世界のヤクルト、実家がひっそりしすぎ

さぁ、今週も金曜日になりました。
福岡を語る上で、忘れてはいけない人がいます。
…時代が変わる。
それは、
新しいものが生まれるということだけではありません。
昨日まで大切だったものが、
「もう必要ない」と言われることでもあります。
自分が信じてきたもの。
守ってきたもの。
誇りにしてきたもの。
それらが、時代の流れの中で
一つずつ失われていったとしたら――。
今回は、
明治という新しい時代に抗い、
秋月の乱を率いた士族、
宮崎車之助(みやざき しゃのすけ/1839年〜1876年)の話です。
武士の町・秋月
福岡県朝倉市にある秋月。
「筑前の小京都」とも呼ばれるこの町は、
江戸時代、秋月藩黒田氏の城下町でした。
秋月藩は、
福岡藩を治めた黒田氏の分家による藩です。
そこには当然、
藩主を支える武士たちが暮らしていました。
武士にとって、
藩に仕えることは仕事であると同時に、
自分の身分であり、誇りでもありました。
ところが、
明治維新によって日本は大きく変わります。
藩はなくなり、
武士という身分もなくなっていきました。
宮崎車之助が生きたのは、
まさにそんな激動の時代でした。
「武士であること」が意味を失っていく
明治政府は、
新しい国家をつくるために次々と制度を変えていきました。
廃藩置県。
徴兵令。
そして、
士族の経済的な基盤を失わせる秩禄処分。
さらに1876年には、
士族の象徴ともいえる刀を身につけることを禁じる
「廃刀令」が出されます。
もちろん、
すべての士族が反乱を起こしたわけではありません。
新しい時代に適応しようとした人もいました。
けれど、
「自分たちは何のために生きてきたのか」
そう問い始めた人たちもいました。
宮崎車之助も、
その一人でした。
秋月の乱
1876年。
熊本では神風連の乱が起こり、
その後、福岡県でも士族の不満が爆発します。
秋月の旧藩士族たちは、
新政府の政策に反発。
宮崎車之助らが中心となって、
反乱を起こしました。
これが、
秋月の乱です。
しかし、
政府はすでにかつての幕府や藩の時代とは違っていました。
近代的な軍隊を整え、
全国を統一的に支配する国家へと変わりつつあったのです。
秋月の士族たちは敗北。
宮崎車之助も捕らえられ、
1876年、処刑されました。
わずか37年ほどの生涯でした。
守りたかったものは、何だったのか
宮崎車之助を、
単純に「時代遅れの反逆者」と見ることもできます。
実際、
彼らの行動によって多くの犠牲が生まれました。
一方で、
彼らが抱えていた喪失感まで否定してしまうと、
この事件の本質を見失ってしまう気がします。
彼らは、
単に刀を振り回したかったわけではありません。
自分たちが信じてきた価値観が、
社会の変化によって否定されていく。
そのことへの怒りや戸惑い、
そして「自分はこれから何者なのか」という不安。
それが、
反乱という形になって現れたとも考えられます。
時代は、待ってくれない
宮崎車之助の人生を見ていると、
少し怖くなることがあります。
時代は、
「あなたの準備ができたら変わります」
とは言ってくれません。
仕事も同じ。
会社の制度が変わる。
求められる能力が変わる。
上司が変わる。
仕事そのものがなくなることもある。
昨日まで評価されていたやり方が、
今日は「古い」と言われることだってあります。
そんなとき、
「昔はこうだった」
と過去にしがみつくことは、
決して不思議なことではありません。
それだけ、
自分が一生懸命生きてきた証でもあるからです。
でも――。
過去を守ることと、
過去に縛られることは、
同じではありません。
宮崎車之助が残したもの
宮崎車之助の生涯を、
「信念を貫いた立派な人物」とだけ書くのは簡単です。
けれど、
私はそれだけでは終わらせたくありません。
信念は、人を支える力になる。
同時に、
その信念が強くなりすぎると、
自分自身を苦しめることもあります。
変わりたくない。
認めたくない。
自分のほうが正しい。
そう思っているうちに、
いつの間にか、
時代そのものを敵にしてしまう。
宮崎車之助の人生は、
その危うさを私たちに見せてくれているのかもしれません。
編集後記
人は、変わることが怖い生き物。
それまで積み重ねてきたものがあるほど、
「今までのやり方を変える」ということは、
自分自身を否定するように感じてしまいます。
だから、
「私は間違っていない」
と思いたくなる。
でも、
正しいか間違っているかだけでは、
人生は割り切れません。
宮崎車之助が生きた時代には、
武士という身分そのものがなくなりました。
どれだけ「昔のほうがよかった」と願っても、
時代は戻りません。
だからこそ、
変化の中で必要なのは、
「何を守るのか」と「何を手放すのか」を、自分で選ぶこと。
なのではないでしょうか。
全部を捨てる必要はない。
でも、全部を守ろうとする必要もない。
大切にしてきたものの中から、
これからの自分にも必要なものだけを残していく。
それは、
過去を裏切ることではありません。
むしろ、
自分の人生を自分で引き受けることなのかもしれません。
宮崎車之助が生きた明治という時代ほど、
私たちの時代は激しく変化していないように見えるかもしれません。
けれど、
仕事も、社会も、人間関係も、
少しずつ変わっています。
その変化に気づいたとき、
「変わりたくない」だけではなく、
「私は、何を残したいんだろう」と考えてみる。
そこから、
自分の生き方や明日やることが見えてきます。


