【不当要求対応】相手が複数人で来る|多対一の場での対応と記録
2026年(令和8年)10月1日から、顧客等からの著しい迷惑行為、いわゆるカスタマーハラスメントへの対応が事業主の措置義務になります。従業員を1人でも雇っていれば対象で、企業規模による適用除外や猶予期間は設けられていません。ここで小規模な事業者がつまずきやすいのが「相談窓口」です。従業員が数人の店や事務所では、窓口の担当者になれる人が経営者本人しかいない、という状況が珍しくありません。この記事では、窓口を経営者が1人で兼ねるという前提を動かさないまま、どこまで整えれば形になるのかを整理します。
窓口の担当者が1人であること自体は否定されていない
厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)は、事業主が講じなければならない措置の一つとして、相談への対応のための窓口をあらかじめ定め、労働者に周知することを挙げています。そのうえで、窓口を定めていると認められる例として、次の3つが示されています。
- 相談に対応する担当者をあらかじめ定めること。
- 相談に対応するための制度を設けること。
- 外部の機関に相談への対応を委託すること。
いずれにも人数の下限は書かれていません。指針には、相談に対応する担当者として、労働者の上司に当たる管理監督者等を定めることも考えられるという記載もあります。管理監督者が経営者しかいない事業所であれば、経営者が担当者になるという整理は、この記述の延長線上にあるものと考えられます。
また、指針は、職場における他のハラスメントの相談窓口と一体的に設置することも考えられるとしています。パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントの窓口をすでに決めているのであれば、そこにカスタマーハラスメントを加える形でも差し支えないという趣旨です。新しい部署や専用の電話番号をつくることが求められているわけではありません。
求められているのは「部署」ではなく「決めてあること」
義務の中身を、規模の小さい事業所の言葉に置き換えると、おおむね次の5点に整理できます。
| 求められていること | 具体的に何をすることか | 1人でも満たせるか |
|---|---|---|
| 窓口を定める | 誰が相談を受けるのかを決める | 決めれば足りる |
| 労働者に周知する | 決めた内容を働く人に伝える | 口頭だけにしない工夫が要る |
| 適切に対応できるようにする | 判断の目安と連携先を用意しておく | 外部との連携で補える |
| プライバシーを守る | 聞いた内容の扱い方を決めておく | 兼務のときほど設計が要る |
| 相談を理由に不利に扱わない | 処遇を変えない、変えるなら理由を示す | 兼務のときほど誤解されやすい |
この5点のうち、人数がなければどうにもならないものは1つもありません。難しさが出てくるのは、人数そのものではなく、次に述べる役割の重なりのほうです。
兼務でつまずくのは人数ではなく「役割の重なり」
カスタマーハラスメントへの対応では、本来は複数の役割が想定されています。現場で顧客に対応する人、相談を受け付ける人、何があったのかを確認する人、そして今後の方針や処遇を決める人です。従業員が数人の事業所では、これらが1人に集まります。重なりの内容ごとに、起きやすいことと、兼ねたままでも和らげられる工夫を並べると次のようになります。
| 重なる役割 | 重なると起きやすいこと | 兼ねたままでできる工夫 |
|---|---|---|
| 現場で顧客に対応する人 | 相談を受ける相手が、その場にいた当事者になる | 交代の基準を先に決めて紙に書いておく |
| 相談を受け付ける人 | 「見ていたのだから分かるはず」と説明が省かれる | 受けた日時と内容を必ず書き残す |
| 事実を確認する人 | 自分の記憶だけで結論を出しやすい | 録画や録音など、記憶以外の材料を先に確保する |
| 処遇や評価を決める人 | 相談すると不利になるのではと受け取られる | 相談を理由に不利に扱わない旨を文書で示す |
窓口を1人で兼ねることの本当の課題は、相談を受ける人が同時に当事者であり、決定権者でもあるという点にあります。ここを意識して手当てをしておけば、人数が少ないこと自体は決定的な弱点にはなりません。
現場対応と窓口が同じでも引ける線
指針は、あらかじめ定めておく対処の内容の例として、次のようなものを挙げています。いずれも限定列挙ではなく、事業所の実態に応じて定めることが前提とされています。
- 労働者から管理監督者等に直ちに報告し、その場の対応の方針について指示を仰ぐこと。
- 可能な限り労働者を一人で対応させないこと、必要に応じて管理監督者等が代わって対応すること。
- 顧客等とのやり取りを録音・録画すること。
- 十分な説明をしてもなお繰り返しの要求が続く場合に、一定の時間の経過をもって退店を求めたり、電話を切ったりすること。
- 暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については、警察へ通報すること。
小規模な事業所では、この「代わって対応する人」が経営者しかいません。つまり、経営者が現場に出られるかどうかで、対処できるかどうかが決まってしまいます。ここで効いてくるのが、代われる人がいない時間帯をどう扱うかを、あらかじめ決めておくことです。
不在の時間帯を先に決めておく
実際に決めておく内容としては、次のようなものが考えられます。
- 一人勤務になる時間帯を把握し、可能な範囲で重ならないようにする。
- その時間帯にきた申入れは、その場で結論を出さず、折り返しの連絡に切り替える。
- 「責任者が不在のため、この場では回答できません」と伝えて終える言い方をあらかじめ共有しておく。
- 身の危険を感じる場面では、判断を待たずに110番通報してよいと明示しておく。
特に4つ目は、経営者が明示していないと、従業員が「勝手に警察を呼んだら怒られるのではないか」と考えて我慢してしまうことがあります。通報してよい場面を先に言葉にしておくことは、人手が足りない事業所ほど意味を持ちます。
相談を受ける人が処遇を決める人でもある場合の注意
労働施策総合推進法33条2項は、労働者がカスタマーハラスメントに関して相談をしたことや、事実関係の確認等に協力したこと、都道府県労働局に相談や調停の申請をしたことなどを理由として、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならないと定めています。指針も、この点を就業規則などに定めて周知することを求めています。
小規模な事業所では、シフトも配置も評価も経営者が決めています。そのため、相談の後に生じた変更が、たとえ別の理由によるものであっても、相談したことへの反応だと受け取られやすいという事情があります。相談の後にシフトや担当を変えるときは、変更の理由をその都度説明し、いつ何を伝えたのかを記録に残しておくことが、双方にとって安全です。
家族経営でこそ効いてくるプライバシーの線引き
指針は、相談者のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を労働者に周知することも求めています。従業員が少ない職場では、相談の内容が同僚に伝わりやすいだけでなく、経営者の家族や親族に伝わることも起こり得ます。誰にどこまで共有するのかを先に決め、それを伝えておくことが、相談を受け止められる窓口になるかどうかの分かれ目になります。
何を自分で受け、何を外に出すかを決める
外部の機関への委託は、指針が挙げる例の一つですが、すべてを外に出さなければならないというものではありません。実務的には、相談の中身によって、最初に受ける人と、外に出す先を分けて考えるほうが現実的です。
| 相談の内容 | まず受ける人 | 外に出すことを考える先 |
|---|---|---|
| 対応の仕方が分からない | 経営者 | 顧問の弁護士や社会保険労務士 |
| 経営者自身が関わった場面への不満 | 外部 | 外部の相談窓口や自治体の窓口 |
| 気持ちや体調の落ち込み | 外部 | 自治体や公的機関のこころの相談窓口 |
| 法的な手続を検討する段階 | 経営者 | 弁護士 |
| 事業所との間で折り合いがつかない | 外部 | 都道府県労働局の紛争解決の援助・調停 |
改正法では、カスタマーハラスメントをめぐる労使間の紛争について、都道府県労働局長による援助や、紛争調整委員会による調停の仕組みが設けられています。指針も、事実関係の確認が困難な場合などに、調停の申請や中立な第三者機関に委ねることを例として挙げています。東京都では、防止条例に基づく相談窓口も設けられており、事業者側からの相談も受け付けられています。
外部窓口の契約を結ぶことだけが「外に出す」ことではありません。判断に迷う場面の相談先をあらかじめ決め、その連絡先を手元に置いておくだけでも、1人で抱えたまま結論を出す状況は避けやすくなります。
「定めて周知した」と言える形にする
書式に決まりはありません。小規模な事業所であれば、次の内容を紙1枚にまとめ、休憩室などに掲示するところから始められます。
- カスタマーハラスメントには毅然と対応し、働く人を守るという方針。
- 誰が相談を受けるのか(氏名または役職)。
- どうやって連絡するのか(口頭・電話・メールなど、複数あるとよい)。
- 相談を受けた後、事業所として何をするのか。
- 相談したことを理由に不利益な扱いはしないこと、聞いた内容の扱い方。
周知の方法も、大がかりなものである必要はありません。掲示に加えて、採用時に労働条件の書面と一緒に渡す、朝礼で読み上げる、業務連絡に使っているグループに送るといった方法が考えられます。相談が来ないこと自体は義務違反ではありませんが、伝えていないことは周知したことにはなりません。伝えた日付を控えておくと、後から説明しやすくなります。
経営者自身が受けた被害は、この窓口の枠外にある
今回の措置義務は、事業主が雇用する労働者の就業環境を守るための仕組みです。したがって、経営者自身や、従業員を雇っていない個人事業主が受けた被害は、この措置義務が直接守る対象には含まれません。
もっとも、指針は、雇用する労働者以外の者に対する顧客等の言動についても同様の方針を併せて示すことが望ましいとし、こうした人から相談があった場合には、必要に応じて適切な対応を行うよう努めることが望ましいとしています。また、改正法の附則には、業務委託を受けて働く事業者が受けた同種の言動について、施策を検討する旨の規定が置かれています。制度の側も、この空白を意識している段階だといえます。
実務としては、経営者自身が受けている被害は、労務管理の仕組みで処理しようとせず、警察への相談や、弁護士を通じた対応といった別のルートで扱うことになります。要求の内容が金銭に及んでいる場合や、来店・電話が繰り返されている場合は、早い段階で外部に持ち込んだほうが選択肢は広くなります。
避けたほうがよい進め方
1人で兼ねる体制では、次のような形になりやすい点に注意が必要です。
- 窓口を決めたつもりでいるが、従業員には一度も伝えていない。
- 相談を受けた場で「気にしすぎだ」「その程度は仕方がない」と評価してしまう。
- 顧客の前で、対応した従業員を注意する。
- 相談の内容を、必要のない相手にまで話してしまう。
- すべて自分で抱え、期限のある法的手段を検討しないまま時間が経つ。
どれも人手が足りない事業所で起きやすいもので、悪意があって生じるものではありません。だからこそ、あらかじめ決めておくことに意味があります。
よくある質問
従業員が家族だけでも対象になりますか
労働者として雇用しているのであれば、家族であっても対象になります。労働者には、パートタイム労働者や契約社員などの非正規雇用の方も含まれます。雇用ではなく共同経営という実態であれば、扱いが変わることがありますので、契約や届出の形を確認しておくことをおすすめします。
窓口を外部に委託すれば、社内には誰もいなくてよいのですか
相談の受付を外部に委託することは、指針が挙げる例の一つです。ただし、事実関係の確認や、顧客への対応方針の決定、再発防止といった措置は、事業主が行うべきものとして残ります。受付を外に出す場合でも、事業所側で誰が引き取るのかは決めておく必要があります。
相談が1件も来なければ、義務を果たしていないことになりますか
相談の件数が義務の履行を測る基準とされているわけではありません。求められているのは、定めて、周知し、来たときに対応できる状態にしておくことです。ただし、来ない理由が「相談しても仕方がないと思われているから」である可能性は、折に触れて確かめておく価値があります。
対応しなかった場合、どうなりますか
この仕組みは、直ちに罰金が科されるという形ではなく、行政による報告の求め、助言・指導・勧告、勧告に従わない場合の公表といった対応が予定されています。あわせて、労働者から安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を求められる場面や、離職・採用への影響も現実的な問題として生じ得ます。
おわりに
窓口を1人で兼ねること自体は、制度上、想定の外にある形ではありません。整えるべきなのは体制の規模ではなく、誰が受けるのかを決めて伝えること、代われないときの扱いを決めておくこと、相談を理由に不利に扱わないと示すこと、そして自分で判断しきれない部分の持ち込み先を先に確保しておくことの4点です。
当事務所では、不当要求やカスタマーハラスメントへの対応について、事業者側からのご相談をお受けしています。すでに起きている個別の対応についても、これから体制を整える段階についても、事業所の規模と人員に合った形をご一緒に検討します。判断に迷う場面が続いている場合は、早い段階でご相談ください。


