メンタルケアラー役割は責任?義務? -重いと感じたら読む話

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メンタルケアラー役割は責任?義務? -重いと感じたら読む話

家族がうつ病や精神疾患を抱えたとき、多くの人は自然と「支える側」の役割を引き受けます。最初は愛情や心配から始まったはずなのに、気づけば「自分がやらなければ」「私が頑張らないと」という思いに変わり、苦しさを感じている人も少なくありません。

メンタルケアラーの役割は責任なのでしょうか。それとも義務なのでしょうか。この記事では、私自身の経験を振り返りながら、役割が重く感じられる理由と、その重さと向き合うためのヒントについてお話しします。



1.夫が突然うつ病になって、私は何をしていたか


私自身も多分パニックになっていたんだと思います。覚えていないこともちらほら。当然ですがうつ病という病気の知識なんてないので、夫が会社の指示で『産業医と面談して来い』と言われたためふらふらくっついていきました。病院ではなく事務室のようなところで夫と産業医が何か話していたのは覚えてます。
そこからメンタルクリニックへ行き、診断書を出してもらい、休職。一旦半年間は休むことになりました。
もう何が何だか……って感じで、ただ収入は減るので、私も働かなきゃ、と、そこだけは頭が動きました。ずっと派遣で仕事していたので決まるのは早かったです。でも正直新しい職場の記憶はほぼありません。
地元の駅に着いたら夫に電話して、何を買って帰るか相談して、帰ったらご飯作って、何とか一緒に食べるけど会話なんて無くて、でもそれに対しても何も感じてなかったかも。病気になる前は言葉数の多い人だったのに。

振り返ってみれば、自発的に「こうしよう」と動いたことはほとんどなかったです。何か事が起きてから「じゃあ、自分に出来ることって何かな」と考える。常に受け身でした。
疑問や反発を感じることがない分、自発性も自主性も無かったです。

その状態はどれくらい続いたんだろう、多分夫がうつを理由に当時の会社を退職して、ほぼ同時に引っ越しを下あたりくらいから

「私が主で動かないとだめなのかもしれない」

という意識が出て来たんだと思います。
転居先の契約者名は私。派遣ではなく正社員として転職して、夫の主治医から聞いた話や夫の困りごとを聞いて対処を勉強したり。

でも全部「目の前のこの生活をどうするか」に全力投球でした。

<おすすめコラム>【うつ病体験談④】私がやったこと・決めたこと
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2.今だから分かる当時の私の過不足


あの頃は余裕も知識も経験も無くて、誰かに相談出来る状態でも無かったから、多分半分くらい思考と感覚を停止して生活していた気がします。
振り返れば、よく私自身も病気にならなかったものだと思います。

私がその頃やり過ぎていたこと。
それは全部を一人で抱え込んでいたことです。

夫のケアも、家計も、家事も、仕事で疲れても家では話さず、外で夫のこともほぼ話さず、生活の中に趣味や楽しみを取り入れることもせず、24時間ケアラーとして過ごしていました。
周りから見れば、「よくできた嫁」だったのかもしれません。
でも褒められたくてやってたわけじゃない、それしか選択肢が無かっただけのことなのです。
「偉いね」「すごいね」「頑張ってるね」と言われても、全然心に染み入って来ませんでした。

逆に不足していたこと。
それはやはり「自分への関心」です。

私の生活は全部「やらなければならないこと」尽くしでした。ToDoを書いて、消して、追加して、消して、書き直して、を来る日も来る日も繰り返していた感じ。
ここまでやると、肝心の夫の話すら聞いていなかった気がします。思い出せないんですよね、何を言っていたのか。今よりずっと状態が不安定だったから、きっと「○にたい」的なことも言っていたはずなのに、覚えてないんです。
「夫が元気になるため、その療養を支える」ためだったはずなのに、当時の私の頭の中に夫が不在でした。


【図】メンタルケアラーとして私に不足していたこと、やり過ぎたこと


3.メンタルケアラー役割は、私にとって義務だった?役割だった


義務と役割って、すごく似てる言葉ですよね。
でもメンタルケアラーは、この両方が微妙な案配で混ざり合っている立場だと思います。

義務100%に感じるのは、おそらくかなり受け身になってます。
役割感が強い時は、まだ自主性が残っている。もちろん楽しい役割じゃないから「進んで」とは言いづらいけど、「私なら出来るかも」という気概は感じられます。

どちらもあり。100か0じゃない。
じゃあ、私はどうだったのだろう。

やるべきことが見えている時は、「役割」として捉えることが出来ていました。
変な話ですが、夫が「消えたい」「いないほうがいい」みたいなことを言いだすとき、もちろんめちゃくちゃ怖いし辛いんだけど、多分この話を最後まで聞けるのは私だけだろうな、という自負がありました。だから多分こういう時は「役割意識」が勝ってた。

逆に「こんなことばかりしていて意味があるんだろうか」と感じる、可もなく不可もない毎日の中で、でも仕事も家事も家計管理も全部一人でこなして、っていう状態だと「やらされ感」が強い義務感が勝っていたと思います。
下手すると被害者意識も感じてました。私何も悪くないのに、みたいな。

今現在は、どちらでもないです。消化して自分の一部になった感じです。
20年も経てば、そうなるもんなんですね。

4.【プチ診断】あなたのメンタルケアラー役割は、義務?責任?


ではここで、あなたにとってのメンタルケアラー役割がどちらよりの状態なのかを、簡単にチェックしてみましょう。
全部で10問です。直感で「はい」「いいえ」で答えてください。

  1. 配偶者の症状が悪い日や「死にたい」と言われたときに、「私の対応が悪かったのかもしれない」と自分を責めてしまうことがよくある。
  2. 自分の予定や趣味の時間を優先しようとすると、「家族(夫婦)なのに申し訳ない」という気持ちが強く湧く。
  3. 「もう少し休みたい」「自分の時間を取りたい」と思った自分に、罪悪感を感じることがある。
  4. 夫婦だから、配偶者のケアは基本的に「自分が全部やらなければならない」と思っている。
  5. 配偶者のために自分の欲求(睡眠・外出・仕事など)を後回しにすることが多い。
  6. ケアを少しでも手を抜くと、配偶者が悪化する責任は自分にあると感じる。
  7. ケアラーであることが、自分の人生やアイデンティティの大部分を占めている気がする。
  8. 小さなケアの成果(今日も一緒に過ごせた、服薬を促せたなど)を、自分で「よくやった」と認められる。
  9. 「今は話せない」「自分の時間を取る」と配偶者に伝えることに、強い抵抗や後ろめたさを感じる。
  10. この先も長くケアを続けなければならないというプレッシャーや不安が、日常的にある。


【採点の仕方】


質問1〜7、9、10で「はい」→ 1点
質問8で「はい」→ 0点(責任感寄りの逆転項目)
→ 合計点数を計算してください。

【結果判定】


0〜3点 …… 責任感がメイン
愛情や価値観に基づいた自然な責任感でケアに向き合えています。
自分の境界線も比較的守れており、バーンアウトのリスクは低めです。

4〜6点 …… 責任感と義務感が混在
純粋な責任感から始まったケアが、少しずつ「義務感」にすり替わってきている可能性があります。
罪悪感や自己犠牲の部分に気づき始めている良いタイミングです。

7点以上 …… 義務感が強い傾向
「やらなきゃいけない」という重圧が強くなり、消耗・罪悪感・バーンアウトのリスクが高まっています。
あなたのケアラー役割は「義務」に近づきすぎているサインです。

5.メンタルケアラー役割を重く感じるのをやめたいと思ったら


プチ診断は如何でしたでしょうか。ご自身の実感値と近かったでしょうか。

メンタルケアラーとしての役割は、とても重く、毎日長期間続けるほどにしんどさが増していきます。
もう嫌だ、こんなの無理、やめてしまいたい、と思うほうが寧ろ自然です。

だけど、ほぼ「思うだけ」です。また明日から今日と同じように役割をこなす。
けれど義務感が勝ってると、ただ朝食を作っているだけなのにストレスになってしまう。

やりたくない、でも辞められない。
だから自分がひたすら耐えるだけ、と、自分の心を緩衝材にします。
それがメンタルケアラーのバーンアウト、燃え尽き状態です。

本当に燃え尽きたら、感情も意思もどこかへ消えて、ただひたすら機械のように動くか、または本当に何もできなくなって自分もうつ病のような状態になってしまいます。
一番避けたい「共倒れ」です。

これを防ぐ方法としてお伝えしたいのが「自分の感情や思考を、良い悪いに限らず全部向き合う」こと、です。
むしろ、今まで避けて来たであろうネガティブ印象が強い感情や思考ほど、向き合う価値があります。
なぜなら、そこに自分の本心があるから。

もう逃げたい、やりたくない、と思っている。
だって体もへとへとで、頑張っても全然家族の状態は良くならなくて、この先よくなる希望も見えない。
今の状態がずっと続くようにしか思えない。頑張ってもこんな辛い生活しか送れないなら、いっそのこと頑張るのを辞めたい。

じゃあ、やめてみようか。
全部やめて、自分がやりたいことをやってみようか。
一日中寝ててもいいし、友達とランチに行ったり、有休とって一人で旅行に行こうか。
すごく楽しそう。その間、家のことなんか一切しない

でもそれが本当に自分がしたいことなのだろうか。
本当は違う、私は楽がしたいんじゃない。
もっと〇〇になりたいんじゃないのか?

この「○○」を探り当てるためには、ずっとスルーし続けて来た「嫌な感情・思考」と向き合うことが、実は一番近道なのです。


【図】役割や義務に囚われず本心に気づく流れ


6.今出来ていることを自分で再評価してみよう


もう嫌だ、辛い、やめたい、解放して欲しい。
こう考えた先に、

頑張っても無駄なんだ
自分だけが苦しんでる
頑張っていいこと無い
変わらないのは自分が至らないからだ
もうずっとこれが続くなんて無理

という未来像や自己評価に繋がります。
頑張っても頑張っても目指す場所にたどり着かなければ、「自分が悪いのかも」と考えて、「なら、その駄目な自分が頑張っても意味ないのでは」と悲観する。

ただ、これは本当に価値や意味がないわけではないのです。
焦り過ぎて、不安が高まって、余裕がなくなったことで視野が狭くなってしまっているからです。

だから一度余裕を取り戻しましょう。
その為には、先ほど話したように自分のネガティブな感情や思考と向き合う。
するとネガティブから来る余裕のなさに歯止めがかかる。
落ち着いて周りと自分を見ることが出来れば、今までやってきたことが無駄じゃないどころか、それがあったから今こうして何とか過ごせていることも理解できます。

自分自身を再評価することが出来るのです。
再評価とは、ゴールではありません。スタート地点です。
今自分がリアルにどこに立っているかを確認する。それが出来てこそ、その先への進み方も具体的に見えてくるのです。


家族を支える力を身につける第一歩


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西岡惠美子
専門家

西岡惠美子(カウンセラー)

惠然庵(けいぜんあん)

◆うつ病患者家族支援…うつになった家族を支えるご家族を支えます(家族側のカウンセリング・コーチング)◆自分軸構築コーチング…充実した人生の土台となる「自分軸」の構築をお手伝いします

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