【不当要求対応】従業員の対応が原因で自分が要求を受けている|使用者としての立場
「その場で答えないほうがよいのは分かっていました。ただ、黙っていると火に油を注ぐようで、つい返事をしてしまって」。金銭の要求を受けた方から、こうしたお話をうかがうことがあります。
小さな店を営む方からは、別の形のご相談もあります。「持ち帰りますと伝えたところ、いつまでにと詰められて、その場で日を約束してしまった」。保留したつもりが、かえって次の期限を背負う形になってしまった、という場面です。
その場で即答しないほうがよい、という説明はよく見かけますし、それ自体は誤りではありません。困るのはその先です。何と言って保留するのか、いつまで保留してよいのか、その間に何をしておくのか。ここが決まっていないと、「持ち帰ります」の一言が次の追及の入口になってしまうことがあります。この記事では、返答を保留するという一つの動作にしぼって、その組み立て方を整理します。受けている要求が不当なものかどうかの見分け方、要求を受けた直後の行動の全体像、記録の残し方については、それぞれ別の記事で扱っています。
その場で答えないことは、義務を怠ることではありません
即答を求められても、答える義務があるとは限りません
話し合いの場で示される「この条件でどうか」という求めは、法律の上では契約の申込みにあたることがあります。承諾の期間を定めてされた申込みは、その期間内に承諾の通知がなければ効力を失うと定められています(民法523条2項)。期限までに返事をしなかったことの効果は、その申込みが効力を失うということであって、返事をしなかったこと自体が別の責任を生むわけではありません。
顔を合わせた場でされた、期間の定めのない申込みについても、対話が続いている間に承諾がなければ、その申込みは効力を失うとされています(同法525条3項)。ただし、申込みをした側が対話の終了後も効力を失わない旨を示したときは別の扱いになります(同項ただし書)。いずれにしても、その場で答えないという選択は、その話が一度流れるという結果を伴うだけで、それ自体から不利益な効果が生じるものではありません。
「返事がなければ承諾したものとみなします」と書かれていたら
請求書やメッセージに、期限までに返事がなければ同意したものとして扱う、という趣旨が書かれていることがあります。もっとも、黙っていることが承諾になるというのが一般的な原則ではありません。
例外として、商人が平常取引をする相手から、その営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく諾否の通知を発しなければならず、これを怠ったときは承諾したものとみなすという定めがあります(商法509条)。これは継続的な取引関係があり、契約の成立が当然に予想されるような場面を念頭に置いた規定と説明されており、日ごろの取引と関係のない一方的な要求にそのまま当てはまるとは限りません。ただ、事業をされている方が取引先からの申入れを受けた場面では、意識しておいてよい規定です。
保留と無視は、別のものです
放置すると期限が過ぎてしまう書面があります
裁判所から届く訴状や支払督促のように、決められた期間内に対応しなければ手続が先に進んでしまう書面があります。これらは保留の対象になりません。まず、手元に届いたものが私人からの請求書なのか、裁判所からの書面なのかを確かめる必要があります。書面の種類ごとの見分け方は、別の記事で扱っています。
保留は、返事をしないことではありません
連絡を絶って黙っていることと、「今日は結論を出しません」と伝えることは、別の行動です。後者は一つの返事であり、伝えた事実が記録として残ります。後になって、こちらが応じる意思をまったく示さなかった、という受け止め方をされにくくなるという意味もあります。
何を保留し、何はその場で答えてよいのか
求められている事柄は一つではありません。まとめて保留すると答えが硬くなりすぎ、まとめて答えると踏み込みすぎます。次のように分けて考えると整理しやすくなります。
| 求められていること | その場での扱い | 考え方 |
|---|---|---|
| 金額・支払方法 | 保留する | 金額は根拠と結びつけて確かめる必要があります |
| 責任を認めるかどうか | 保留する | 評価にかかわる発言は、後で材料として扱われることがあります |
| 署名・押印 | その場ではしない | 書面は作られた経緯よりも、書かれた内容で読まれやすいためです |
| 日時・場所などの事実 | 事実に反しない範囲で答えてよい | 後の説明と食い違わせないためです |
| 要求の中身の確認 | こちらから言い換えない | 要求をこちらの言葉で形にしてしまわないためです |
「持ち帰ります」だけでは足りません
いつまでに、どの方法で、誰が
持ち帰って検討します、とだけ伝えると、翌日から「検討結果はどうなったのか」という連絡が続くことがあります。保留を伝えるときは、次の三点を添えると、やり取りの形が定まります。
- いつまでに回答するのか。日付で示します。
- どの方法で回答するのか。書面かメールかを決めておきます。
- 誰が回答するのか。窓口を一つに絞ります。
三点を示すことは、相手に譲歩することではありません。むしろ、こちらが手続を決める側に回るという意味を持ちます。
期限は、相手ではなくこちらが置きます
相手が示した「今日中」「明日まで」に合わせなければならない理由は、多くの場面でありません。実際に確認できる期間を自分で見積もり、その日付を伝えます。守れそうにない期限を口にしないことのほうが、結果としてやり取りを短くします。
曖昧な言い方は残さない
「前向きに検討します」「善処します」「考えておきます」といった言い方は、応じる方向で進んでいるという期待を残し、話を長引かせる原因になることがあります。結論を出さないのであれば、そのことをそのまま伝えるほうが、後の食い違いが少なくなります。
- 本日この場ではお答えできません。〇月〇日までに書面でご回答します。
- 内容を確認する必要がありますので、今日は結論を出しません。
- このお話は代理人を通じてお願いします。連絡先は追ってお知らせします。
保留の期間をどう決めるか
何を確かめるための時間かを先に決めます
期間は、長さから決めるものではありません。確かめたいことが決まれば、必要な日数はおのずと見えてきます。多くの場面では、事実関係の確認、請求の根拠の確認、専門家への相談の三つに整理できます。手元の資料をそろえるだけで済むのか、相談の予約を取る必要があるのかで、必要な日数は変わります。
長く置きすぎることにも別の問題があります
保留は判断を先送りするための道具ではありません。仮に支払うべき義務がある事案であった場合、支払いが遅れた期間について遅延損害金が問題になることがあります(民法419条1項)。保留は結論を遅らせるためではなく、結論を出せる状態を作るための時間です。
延ばすときは、延ばすこと自体を伝えます
予定した日までに確認が終わらないことはあります。そのときは、黙って日を越えるのではなく、いつまで延びるのかを先に伝えます。一度示した日付を理由もなく過ぎることは、その後の話し合いを難しくします。
保留している間にすること・しないこと
この期間は、何もしないための時間ではありません。次の作業を進めておくと、回答の日に迷いが少なくなります。
- 要求の中身を、相手が使った言い方のまま記録しておきます。
- 受け取った書面やメッセージは、削除せずそのまま保管します。
- 連絡の窓口を一つに絞り、他の経路での接触は控えます。
- 相談する先を決め、資料をまとめておきます。
一方で、保留している間に行うと、後から動かしにくくなる行為があります。
- 書面への署名や押印。内容を確かめないまま応じないようにします。
- 金銭の支払い。一部であっても、後の意味づけが変わることがあります。
- 記録の削除。自分に不利に見えるやり取りも、経緯を示す材料になります。
「今ここで決めろ」と言われたとき
場所と時間は、こちらからも決められます
話し合いの終了時刻を先に伝えておく、相手が指定する場所での面会を避ける、といった手当ては、判断を落ち着いて行うための準備です。長時間その場にとどまらされる状況は、それ自体が別の問題を含むことがありますので、別の記事で扱っています。
押し問答は続けない
保留を認めないという反応が返ってきても、理由を新しく作って説明を重ねる必要はありません。同じ内容の言葉を、落ち着いた口調で繰り返すほうが、やり取りは短くなります。答えられない理由を詳しく述べるほど、そこから新しい論点が生まれることがあります。
一人で店を営んでいる場合
決めることができる立場にいることと、その場で答えなければならないことは、別の事柄です。相談してから回答する、書面で回答する、という進め方は、一人で営んでいる場合でも選べます。この点は、一人営業の店に向けた記事で詳しく扱っています。
保留したあとの回答のしかた
記録の残る形で伝えます
電話で伝えると、言った言わないの食い違いが生じやすくなります。書面やメールであれば、こちらが伝えた範囲がそのまま残ります。回答の日付を先に示していれば、その日に届くように準備すれば足ります。
結論と、その範囲だけを書きます
応じるのか、応じないのか、条件を変えて応じるのか。回答はこの範囲で足りることが多く、理由の詳細まで説明する義務があるわけではありません。書き足すほど、次の質問が返ってくる余地が広がります。
保留したこと自体が不利になるのか
その場で答えなかったという経過が、それだけで後の判断を左右することは通常ありません。見られるのは、要求に根拠があるか、金額が事実に見合っているか、求め方が行き過ぎていなかったか、という中身のほうです。
よくあるご質問
保留すると「誠意がない」と言われます
その場で答えないことを不誠実だと評価する言い方は、しばしば用いられます。もっとも、確認してから答えるという進め方は、内容のある回答をするための手順です。誠意の有無と、回答までに要する時間は、別の問題として整理して差し支えありません。
電話でその場で答えてしまいました
口頭でのやり取りがあったからといって、それだけで支払義務の内容が確定するとは限りません。何をどこまで述べたのか、その前後にどのようなやり取りがあったのかによって、評価は変わります。思い出せる範囲で経過を書き留めたうえで、早めにご相談ください。
保留したら「弁護士を立てるのか」と聞かれました
代理人を立てること自体は、争う姿勢の表明でも、不誠実な対応でもありません。窓口が一つになることで、やり取りの回数が減り、話が整理されることもあります。立てるかどうかを、その場で答える必要もありません。
まとめ
- 承諾の期間を定めた申込みは、その期間内に承諾がなければ効力を失うにとどまります(民法523条2項)。
- 対話の場でされた期間の定めのない申込みも、対話が続いている間に承諾がなければ効力を失うとされています(同法525条3項)。
- 沈黙が承諾になるのが原則ではありませんが、商人が平常取引をする相手から申込みを受けた場面には例外の定めがあります(商法509条)。
- 裁判所から届く書面には期間の定めがあり、保留の対象になりません。
- 保留を伝えるときは、いつまでに、どの方法で、誰が回答するのかを添えます。
- 曖昧な言い方は期待を残すため、結論を出さないことをそのまま伝えます。
- 支払うべき義務がある事案では、遅れた期間について遅延損害金が問題になることがあります(民法419条1項)。
- 保留の間は、署名、支払い、記録の削除を避け、要求の中身と経過を記録しておきます。
要求への対応にお悩みの方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、金銭の要求や、事業に対する過大な申入れに関するご相談を、池袋と新橋の事務所でお受けしています。すでに何らかの返事をしてしまった方も、まだ何も答えていない方も、経過を整理するところからご一緒できます。
その場で答えないという判断は、争う姿勢を意味するものではありません。応じるべき部分と、確かめてから決めるべき部分を分けるための時間です。どこまでが確かめるべきことなのか迷われた段階で、一度ご相談いただければと思います。


