税理士が顧問契約を解除する時
待ちぼうけ、待ちぼうけ。
ある日、せっせこ、野良かせぎ、
そこへ兎が飛んで出て、
ころり、ころげた
木のねっこ。
待ちぼうけ、待ちぼうけ。
しめた。これから寝て待たうか。
待てば獲(え)ものは駆けて来る。
兎ぶつかれ、
木のねっこ。
待ちぼうけ、待ちぼうけ。
昨日鍬とり、畑(はた)仕事、
今日は頬づゑ、日向ぼこ、
うまい伐り株、
木のねっこ。
待ちぼうけ、待ちぼうけ。
今日は今日はで待ちぼうけ、
明日は明日はで森のそと、
兎待ち待ち、
木のねっこ。
待ちぼうけ、待ちぼうけ。
もとは涼しい黍畑、
いまは荒野(あれの)の箒草(ほうきぐさ)*、
寒い北風、
木のねっこ。
これは北原白秋の詞です。
白秋は詞の終わりに、「これは満洲の伝説です。満洲の教育会用童謡として作つたものです」と注を入れています。
この伝説に似た話は中国の古典『韓非子』の中にもあります。
「聖人とは、昔にとらわれ、一定不変の基準に固執する者ではない。
聖人とは、現在を問題とし、その解決をはかる者をいうのである。
宋の国である男が畑を耕していた。
そこへウサギがとびだし、畑の中の切株にぶつかり、首を折って死んだ。
それからというもの、彼は畑仕事はやめにして、毎日切株を見張っていた。
もう一度ウサギを手にいれようと思ったのだ。
しかしウサギはそれきり。
彼は国中の笑い者になったという。
昔の聖人のやり方のまねで、現在の政治ができると思っている者は、
この切株を見張った男の同類である。」(『韓非子』五蠹篇より)
(この文章は「まぼろしチャンネル」を参考に記述させていただきました。)
私が幼い頃、この歌を何気無く口ずさんだ記憶があります。
そして、数年前に久しぶりにこの歌を耳にしたのが
自己啓発の速聴ノウハウ本のおまけについていたCDでした。
約30年の時を経て聞いたこの歌は
私自身がこの歌の主人公に成り下がっているのではないかと
戒められたことを思い出します。
童謡を聞いて動揺する・・・。
そんなおやじギャグを言っている様じゃ
まだまだこの歌の主人公とは五十歩百歩なのでしょうね。