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「うちは電話とネットの書き込みが一番きついのですが、店の中の話ではないので、法律で言うカスハラには入らないと思っていました」。小さな店舗を営む方から、こうしたご相談を受けることがあります。
従業員の側からは、別の言い方で同じことが語られます。「自宅で予約サイトのレビューを開いてしまい、その晩は眠れませんでした。ただ、勤務時間外に自分で見たものなので、店には言いにくくて」。手段が対面でないというだけで、相談が止まってしまう場面は少なくありません。
「電話やSNSも対象です」という説明自体は、広く見かけるとおりで誤りではありません。ただ、そこで止まっている解説が多く、どういう理屈で対象になるのか、自宅で見た書き込みはどう扱われるのか、自社が運営していない予約サイトの投稿はどうなるのかまでは、あまり書かれていません。
この記事では、2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法とその指針・通達が、対面以外のやり取りにどう線を引いているかに絞って整理します。該当性を判断する物差しそのものや、措置として何をそろえるかという全体像、記録の残し方や録音の告知については、それぞれ別の記事で扱っています。
指針は「対面以外も含まれる」と明記している
カスタマーハラスメント防止指針(令和8年厚生労働省告示第51号)は、カスハラの内容を説明した箇所の末尾で、店舗や施設等において対面で行われるものだけでなく、電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含まれる、と書いています。手段が対面かどうかは、そもそも該当性の分かれ目として置かれていません。
SNSの種類や運営者は問われない
この点について、施行通達(令和8年4月24日雇均発0424第2号)はさらに踏み込み、「SNS等」は当該事業主が運営するものに限らず、その種類は問わないとしています。自社の公式アカウントに届いたコメントも、予約サイトのレビュー欄やメッセージ機能も、匿名の掲示板も、指針の枠組みの中では入り口の違いにすぎないという整理です。
「自社が管理していない場所だから範囲外ではないか」という発想が実務では出やすいのですが、この一文がある以上、運営者が誰かという点で切り分けることは難しいと考えられます。
東京都の条例では「あらゆる場」と表現されている
東京都カスタマー・ハラスメント防止条例は、何人もあらゆる場においてカスハラを行ってはならないと定めています(同条例4条)。都の指針は、この「あらゆる場」について、店舗や事業所の窓口等における行為だけでなく、電話やインターネット等における行為も含まれるとしています。国の指針と都の条例は仕組みが異なりますが、対面以外を外していない点は共通しています。
それでも「職場」という枠は外れていない
注意しておきたいのは、カスハラの3つの要素が、いずれも「職場において行われる」ことを前提に組み立てられている点です。対面以外も含まれるという記述は、この前提を消したものではありません。
自宅で見た投稿はどう扱われるのか
ここに補助線を引いているのが施行通達です。通達は、SNS等のインターネット上において行われるものを労働者が自宅等の職場外で確認した場合や、紙媒体が自宅等に送付されてそれを労働者が確認した場合についても、「職場」で生じた事象を契機とするものであって、労働者の就業環境が害されると認められる場合には、職場におけるカスタマーハラスメントに含まれ得るとしています。
つまり、判断の軸は「どこで見たか」ではなく「何をきっかけとして起きた言動か」に置かれています。来店時のやり取りをきっかけに書かれた投稿を、従業員が帰宅後にスマートフォンで見た、という場面は、この記述が想定している形に近いといえます。
勤務時間外の相談を受け付けない理由にはならない
通達は相談体制についても、通勤中や休憩時間等における勤務場所の周辺、勤務時間外の懇親の場等でカスハラが生じた場合も幅広く相談の対象とすることが必要だとしています。時間帯や場所を理由に、相談そのものを受け付けない運用にしてしまうと、指針が求めている広く相談に対応するという求めから離れていきます。
手段ごとに違うのは「該当するか」ではなく「見え方」
対面以外が一律に枠内に入るとすると、次に問題になるのは、手段によって何が違って見えるのかという点です。指針が挙げる典型例を手段別に並べ直すと、次のように整理できます。
| やり取りの手段 | 起きやすい形 | 押さえておきたい点 |
|---|---|---|
| 電話 | 長時間にわたる通話での拘束、同じ質問の執拗な繰り返し | 相手の連絡先が分からないまま終わることが多い |
| メール・問い合わせフォーム | 同様の内容が執拗に繰り返し送りつけられる | 文面は残るが、対応する時間帯が広がりやすい |
| 予約サイトのメッセージ機能 | 予約の前後にわたって断続的に届く | 自社が運営していない場所でやり取りが起きる |
| SNS・口コミサイト | 従業員個人に向けた書き込み、投稿をほのめかす発言 | 店への投稿と個人への投稿を分けて見る必要がある |
指針は、継続的・執拗な言動の例として同様の質問を執拗に繰り返すことや同様の電子メール等を執拗に繰り返し送りつけることを、拘束的な言動の例として長時間に渡る居座りや電話で労働者を拘束することを挙げています。電話やメールで起きる形は、対面での居座りと同じ類型の中に位置づけられています。
予約サイト経由で相談が多い3つの場面
「口コミに書く」とほのめかされた
指針は、精神的な攻撃の例として、店舗の物を壊すことをほのめかす発言やSNS等のインターネット上へ悪評を投稿することをほのめかす発言によって労働者を脅すことを挙げています。ここで対象とされているのは、投稿された後の状態ではなく、ほのめかす発言そのものです。実際に書き込まれるより前の段階で、すでに検討の対象に入ってくることになります。
予約しただけ、問い合わせただけの相手
解釈事項として公表されたQ&A(令和8年4月24日)の問1は、まだ商品を購入しておらず契約関係が発生していない者からの言動も、3つの要素を満たす場合には該当するとしています。指針が「顧客等」に潜在的な顧客を含めていることに沿った整理です。
さらに施行通達は、事業に関する内容等に関し問い合わせをする者について、広告の内容を問い合わせる者のほか、報道を契機に問い合わせを行う者や、嫌がらせを目的とした問い合わせを行う者も含まれるとしています。商品を買っていない、予約を実際には使っていない、という点だけを理由に枠外と決めてしまうのは難しいところです。
無断キャンセルそのものは別の問題
予約サイトの話題では無断キャンセルがよく並べて語られますが、これは軸が違います。予約を守らなかったことによる損害は、キャンセル料や損害賠償の問題であって、言動によって就業環境が害されたかどうかとは別に検討する事柄です。
もっとも、予約と取消しが繰り返され、そのたびに連絡や準備の対応を求められて従業員が消耗しているという事情があれば、継続的・執拗な言動として評価する余地は出てきます。金銭の話と、従業員に向けられた言動の話を、分けて記録しておくと整理しやすくなります。
店への投稿と、従業員個人への投稿は分けて考える
指針が精神的な攻撃の例として挙げているのは、SNS等のインターネット上へ労働者のプライバシーに係る情報の投稿等をすることです。通達は、これには紙媒体で情報を流布することも含まれるとしています。名指しされている対象が従業員個人であるかどうかは、見るべきポイントの一つです。
店の評価が下がる投稿はどうなるのか
東京都の指針は、インターネット上での法人への誹謗中傷など、顧客等から法人等に対する著しい迷惑行為についても、その内容により法人等の経営者や従業員などの就業環境が害されたと言える可能性があるとしています。店に向けられた投稿だから従業員には関係がない、と言い切れる話ではありません。
一方で、指針は、顧客等からの苦情の全てが該当するわけではなく、社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れであるとしています。評価が低いこと自体と、書き方や繰り返し方が範囲を超えていることは、別々に見る必要があります。
対象になることと、投稿を消せることは別
ここは誤解が生まれやすいところです。Q&Aの問18は、改正法は事業主に対して雇用管理上必要な措置を講ずることを義務付けるものであり、事業主が何らかの措置を行う法的な権利や権限を新たに設けるものではないと明記しています。
投稿の削除を求める、書き込んだ人の情報の開示を求めるといった手続は、この改正法とは別の枠組みで検討することになります。義務化されたことを理由に、これらが当然にできるようになるわけではない点は、社内で共有しておいたほうがよい部分です。
| 場面 | 措置義務の枠組みで扱うこと | 別の枠組みで考えること |
|---|---|---|
| 口コミに書くとほのめかされた | 従業員からの相談を受け、定めた対処の内容に沿って動く | 要求内容そのものの当否、警告文を出すかどうか |
| 従業員の氏名や容姿が投稿された | 被害を受けた従業員への配慮の措置、担当の変更 | 投稿の削除請求、発信者情報の開示請求 |
| 店の評価を下げる投稿が続く | 従業員の就業環境が害されていないかの確認 | 信用毀損や名誉毀損としての検討 |
| 予約の無断取消しが繰り返される | 従業員に向けられた言動が伴っていないかの確認 | キャンセル料や損害の請求 |
相手が誰か分からないときの事実確認
対面以外で最も詰まりやすいのが、行為者に連絡が取れないという点です。指針は、事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認することを求めていますが、行為者からの聴取までを常に求めているわけではありません。
行為者に聴かなくても事実確認は成り立つ
Q&Aの問13は、行為者が既に立ち去り連絡先も知らない場合について、行為者に連絡を取ることが不可能な場合にまで行為者から事実関係を確認する必要はないとしています。通達も、行為者からの聴取が想定されるのは、顧客等の連絡先を把握している場合や取引の相手方である場合など、連絡を取ることが可能な場合等だと説明しています。匿名の投稿では、次のような形で確認を進めることになります。
- 投稿や着信の画面を、日時が分かる形で保存しておく。
- 相談してきた従業員から、経緯と受け止めを聴き取る。
- 同じ時間帯に居合わせた従業員がいれば、あわせて聴き取る。
- 予約の記録や通話の記録と突き合わせ、来店時の出来事との関係を確かめる。
該当するかどうかを労働局が決めてくれるわけではない
Q&Aの問6は、都道府県労働局において、具体的に発生した個々の言動が該当するか否かの判断は行わないとしています。事実関係を確認し、該当性を含めて判断するのは事業主の側だという整理です。白黒をつけてくれる第三者を待つ設計にはなっていません。
対処の内容に「対面以外」の行を足しておく
指針は、あらかじめ定めた対処の内容を従業員に周知することを求めています。その例には、十分な説明を行ったうえでなお繰り返しの要求が続く場合に、一定の時間の経過をもって退店を求めたり電話を切ったりすることが挙げられています。対面以外の手段については、これに次のような行を足しておくと現場が動きやすくなります。
- 電話は、説明を終えた後に何分程度で切ってよいかを、あらかじめ決めておく。
- メールや問い合わせフォームは、同じ内容の繰り返しに何回まで返信するかを決めておく。
- 予約サイトのメッセージには誰が返すかを決め、個々の従業員が判断しない形にする。
- 返信をしないという判断を誰がするのかを、あらかじめ決めておく。
- 従業員個人のアカウントでは対応しないことを、方針として明記する。
特に悪質と考えられるものへの方針
指針は、特に悪質と考えられるものへの対処の方針をあらかじめ定めて周知し、その対処を行える体制を整えることも求めています。例として挙げられているのは、犯罪に該当し得る言動についての警察への通報、警告文の発出、法令の制限内でのサービス提供の停止、出入禁止、民事保全法に基づく仮処分命令の申立てです。
なお通達は、業法による定めがある場合として旅館業法に基づく宿泊拒否事由や航空法に基づく安全阻害行為等の禁止を例示しています。宿泊業のように業法の定めがある業種では、その枠組みとあわせて方針を組み立てることになります。
避けたい進め方
- 対面ではないからという理由だけで、相談を受け付けずに様子を見る。
- 従業員個人のアカウントから反論や説明を投稿する。
- 書き込んだ人を特定できてから動くという順序で構える。
- 投稿を消すことだけを目的にして、従業員への配慮の措置を後回しにする。
- 相談してきた従業員を担当から外し、シフトや評価の面で不利に扱う。
最後の点は、相談したことを理由とする不利益な取扱いの禁止に触れる可能性があります(労働施策総合推進法33条2項)。担当を替えること自体は被害者への配慮として想定されている措置ですが、配慮として替えるのか、相談を理由に外すのかは、記録の残り方で見え方が変わります。
よくあるご質問
予約サイトのレビューは自社が運営していませんが、対象になるのですか
施行通達は、SNS等について当該事業主が運営するものに限らずその種類は問わないとしています。運営者が誰かという点は、指針の枠組みでは切り分けの基準として置かれていません。そのうえで、3つの要素を満たすかどうかを個別に検討することになります。
従業員が休みの日に自分のスマートフォンで見た投稿はどうなりますか
通達は、職場外で確認した場合についても、「職場」で生じた事象を契機とするものであって就業環境が害されると認められる場合には含まれ得るとしています。見た場所や時間帯だけで枠外と決めるのではなく、来店時のやり取りとの関係を確かめるのが先になります。
明らかに客ではない人からの電話も対象になりますか
通達は、事業に関する内容等の問い合わせをする者に、嫌がらせを目的とした問い合わせを行う者も含まれるとしています。またQ&Aの問2は、今後顧客になることが想定されない近隣に住む者からの言動についても、3つの要素を満たす場合には該当するとしています。
対応しなかった場合、罰則はありますか
措置義務違反そのものに刑罰は定められていません。厚生労働大臣が勧告をした場合にこれに従わなかったときは、その旨を公表することができるとされています(同法42条2項)。また報告を求められて報告をせず、または虚偽の報告をした者は過料の対象となります(同法45条1項、51条)。あわせて、従業員が体調を崩した場合には安全配慮義務の問題として損害賠償が争われる場面もあります(労働契約法5条)。
まとめ
- 指針は、対面で行われるものだけでなく、電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含まれると明記している。
- 施行通達は、SNS等が当該事業主の運営するものに限らず種類を問わないとしており、予約サイトや口コミサイトも入り口の違いにとどまる。
- 一方で3つの要素は「職場において行われる」ことを前提としており、職場外で確認した投稿は、「職場」で生じた事象を契機とし就業環境が害されると認められる場合に含まれ得る。
- 契約関係のない相手や、嫌がらせを目的とした問い合わせを行う者も「顧客等」に含まれ得る(Q&A問1、施行通達)。
- 改正法は事業主に新たな法的権限を設けるものではなく、削除や発信者情報の開示は別の枠組みで検討する(Q&A問18)。
- 行為者に連絡が取れない場合、行為者からの聴取までは求められていない(Q&A問13)。
- 該当するか否かを都道府県労働局が判断する仕組みにはなっておらず、事実確認と判断は事業主が行う(Q&A問6)。
- 措置義務違反への担保は勧告と公表であり、報告の懈怠や虚偽報告には過料が定められている(労働施策総合推進法42条2項、45条1項、51条)。
対面以外のカスハラでお困りの方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、事業者の方からのご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。電話や予約サイト、SNSを経由したやり取りは、記録が残る一方で、どこまでを社内で扱い、どこから外部の手続に移すかの線引きが難しい分野です。
施行前の段階で対処の内容を整えておきたい方も、すでに個別の投稿や電話への対応で困っている方も、まずは状況をお聞かせください。従業員の方からのご相談を受けている場合と、事業者として体制を整える場合とでは、優先して手当てすべき順序が変わります。


