警察に相談すべきか、弁護士に相談すべきか|窓口の使い分け早見表
理不尽だと感じる要求を受け続けていると、受けている側にも感情が生まれます。事実と違うことを言われ、繰り返し連絡が来て、周囲にまで話が広がっていく。そうした状況で「こちらも黙っていられない」と考えるのは、無理のないことです。
ただ、ご相談をお受けしていると、要求そのものよりも、対応の途中で出てしまった一言や、送ってしまった一通の連絡、投稿してしまった一枚の画像のほうが、後から重い問題になっている例に出会うことがあります。それまで要求を受ける側だった方が、責任を問われる側として名前を出されてしまう、という流れです。
この記事では、不当だと感じる要求を受けた方が、対応を続けるうちに立場が入れ替わってしまう場面を、行為の種類ごとに整理します。何かを我慢していただくための説明ではなく、反撃に見える行動のうち、どれが法律上の争いを増やし、どれが増やさないのかを切り分けるための整理です。
この記事で扱うこと・扱わないこと
- 扱うのは、不当だと感じる要求を受けた側が、対応の中で責任を問われる側に回りやすい行為の見分け方です。
- 相手の要求が不当なものかどうかを判定する方法は、別の記事で扱っています。
- 記録の残し方や、記録をいつまで保管するかという運用も、別の記事に譲ります。
- 削除の申出や発信者情報の開示といった、被害を受けた側の手続は概略にとどめます。
- 正当な苦情や正当な請求まで受け入れるべきだ、という趣旨の記事ではありません。
立場が入れ替わるのは、どんなときか
相手の言動が違法でも、こちらの言動が適法になるわけではない
法律上の評価は、当事者ごとに別々に行われます。相手の要求のしかたが違法だと評価される場合でも、そのことによって、こちらの行為が自動的に許されることにはなりません。民事では、双方がそれぞれ相手に損害賠償を請求できる形になり、裁判所がそれぞれの言動を別個に評価する、という進み方をします。
「先に仕掛けてきたのは相手だ」という事情は、賠償額の判断で考慮されることはあります。ただ、それは責任そのものをなくす事情ではなく、金額を調整する事情として扱われるにとどまることが多いといえます。
やり返すと、争点そのものが増える
もう一つの現実的な問題は、争点が増えることです。それまでは「相手の要求に応じる義務があるか」という一点だったものが、こちらの言動が加わることで、「こちらの投稿は名誉毀損か」「こちらの発言は脅迫か」という別の争いを抱え込むことになります。
相手にとっては、そこが交渉材料になります。本来の要求に理由がない場合ほど、相手はこちらの落ち度を探しています。録音の一部だけを切り取って示される、といった形で使われることもあります。
変わり目は三つある
どこから問題になるのかは、感情の強さでは決まりません。実務上、評価が変わりやすいのは次の三つの場面です。この記事は、この三つに沿って組み立てています。
- 伝える先が、相手本人から第三者に変わったとき(公表・通報・関係先への連絡)。
- 言葉に「要求」がくっついたとき(〜しなければ〜する、という形)。
- 話し合いを離れて、自分の手で結果を実現しようとしたとき(実力の行使)。
伝える先が第三者に変わったとき
SNSや口コミでの公表
受けた仕打ちを広く知らせたい、同じ被害を出したくない、という動機は理解できるものです。ただ、不特定または多数の人が見られる場所に、特定の個人を指して事実を書き込む行為は、名誉毀損(刑法230条)や、民事上の不法行為(民法709条)として問題になることがあります。相手の氏名や勤務先、顔写真、免許証の画像などを添えた場合には、プライバシーの侵害や肖像権の侵害としても評価され得ます。
やり取りのスクリーンショットを載せる形も同じです。個人間のやり取りは、公開を前提にしていない情報として扱われることがあり、内容によっては公表そのものが権利侵害と評価されるおそれがあります。
「本当のことだから問題ない」とは限らない
刑法には、名誉毀損について例外を定めた規定があります(刑法230条の2)。もっとも、その例外が働くには、公共の利害に関する事実であること、目的が専ら公益を図ることにあったこと、真実であることの証明があったことという要件をすべて満たす必要があります。
個人間の金銭トラブルや、店舗での一度のやり取りは、公共の利害に関する事実とは評価されにくい類型です。また、「相手を懲らしめたい」という動機が前面に出ていると、目的の要件でつまずくことがあります。さらに、プライバシーの侵害は、書かれた内容が真実であっても成立し得る点で、名誉毀損とは別に考える必要があります。事実として正しいかどうかは、問題の一部でしかありません。
勤務先・家族・取引先への連絡
相手の勤務先や家族に事情を伝えれば要求が止まるのではないか、というご相談もあります。ただ、当事者ではない第三者に相手の不利益な事実を伝える行為は、伝えた相手の数や伝え方によっては、名誉毀損や信用毀損(刑法233条)として問題になることがあります。相手が事業者である場合、取引先や口コミサイトへの働きかけが、業務妨害(刑法233条・234条)として争われる例もあります。
連絡すること自体がいつも違法になるわけではありません。もっとも、目的が「解決」ではなく「相手に不利益を与えること」に寄っていくほど、評価は厳しくなりやすいとお考えください。
言葉に「要求」がくっついたとき
同じ言葉でも、何とセットで使われたかによって評価が変わります。手続を予告するだけの言葉と、相手に何かをさせるための言葉とでは、扱いが異なります。
| 伝えた内容 | くっついている要求 | 評価が動きやすい方向 |
|---|---|---|
| これ以上続く場合は法的手続を検討します | なし | 正当な権利行使として扱われやすい |
| やめると言わないなら勤務先に知らせる | 要求を取り下げさせること | 強要(刑法223条)が問題になりやすい |
| 黙っていてほしければ金銭を支払え | 金銭の支払い | 恐喝(刑法249条)が問題になりやすい |
| 家族がどうなっても知らない | 内容を問わない | 脅迫(刑法222条)が問題になりやすい |
手続を予告すること自体は、通常は問題になりにくい
「弁護士に相談します」「これ以上は裁判所の手続で」と伝えることは、権利の行使を予告しているにすぎず、通常は違法な害悪の告知とは評価されません。裁判を起こすこと自体についても、最高裁は、訴えの提起が違法と評価される場面をかなり限定的にとらえています(最高裁昭和63年1月26日判決)。手続に載せることをためらう必要は、基本的にはありません。
線が動くのは、手続以外の不利益が混ざったときです。「支払わないなら家族に知らせる」のように、手続と関係のない害を持ち出すと、同じ請求でも評価が変わることがあります。この境界については、別の記事で詳しく扱っています。
自分の手で結果を実現しようとしたとき
自力救済は原則として認められていない
こちらに正当な言い分があるとしても、その実現は手続を通じて行うのが原則です。最高裁も、自分の力で権利を実現する行為について、原則として法が禁じているものであり、法律に定める手続によったのでは権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能または著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情がある場合に限り、必要な限度で例外的に許されるにとどまる、としています(最高裁昭和40年12月7日判決)。
この例外が認められる範囲は狭く、実際の場面で当てはまることは多くありません。「自分の物を取り返しただけ」「相手が悪いのだから当然だ」という説明は、法律上の評価としては通りにくいとお考えください。
物を取り返す・預かる・処分する
支払ってしまった金銭を相手の手から取り戻す、相手の持ち物を担保のつもりで預かる、置いていかれた物を捨てる。いずれも、窃盗や器物損壊(刑法261条)などの問題として扱われるおそれがあります。相手が置いていった物は、こちらの判断で処分するのではなく、保管したうえで返還を求める連絡を記録の残る方法で行っておくほうが安全です。
帰らせない・取り押さえる
長時間の居座りに困り、出入口をふさぐ、腕をつかんで座らせる、という対応に至ってしまうことがあります。相手の行為に問題があっても、こちらの行為が暴行(刑法208条)や逮捕・監禁(刑法220条)として問題になり得ます。
求めるべきなのは、拘束ではなく退去です。退去を求めても帰らない相手については、不退去(刑法130条後段)の問題として警察に相談する道があります。自分で止めようとせず、その場を終わらせる方向に動くほうが、結果として安全です。
正当防衛が働く場面は、思われているより狭い
「今まさに」でなければ防衛にはならない
刑法は正当防衛を定めていますが(刑法36条1項)、そこでは急迫の侵害に対する行為であることが求められます。すでに終わった行為への仕返しや、後日の呼び出しは、この枠には入りません。また、双方が言い争ううちに互いに手を出したという経過では、正当防衛が認められにくい傾向があります。
程度を超えた部分は残る
防衛の必要があった場合でも、その程度を超えた部分については責任が問われることがあります(刑法36条2項)。民事にも同じ趣旨の規定があり、防衛のためにやむを得ず加害行為をした場合に賠償責任を負わないとされていますが(民法720条1項)、「やむを得ず」という要件の評価は厳格です。身の危険が差し迫っている場面で身を守ることまで否定されるものではありませんが、事後の仕返しを正当化する根拠にはなりません。
言い返さずに伝えるには
評価ではなく、事実だけを言葉にする
問題になりやすいのは、事実の指摘そのものではなく、そこに足された評価の言葉です。相手の人格や属性に触れる表現、断定的な決めつけ、周囲に聞かせるための大きな声。これらは、後から切り取られたときに、こちらだけが悪く見える材料になります。
- 「そういう人だと思っていました」ではなく、「その点はお受けできません」と伝える。
- 「訴えて破産させてやる」ではなく、「これ以上続く場合は、手続の検討に入ります」と伝える。
- 「嘘つき」ではなく、「こちらの記録では、日付と内容が異なっています」と伝える。
- その場で答えを出さず、「持ち帰って回答します」と伝え、回答の期限と方法を示す。
退去や中断を求めることは、反撃ではない
「本日はここまでとします」「お帰りください」「以後は書面でお願いします」と伝えることは、要求を拒む行為であっても、相手に義務のないことをさせる行為ではありません。応対を打ち切ることや、連絡の方法を限定することは、通常はこちらの権利の範囲内です。
反撃に見えて、実は手続にすぎないもの
断ること、取引を続けないこと
支払いを断ること、要求に応じないこと、以後の取引や来店をお断りすることは、原則としてこちら側で決められる事柄です。理由を細かく説明する義務も、通常はありません。断り方が乱暴になると別の問題が生じますが、断ること自体は反撃ではありません。
書面で伝えること、手続に載せること
通知書を送る、支払義務がないことの確認を求める訴えを起こす、被害届の提出を相談する、投稿の削除を事業者の窓口に申し出る。これらはいずれも用意された手続であり、利用をためらう必要はありません。
ただし、事実と異なる内容で刑事の処分を求める申告をすることは、それ自体が別の問題になります(虚偽告訴等罪・刑法172条)。届け出る際は、確認できている事実と、推測にとどまる部分とを分けて伝えることが大切です。
窓口を分けること
代理人を立てて連絡先を一本化することは、相手を攻撃する行為ではありません。当事者どうしのやり取りが続くほど、感情的な言葉が出る機会は増えます。間に人を挟むこと自体が、こちらが加害者側に回るリスクを下げる方法になります。
人を雇っている場合に増える論点
対応した従業員の言動と、事業者の責任
従業員が対応の途中で言い返してしまった場合、その言動について、事業として行われたものと評価されれば、事業者側も責任を問われることがあります(民法715条)。対応者を一人にしない、対応時間の上限を決めておく、判断を求められたら保留して上位者に回す、といった運用は、従業員を守ると同時に、事業者自身を守る仕組みでもあります。
2026年10月1日から始まる措置義務との関係
改正された労働施策総合推進法により、顧客等からの著しい迷惑行為に関する雇用管理上の措置が事業主の義務とされ、2026年10月1日から施行されます。労働者を雇用していれば規模を問わず対象となります。この仕組みは、正当な苦情や要望まで拒むことを求めるものではありません。従業員を守る対応と、来店者への不当な取り扱いとを取り違えないよう、社内の基準を言葉にしておくことが求められます。
避けたい進め方
- 相手の氏名や画像を添えて、経緯を公開の場に投稿する。
- その場の勢いで、要求を取り下げさせるための条件を口にする。
- 相手の持ち物を預かる、処分する、出入口をふさぐなど、実力で状況を動かそうとする。
- 夜間や休日に、相手の自宅や勤務先へ直接出向いて話をつけようとする。
- 自分に不利に見える記録を消してから相談する。
よくあるご質問
相手の暴言を録音しました。そのまま公開してもよいでしょうか。
記録として保管し、相談や手続で用いることと、公開することは別に考える必要があります。公開は、相手のプライバシーや名誉に関わる問題を新たに生じさせることがあります。証拠として使う目的であれば、公開しないまま保管しておくほうが目的にかないます。
先に手を出してきたのは相手です。それでも責任を問われますか。
急迫の侵害から身を守る行為は正当防衛として評価される余地がありますが、時間が空いた後の行為や、程度を超えた部分については、責任が残ることがあります。相手に責任があることと、こちらに責任がないことは、別の判断です。
「カスハラだ」と伝えるだけでも問題になりますか。
従業員を守るために対応を打ち切ること自体は、通常は問題になりません。ただ、内容を確かめずに正当な指摘まで打ち切ってしまうと、別の紛争を招くことがあります。事実の確認と、対応の打ち切りとを、順番に分けて進めることをおすすめします。
まとめ
- 相手の言動が違法でも、こちらの言動が自動的に適法になるわけではありません。
- 評価が変わりやすいのは、伝える先が第三者に変わったとき、言葉に要求がくっついたとき、実力で結果を実現しようとしたときです。
- 公表は、内容が真実であっても、名誉やプライバシーの問題として残ることがあります。
- 自分の力で権利を実現する行為が例外的に許される範囲は、狭く解されています。
- 正当防衛は、急迫の侵害に対する行為に限られ、事後の仕返しは含まれません。
- 断ること、退去を求めること、書面で通知すること、手続に載せることは、反撃ではなく通常の権利行使です。
- 人を雇っている場合は、対応者の言動が事業者の責任として扱われることがあります。
- 迷う場面では、その場で応答せず、記録を残したうえで相談する順序が安全です。
ご相談について
弁護士法人若井綜合法律事務所では、不当な要求を受けている方からのご相談をお受けしています。すでに言い返してしまった、投稿してしまった、といった段階でも、そこから取り得る対応は残っています。ご相談の際は、やり取りの記録を、こちらに不利に見えるものも含めてお持ちください。
代理人が窓口となることで、当事者どうしの直接のやり取りを止め、こちらが加害者側に回る場面を減らすことができます。池袋・新橋の各オフィスで対応しておりますので、対応にお困りの段階でお声がけください。


