1年に2日間だけ許される、花火遊び
今日はお盆。北陸にはこんな墓所がある。
それは、高岡市にある加賀藩前田家二代藩主前田利長の墓所である。
異母兄弟にあたる三代藩主前田利常が、兄である利長の遺徳を称えるために
33回忌にあたる1646年(正保3年)、利長の遺骸を火葬した跡に、この御廟を造営した。
造営時はその広さ1万坪もあったと言われ、日本一の規模を誇る墓所であったようだ。
墓域は、外堀と内堀の二重の堀で囲まれ、その中心に一辺15.5mの御廟がある。
さらに驚くことに、その墓檀は金沢で産出されるあの戸室石で二重に築かれ、その上に
高さ11.75mの笠付墓標が勇ましく立っている。
加賀藩の持つ財力で、多くの巨大な戸室石をわざわざ金沢から運ばせたようだ。
墓檀の周囲には、狩野探幽の下絵と伝えられている130枚の蓮華図も刻まれ今に伝えられている。
2009年に金沢市野田山にある「前田家墓所」と共に、この墓所も「加賀藩主前田家墓所」の名称で
国の史跡として指定を受けている。
普段は鳥居のところまでしか入れないが
毎年、前田利長が高岡に入場した日である9月13日に限り一般公開されている。
加賀藩の底力を今に伝える、貴重な文化財の一つと言える。
戸室石に関するコラム 「精霊の伝え人 Ⅱ」については
↓
https://mbp-japan.com/ishikawa/kanazawa-ts/column/1702865/