不当要求を受けたときの初動48時間|やること・やってはいけないこと
不当要求と聞くと、まったく身に覚えのない請求を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし実務で対応が難しいのは、むしろ相手の言い分に一定の正当性がある場面です。事故を起こした、ミスをした、約束を破った——そうした落ち度がこちら側にあるとき、請求は断りにくくなり、金額の妥当性を確かめないまま応じてしまうことがあります。
この記事では、こちらに非がある状況で過大な請求を受けたときに、何をどう切り分けて考えればよいのかを整理します。支払いを免れるための話ではありません。応じるべき部分と、そうでない部分を分けるための話です。
1. 根拠のある請求ほど、断りにくい構図がある
まったく身に覚えのない請求であれば、「そのような事実はありません」と言うことができます。事実関係で争える以上、金額の話に入る前に立ち止まることができるからです。
これに対し、事実そのものは争えない場合、心理的な構図が変わります。「悪いのはそちらでしょう」という一言で、会話が止まってしまうのです。請求する側がその効果を意識していることもあります。金額の根拠を尋ねただけで「反省していないのか」と返され、それ以上聞けなくなる——こうした流れは、決して珍しいものではありません。
前提として、正当な請求に誠実に対応することは大切です。ただ、事実に落ち度があることと、相手の提示した金額がそのまま妥当であることとは、別の問題です。
2. 「責任があるか」と「いくら払うか」は別の問題
法的な検討は、大きく二段階に分かれます。
| 段階 | 判断すること | 主に決め手になるもの |
|---|---|---|
| ① 責任の有無 | そもそも法的な責任を負うのか | 事実関係、故意・過失、権利侵害の有無 |
| ② 責任の範囲 | 負うとして、いくらまでか | 損害の内容と裏付け、因果関係の広がり、過失相殺、同種事案の水準 |
こちらに落ち度がある場面では、①はしばしば「ある」という結論になります。問題は②です。①が認められたからといって、②が自動的に相手の言い値になるわけではありません。過大な請求は、その多くが②の段階で生じます。
したがって、「責任は認めます。そのうえで、金額の内訳を確認させてください」という応答は、矛盾したものではありません。
3. 「範囲」を測る4つの物差し
金額の妥当性は、感覚ではなく、いくつかの物差しで検討されます。
① 相当因果関係(民法416条)
賠償の対象となるのは、通常生ずべき損害です。特別の事情によって生じた損害は、当事者がその事情を予見すべきであったといえる場合に限られます(同条2項)。この規定は、不法行為による損害賠償にも類推して適用されるのが判例・通説の考え方です。
たとえば追突事故であれば、車の修理費や治療費は通常生ずる損害にあたります。他方、「修理中に商談へ行けず、大きな契約を逃した」という損害は、相手がその事情を知り得なかった場合、範囲外と判断されることがあります。
② 損害が実際に発生し、裏付けがあるか
請求されている損害が、実際に生じているか。金額の根拠が示されているか。修理費であれば、修理見積額なのか、それとも修理費が車両価格を上回るため時価をもとに算定すべきなのか。治療費や休業損害であれば、診断書や収入資料があるのか。内訳の説明がない一括の金額提示は、範囲を検討する以前の段階にあります。
③ 過失相殺(民法722条2項)
被害者側にも不注意があった場合、裁判所はこれを考慮して賠償額を定めることができます。ここで注意したいのは、過失相殺は責任そのものを否定するものではなく、額を調整する仕組みだという点です。責任は認めつつ、額については主張できる余地がある、という構造がここにも表れています。
④ 同種事案での水準
慰謝料のように評価的な要素が大きい損害は、過去の裁判例の積み重ねによって、おおよその幅が形成されています。また、物が壊されたという財産的な損害については、財産的な賠償によって精神的苦痛も回復されると考えられ、慰謝料が別途認められにくい傾向があります。「壊されて悲しい思いをしたから慰謝料も」という上乗せが、当然に通るわけではありません。
4. 落ち度がある側に生じやすい4つの思い込み
思い込み1「金額を争うと、誠意がないと思われる」
事実を認めて謝罪することと、金額の根拠を確認することは両立します。内訳の確認は交渉の通常の手順であり、それ自体が不誠実な態度と評価されるものではありません。むしろ、根拠のないまま高額の合意をしてしまうと、後から見直すことは容易ではありません。
思い込み2「非がある以上、何をされても文句を言えない」
相手に正当な債権があることと、その取り立ての方法が許されることとは別です。最高裁昭和30年10月14日判決は、権利の行使であっても、その方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えるときは恐喝罪が成立し、しかも交付を受けた金額の全部について成立するとしています。債権があることは、手段を正当化しません。
ただし、「支払いがなければ訴訟を提起する」「弁護士に依頼する」といった予告は、正当な権利行使の告知であり、これ自体が直ちに違法となるものではありません。線が引かれるのは、暴力をほのめかす、勤務先や家族に言いふらすと告げる、深夜に押しかけるといった態様です。
思い込み3「一度謝ったら、全部認めたことになる」
事実についての謝罪と、法的責任や金額の承認は、法的には別のものです。もっとも、金額の記載された書面に署名する、一部を支払うといった行為は、債務の承認(民法152条1項)として時効の更新事由になるなど、法的な意味を持つことがあります。事実の確認と、金額の合意とは、段階を分けて進めるのが安全です。
思い込み4「弁護士は、払わないために頼むもの」
実際には、払うべき額を確定させるために依頼される場面が多くあります。交渉が平行線になった場合には、支払義務の有無や上限を確定させるための手続き(債務不存在確認訴訟など)もあります。相手の請求を全面的に拒むためではなく、着地点を明確にするための選択肢です。
5. 場面別に見た「範囲」の検討点
| 場面 | よくある請求 | 範囲を検討する際の主な論点 |
|---|---|---|
| 交通事故で加害者になった | 修理費・代車費用・休業損害・慰謝料 | 修理費か時価か、代車や休業の必要性と裏付け、過失割合 |
| 仕事上のミスで勤務先に損害が出た | 損害の全額を弁償しろ | 労働者の賠償責任の制限(下記参照) |
| 交際・不貞に関する慰謝料 | 高額の慰謝料 | 婚姻関係の状況、期間や態様、同種事案の水準、求償の問題 |
| 提供した商品・サービスに不備があった | 全額返金に加え慰謝料・営業補償 | 追完や減額との段階、財産的損害と慰謝料の関係、特別損害の予見可能性 |
| 借りた物・預かった物を壊した | 新品価格に加えて精神的苦痛の賠償 | 使用による減価を踏まえた評価、物損での慰謝料の扱い |
このうち、勤務先からの請求については、最高裁昭和51年7月8日判決(茨城石炭商事事件)の考え方が重要です。同判決は、使用者が被用者に対して損害の賠償や求償を請求できるのは、事業の性格・規模、業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防や損失の分散についての使用者の配慮の程度その他の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に限られるとしました。当該事案では、請求額の4分の1の限度で認められています。ミスをしたのだから全額を負担するのが当然、という前提は、必ずしも法的な結論と一致しません。
6. 請求を受けた直後の初動
避けたいこと
- その場で金額に同意する、示談書や念書に署名する
- 相手の主張を頭から全否定する(正当な部分まで否定すると、話し合いの土台が失われます)
- 連絡を無視して放置する(訴訟の提起や、事態の悪化につながることがあります)
しておきたいこと
- 請求の内訳を書面で示してもらう(何に対していくらか)
- 事実関係を時系列で整理し、手元の資料(契約書、メール、写真、見積書など)を確保する
- やり取りの日時・相手・内容を記録に残す
- 回答期限を確認し、その期限より前に相談する
7. 正当な部分には誠実に、過大な部分は切り分けて
落ち度があるという事実は変わりません。だからこそ、認めるべきところは認めたうえで、金額の根拠を確認するという姿勢が意味を持ちます。これは責任逃れではなく、双方が納得できる着地点を探すための手順です。
相手の請求のうち、どこまでが法的な根拠のある部分で、どこからが範囲を超えているのか。その線引きに迷ったときは、合意や支払いをしてしまう前に、弁護士へご相談ください。


