HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)が平均血糖値とずれる場合がある
はじめに
最近の糖尿病治療薬の中で、処方数を大きく伸ばしている種類が2つあります。SGLT2阻害剤とGLP-1受容体作動薬といわれる薬です。両薬剤群とも、様々な研究により、血糖値の改善効果だけでなく、糖尿病の合併症に対しても有効であることが明らかになってきています。その中でも、GLP-1受容体作動薬は、海外では抗肥満薬として広く活用されており、日本においても、近い将来、抗肥満薬として、保険診療として利用できるようになるのではないかと噂されています。
そんな中、2023年4月に、持続性GIP/GLP-1受容体作動薬に分類される薬剤が、2型糖尿病に対する治療薬として保険収載され、使用可能となっています。
持続性GIP/GLP-1受容体作動薬とは
GIPもGLP-1も、小腸から分泌されているホルモンです。人が食物を摂取した際に、小腸から分泌され、膵臓に働きかけ、インスリン分泌を促進させることで、食後の血糖値を抑制しています。この働きから、Intestine(小腸) Secretion(分泌) Insulin(インスリン)`から、インクレチンと命名されています。
持続性GIP/GLP-1受容体作動薬とは、この2つのインクレチン作用をともに増強することができる薬剤です。2023年4月に、一般名:チルゼパチド、商品名:マンジャロ、として、上市され、利用できるようになりました。
糖尿病を持たない人においては、食後に膵臓から分泌されるインスリンのうち、小腸上部から分泌されるGIPが約44%、小腸下部から分泌されるGLP-1が約22%を担っているとされています。(下図参照)
Diabetes. 2019;68(5):897-900.
既に、薬として広く利用されているGLP-1より、GIPの方が、インスリン分泌を促す作用は強いのですが、GIPが薬として利用されるためには、2つの大きな壁がありました。
2型糖尿病を持つ人におけるGIPのインスリン分泌作用について
1つ目の壁は、2型糖尿病を持つ人においては、GIPのインスリン分泌作用が減弱しているということです。様々な実験により、この減弱作用は、高血糖状態が影響を及ぼしていることが明らかになっています。高血糖状態では、GIPを受け取る仕組みが充分に機能できなくなっていますが、高血糖を是正すると、GIPがしっかりと作用するようになることも明らかになりました。チルゼパチド(マンジャロ)は、投与開始時の高血糖状態では、GLP-1の作用により血糖値を下げ、血糖値が下がってくると、GLP-1の作用に加えて、GIPのインスリン分泌増強作用が加わり、血糖値を強力にマネージメントすることができます。
GIPとチルゼパチド(マンジャロ)の脂肪組織に対する影響
2つ目の壁は、生理的濃度のGIPには、脂肪をため込む働きがある、という点です。もともと、GIPは食事の刺激、特に脂質を食べた際に、多く分泌されます。分泌されたGIPは、脂肪組織に作用し、脂質摂取による体重増加に関与していると考えられていました。
しかし、その後の研究により、GIPを生理的な濃度(通常の体内で利用されている濃度)より高い濃度で刺激する(薬理的濃度)と、むしろ抗肥満作用を発揮することが明らかになりました。その機序の1つとして、GIPを慢性的に刺激し続けることで、GIPの作用が逆に減弱してしまう(GIPの脱感作と言います)ことが想定されています。
チルゼパチド(マンジャロ)が体重に及ぼす影響
日本人を対象にした第Ⅲ相臨床試験(治験の最終段階で、多くの患者さんに対して、薬の有効性や安全性を調べるための試験)の結果をお示しします。(下図参照)
治験時のデータでもあり、あくまで参考値にはなりますが、チルゼパチドは維持量とされている5 mgで、平均78.3 kgの人の体重を、5.8 kg減少させています。最高用量である15 mgを投与した人は、10.7 kgも減少しており、実に10%以上の体重減少効果を認めました。
これれは、GLP-1およびGIPによる食欲抑制作用に加えて、GIPによる制吐作用が合わさった結果と考えられています。
チルゼパチドが平均血糖値(HbA1c)に及ぼす効果
血糖値に対する効果も、第Ⅲ相臨床試験の結果をみてみましょう。(下図参照)
チルゼパチドは維持量とされている5 mgの投与で、平均 HbA1c 8.18 %の人の平均血糖値を、2.4 %低下させました。低下幅の2.4 %も凄いのですが、2.4 %低下するということは、8.2 %が5.8 %まで改善したことを意味しています。まさに、正常値まで低下させていることになります(HbA1cの正常値は、6.2 %未満です)。チルゼパチドの最高用量である15mgでは、2.8 %の減少幅であり、これは8.2 %の平均血糖値を、5.6 %にまで下げたことになります。
GIPとGLPの作用の違い
インクレチン(小腸から分泌されて、インスリン分泌を促進するホルモン)として知られていたGIPとGLP-1の作用は異なります。とても興味深いことに、持続性GIP/GLP-1受容体作動薬は、これら2つのホルモンの作用を合わせた作用がある、というわけではありません。先述した脂肪組織に対する影響のように、GIPとしては脂肪をため込むように作用しますが、持続性GIP/GLP-1受容体作動薬(チルゼパチド:商品名マンジャロ)では、脂肪はむしろ減少すると報告されています。それ以外にも、GLP-1はグルカゴンというホルモンの分泌を血糖依存的に抑制し、GIPはグルカゴンの分泌を促進させます。一方で、チルゼパチド(マンジャロ)では、グルカゴン分泌は抑制されています。GIPとGLP-1、さらにはそれらをともに刺激する薬剤であるチルゼパチド(マンジャロ)の作用は、様々な組織ごとに、同じであったり、反対であったり、作用がなかったり、と変化に富んでいます。
チルゼパチド(マンジャロ)は、まだまだ新しい薬ですので、まだ臓器ごとの作用が明らかになっていない点も多々あります(図中では「?」として表記)。身体にとって、良い作用なのか、好ましくない作用なのか、慎重に見極めていく必要があります。