、金額の当否を一人で見極めるのは容易ではありません。
当事務所では、示された書面と経緯を確認したうえで、どこまでが説明のつく金額で、どこからが根拠を欠くのかを整理し、必要に応じて交渉の窓口をお引き受けしています。金額を決めてしまう前の段階で、お気軽にご相談ください。


