RS3PE症候群と糖尿病
はじめに
インスリン抵抗性という言葉を聞いたことがありますでしょうか。インスリンと言えば糖尿病と関連がありそうですが、このインスリン抵抗性は、糖尿病だけでなく、様々な疾患と関連していることが知られています。そこで、今回はインスリン抵抗性について考えてみたいと思います。
インスリン抵抗性とは
血糖値とは、血液中のブドウ糖の濃度のことを意味しています。ブドウ糖は、生命活動を維持していくうえで必要不可欠な栄養素です。
膵臓から分泌されるインスリンは、血液中のブドウ糖を細胞(主に筋肉や肝臓の細胞)に取り込むために必要なホルモンです。それによって血液中のブドウ糖の濃度(血糖値)は70~140mg/dl程度に保たれています。
しかし、インスリンがブドウ糖を細胞にとりこませる作用が低下すると、ブドウ糖を各細胞が利用するために、たくさんのインスリンが必要になります。これをインスリン抵抗性といいます。過剰な内臓脂肪の蓄積や運動不足などがインスリン抵抗性の要因となります。したがって、糖尿病の有無にかかわらず、インスリン抵抗性は全ての方に関係してくる病態といえます。
なぜ、インスリン抵抗性はよくないのか
もともとは2型糖尿病の特徴として同定されており、糖尿病の発症に先駆けて、インスリン抵抗性が存在していることが明らかになっています(Diabetes. 2009;58(4):773–95.) 。
最近は、糖尿病を持つ人だけでなく、糖尿病を持たない人においても、インスリン抵抗性が心血管疾患(心筋梗塞や脳梗塞など)の発症に関与していることを示すエビデンスが増えてきています(Cardiovasc Diabetol. 2019;18(1):56.)。
さらに、インスリン抵抗性がある人は、高血糖、脂質異常症、高血圧などの代謝異常が起こりやすいこともよく知られており、これらはすべて心血管疾患の予後不良と強く関連しています(Metabolism. 2021;119: 154766.) 。
また、インスリン抵抗性によって血液中のインスリン濃度が上昇すること(高インスリン血症)は、高血糖や肥満とは独立して癌の増殖や転移と関連していることも報告されています(Cancer Res 70: 741-751, 2010, 糖尿病56(6):374~390,2013)。
このようにインスリン抵抗性は、糖尿病の有無に関わらず、心血管疾患や癌の原因としてだけでなく、予測因子としても重要視されています。
インスリン抵抗性の指標
インスリン抵抗性の評価方法として、もっとも使用されている指標が、HOMA-R(ホーマアール)です。
〇 HOMA-R
HOMA-R=「空腹血糖値(mg/dl)」×「インスリン(μU/ml)」÷405
1.6以下 → 正常
2.5以上 → インスリン抵抗性あり
4.0以上 → 高度のインスリン抵抗性
空腹時血糖値は健康診断や人間ドックでも測定しますが、血液中のインスリン濃度を測定する機会はなかなかありません。糖尿病にて治療中の方であれば、主治医の先生に相談して、測定することも出来るかもしれません。ただし、HOMA-Rには、インスリン治療中の方や、インスリン分泌能が低下してきている方では、評価ができません。また、インスリン抵抗性といっても、主に肝臓でのインスリン抵抗性を評価している(筋肉におけるインスリン抵抗性の指標ではない)という点にも注意が必要です。
HOMA-Rの欠点をカバーしつつ、インスリン濃度の測定を必要としないインスリン抵抗性指標として、注目されているのが、トリグリセリド-グルコース(TyG)指数です。
〇トリグリセリド-グルコース(TyG)指数
TyG指数=ln[空腹時トリグリセリド(mg/dl)×空腹時グルコース(mg/dl)]/2
空腹時トリグリセリド(中性脂肪)値と空腹時グルコース値からなる指標です。
計算式のlnは、自然対数 logeX と同じ意味です。
ln の読み方は,「エルエヌ」とか「ログ」です。
最近の研究では、TyG 指数が糖尿病の有無にかかわらず、心血管疾患の予後の独立した予測因子であることが示されており、心血管リスクの予測における臨床的有用性の可能性が示唆されています(Cardiovasc Diabetol. 21(1):68.2022)。
さらに、5大陸の都市部または農村部に住む人々を対象に、TyG指数で評価したインスリン抵抗性と死亡率および心血管疾患との関連の調査により、TyG指数は将来の心血管死亡率、心筋梗塞、脳卒中、2型糖尿病と有意に関連していることが報告されました(Lancet Healthy Longev. 2023 Jan;4(1):e23-e33.)。これは、インスリン抵抗性が心血管疾患や代謝性疾患の発症に促進的な役割を果たしていることを裏付ける結果となっています。
さいごに
インスリン抵抗性は、血糖値や血圧、脂質の異常だけでなく、心臓やがんなどの様々な病気と関係しています。インスリン抵抗性を評価する指標として、HOMA-Rやトリグリセリド-グルコース(TyG)指数があることを紹介しました。
HOMA-Rはインスリンの量を測定する必要がありますし、TyG指数には対数計算が必要です。実際には、中性脂肪の値に注意することが役立つでしょう。健康診断などで中性脂肪が高い場合は注意が必要です。
また、簡単な方法として、腹囲測定があります。お腹が出てくると、内臓脂肪が蓄積されている可能性があります。内臓脂肪はインスリン抵抗性と関係しています。
糖尿病の有無にかかわらず、適切な食事や運動を心掛けることが、健康で長生きするために重要です。