「用心棒代」「みかじめ料」を求められた|小さな店ほど狙われる
要求が止まって数か月がたち、そろそろ当時の記録を消してよいだろうか、というご相談を受けることがあります。相手からの連絡は途絶えていて、生活も落ち着いた。ただ、スマートフォンには当時のやり取りが残ったままで、開くたびに気持ちが重くなる。一方で、小さなお店を営んでいる方からは、客とのトラブルが収まった後、録音や応対メモをいつまで置いておけばよいのか決めかねている、というお話も伺います。
「記録は残しておきましょう」という説明はよく見かけますし、3年、5年といった年数が挙げられていることもあります。それ自体が誤りというわけではありません。ただ、そこで示される年数の多くは、会社が帳簿や労務書類を保存する場面の話であったり、時効の期間をそのまま当てはめたものであったりします。要求を受けた側が、自分の手元に残った記録をどう扱うかという問いには、そのままでは答えきれない部分が残ります。
この記事では、要求が止まった後の記録について、期間をどう決めるか、何を残して何を減らすか、捨てるときに何を確認するかを整理します。記録をどう作るか、どの形なら後で通用するかについては別の記事で扱っていますので、本稿はその先、落ち着いた後の時間の話に絞ります。
この記事で扱うこと・扱わないこと
範囲を先にはっきりさせておきます。
- 扱うのは、要求が止まった後に残った記録を、いつまで、どの範囲で持っておくかという判断です。
- 記録の書き方や様式、録音を告知するかどうかの判断は、別の記事で扱っています。
- 証拠としての質の高め方や、警察・弁護士への渡し方も別の記事に譲ります。
- 要求を受けた直後の数日間に何をするかは、初動を扱った記事で整理しています。
- 想定しているのは、個人として要求を受けた方と、小規模に事業を営んでいる方の双方です。
なお、ここで言う記録には、メッセージのやり取りや録音のような相手とのやり取りそのものだけでなく、こちらが作った応対メモ、送った書面の控え、相談や届出の際に受け取った紙も含めて考えます。
「止まった」には三つの型がある
同じ「止まった」でも、どのような止まり方をしたかによって、後から記録が要る場面は変わります。ここを分けないまま年数だけを決めようとすると、判断がぶれやすくなります。
連絡が途絶えただけの場合
相手が何も言わなくなり、そのまま時間が過ぎたという止まり方です。当事者の間で何かが取り決められたわけではないので、相手の言い分もこちらの言い分も、手つかずのまま残っている状態といえます。三つの型のなかでは、後になって同じ話が持ち出される余地が残りやすい形といえます。数か月後に再び連絡が来る、こちらの勤務先や家族といった別の経路から接触がある、といった展開も考えられます。
話し合いで区切りをつけた場合
合意書や示談書を取り交わした、あるいは金銭のやり取りを済ませて終わりにした、という止まり方です。この場合、後で必要になるのは、やり取りの一部始終よりも、何をどう取り決めたのかを示す書面と、その履行を裏づける控えのほうです。逆に言えば、取り決めの内容が書面に残っていないと、経緯の記録をいくら持っていても収まりが悪くなります。
警察や裁判所の手続を経た場合
被害届を出した、告訴した、民事の手続を経た、といった止まり方です。手続の記録は役所や裁判所の側にも残りますが、本人が受け取った書面の控えは手元にしかありません。また、期間が経過すると閲覧や取得ができなくなる書類もあります。この型では、経緯の記録よりも、どの手続がどこまで進み、どう終わったかを示す書面が中心になります。
| 止まり方 | 記録が要りやすい場面 | そろえておきたいもの |
|---|---|---|
| 連絡が途絶えただけ | 同じ相手から再び連絡が来たとき/別の経路から接触があったとき | やり取りの元データと、経過をまとめた1枚 |
| 話し合いで区切りをつけた | 取り決めの内容で食い違いが出たとき/約束が守られないとき | 合意書の原本と、支払いや受領の控え |
| 手続を経て区切りがついた | 同じ相手の言動が再び問題になったとき/こちらの対応の当否を問われたとき | 届出・受理・処分に関して受け取った書面の控え |
保管期間を決める三つの物差し
「何年」という数字から入ると、根拠のない年数を決めてしまいがちです。次の三つを重ねて考えると、自分の場合の目安が立てやすくなります。
相手の権利がいつまで残るか
一つ目は、相手の側からの請求が法律上まだ成り立ちうる期間です。損害賠償の請求権は、被害者が損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年で時効によって消滅するとされています(民法724条)。生命や身体を害された場合には、この3年が5年に読み替えられます(同法724条の2)。契約に基づく請求などの一般の債権は、権利を行使できることを知った時から5年、権利を行使できる時から10年です(同法166条1項)。刑事の側では、脅迫罪・強要罪・業務妨害罪・不退去罪はいずれも公訴時効が3年、恐喝罪は7年とされています(刑事訴訟法250条2項)。
ここで気をつけたいのは、これらの期間が「要求が止まった日」から数えられるとは限らないという点です。起算点は、損害と相手を知った時であったり、権利を行使できる時であったりします。相手が黙っただけの状態であれば、期間は止まった日より前から進んでいることもありますし、逆に、後になって新たな出来事が起きればそこから別の期間が動き出すこともあります。年数の数字だけを見て「もう過ぎたはずだ」と判断するのは避けたほうがよい場面です。
| よく挙がる年数 | その数字が出てくる場面 |
|---|---|
| 3年 | 損害と相手を知った時から進む期間(民法724条1号)/脅迫・強要・業務妨害・不退去などの公訴時効(刑事訴訟法250条2項) |
| 5年 | 債権について権利を行使できることを知った時から進む期間(民法166条1項1号)/生命や身体を害された場合の期間(民法724条の2) |
| 7年 | 恐喝罪の公訴時効(刑事訴訟法250条2項) |
| 10年 | 債権について権利を行使できる時から進む期間(民法166条1項2号) |
| 20年 | 不法行為の時から進む期間(民法724条2号) |
自分が説明を求められる場面があるか
二つ目は、記録を使う相手が誰かという視点です。相手に対して使うだけでなく、家族や取引先、従業員、保険会社、あるいは裁判所に対して、当時どう対応したのかを説明する場面が出てくることがあります。説明のために要るのは、やり取りの全量ではなく、いつ何があり、こちらが何を伝えたかが分かるひとまとまりです。この用途を思い浮かべておくと、残す範囲を絞りやすくなります。
持ち続けること自体の負担
三つ目は、記録を抱えていることの負担です。手元に置いておけば置いておくほど安全になる、というものでもありません。中身には相手の氏名や連絡先が含まれ、こちらの側の事情も書かれています。端末の紛失や共有アカウントの取り違えで外に出てしまえば、別の問題が立ち上がります。読み返すたびに当時の記憶が戻ってきて、生活の側に影響が出ている場合もあります。この負担も、期間を決めるときに正面から数えてよい要素です。
記録が要るのは相手が戻ってきたときだけではない
保管の話は「また来たときのため」と説明されがちですが、実際に記録が効いてくる場面はそれだけではありません。
立場が入れ替わることがある
要求を受けていた側が、後になって何かを問われる側に回ることがあります。たとえば、当時のやり取りをめぐって相手から名誉に関わる主張をされる、断り方が問題だったと言われる、金銭の受け渡しの有無で食い違いが出る、といった形です。こうした場面で意味を持つのは、こちらに都合のよい部分だけを抜いた記録ではなく、経過がひととおり残っているまとまりのほうです。自分に不利に見える部分も含めて残しておく理由がここにあります。
事業をしている場合は従業員との関係も生じる
従業員やアルバイトが対応にあたっていた場合、後日、そのときの負担や体調について相談を受けることがあります。会社や事業主は、働く人の安全に配慮する義務を負っています(労働契約法5条)。当時の記録が残っていれば、何が起きていたのか、事業者としてどう動いたのかを示す材料になります。この観点は、相手との関係が終わったかどうかとは別に働きます。
全部残すか全部捨てるかではない
保管をめぐる迷いの多くは、二択で考えていることから生じます。実際には、量を減らしながら芯を残すという中間の選び方があります。
芯になる一式を決める
まず、これだけは残すというまとまりを先に決めます。次のようなものが該当します。
- 要求の内容と、それがいつ、どの方法で伝えられたかが分かるもの。
- 相手を特定できる情報(氏名、連絡先、所属など、そのとき把握できていた範囲)。
- こちらが出した回答や送った書面の控え。
- 終わり方を示すもの(合意書、受領証、通知の控え、届出に関する書面など)。
- 相談した先や届け出た先の記録(日付と担当部署が分かる程度で足ります)。
これらは分量としては多くありません。多くの場合、紙に換算して数枚から十数枚の範囲に収まります。
量の多いデータは扱いを分ける
これに対して、長時間の録音、防犯カメラの映像、日々の応対メモの積み重ねといったものは、容量も心理的な負担も大きくなります。芯になる一式と同じ期間持ち続ける必要があるかは、内容によります。押し問答が長く続いた録音であれば、要求の中身が語られている部分の前後を残し、全体は別に保存しておくといった分け方も考えられます。ただし、編集したものだけを残して元のデータを消してしまうと、後で切り取りを疑われたときに説明しにくくなります。元のデータは、期間を短くするとしても、すぐに消してしまわないほうが安全です。
途中に空白を作らない
記録の説得力は、そろっている量よりも、経過が途切れずに残っていることから生まれます。ある時期の分だけがすっぽり抜けていると、なぜそこだけないのかという話になりがちです。減らすときは、時期で区切って一部の期間を丸ごと捨てるよりも、種類で区切って周辺のデータから減らすほうが、後の説明が楽になります。
端末やサービスの都合で先に消えることがある
保管期間を自分で決めていても、記録の側が先に消えてしまうことがあります。
機種の変更と自動削除
スマートフォンの機種変更や解約、アプリの引き継ぎに失敗して過去のやり取りが失われる例は珍しくありません。クラウドサービスの側で保存期間の上限が設定されていて、一定期間を過ぎた通話録音やチャットが自動的に消える設定になっていることもあります。防犯カメラの映像は、機器の設定によって数日から1か月程度で上書きされることが多いとされています。要求が止まった段階で、自分が意図して残しているのか、残っているだけなのかを一度切り分けておくと、後から慌てずに済みます。
担当者が変わると所在が分からなくなる
事業をしている場合、当時対応した従業員が退職すると、記録がどこにあるのか分からなくなることがあります。個人の端末に入ったままになっていれば、退職とともに事実上失われます。落ち着いた段階で、事業として保管する分を業務の側に移しておくと、後の混乱を避けられます。個人の端末に残す分がある場合も、どこに何があるかだけは分かるようにしておきます。
減らすとき・捨てるときに確認すること
期間が来たと判断したときも、そのまま削除ボタンを押す前に確認しておきたいことがあります。
個人情報としての性質を考える
記録には相手の個人情報が含まれています。個人情報保護法は、個人情報の保存期間や廃棄すべき時期そのものを定めてはいません。他方で、事業者に対しては、利用する必要がなくなったときは遅滞なく消去するよう努めるべきことを定めています。つまり、いつまで持つかは事業者の側で決めてよい代わりに、必要がなくなった後まで漫然と持ち続けることは想定されていないという組み立てです。不要になったものを整理すること自体は、法律の考え方とも整合します。
捨てる前に一度だけ確認する
次の点に一つでも当てはまるようであれば、削除の判断はいったん止めたほうがよい場面です。
- 相手からの連絡が止まってから、まだ日が浅い。
- 取り決めの内容に、期間の定めのある約束(分割払い、接触を控える約束など)が残っている。
- 相手が、こちらの家族・勤務先・取引先といった別の経路に接触していた経過がある。
- 届け出た手続や相談が、まだ結論に至っていない。
- 同じ相手との間で、過去にも同じようなことが起きていた。
捨てたことを記録に残す
整理をしたときは、いつ、どの範囲を削除したかを簡単に書き留めておきます。後になって「あのときのやり取りはないのか」と問われたとき、意図的に隠したのではなく通常の整理として処分したことを説明できるようにするためです。数行のメモで足ります。
事業を営んでいる場合に重なるもの
個人として要求を受けた場合と違い、事業をしている場合には、別の理由からの保存が重なります。
雇用に関する記録
労働基準法は、労働関係に関する重要な書類を一定期間保存すべきものとしています(同法109条)。当分の間は3年とする経過措置が置かれていますが、いずれ5年になることが見込まれています。従業員が対応にあたった事案の記録は、労務の記録と重なる部分が出てきます。この場合は、要求への対応という観点だけで期間を決めないほうが安全です。
カスタマーハラスメントへの対応との関係
2026年10月1日から、事業主には顧客等からの著しい迷惑行為について雇用管理上の措置を講じることが義務づけられます。相談への対応や事実関係の確認が求められる以上、事案の記録は制度の運用そのものと結びつきます。個別の要求が収まったかどうかとは別に、事業としてどの範囲を残すかを決めておくことになります。措置の中身については別の記事で扱っています。
避けたい進め方
最後に、後から困りやすい進め方を挙げておきます。
- 終わったその日に、感情の整理を兼ねてまとめて消してしまう。
- 自分に不利に見える部分だけを抜き、残りをそろえたように見せる。
- 相手に対して「記録はまだ持っている」と伝え、けん制の材料として使う。
- 年数の数字だけで判断し、中身を一度も見返さないまま処分する。
- 一つの端末だけに置いたまま、バックアップも所在の把握もしないでおく。
三つ目については補足しておきます。記録を持っていること自体は問題になりませんが、それを相手に示して何かを差し控えさせようとすると、伝え方によっては別の問題として扱われることがあります。持っておくことと、使うと告げることは切り分けて考えたほうが安全です。
よくあるご質問
相手が謝って終わったのに記録を持ち続けるのは、失礼にあたりませんか
記録を保管することと、相手を疑い続けることは別のことです。合意ができた場合でも、その内容を裏づける書面は保管しておくのが通常の扱いです。相手に告げる必要もありません。むしろ、取り決めの内容が確認できる状態にしておくほうが、後の行き違いを防ぎます。
合意書に「記録を破棄する」と書かれている場合はどうなりますか
そうした条項が入ることはありますが、対象の範囲を確認する必要があります。撮影された画像のように、対象がはっきりしているものと、経緯全体の記録とでは意味が異なります。また、法令上の保存が求められる書類や、合意そのものを裏づける書面まで含む趣旨かどうかも問題になります。署名の前に範囲を確かめ、必要であれば対象を限定した書き方に整えておくのが安全です。
何年たてば安心して捨ててよいのでしょうか
一律の年数を示すことは難しい、というのが正直なところです。時効の期間は目安になりますが、起算点が事案ごとに動きます。実務的には、芯になる一式は長めに、量の多いデータは短めにという二段構えにしたうえで、区切りの時期に一度だけ見直す形が扱いやすいと考えています。判断に迷う材料があるときは、処分を決める前に一度ご相談ください。
まとめ
- 「止まった」には、連絡が途絶えただけ、話し合いで区切った、手続を経たという三つの型があり、後から記録が要る場面が異なります。
- 期間は、相手の権利が残る期間、説明を求められる場面、持ち続ける負担の三つを重ねて決めます。
- 損害賠償の請求権は損害と相手を知った時から3年、不法行為の時から20年(民法724条)、生命や身体を害された場合は3年が5年に読み替えられます(同法724条の2)。
- 一般の債権は知った時から5年、行使できる時から10年です(同法166条1項)。脅迫・強要・業務妨害などの公訴時効は3年、恐喝罪は7年です(刑事訴訟法250条2項)。
- これらの期間は「要求が止まった日」から数えられるとは限らないため、年数だけで判断しないようにします。
- 全部残すか全部捨てるかではなく、芯になる一式は長く、量の多いデータは短くという二段構えで考えます。
- 個人情報保護法は保存期間そのものを定めていませんが、必要がなくなった個人データを遅滞なく消去するよう努めるべきものとしています。
- 事業をしている場合は、労働関係の書類の保存(労働基準法109条)や、2026年10月1日から始まる措置義務との関係も重なります。
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いま要求を受けている方も、収まった後の扱いを決めかねている方も、事案の経過が分かるものをお持ちいただければ、残しておく範囲と期間の考え方を一緒に整理できます。判断がつかないまま処分してしまう前に、一度ご相談ください。


