竹の花が咲くことを知った人の反応
不思議なことがある。
人間は公平が大好きということ。
平等も好き。
正しさも好き。
・・・たぶん本当に好きだと思う。
ところが。
自分の番になると急に法改正される。
( ̄▽ ̄;)
なぜか自分だけ無罪になる
自分が失敗した。
すると事情が出てくる。
忙しかった。
タイミングが悪かった。
たまたまだった。
・・・なるほど。
確かにそうかもしれない。
ところが。
同じことを他人がやる。
すると・・・。
意識が低い。
詰めが甘い。
責任感の問題。
になる。
判決がとても重い。
自分には事情がある
人間は自分のことをよく知っている。
その日どれだけ疲れていたか。
何を抱えていたか。
どんな状況だったか。
全部知っている。
だから自分を評価するときは、
事情がたくさん見える。
本当は頑張っていた。
悪気はなかった。
仕方なかった。
という説明が自然と付く。
他人の判決は結果だけ見る
ところが他人の事情は見えない。
見えるのは結果だけ。
だから。
返信がない。
態度が悪い。
約束を守らない。
という事実だけで判断する。
背景は分からない。
でも判決は出る。
早い。
それもかなり早い。
空気を読め問題
これもよくある。
沢山は成した場合
自分がたくさん話した→盛り上がっていた。
他人がたくさん話した→空気が読めない。
になる。
アドバイスの受け取り方
自分がアドバイスした→相手のため。
他人がアドバイスした→上から目線。
になる。
人間の判定基準。
意外と忙しい。
SNSは特に分かりやすい
投稿した内容の判断
自分の投稿→情報共有。
他人の投稿→自慢。
SNSの意見に関して
自分の意見→問題提起。
他人の意見→文句と否定。
同じことをしているのに、
ラベルだけ変わる。
最近思う
人間は、
自分を見る時は事情を見る。
他人を見る時は結果を見る。
だから、かなりの頻度で、
同じ出来事なのに判決が変わる。
・・・それも、かなり変わる。
人間の脳内裁判所。
かなり公平そうに見える。
ただし、自分の案件だけ敏腕弁護士が付く。
そして、なぜか執行猶予も長い。
( ̄▽ ̄;)



