記憶を編集する *ストレス解消法 4*
きのう、あるいざこざに遭遇し
「分かりあるということ」について考えました。
あなたの感性で、理解してしてください。
そして、わたしの希望に合うようして下さいというのは
掌を開いて、相手を信頼しているように見えて
実は違うのだということがわかりました。
そこに至るためには
それまでに、自分がどうしたいのかということを明確に伝えていることが必要なのです。
そして、そのために必要な情報を引き出すための質問にも
答える必要があるのです。
あるいは、それまでに築きあげた信頼関係があることが必要です。
初めて会って、
まな板の上の鯉になって、お手並み拝見。
どうにでもして下さいと言うのは
自分に、どうなりたいかという希望がないときに限るのです。
自分がどうなりたいかということがあるのであれば
それは、相手に伝えないといけないのです。
問いかけに対して、その方は
「何故、そんなことを言わないといけないのか」と答え
対応されていた方は
「分かり合いたいからです」とおっしゃいました。
その方にも、色々な思いはおありだったのかもしれませんが
その場にふさわしい言葉のやり取りが出来ず
結局、退出されることになりました。
思えば、思春期のわたしもこうだったかも知れません
自分でもどうすればいいのか分からない自分を
どう表現すればよいのかすら分からないまま
“わたし自身を見て”といつも思っていました。
「分かり合う」ためには
「伝え合う」ことが必要なのです。