“ちょっと”の積み重ねが未来になる
先日、
仕事の話をしていたとき。
「最近、寝る時間がもったいなくて」
と言われました。
「え?」
聞き返すと、
「だって、寝てる間って何もしてないじゃないですか」
……睡眠に対して、なかなか強気発言。
寝る時間まで、事業仕分け
話を聞くと、
仕事が忙しい。
やりたいことも多い。
時間はいくらあっても足りない。
だから、
「できるだけ睡眠時間を短くしたい」
……らしい。
1日は24時間。
寝ている間は、
仕事もできない。
勉強もできない。
やりたいこともできない。
……だったら短くしたい。
本人の中では、
筋が通っています。
計算は合っている。
疲れが計算表に入っていないだけ。
睡眠、まさかのコストカット
仕事なら、
「ここ、削れないかな」
は、よくあります。
時間を短くする。
手間を減らす。
ムダをなくす。
ところが、
「睡眠を削ろう」
となると、
そこ、削るとこですか?
コピー用紙でもない。
会議でもない。
移動時間でもない。
よりによって、
明日の自分を動かす時間。
なかなか強気の行動計画です。
「まだ大丈夫」は、本人発表
こういう話をしていると、
「今は大丈夫です」
と言われることがあります。
仕事はできている。
遅刻もしていない。
ちゃんと動いている。
……だから、問題ない。
ところが、
「最近、なんか調子が悪くて」
と自己申告があるわけです。
話を聞いていると、
朝から疲れている。
ちょっとしたことでイラッとする。
いつもなら流せることが、妙に引っかかる。
考えればすぐ出てくることが、
なかなか出てこない。
調子が悪いというより、
充電器を抜いたまま放電しっぱなし。
本人は、それでも営業中。
これをランナーズハイと言わず、
なんと言おうか。
寝ている間、何もしてないことになっている
睡眠って、
何もしていないように見えます。
机にも向かっていない。
パソコンも開いていない。
電話もしていない。
メールも返していない。
……完全にステルスモード。
だから、
「寝ている時間がもったいない」
と考えるのも、100歩譲って理解を示します。
とはいえ、
その時間を削ると、
起きている時間のほうが、
だんだん怪しくなる。
そして、
ミスを片づける。
考え直す。
やり直す。
また時間を使う。
削った時間、別の部署から手直し処理の通達がやってくる。
こっちの方が非効率的すぎて……。
休憩時間まで、成果報告はいらない
「休んだほうがいいですよ」
と言う場面があります。
ですが、
「休むことも仕事のうちです」
とは、あまり言いたくない。
休むことまで、
仕事にしなくていいから。
「今日はちゃんと休めた」
「有意義な休日だった」
「明日から頑張れる」
そこまで、成果を出さなくていい。
ぼーっとしていい。
寝ていい。
何もしなくていい。
「今日は何もしてないな」
それで終わる日があってもいい。
削るなら、そこじゃなかった
仕事が忙しいと、
「もっと時間があれば」
と思います。
だから、
睡眠を削る。
でも、
削った時間で
疲れたまま仕事をする。
そして、
また時間がかかる。
睡眠削減計画。
思ったより、費用対効果が悪い。
寝ている時間は、
何もしていない。
そう思っていたら、
実は、無給で充電処理中。
しかも、
こちらが寝ている間に。
そう考えると、
睡眠って、
ずいぶん待遇の悪い仕事です。
24時間勤務。
休憩なし。
給与なし。
本人からは、
「何もしてない」
という評価までついてくる。
それでも、無言でフル稼働。
睡眠削減計画。
どうやら、
見直すべきは睡眠時間ではなく、
「寝ている時間=何もしていない」 という発想。



