「別れたら死ぬ」と言われて別れられない|自傷をほのめかす相手への対応
別れ話のさなかに、スマートフォンを床にたたきつけられた。部屋のドアを蹴られてへこんだ。大切にしていた物を壊された——。そのうえで「慰謝料を払え」「今まで使った分を返せ」とお金まで求められると、怒りと戸惑いが同時に押し寄せて、どこから手をつけてよいか分からなくなりがちです。
このような場面では、「壊された」ことと「お金を求められている」ことが同じ会話の中で入り混じるため、つい「壊された分と要求された分で相殺して終わりにしよう」と考えてしまう方もいます。しかし、この二つは本来まったく別の問題です。ここでは、物を壊された側・お金を求められた側の立場から、法律上どう整理できるのかを男女どちらの立場でも当てはまる形で解説します。
まず「壊された」と「要求された」を切り離す
整理の軸は三つです。
- 壊された物の損害を、誰にいくら請求できるのか(民事の損害賠償)
- 壊した行為が犯罪にあたるのか、刑事手続をとるのか(刑事)
- 相手からの金銭要求に応じる義務があるのか(民事+場合により相手側の刑事責任)
この三つは、それぞれ根拠となる法律も、判断の材料も、必要な手続も異なります。相手が「壊したのは悪かった。その代わりこっちの要求も呑んでくれ」と持ちかけてくる場合、実際には一方が正当な請求で、他方には根拠がないというケースも少なくありません。その場で「お互いさま」としてまとめてしまうと、後から一つずつ立て直すのが難しくなります。
物を壊す行為はどの罪にあたりうるか
器物損壊罪(刑法261条)
他人の物を壊したり、傷つけたりした場合に問題になるのが器物損壊罪です。法定刑は3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金もしくは科料とされています(2025年6月1日施行の改正により、懲役・禁錮は拘禁刑に一本化されています)。
ここでいう「損壊」は、物理的に壊す行為に限られず、その物本来の効用を害する行為も含むと理解されています。一方で、器物損壊罪には未遂を処罰する規定がありません。投げつけたものの結果として壊れなかった場合には、この罪では処罰できないことになります。
壊した物や壊し方によって、別の罪になりうる
- 部屋のドアや壁:建物と一体になっている部分を壊した場合、器物損壊罪ではなく建造物等損壊罪(刑法260条・5年以下の拘禁刑)が問題になることがあります。建物に取り付けられた物がどちらにあたるかは、建物との接合の程度と、その物が建物において果たしている機能上の重要性を総合して判断するとされており、住居の玄関ドアについて建造物等損壊罪の客体にあたると判断した最高裁決定(平成19年3月20日)があります。
- ペット:愛護動物をみだりに殺したり傷つけたりした場合は、動物の愛護及び管理に関する法律により、器物損壊罪より重い法定刑が定められています。
- 人に向けて物を投げた・つかんだ着衣を引き裂いた:物が壊れたかどうかとは別に、暴行罪(刑法208条)が問題になることがあります。けがをすれば傷害罪です。
- 「次はお前だ」という言葉を伴った:脅迫罪(刑法222条)や、何かを強いる目的があれば強要罪(刑法223条)が問題になり得ます。
出発点は「自分の物だったか」
器物損壊罪は「他人の物」を対象とする犯罪です。民事の賠償請求でも、壊された物が自分の所有物であることが前提になります。交際中・同棲中のトラブルでは、ここが意外と争いになります。
- 相手からもらった物:贈与として渡し終えている物は、原則として受け取った側の所有物です。「買ってやったのだから俺(私)の物だ」という言い分がそのまま通るわけではありません。
- 二人でお金を出し合って買った物:共有と評価されることがあります。共有物は共有者どうしにとって互いに「他人の物」となるため、共有者の一人が壊した場合でも器物損壊罪が成立しうると解されています。
- 相手名義・相手が使っていた物:領収書、購入履歴、保証書、支払いに使ったカードの明細など、誰が費用を負担したかを示す記録が判断材料になります。
争いになりそうなときほど、購入時の記録を早めに探しておくことが役に立ちます。
賃貸の部屋のドアや壁を壊された場合
見落とされやすいのが、賃貸物件の場合の二段構造です。ドアや壁を壊されたとき、大家さん(貸主)との関係で原状回復の責任を負うのは、原則として契約当事者である借主であるあなたです。相手が壊したのだから相手が直接大家さんに払うべきだ、という筋道には必ずしもなりません。
実務的には、あなたが修繕費を負担し、その分を壊した相手に損害賠償として請求する(求償する)という流れになることが多くなります。そのため、
- 破損箇所と日時が分かる写真を撮る
- 管理会社・大家さんに早めに事実を伝える
- 修繕の見積書・請求書を保管する
といった対応が、後の請求の裏づけになります。なお、建物と一体の部分を壊した場合に問題となる建造物等損壊罪は親告罪ではないため、器物損壊罪とは手続の前提が変わる点にも注意が必要です。
弁償はいくら請求できるのか
民法709条により、故意または過失で他人の物を壊した人は、それによって生じた損害を賠償する責任を負います。もっとも、金額の考え方には実務上の枠があります。
- 原則は修理費。ただし、修理費が物の時価を上回る場合には、時価額が上限となるのが一般的な考え方です。
- 時価は「買ったときの値段」ではありません。使用による価値の減少を踏まえた、壊された時点での価値が基準になります。数年使ったスマートフォンについて新品価格をそのまま請求できるとは限りません。
- 慰謝料は原則として認められにくいとされています。物が壊されたことによる精神的な苦痛は、財産的な損害が賠償されることで回復されると考えられているためです。ただし、故人の形見やペットなど、社会通念上も精神的損害が生じたといえる事情がある場合に例外的に認められた例はあります。
- 中のデータや思い出は、金銭的な評価が難しく、賠償額に反映されにくいのが実情です。
不法行為に基づく損害賠償請求権の時効は、損害と加害者を知った時から3年、行為の時から20年とされています(民法724条)。生命・身体を害された場合の5年の規定は、物が壊されただけの場合には及びません。
「お金を払え」という要求にどう向き合うか
まず要求の中身を分解する
「金を払え」と一口に言っても、中身は次のように分かれます。
- 交際中に貸したお金の返還
- 贈ったプレゼントや立て替えた費用の返還
- 交際解消そのものに対する慰謝料
- 名目のはっきりしない「迷惑料」「手切れ金」
このうち、交際を解消したという事実だけで慰謝料が当然に発生するわけではありません。また、渡し終えた贈与と貸付では扱いが異なります。名目ではなく、実際にどういうやり取りだったかで判断されます。
正当な請求でも、手段が度を越せば別の問題になる
仮に相手に何らかの請求権があるとしても、それを実現する手段には限度があります。判例は、債権の取立てであっても、その手段が権利行使の方法として社会通念上一般に許容される程度を逸脱している場合には、金額のいかんにかかわらず、交付を受けた金銭の全額について恐喝罪(刑法249条・10年以下の拘禁刑、未遂も処罰対象)が成立しうるという考え方を示しています。
そして、恐喝罪でいう害悪の告知は、言葉や文書に限られません。手段や方法に制限はなく、動作によるものも含まれうると解されています。目の前で物を壊すという行為が、「応じなければ次は何をされるか分からない」という威圧として働き、その状況下での金銭要求が黙示の脅迫と評価される余地があるのは、この考え方によるものです。
もっとも、これは常に恐喝罪が成立するという意味ではありません。壊した経緯、要求の内容や金額の根拠、その後のやり取りなど、事案ごとの具体的な事情によって評価は変わります。
怖くて払ってしまった場合
その場の恐怖から支払いに応じてしまったとしても、それによって支払義務が確定するわけではありません。強迫による意思表示として取り消しを主張する余地や、法律上の原因のない利得として返還を求める余地が残る場合があります。あきらめる前に、支払いの時期・方法・そのときのやり取りが分かる記録を確保しておいてください。
その場と直後にしておきたいこと
優先すべきは安全の確保です。 物が壊されている状況では、感情が高ぶって身体への危害に及ぶおそれもあります。その場で言い返して説得しようとするより、いったん距離を取り、必要であれば110番通報をためらわないことをおすすめします。
そのうえで、落ち着いてからの記録が後々の判断材料になります。
- 壊された物・破損箇所の写真(複数の角度、日時が分かる形で)
- 壊された前後のやり取り(メッセージは削除せず、画面の撮影と併せて保存)
- 出来事の時系列メモ(日時・場所・その場にいた人・言われた言葉)
- 修理の見積書、購入時のレシートや購入履歴
- 賃貸なら管理会社への連絡記録
一方で、次のような対応はできるだけ避けたいところです。
- 「壊した分と要求分でチャラにする」といった口約束。後から一方だけを蒸し返すのが難しくなります。
- その場で示談書や念書にサインすること。清算条項が入っていれば、後から弁償を求められなくなるおそれがあります。
- 「警察には言わない」と安易に約束すること。器物損壊罪は告訴が必要な犯罪で、いったん告訴を取り消すと同じ事件について再び告訴することができないとされています(刑事訴訟法237条2項)。判断は情報を揃えてからで構いません。
- 壊された物を勝手に取り返しに行く、相手の家に押しかけること。別のトラブルの原因になります。
刑事手続を考えるなら「告訴」まで視野に入れる
器物損壊罪は親告罪です(刑法264条)。被害者の告訴がなければ検察官は起訴することができません。そして、告訴ができる期間は犯人を知った日から6か月とされています(刑事訴訟法235条本文)。公訴時効は3年ですが、告訴期間が先に過ぎてしまえば、処罰を求めることはできなくなります。
被害届を出すことと告訴をすることは別の行為です。被害届の提出だけで捜査が進むこともありますが、起訴を求めるのであれば告訴が必要になる、という前提を知っているかどうかで、動き出す時期の判断が変わってきます。相手が誰か分かっている元交際相手のケースでは、この6か月という期間は決して長くありません。
よくあるご質問
Q. 壊されたのが数千円の物でも、警察は取り合ってくれますか。
法律上、被害額の下限はありません。ただし実務では、被害が少額な場合に捜査が積極的に進まないことはあります。写真や修理見積など、被害の内容を具体的に示せる資料を揃えて相談することで、話が進みやすくなることがあります。
Q. 相手が「壊したのはお前が悪いからだ」と言っています。
壊す行為が正当化されるかは別問題です。ただし、あなたの側の言動が損害の発生に関係していると評価されれば、民事では過失相殺として賠償額の調整要素になることがあります。事実関係の記録が重要になります。
Q. 弁償すると言っているので、それで終わりにしてよいですか。
支払われる範囲と、その後の請求を放棄する内容になっていないかを確認してから判断されることをおすすめします。金銭要求と抱き合わせになっている場合は、なおさら慎重な確認が必要です。
Q. もう連絡を取りたくないのですが、請求はできますか。
代理人を立てて窓口を一本化する方法があります。直接やり取りせずに請求と交渉を進められるため、接触を避けたい場合に選ばれることの多い方法です。
まとめ
- 「壊された」と「お金を求められた」は別の問題として、それぞれ根拠を確認する
- 壊された物が自分の所有物といえるか、購入時の記録から確かめる
- 賃貸物件の破損は、原状回復の責任と加害者への請求が二段構えになる
- 賠償額は時価が基準で、物損の慰謝料は原則として認められにくい
- 正当な請求であっても、手段が度を越せば恐喝罪が問題になり得る
- 器物損壊罪は親告罪で、告訴期間は犯人を知った日から6か月
別れ際のトラブルは、感情のもつれと金銭の問題が同時に動くため、当事者だけで整理するのが難しい場面です。壊された物の弁償を求めたい、根拠のない要求を止めたい、直接やり取りせずに解決したい——いずれの場合も、記録が残っているうちに早めにご相談いただくことで、取り得る選択肢が広がります。


