ホスピタリティマネジメントとは? ―「よろこんでもらうよろこび」が人と組織を強くする―
【ホスピタリティマネジメントを考える 連続コラム|第4回】
「関係の質が良い」とは、仲が良いことだけではない ―必要なことを伝え合い、受け止め合える組織へ―
ホスピタリティ&マナー・ラボ 代表
ホスピタリティコンサルタントの長澤さおりでございます。
前回のコラムでは、ダニエル・キム氏の「成功の循環」をもとに、組織における「関係の質」について考えました。
https://mbp-japan.com/okayama/nagasawa-s/column/5236157
信頼されるから考える。
考えるから動く。
互いに動くから良い結果が生まれ、その結果がさらに信頼を深めていく。
ホスピタリティマネジメントとは、ホスピタリティを一人ひとりの感性や資質だけに任せるのではなく、人を大切にする価値観を組織全体で育み、日々の行動につなげていくことです。
そのために欠かせないものの一つが、「関係の質」だと私は考えています。
では、「関係の質が良い」とは、単に仲が良く、いつも優しく、何でも受け入れ合える関係なのでしょうか。
私は、そうではないと思っています。
良い関係だからこそ、言えることがある
職場で互いに声を掛けやすい。
困ったときには助けを求められる。
自分の意見を安心して伝えられる。
そのような関係は、とても大切です。
一方で、「関係を悪くしたくない」という思いから、
「本当は言った方がいいけれど、黙っておこう」
「指摘すると嫌な思いをさせるかもしれない」
「先輩だから、上司だから言いにくい」
と、必要なことまで言えなくなることがあります。
相手を大切にすることと、相手にとって耳の痛いことを言わないことは、同じではありません。
本当に相手を大切に思うからこそ、必要なことはきちんと伝える。
そして伝えられた側も、「なぜ、この人は伝えてくれたのだろう」と考え、受け止める。
そのような関係もまた、「関係の質が良い」状態なのではないでしょうか。
ANAでは「安全」に関して、とても厳しかった
ANAの客室乗務員として働いていた頃、先輩が後輩を気にかけ、困っていれば助けるという温かな関係がありました。
その一方で、安全に関わることについては、とても厳しい職場でもありました。
私たちは、お客様の命をお預かりしています。
安全に関する確認が不十分だった。
必要な行動ができていなかった。
手順を正しく理解できていなかった。
そのようなことを、「新人だから仕方がない」で済ませることはありません。
どんなに新人であっても、保安・安全に関してはベテランと同じ一人の客室乗務員。 お客様の命をお預かりする責任に、新人もベテランもありません。
だからこそ、安全に関することは決して曖昧にしない。
そして、それは「先輩が後輩に指導する」という一方向だけのものでもありませんでした。
立場に関係なく、気づいたことを伝える
安全に関することであれば、後輩が先輩に指摘することも、ごく普通にありました。
例えば、ギャレー内のカートが飛び出さないようにするロックが外れていることに気づけば、
「ここのロックが外れています」
と伝える。
そこに、「先輩だから言いにくい」という遠慮を持ち込んではいけません。
また、一人が確認して終わりではなく、二重にチェックすることも大切にされていました。
人は、どれほど注意していてもミスをすることがある。 だからこそ、個人の注意力だけに頼るのではなく、互いに確認し合い、組織としてミスを防ぐ。
一人ひとりが責任を持つことと、互いに補い合うこと。
その両方が必要だったのです。
「何もなかった」ではなく、「言ってくれてありがとう」
同時に、些細な違和感や気づきであっても、躊躇せず周囲に伝えることが大切にされていました。
機内では、
「いつもと何か違う」
「少し気になる」
「念のため確認した方がいいのではないか」
という小さな違和感が、安全や緊急時に関わることもあります。
その時点では、本当に異常なのかどうか分からなくても、気づいたのであれば伝える。
そして確認した結果、何も問題がなかったとしても、
「何もなかったのだから、言わなくてもよかった」
ではなく、
「よく気づいたね」
「言ってくれてありがとう」
と、気づいて声を上げたことそのものを認める。
大切なのは、「結果として何もなかったこと」ではなく、「何かあるかもしれない」と感じたときに、躊躇せず声を上げられたことです。
「言ってくれてありがとう」と受け止めてもらえる経験が積み重なれば、次も安心して伝えることができます。
その一言が、本当に大切な何かを守ることにつながるのです。
数年後には、自分が判断する立場になる
今は先輩と一緒に乗務し、教えてもらっている後輩も、数年後には自らがチーフパーサーとなり、その便の責任を担い、全クルーを導く立場になります。
客室乗務員の仕事には、地上の職場とは大きく異なる環境があります。
航空機が飛び立ってしまえば、何か判断に迷うことが起きても、上司に電話をして「どうすればよいでしょうか」と確認することはできません。
航空機全体としてはコックピットクルーと連携していますが、客室内の安全やサービスに関する判断・管理は、客室乗務員が自分たちで担います。
そして、その客室をまとめる責任を担うのがチーフパーサーです。
何かが起きたときに、
「先輩に聞いてみます」
「上司に確認してみます」
ということは不可能なのです。
最後は、自分で考え、判断し、クルーに必要な指示を出さなければならない。
自分の判断が頼りになるのです。
だからこそ先輩は、後輩のできていないことを曖昧にせず、必要なことをきちんと伝えていました。
数年後、その後輩がチーフパーサーとして責任を担うとき、迷わず判断できるように。
自信を持って、お客様とクルーを守れるように。
目の前の後輩だけではなく、その人が数年後、一人で判断しなければならない姿まで考えて育てる。
そこには、その人の成長と未来に対する責任があったのだと思います。
「厳しさ」と「言いやすさ」は両立する
「安全に対して厳しい職場」と「安心して意見を言える職場」。
一見、正反対のように感じられるかもしれません。
けれども、私はそうではないと思っています。
安全に関わることだからこそ、できていないことは曖昧にせず伝える。
同時に、年齢や経験、立場にかかわらず、気づいたことは伝える。
そして、その言葉を互いに受け止める。
厳しく伝えることができる。
安心して声を上げることができる。
そして、互いの言葉を受け止めることができる。
そのすべてがあってこそ、「関係の質が良い」といえるのではないでしょうか。
ホスピタリティというと、「優しくすること」「相手に寄り添うこと」というイメージを持たれることがあります。
もちろん、それらも大切です。
私はホスピタリティを、
「相手の心をプラスにするために、自ら考え、自発的に働きかける姿勢や行動」
とお伝えしています。
相手の今だけではなく、その人のこれからを考える。
「何も言わない優しさ」ではなく、「あなたを大切に思うからこそ、必要なことを伝える」。
それもまた、ホスピタリティなのだと私は考えています。
人を大切にする価値観を、組織の「当たり前」へ
今回ご紹介したANAでの経験を振り返ると、私が大切だと感じるのは、こうした姿勢が一部の先輩だけのものではなかったことです。
安全に関しては妥協しない。
立場にかかわらず、気づいたことは伝える。
声を上げたことを認める。
そして、将来自分で判断できる人を育てる。
人を大切にする価値観が、日々の関わりや育成、そして仕組みを通して共有され、受け継がれていく。
これもまた、ホスピタリティマネジメントの大切な一面ではないでしょうか。
ホスピタリティマネジメントとは、ただ「優しい職場」をつくることではありません。
人を大切にするからこそ、安心して声を上げることができる。
必要なことはきちんと伝えることができる。
そして、それを互いに受け止め、成長につなげることができる。
そのような関係を、個人と個人の関係だけで終わらせず、組織全体の「当たり前」にしていくことが大切なのだと考えています。
では、その「当たり前」は、日々の職場の中でどのようにつくられていくのでしょうか。
次回、第5回では、挨拶、感謝、承認、声掛け、頼ること、そして必要なことを伝えること――日々の小さなホスピタリティを、どのように組織の習慣、そして文化へと育てていくのか。
全5回の締めくくりとして、「ホスピタリティを個人の心から組織の文化へ」つなげるために大切なことを考えてまいります。
研修内容や実績につきましては、ホームページでもご紹介しております。
よろしければぜひご覧ください。
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