W不倫(ダブル不倫)の慰謝料|相殺・求償・関係整理の考え方

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

 「お互い様なのだから、慰謝料は相殺してゼロにできるのではないか」

 既婚者同士の不倫(W不倫・ダブル不倫)が発覚したとき、こう考える方は少なくありません。実際、インターネット上でも「W不倫は相殺できる」といった説明を目にすることがあります。

 ただ、法律上の「相殺」という制度と、実務で行われている「お互いに請求しない」という解決は、似ているようで中身が違います。この違いをあいまいにしたまま話を進めると、「差し引きゼロで終わるつもりだったのに、結果的に自分の側だけが支払うことになった」という展開も起こり得ます。

この記事では、W不倫の慰謝料について、①請求の構造、②「相殺」という言葉の正確な意味、③差し引きゼロが崩れる場面、④求償権の絡み方、⑤関係整理(示談)の設計、という順に整理します。

1.まず「誰が誰に請求できるのか」を整理する

 W不倫では、登場人物が4人になります。ここではA夫・A妻の夫婦と、B夫・B妻の夫婦がいて、A夫とB妻の間に不貞行為があったケースで考えます。

 この場合、慰謝料を請求できる立場にあるのは、A妻とB夫の2人です。

 不貞行為は、関係を持った2人による共同不法行為とされ(民法709条・710条・719条)、A夫とB妻は連帯して責任を負うと整理されています。したがって、

  • A妻は、自分の配偶者であるA夫にも、不貞相手であるB妻にも請求できる
  • B夫は、自分の配偶者であるB妻にも、不貞相手であるA夫にも請求できる

 という関係になります。ただし、慰謝料として認められる総額には上限があり、2人から満額ずつ受け取れる(いわゆる二重取り)わけではありません。

 つまりW不倫では、請求のラインが2本並行して走ることになります。この「2本のライン」は、それぞれ当事者の組み合わせが異なります。この点が、次に述べる「相殺」の話を理解する鍵になります。

2.「相殺」という言葉は、法律上は正確ではない

相殺は「同じ2人の間」でしか使えない制度

 民法505条1項は、相殺について「二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる」と定めています。

 ポイントは冒頭の「二人が互いに」という部分です。相殺は、同じ当事者どうしが向かい合って債権と債務を持っているときに、その分を差し引く制度です。

 ところがW不倫では、

  • 1本目のライン:A妻 → B妻 に対する請求権
  • 2本目のライン:B夫 → A夫 に対する請求権

 というように、当事者の組み合わせが違います。A妻とB妻が互いに請求権を持ち合っているわけでも、A夫とB夫が持ち合っているわけでもありません。そのため、厳密にいえば、W不倫の慰謝料に法律上の相殺がそのまま当てはまる場面ではない、と考えられます。

民法509条による制限もある

 さらに民法509条1号は、「悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務」を受働債権とする相殺を禁じています。ここでいう「悪意」は単に事情を知っていたという意味ではなく、積極的に相手を害する意図を指すものと解されるのが一般的です。不貞慰謝料がこれに当たるかどうかは事案によって評価が分かれ得ますが、いずれにしても、一方が「相殺します」と通知するだけで支払義務が消えるという性質の話ではありません。

実務で行われているのは「相互に請求しない合意」

 では、現実に「差し引きゼロ」で解決している事案は何をしているのかというと、それは相殺ではなく、**当事者間の合意(和解)**です。

 「A側もB側も、互いに慰謝料を請求しない」という内容で合意し、書面にまとめる。だからこそ、金銭の授受なしに終わることがあります。

 裏を返せば、これは相手が同意しなければ成立しません。「相殺できるはずだから支払わなくてよい」という前提で構えていると、相手方が合意を拒んで訴訟に進んだ場合に対応が後手に回ります。W不倫の場面では、「制度として自動的にゼロになる」のではなく「交渉でゼロを目指す」という理解から出発するのが安全です。

3.「差し引きゼロ」が崩れやすい5つの場面

 お互いの請求が実質的に釣り合うという前提は、次のような事情があると崩れます。請求する側・される側のいずれにとっても、事前に想定しておきたい部分です。

①一方の夫婦だけが離婚する

 慰謝料額は、不貞をきっかけに離婚に至ったかどうかで大きく変わる傾向があります。片方の夫婦が離婚し、もう一方が婚姻関係を続ける場合、双方の損害の評価が対等にならず、金額に差が出やすくなります。

②相手方の配偶者が請求してこない、または請求できない

 そもそも相手方の配偶者が不貞の事実を知らない、知っていても請求する意思がない、という場合、こちらへの請求だけが現実化します。「お互い様」という構図は、双方が請求して初めて成り立つものです。

③慰謝料の金額が対等にならない

 婚姻期間の長さ、未成年の子の有無、不貞の期間や頻度、どちらが関係を主導したか、といった事情によって、認められる金額は変わります。同じ出来事から生じた2本の請求でも、金額が一致するとは限りません。

④一方の請求が、そもそも法的に成立しない

 たとえば、不貞が始まった時点ですでに婚姻関係が破綻していた、相手が既婚であることを知らず知り得る事情もなかった(故意・過失がない)、時効期間が経過している、といった事情があると、片方の請求だけが成り立たないことがあります。

⑤「同じ家計」という前提が崩れる

 「夫婦の財布は一つだから、行って来いでゼロ」という説明を見かけますが、これは同一家計であることが前提です。別居している、離婚する、支払いを一方が自分の固有財産から行う、といった場合には、この前提が成り立ちません。

4.W不倫では「求償権」も二重に絡む

 もう一つ見落とされやすいのが求償権です。

 不貞の当事者2人は連帯して責任を負う関係にあるため、一方が自分の負担部分を超えて支払った場合、超えた分をもう一方に請求できる、というのが実務上一般的な整理です。

 W不倫では、この求償のラインも2本になり得ます。加えて、次のような影響が生じます。

  • 秘密裏の解決が難しくなることがある:相手方の配偶者に知られないよう不貞相手だけに支払ってもらった場合でも、その相手が自分の配偶者に求償すれば、そこから事情が伝わる経路ができます。
  • 手元に残る額が変わる:受け取った側から見ても、求償によって最終的な資金の流れが変わることがあります。

 そのため、示談の段階で求償権をどう扱うかを決めておくことに実務的な意味があります。

5.関係整理(示談)の設計で見落とされやすい3点

①二者で示談するのか、四者で示談するのか

「互いに請求しない」という解決をするのであれば、関係者全員が合意の当事者になっているかを確認する必要があります。

 とくに注意したいのが清算条項の射程です。清算条項は、原則としてその示談の当事者どうしの間で清算するという意味にとどまると考えられます。二者間で示談を結んでも、その示談に加わっていないもう一方の配偶者の請求権まで当然に消えるとは限りません。「示談したのに、しばらくして別の人物から請求が届いた」という事態は、この点の見落としから生じます。

②求償権の扱いは、独立した条項で明示する

 清算条項があるから求償権も消えている、と当然にいえるかは文言次第で争点になり得ます。求償権をどうするか(放棄するのか、留保するのか)は、独立の条項として書き分けておくほうが後の争いを避けやすくなります。

 なお、求償権の放棄は常に不利というわけではなく、金額の減額と引き換えに放棄するなど、全体のバランスで判断する場面もあります。

③接触禁止・口外禁止と「相互不請求」は別の話

 「互いに請求しない」ことと、「今後連絡を取らない」「口外しない」ことは、それぞれ別の合意です。関係を整理して再燃を防ぎたいのであれば、それぞれを条項として設ける必要があります。もっとも、違約金の設定などについては、金額次第で効力が制限される場合もあり、設計には注意が必要です。

6.動く前に確認しておきたいこと

請求を考えている側

  • 請求した結果、自分の配偶者への反対請求を招く可能性をどう考えるか
  • 双方が支払い合った場合、弁護士費用も含めた収支がどうなるか
  • 婚姻関係を続けるのか、離婚を前提にするのかで戦略が変わること

請求を受けた側

  • 請求書に書かれた金額が、そのまま支払義務の額を意味するわけではないこと
  • その場で認めたり、書面に署名したりする前に、事実関係と法的な成否を確認すること
  • 「相殺でゼロになるはず」と考えて放置しないこと(合意がなければ手続きは進みます)

共通

  • やり取りの記録(メッセージ・書面・振込の記録)を自分から消さないこと
  • 回答期限がある場合でも、即答せずに専門家に相談する時間を確保すること

まとめ

 W不倫の慰謝料は、「お互い様だから相殺」という言葉で片づけられがちですが、法律上の相殺がそのまま使える場面ではなく、実際には当事者の合意によって「互いに請求しない」形をつくるという作業になります。

 そして、その合意が成立するかどうかは、離婚するかどうか、金額が釣り合うか、相手方の配偶者が請求してくるか、といった事情に左右されます。求償権や清算条項の射程まで含めて設計しておかないと、いったん解決したはずの話が後から戻ってくることもあります。

 登場人物が多く、感情も絡む場面ですので、当事者だけで話を進めると条件面の見落としが生じやすくなります。請求する側・受けた側のいずれの立場でも、早い段階で弁護士にご相談いただくことをおすすめします。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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