ルーティン vs. 強迫症: あなたの生活はどっち?
目次
ゲームが好き。
私も好きです。
だから、ゲームをすること自体が悪いとは思いません。
ただ。
「月に1万円くらい課金してます。」
この、**「くらい」**
が、ちょっと怖い。
月1万円。
年間12万円。
……ほら。
「くらい」が、完全にステルスモードで消えました。
( ̄▽ ̄;)
月1万円を「働いた時間」に変換してみる
時給1,000円なら、
年間12万円は120時間。
1日8時間働くとして、
15日分。
つまり、年間15日間。
ゲームに課金するために働いている。
そう考えると、
「月1万円くらい。」
が、
「年間15日、ゲーム会社の売上に貢献しています。」
に変わります。
趣味だったはずなのに、
いつの間にか勤労までセットになっている。
しかも、
雇用契約はありません。
福利厚生もありません。
有給もありません。
課金だけはあります。
借りて課金すると、さらに話がややこしい
例えば、1万円を借りて課金する。
そして、
利息が1,000円ついたとします。
年間では12,000円。
時給1,000円なら、
12時間分の労働。
つまり、
半日分の労働が、
何も買わずに消えます。
利息って、すごいですよね。
何かを買ったわけでもない。
何かを楽しんだわけでもない。
ただ、
「借りましたね。」 という事実だけで、
お金を持っていく。
手ぶらの集金係です。
しかも毎月来る。
帰らない。
そして、時間も消えている
例えば、
1日2時間ゲームをする。
1週間で14時間。
1年間で728時間。
約30日です。
つまり、
年間約1か月、 ゲームをしている。
さらに、
睡眠を1日7時間とすると、
728時間は104日分。
104日。
約3か月半。
春。
夏。
秋。
ほぼ、
三季分の睡眠をゲームに納品しています。
「ちょっと夜更かしした。」
ではありません。
睡眠の在庫を、毎日少しずつ出荷している。
しかも、在庫は補充されません。
時間は、かなり揮発性が高い
お金は、
使ったら減ったと分かります。
でも時間は違う。
昨日の2時間。
一昨日の2時間。
先週の2時間。
……気づいたら蒸発。
しかも、かなり揮発性が高い。
「昨日、何してた?」
と聞かれて、
「ゲーム。」
で終わる。
何時間?
……「ちょっと。」
この「ちょっと」も、なかなかの曲者。
数字にすると、
年間728時間だったりする。
ちょっとが積み上がって1か月。
人生、
小さな「ちょっと」に
ずいぶん持っていかれます。
「今週いくら?」ではなく「年間なら?」
毎週、支出の記録をつけているなら、
「今週いくら使った?」だけではなく、
「これ、1年続いたらいくら?」と置き換える。
時間も同じ。
「今日は2時間。」ではなく、
「これ、1年続いたら?」と計算する。
すると、
500円。
1,000円。
2時間。
3時間。
その小さな数字が、
年間という拡大鏡を通した瞬間、急に態度がデカくなる。
これ、ゲームに限った話ではありません。
買い物もそう。
サブスクもそう。
コンビニもそう。
「これくらい。」
が集まると、
家計の中で、 知らない間に幅を利かせています。
何に課金しているのか自覚が大事
私もゲームは好きです。
でも、課金はしたことがない。
初回購入料金は有ります。
その後は増額しない。
子どもの頃、
ゲームをクリアして
エンドロールを見たとき、
「終わった……。」
という感覚がありました。
達成感はある。
でも、終わったら終わり。
そこで卒業しました。
ところが今のゲームは、
終わらないものも多い。
イベント。
限定。
復刻。
新キャラ。
また限定。
またイベント。
ゲームをしているのか、
ゲーム会社の予定表を
一緒に消化しているのか。
だんだん分からなくなる。
しかも、
サービスが終了すれば、
データが消えることもある。
それまで使ったお金は、戻ってきません。
時間も戻ってきません。
データだけが、潔く消える。
完全退場です。
課金したものが、何も残らないという現実
もちろん、
ゲームで楽しかった時間は残ります。
友達と遊んだ。
笑った。
夢中になった。
それは大事。
ただ、
「12万円課金した。」
と言っても、
12万円分の何かが
手元に残るわけではありません。
12万円のバッグもない。
12万円の旅行もない。
12万円の家具もない。
12万円の貯金もない。
あるのは、ゲーム内の何か。
そして、サービス終了のお知らせが来たら、
「ありがとうございました。」
で終了。
……こちらこそ、というしかない。
「やめなさい」より、数字を見せる
ゲームをやめなさい。
課金しちゃダメ。
そう言われても、
本人にとっては楽しい。
だから、
「悪いことだからやめる」だけでは、
なかなか続きません。
だったら、
一度、数字にしてみる。
年間いくら使っているのか。
何時間使っているのか。
そのお金は、
何時間働いた分なのか。
その時間は、
睡眠何日分なのか。
すると、
「ゲームをしている。」から、
「自分のお金と時間を、 これだけ使っている。」
に変わります。
数字って、感情がありません。
怒りもしない。
説教もしない。
ただ、「年間でこれ。」
と、しれっと置いてくる。
この、しれっと感が怖い。
高額課金を促す理由
なぜ、高額課金を促す仕掛けがあるのか。
当然、ゲーム会社も商売です。
売上が必要です。
だから、
もっと使ってもらいたい。
そのための工夫があります。
「今だけ。」
「限定。」
「あと少し。」
「せっかくだから。」
このあたりの言葉は、
ゲームの外でもよく見かけます。
人は、
「損したくない。」
「今逃したらもったいない。」
「あと少しで手に入る。」
となると、判断が変わります。
そして、
「欲しいから買った」のか、
「欲しくなるように仕掛けられた」のか。
分からなくなる。
ここは、ゲームだけの話ではありません。
詐欺だって、
人の焦りや欲を使います。
だからこそ、
「今、私はなぜこれを欲しいと思っているんだろう?」
と一度止まれることは、案外大事です。
人生は、リセットボタンがない
ゲームなら、
失敗した。
リセット。
もう一回。
できます。
でも人生は、
リセットボタンがありません。
昨日の3時間は戻ってこない。
使った1万円も戻ってこない。
寝不足の朝だけ、
律儀にやってくる。
人生、
このあたりの仕様が
ちょっと厳しい。
だから、
ゲームをするな。
課金するな。
という話ではなく、
自分が何に、どれだけお金と時間を使っているのか。
たまには、
数字にしてみる。
月1万円。
年間12万円。
1日2時間。
年間728時間。
数字にしてみると、
「これくらい。」
だったものが、
急に、「あれ?私、何を納品してるんだろう。」
になることがあります。
お金も時間も、
使った瞬間は小さい。
でも、積み上がると、人生になる。
そして人生は、
課金しても、追加購入できません。



