警察に相談すべきか、弁護士に相談すべきか|窓口の使い分け早見表
トラブルの相手方から「示談金として○○万円」と提示され、その金額が自分の想像や、インターネットで見た相場から大きく離れていた——。こうしたご相談は、刑事事件の当事者になった方からも、男女間や金銭をめぐる民事のトラブルを抱えた方からも寄せられます。
このとき多くの方が知りたいのは、「この金額に応じるべきなのか」という一点だと思います。ただ、この問いに「相場より高いから応じなくてよい」とだけ答えるのは、実は正確ではありません。相場から離れていること自体は、応じない理由にも、応じてよい理由にもならないからです。
この記事では、提示された金額に応じるかどうかを決めるまでに、何をどの順番で確認すればよいのかを整理します。
1.「示談金」という言葉に、決まった中身はない
「示談金」は、日常的にはよく使われる言葉ですが、法律上そう定義された用語ではありません。実務では、次のようなものをまとめて「示談金」と呼んでいます。
- 実際に生じた損害の穴埋め(治療費、修理費、休業による減収など)
- 精神的な苦痛に対する慰謝料
- 争いを終わらせるための解決金(責任の有無を確定させずに支払われる部分)
示談そのものは、当事者が互いに譲り合って争いをやめる合意であり、民法上の和解契約(民法695条)にあたります。つまり「示談金」とは、その合意によって支払われる金額の総称にすぎません。
ここから導かれることは単純です。「示談金○○万円」とだけ提示された段階では、その金額が高いのか妥当なのかを判断する材料がそろっていない、ということです。内訳を尋ねるのは、争う姿勢を示すことではなく、話し合いを成立させるために必要な確認です。
2.「相場から離れている」だけでは、答えは出ない
金額を見たとき、方向の異なる二つの受け止め方が生じがちです。どちらも、そのままでは判断を誤るおそれがあります。
誤解1:相場より高いのだから、応じる必要はない
示談は合意ですから、双方が納得すれば相場を上回る金額で成立しても、その合意自体は有効です。また、相場と呼ばれるものは「この金額を超えたら不当」という上限ではなく、似た事案でどのあたりに落ち着くことが多いかという分布の目安にすぎません。個別の事情によって、その目安を上回ることは当然にあり得ます。
誤解2:示談できるなら、相場より高くても払ってしまえばよい
一方で、金額を上乗せすれば必ず話が終わるわけでもありません。支払いによって何が終わるのかが決まっていなければ、金額の大小にかかわらず、後から別の請求を受ける余地が残ります。
そもそも「相場」の精度には限界がある
インターネット上の相場表は、事案の類型ごとに大まかな目安を示したものが中心で、どのような事案を母集団としているのかまで示されていないことが少なくありません。行為の態様、被害の程度、当事者の関係によって金額は大きく動きますから、類型が違えば数字を並べて比べること自体に意味が乏しくなります。相場は「参考にする」ものであって、「当てはめる」ものではない、という距離感が適切です。
そのうえで、上振れに説明がつくかどうかを見ていきます。
| 上振れの説明がつきやすい事情 | 上振れの説明がつきにくい事情 |
|---|---|
| 治療や通院が長期化している、後遺症が残った | 実損の裏付け資料が一切示されない |
| 休業・退職など生活面への影響が具体的に生じている | 「精神的に参っている」以外に事情の説明がない |
| 行為が反復している、複数の相手がいる | 支払期限だけが繰り返し強調される |
| 被害の内容が公然化し、社会生活に影響が出ている | 金額の根拠を尋ねると話をそらされる |
| 相手方に代理人が就き、算定の考え方が示されている | 名目が「誠意」「迷惑料」といった曖昧なもの |
3.応じるかを決めるまでの5つの確認
金額そのものを議論する前に、順番として先に確認しておきたい点があります。
①誰に払うのか(当事者)
支払う相手が、その請求を持っている本人なのかを確認します。本人以外の家族や関係者、あるいは「代理で受け取る」と名乗る第三者に支払っても、本人との間の清算は成立しません。後日、本人からあらためて請求を受けるおそれが残ります。
また、報酬を得る目的で、弁護士でない者が他人の示談交渉を業として行うことは、弁護士法72条が禁じています。相手方の窓口が誰なのかは、金額の話に入る前に確認しておきたいところです。
②何に対して払うのか(根拠と内訳)
請求の根拠が、契約に基づくものなのか、不法行為(民法709条・710条)に基づくものなのかを確認します。そのうえで、実損部分については領収書や診断書などの裏付け、慰謝料部分については金額を基礎づける事情の説明を求めます。
内訳を確認すると、法的な根拠を説明しにくい項目が混ざっていることがあります。「迷惑料」「口止め料」「誠意」といった名目がそれにあたります。「示談金」という一語にまとめられた中に、根拠のある部分とない部分が同居していることは珍しくありません。
③いくらか(金額の相当性)
責任があるかどうかと、いくら負担するかは別の問題です。仮に自分に落ち度があったとしても、そのことが相手の言い値をそのまま負担する理由にはなりません。損害の範囲や、こちら側の事情がどう考慮されるかは、別の記事で詳しく整理しています。
④払うと、何が終わるのか(清算の範囲)
ここが、金額の妥当性と同じくらい重要な確認点です。支払いによって、どの範囲の争いが終わるのかが書面で特定されているかを見ます。具体的には、対象となる事案の特定、他に債権債務が存在しないことを相互に確認する条項(清算条項)、必要に応じて秘密保持や接触に関する取り決めなどです。
これらがないまま金額だけが決まった合意は、支払っても終わりが確定しない合意になり得ます。
⑤いつまでか(期限の作られ方)
短い期限が示されることがあります。期限そのものが直ちに不当なわけではありませんが、期限の理由が説明されるかどうかは一つの手がかりになります。検討する時間を確保できるかを、早い段階で確認しておくとよいでしょう。
4.判断の軸は「金額」ではなく「金額と終わり方の釣り合い」
示談は買い物ではありませんが、支払いによって何を得るのかを検討すること自体は、不誠実なことではありません。むしろ、「相場より高いか低いか」だけを見ていると判断を誤りやすくなります。
刑事事件になっている場合、示談の成立や被害者の宥恕(許す意思)は、検察官が起訴・不起訴を判断する際に考慮される事情の一つです(刑事訴訟法248条は、犯人の性格や年齢、犯罪後の情況などを考慮して起訴しないことができると定めています)。そのため、目安を多少上回る金額でも、紛争が確実に終わり、処分に関する事情として評価されるのであれば、その選択に合理性が生じる場面はあります。
反対に、民事上の請求だけが問題になっている場面では、目安を大きく上回る金額に応じる合理性は生じにくくなります。
| 目安を上回っても検討の余地がある場面 | いったん立ち止まりたい場面 |
|---|---|
| 請求している本人と直接、書面で合意できる | 支払先が本人かどうかはっきりしない |
| 清算条項を含む示談書を交わせる | 書面を作らない、または内容を確認させない |
| 事案と対象範囲が特定されている | 「今回の分」としか書かれていない |
| 支払いで紛争が終結する見通しが立つ | 支払った後の対応が示されない |
| 上振れの理由に事案上の説明がつく | 期限や不利益の告知が金額とセットで語られる |
5.請求が「脅し」に変わる線はどこか
金額が高いこと自体は、直ちに違法とはいえません。問題になるのは、その求め方です。
最高裁は、他人に対して権利を持つ者がその権利を実行すること自体は、権利の範囲内であり、かつその方法が社会通念上一般に許される程度を超えない限り違法の問題を生じないが、その範囲や程度を逸脱すれば違法となり、恐喝罪が成立することがある、という枠組みを示しています(最高裁昭和30年10月14日判決)。この事案では、逸脱した手段が用いられた場合、受け取った金額の全額について恐喝罪の成立が認められました。
したがって、正当な請求権を持つ相手であっても、危害を加えることや、勤務先・家族への告知を金銭の要求と結び付けて告げれば、脅迫罪(刑法222条)や恐喝罪(刑法249条)の問題になり得ます。
ただし、「訴える」「弁護士に依頼する」「被害届を出す」と告げること自体は、権利の行使や被害の申告の予告であり、直ちに違法な脅しとはいえません。この点を取り違えると、正当な請求まで拒む方向に判断が傾いてしまいます。
6.提示を受けたときの初動
避けたいこと
- その場で金額に同意する、または口頭で「払います」と答える
- 内訳が分からないまま示談書や念書に署名する
- 全体の話がまとまらないうちに一部だけ支払う(一部の支払いは、債務を承認したものと評価される余地があります/民法152条1項)
- 言われるまま、その場で現金を用意する
しておきたいこと
- 請求の内容と根拠を、書面またはメッセージなど記録の残る形で示してもらう
- やり取りの経緯を日時とともに記録し、受け取った書面は保管する
- 相場は目安として調べつつ、自分の事案と類型が同じかを確認する
- 回答の期限と、その理由を確認する
- 早い段階で弁護士に相談し、窓口を一本化する
7.高額に見えても、正当な請求であることがあります
最後に、逆方向の注意点にも触れておきます。
治療が長引いている、休業による減収が続いている、影響が生活全体に及んでいる——こうした事情がある場合、当初の想像より金額が大きくなるのは、むしろ自然なことです。「高いから不当だ」という前提で交渉に臨むと、正当な部分についての対応まで遅れ、結果として立場を悪くするおそれがあります。
正当な部分には誠実に向き合いながら、根拠が示されない部分については応じないという線引きは、両立します。その線を引くために、内訳と終わり方を確認する——それが、「応じるべきか」という問いへの現実的な答え方だと考えています。
一人で判断がつかないときは、金額を決めてしまう前の段階でご相談ください。


