その要求は「不当要求」か|法的根拠のない請求・過大すぎる請求の見分け方
要求を通すために、相手が直接やって来る。自宅のインターホンを鳴らし続ける、玄関先で話し込んで帰らない、会社の受付で名前を出して待ち構える——こうした「押しかけ」は、電話やメッセージ以上に生活そのものを削ります。
一方で、「お金の話だから警察は動かないのではないか」と考えて、その場をやり過ごしてしまう方も少なくありません。しかし、要求の中身が民事の問題であっても、どこに来たか・そこでどう振る舞ったかによっては、刑法の問題として扱われる余地があります。ここでは、押しかけられた側の立場から、住居侵入罪・不退去罪・業務妨害罪という三つの条文をどう使うかを整理します。
1.「請求が正しいか」と「押しかけが違法か」は別の話
まず押さえたいのは、この二つが別の層の問題だということです。
相手に本当に請求できる権利があったとしても、その通し方が社会通念上許される範囲を超えれば、別途違法と評価されることがあります。逆に、相手の言い分に一定の理由があるように見えても、それは押しかけを正当化する理由にはなりません。
「民事不介入だから警察は関与しない」と言われることがありますが、この言葉に明文の根拠規定があるわけではありません。警察法2条1項は、警察の責務として個人の生命・身体・財産の保護や犯罪の予防・鎮圧を挙げており、目の前で犯罪にあたりうる行為が行われているなら、それは民事か刑事かという議論の外にあります。相談窓口の使い分けについては、別稿「警察に相談すべきか、弁護士に相談すべきか」で詳しく整理しています。
2.使えるのは三つ|住居侵入・不退去・業務妨害
押しかけの場面で軸になるのは、次の三つです。
| 条文 | 問題となる場面 | 成立の分かれ目 | 法定刑 |
|---|---|---|---|
| 住居侵入・建造物侵入(刑法130条前段) | 敷地や建物に入ってきた時点 | 住居権者・管理権者の意思に反する立入りか | 3年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金(未遂も処罰・132条) |
| 不退去(刑法130条後段) | 入ること自体は問題なかった後の居座り | 退去を求められたのに、退去に必要な時間を超えて残ったか | 同上 |
| 偽計・威力業務妨害(刑法233条・234条) | 職場や店舗での騒ぎ | 業務を妨げるに足りる行為があったか | 3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 |
判例は、130条前段の「侵入」を、住居権者や管理権者の意思に反する立入りと解しています(最判昭和58年4月8日)。立入り禁止が明示されていなくても、建物の性質や管理の状況、立入りの目的からみて容認していないと合理的に判断できる場合が含まれます。対象になるのは建物の内部だけではなく、門や塀で囲われた敷地、集合住宅のエントランスや廊下といった共用部分も含まれ得ます(最判平成21年11月30日など)。
不退去罪は、いったん適法に入った人が、退去を求められたのに居座った場合の規定です。要求された瞬間に成立するわけではなく、荷物をまとめて靴を履くといった、退去に必要な合理的な時間を超えて残ったことが必要とされています。なお、最初から違法に入っていた場合は住居侵入罪の側で評価され、不退去罪は別に成立しないとされています。
業務妨害罪の「業務」は、職業その他社会生活上の地位に基づいて継続して行う事務・事業を指します。家事や私的な活動はここに含まれないため、自宅への押しかけでは業務妨害は原則として使えず、130条が主戦場になります。逆に職場や店舗であれば、実際に業務が止まった結果までは要求されず、妨げるに足りる行為があれば足りると解されています。
3.三つを「使える形」にするために、その場ですること
条文があっても、現場の記録がなければ動かせません。とくに不退去罪は、こちらの言動が要件そのものになります。
①「お帰りください」と、はっきり言葉にする
退去要求は、不退去罪の起点です。過去の裁判例には、立入り禁止の掲示があっただけでは侵入とはいえないとしつつ、現実の退去要求に応じなかった点をとらえた事例もあります。心の中で迷惑に思っているだけでは要件になりません。「お引き取りください」「これ以上は対応できません」と、相手に聞き取れる形で、できれば複数回、時刻がわかるように伝えます。
②家の中や敷地に入れない 玄関の外で対応する
インターホン越しにとどめる、というだけで評価は変わります。招き入れてしまうと、立入り自体は適法だったことになり、不退去のルートで組み立てることになります。
③その場の様子を残す
到着時刻・帰った時刻・人数・言われた言葉・立っていた位置。録音や撮影ができるなら記録し、勤務先や集合住宅の防犯カメラは、上書きされる前に保全を依頼します。記録の残し方は別稿「証拠の残し方」で詳しく扱っています。
④その場で決めない・署名しない・払わない
帰ってほしい一心で書面にサインする、その場で振り込む、という対応は後から覆すことが難しくなります。受けた直後の行動については「不当要求を受けたときの初動48時間」を参照してください。
避けたいのは、実力で外に押し出すことです。日本の法制度は自力救済を原則として認めておらず、こちらの有形力の行使が別の問題として扱われるおそれがあります。挑発したり、こちらから外へ出て言い合ったりするのも得策ではありません。
4.職場に来られたとき|被害を受けているのは自分だけではない
職場への押しかけには、自宅とは違う構造があります。建物の管理権者は会社であり、業務の主体も会社です。つまり、建造物侵入・不退去・業務妨害のいずれについても、会社自身が被害を受けている側になり得ます。
これは実務上、小さくない意味を持ちます。会社名義で110番通報や被害届の提出ができるため、本人が矢面に立たずに手続きを進められる余地があるからです。会社に伝える際は、交際歴や金銭トラブルの詳細まで話す必要はなく、次の点が共有できていれば足ります。
- 相手を特定できる情報(氏名・外見・車両など)
- 何を要求されているか(相手の言葉のまま)
- 現場の対応ルール(取り次がない/来訪時は退去を求める/どの状態になったら110番するか)
一人で店を営んでいる方や個人事業主の場合は、自分自身が管理権者です。「上の者を出せ」が通用せず、退去を求める役割も自分に集中します。対応を続けながら記録を取るのは難しいので、通報の基準をあらかじめ決めておくことが現実的です。なお、自宅兼事務所や在宅勤務であれば、自宅であっても業務性が問題になる場合があります。
5.110番の伝え方と、帰った後にすること
いま来ていて帰らないという状況は、その場の110番通報が基本です。すでに帰った後の相談は、警察署の窓口や警察相談専用電話(#9110)が窓口になります。
伝え方には、押さえておくと違いが出る点があります。「不当な請求をされている」から入ると民事の話として整理されやすいため、何をされているかを先に伝えます。
- 場所(自宅か勤務先か、敷地内・建物内に入っているか)
- 退去を求めたかどうか、いつ求めたか
- どのくらいの時間いるか、人数
- 業務や生活にどんな支障が出ているか
警察官が臨場すれば、警告を受けて引き上げるケースもあります。一方で、支払義務があるかどうかを警察が判断してくれるわけではなく、渡してしまったお金が戻るわけでもありません。期待できることと、できないことは分けて考える必要があります。
相手が帰った後は、被害届や告訴を検討します。その際にものを言うのは、第3章で挙げた現場の記録です。
6.三つに届かないとき|目的別の受け皿
門の外から呼びかけるだけで敷地には入らない、短時間で帰るが何度も来る——こうした場合、130条や業務妨害では捉えきれないことがあります。押しかけを規制する法令は、相手の目的によって使うものが変わるという特徴があります。
| 相手の目的 | 主に使う法令 | 注意点 |
|---|---|---|
| 恋愛感情や、それが満たされなかった怨恨 | ストーカー規制法(2条1項1号に「住居等に押し掛け」を明記。住居等には勤務先・学校を含む) | 目的要件があり、金銭目的の押しかけは原則外れる |
| ねたみ・恨みなど悪意の感情 | 東京都迷惑防止条例5条の2(自宅や職場への押し掛けが対象。反復が要件) | ストーカー規制法の対象行為は除かれる。専ら悪意の感情を充足する目的であることが要件 |
| 金銭その他の要求を通すため | 刑法130条・233条・234条のほか、脅迫罪222条、強要罪223条、恐喝罪249条 | 要求の態様次第。単に「訴える」と述べただけでは直ちに違法とはいえない |
このほか、進路に立ちふさがる、不安や迷惑を覚えさせる仕方でつきまとうといった行為には、軽犯罪法1条28号(拘留または科料)が用意されています。
借金の取立てであれば、貸金業法21条1項が、正当な理由のない勤務先への訪問や、深夜・早朝の訪問、退去要求後の居座りなどを禁じています。ただしこの規定の名宛人は貸金業を営む者と取立ての委託を受けた者であり、知人や元交際相手といった個人の貸主には及びません。この場合は刑法の各条文で考えることになります。
7.繰り返しを止めるための民事の手段
一度警察が来ても、しばらくして再開することがあります。繰り返しを止める方向の手段としては、次のようなものがあります。
窓口の一本化……弁護士名義で通知を出し、以後の連絡は代理人宛てとする方法です。本人に直接接触しないよう求める根拠が明確になり、それでも押しかけた事実自体が次の材料になります。
面談強要禁止・訪問禁止の仮処分……人格権(平穏に生活を営む権利)に基づく妨害排除・妨害予防請求権を根拠に、自宅や勤務先への来訪、直接の面談要求を禁じる決定を求める手続きです。事業者であれば営業権も根拠になります。執拗な面会強要の事実を疎明する必要があり、ここでも録音・録画や詳細な経過の記録が要になります。決定が出ても相手が従わない場合には、間接強制(民事執行法172条)により、履行しないことに対して金銭の支払いを命じてもらう手続きも考えられます。
慰謝料請求……押しかけの態様や期間によっては、不法行為として損害賠償を請求できる場合があります。金額は事案により幅があり、一律の目安を示せるものではありません。
まとめ
- 相手の請求に理由があるかどうかと、押しかけが違法かどうかは別の層の問題である
- 自宅では住居侵入罪・不退去罪、職場ではこれに業務妨害罪が加わる。業務妨害は家事には及ばない
- 不退去罪は、こちらが明確に退去を求めたかどうかが要件になる。言葉にして、時刻を残す
- 職場の場合は会社も被害者になり得るため、会社名義で動かせる余地がある
- 押しかけを規制する法令は相手の目的で変わる。恋愛感情ならストーカー規制法、恨みなら迷惑防止条例、金銭要求なら刑法の各条文が軸になる
押しかけは、繰り返されるほど「いつものこと」になり、記録が残らないまま時間が過ぎがちです。対応に迷った段階で、事実関係を整理しておくことをおすすめします。


