「見えないもの」が一番怖い。不安の正体は“情報不足”
一枚の写真が、記憶を連れてくる
先日、
Facebook投稿で
福岡タワーが埋立地にあるという投稿を書いた。
すると、86歳の男性から一通のメッセージが届いた。
「昔の百道浜の写真です。」
送られてきたのは、埋立前の百道浜。
モノクロ写真なのに、
白い砂浜のまぶしさまで伝わってくる。
海で遊ぶ子どもたち。
沖にはヨット。
今の百道浜とは別世界。
一枚の写真なのに、
そこには今では見ることのできない福岡が残っていた。
写真には写らない百道浜
写真と一緒に、その方は当時のことも教えてくださった。
「小イカや車エビが群れをなして泳いでいました。」
「百道には塩田もありました。」
「その後、セメント瓦の工場が建ちました。」
「醤油工場もありました。」
「長谷川町子さんは、この浜を散歩していたそうです。」
・・・面白い。
写真は一枚しかないのに、
語られる景色は次々と広がっていく。
潮の香り。
波の音。
子どもたちの笑い声。
写真には写っていない景色まで、
目の前に浮かんでくる。
人は写真を見る。でも、記憶を読む。
最近はスマホの中に、
何千枚もの写真が残っている。
でも、写真だけでは伝わらないものがある。
その日の空気。
その場所の匂い。
そこで交わした会話。
「あそこには塩田があった。」
「あの頃は小イカや車エビがたくさん泳いでいた。」
そんな話を聞いた瞬間、
一枚の写真が、生きた風景へと変わる。
だから昔の写真は面白い。
見ているようで、
本当に読んでいるのは、その人の記憶なのかもしれない。
86歳は、未来を語っていた
最後に、その方はこう書いてくださる。
「そのうち、公民館かどこかで写真展を開きたいと思っています。」
その一文を読んで、
なんだかうれしくなった。
86歳。
昔話をするだけではなく、
SNSを使いこなす。
デジタル化した写真を送り、
直メで文章を書く。
そして、
写真展を開きたいと未来を語る。
思い出は、
過去だけのものじゃない。
誰かに伝えた瞬間、
未来へ受け継がれていく。
年齢は、思い出が増えるもの。
でも、挑戦をやめる理由じゃない。
・・・写真展、近いうちに実現できないかな?



