不当要求のサイン10|こう言われたら要注意のフレーズ集
不倫相手の配偶者から慰謝料を求められたとき、多くの方が「自分に非がある以上、言われたとおりにするしかない」と考えます。一方、請求する側にも「これだけのことをされたのだから、どんな伝え方をしても許されるはずだ」という感覚が生じやすいものです。
しかし法律は、請求する権利があることと、その権利をどう実現するかを、別のものとして扱っています。権利があっても、その通し方が一定の線を越えれば、恐喝罪などの問題になり得ます。
この記事では、不貞慰謝料の請求がどこで線を越えるのか、そして線を越えたときに何が起きるのかを整理します。請求を受けている方にも、これから請求しようとしている方にも読んでいただける内容です。
1. 出発点:請求すること自体は、正当な権利
配偶者以外の人と性的関係を持った場合、その相手方は、故意または過失がある限り、他方配偶者に対して慰謝料を支払う義務を負うと考えられています(民法709条・710条)。不倫相手の配偶者が慰謝料を求めること自体は、法律上認められた権利の行使です。
金額の目安は事案によって幅がありますが、一般には数十万円から300万円程度の範囲で語られることが多いといえます。婚姻期間、不貞の期間や回数、婚姻関係に与えた影響などによって上下します。
そして重要なのは、金額が相場より高いというだけでは、直ちに違法とはいえないという点です。いくら請求するかは、原則として請求する側の自由だからです。「相場より高い=恐喝」ではありません。
では、どこで線が引かれるのでしょうか。
2. 境界を分ける4つの分岐点
最高裁は、権利行使と恐喝罪の関係について、権利の範囲内であり、かつその方法が社会通念上一般に忍容すべき程度を超えない限り違法の問題は生じないが、その範囲や程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪が成立することがある、という考え方を示しています(最高裁昭和30年10月14日判決)。
この「範囲」と「程度」を、実務的に見分けるための分岐点は、おおむね次の4つに整理できます。
| 分岐点 | 線の内側に近い | 線の外側に近い |
|---|---|---|
| ①何を告げているか | 訴訟・調停を起こす、弁護士に依頼する | 会社に伝える、実家に押しかける、SNSに書く、危害を加える |
| ②金額の示し方 | 事実と事情を挙げて金額の根拠を説明する | 根拠を示さずに額だけを突きつける/断られるたびに増える |
| ③場面と方法 | 書面やメールで、考える時間を確保する | 深夜や長時間、複数人で囲む、その場で現金やATMを求める、帰らせない |
| ④求めているものの中身 | 金銭の支払 | 退職、関係者への謝罪行脚、誓約書への即時署名など、義務のない行為 |
①がもっとも分かりやすい分かれ目です。訴える・調停を申し立てる・弁護士に依頼するという予告は、法律が用意した手続を使うという告知であり、原則として正当な権利行使の範囲とされています。これに対し、勤務先への通知やSNSでの公表は、法律上の手続ではなく、相手の社会的評価に直接ダメージを与える行為です。同じ「払わなければ」という前置きでも、後ろに続くものが手続なのか手続外の害なのかで、評価は大きく変わります。
④は、罪名そのものが変わる分岐点です。金銭を求めれば恐喝罪(刑法249条1項・10年以下の拘禁刑)の問題になり、金銭以外の義務のない行為を求めれば強要罪(同223条・3年以下の拘禁刑)の問題になります。要求を伴わない害悪の告知だけなら脅迫罪(同222条)が検討されます。
なお、権利行使が社会通念上許される範囲を逸脱した場合、交付を受けた金銭の全額について恐喝罪の成立を認めた裁判例があります。「本来もらえるはずだった分は差し引かれる」という発想は通用しないと考えておくのが安全です。
3. 線を越えたときに起きる3つのこと
この論点は「恐喝罪になるかどうか」だけで語られがちですが、実際に起きることは3つの層に分かれます。刑事だけを見ていると、影響を見誤ります。
| 層 | 内容 | 主な根拠 |
|---|---|---|
| 第1層:刑事 | 恐喝罪・脅迫罪・強要罪のほか、勤務先や自宅での居座りは住居侵入罪や不退去罪、帰らせなければ逮捕監禁罪、実際に言いふらせば名誉毀損罪の問題にもなり得る | 刑法249条・222条・223条・130条・220条・230条 |
| 第2層:請求する側が責任を負う | 過度な取り立てや暴露そのものが不法行為と評価され、逆に損害賠償を求められることがある | 民法709条・710条 |
| 第3層:請求が通りにくくなる | 行き過ぎた言動が慰謝料の減額事情として考慮されたり、極端な場合には請求自体が信義則違反・権利濫用として認められないことがある | 民法1条2項・1条3項 |
第3層は、あまり知られていません。裁判例には、不貞相手の勤務先に長時間にわたって罵倒を含む電話をかけ、強い口調で謝罪文を求めるなどした事案で、請求額を大きく下回る金額が相当とされたものがあります。
さらに、最高裁が不貞慰謝料の請求そのものを退けた例もあります。妻が不倫相手の女性に慰謝料500万円を要求し、口頭での要求にとどまらず、夫による暴力的な要求行為を利用し、単独で、あるいは夫とともに女性の経営する店で嫌がらせをして支払いを求めた、という事案です。最高裁は、仮に妻が何らかの損害賠償請求権を有するとしても、これを行使することは信義誠実の原則に反し権利の濫用として許されないと判断しました(最高裁平成8年6月18日判決)。第一審は請求を棄却し、控訴審は100万円を認めましたが、最高裁で結論が覆っています。
ただし、この判決はかなり極端な事情のもとで出されたもので、不貞慰謝料の請求が権利濫用と評価されるケースはまれだと理解されています。「相手の態度が強かったから払わなくてよい」と受け取るのは適切ではありません。あくまで、行き過ぎた取り立てが請求する側の不利益として跳ね返ることがある、という趣旨です。
4. 二つの責任は、相殺されません
ここは、双方が誤解しやすいところです。
- 相手の取り立て方が違法だったとしても、不貞行為に基づく慰謝料の支払義務が当然に消えるわけではありません。
- 逆に、不貞行為があったことは、相手の違法な取り立てを正当化する理由にはなりません。
責任は二つ並んで存在し、どちらか一方が他方を打ち消すという関係にはありません。だからこそ、「自分に非があるから何も言えない」という思い込みも、「被害者だから何をしてもよい」という思い込みも、どちらも実態からずれています。
なお、脅されて畏怖した状態で支払いや署名をしてしまった場合、強迫による意思表示として取り消せる余地があります(民法96条1項)。ただし、強迫があったことを主張する側が立証しなければならず、実際には簡単ではありません。「義務がないと分かっていて払ったのだからもう戻らない」と考えている方もいますが、任意にされたものではない支払いには、この制限は及ばないと解されています。支払ってしまった後の考え方については、別のコラムで詳しく整理しています。
5. 判断が分かれやすい5つの場面
- 「払わないなら訴える」と言われた … 原則として正当な権利行使の告知であり、直ちに違法とはいえません。訴えられること自体を恐れるより、支払義務の有無と金額を検討するほうが実益があります。
- 「払わないなら会社に伝える」と言われた … 手続外の害の告知と評価されやすく、金銭要求と結びついていれば恐喝罪の検討対象になり得ます。
- その場で現金やATMを求められた … 考える時間を与えない進め方は、方法の相当性が問題になりやすい典型です。
- 金銭以外に、退職や誓約書への即時署名を求められた … 義務のない行為の要求として、強要罪のレイヤーに移ります。
- 相場を大きく超える額に、極端に短い期限が付いている … 金額単体ではなく、金額・根拠の不提示・期限・伝え方の組み合わせで評価されます。
6. 請求を受けている方の初動
避けたいこと
- その場で支払う、署名する、暗証番号を入力する
- 感情的に反論して、やり取りをこじらせる
- LINEやメールを削除する(自分に不利にも有利にも働く記録です)
- 期限に追われて、内容を確認しないまま合意する
しておきたいこと
- やり取りを日時が分かる形で保存する(画面全体のスクリーンショット、通話の録音)
- 「誰が」「何を根拠に」「いくら」「いつまでに」求めているかを書き出す
- 事実関係の認否は慎重に行う(安易な自認は証拠として扱われます)
- 期限が来る前に弁護士に相談し、連絡窓口を一本化する
- 身の危険や押しかけがあるときは、ためらわず警察に相談する(緊急でなければ相談専用電話「#9110」も利用できます)
7. 請求する側が、線を越えないために
正当な請求まで控える必要はありません。ただし、次の5点を意識するだけで、後から「恐喝だった」と主張される余地は大きく減ります。
- 口頭ではなく書面で、事実・根拠・金額・期限を示す
- 期限は、相手が弁護士に相談できる程度の長さにする
- 勤務先や親族への告知、SNSでの公表を交渉材料にしない
- 支払いを求める場面と、謝罪や誓約を求める場面を混ぜない
- 代理人を立てて窓口を一本化する(弁護士名義で請求書を送ること自体は、脅迫や恐喝には当たりません)
まとめ
不貞慰謝料を請求する権利があることと、その権利をどう通すかは、別の問題です。分かれ目になるのは、告げている内容が法律上の手続なのか手続外の害なのか、金額に根拠が示されているか、進め方が相手に検討の時間を残しているか、求めているものが金銭なのか義務のない行為なのか、という4点です。
そして線を越えたときには、刑事責任だけでなく、請求する側が逆に責任を負う可能性や、請求そのものが通りにくくなる可能性まで生じます。
請求を受けている方も、請求しようとしている方も、感情が最も高ぶっている時期に一人で判断しないことが、結果的に双方の不利益を小さくします。判断に迷う場面では、早い段階で弁護士にご相談ください。


