心の誤作動を防ぐ受け止め方の習慣
不思議です。
水もあげた。
肥料もあげた。
毎日気にかけた。
なのに枯れる。
・・・植物って、案外シビア。
( ̄▽ ̄;)
植物には、ちゃんと説明書を読む
観葉植物を買うと調べます。
「日当たりは?」
「水やりは週何回?」
「風通しは?」
「エアコンの風は大丈夫?」
特に胡蝶蘭なんていただいた日には大変。
スマホ片手に、
「胡蝶蘭 育て方」
「胡蝶蘭 枯れる原因」
「胡蝶蘭 機嫌」
それくらい慎重になる方もいるのでは?
人間になると急に雑。
観葉植物なら、
置き場所を調べる。
水やりも調べる。
肥料も調べる。
Amazonでさえ
「この商品を買った人は…」って教えてくれる。
会社は「はい、この部署にいってね。」
辞令で終わる。
( ̄▽ ̄;)
枯れた原因を、花のせいにする
日陰が好きな花を、炎天下に置く。
毎日ぐったり。
葉っぱもしおれる。
そこで言う。
「この花、弱いね。」
・・・いやいや。
その花、ラスボス戦にレベル1で放り込まれています。
勝てるわけがない。
人間も同じ。
静かな環境で力を発揮する人。
一人で集中すると伸びる人。
誰かを支えるのが得意な人。
なのに、
「目立て。」
「競争しろ。」
「もっと意見を言え。」
・・・毎日フルマラソンを走らされて、
「今日は元気ないね。」と言われているようなもの。
「才能がない」は便利な言葉
何かうまくいかないと、私たちはすぐ責任転嫁。
「向いてなかった。」
「能力不足だった。」
でも、その前に考えてほしいことがあります。
置く場所、合っていますか?
飛べないペンギンにどこまで飛べるか競わせ
「泳ぐしか能がないね。」
と言っているようなもの。
・・・そりゃ泳ぐしかありません。
ペンギンは海で飛ぶように泳ぐ生き物ですから。
( ̄▽ ̄;)
人間は、植木鉢じゃない
植物は動けません。
だから置かれた場所で耐えるしかない。
でも人間は違うんですよね。
歩けます。
話せます。
逃げられます。
なのに、
「ここで頑張らないと。」
「辞めたら負け。」
そんな呪文を自分にかけ続けます。
真夏のアスファルトで、
「氷に溶けないでね~。」
と言っているくらい無茶。
最後に
ちゃんと育てているのに、なぜか枯れる。
そんな時は、
育て方より、
置き場所を疑った方がいいことがある。
植物は、
咲けない場所では咲きません。
人間も同じ。
自分を責める前に、
少しだけ立つ場所を変えてみる。
それだけで、
昨日まで枯れかけていた毎日が、
急に息を吹き返すことがあります。
人間って、
自分を変えることには必死なのに、
場所を変えることだけは、
最後まで「逃げ」だと思い込む生き物。
だから今日も、
咲けない花を見て言う。
「この花、弱いね。」
・・・違いますよね。
サボテンをプールに沈めて、
「根性が足りない。」と言っているようなもの。
我慢大会に参加するのも限度と言うモノがあるのではないでしょうか?
( ̄▽ ̄;)



