【不当要求対応】なりすましアカウントからの要求|本人確認をしないまま応じる危険

若井亮

若井亮

テーマ:不当要求

「取引先の担当者を名乗る方から、SNSのメッセージで支払いを求められています。会社の代表番号にかけ直したほうがよいのでしょうか」。小さな会社を営んでいる方から、このようなご相談をいただくことがあります。反対に「面識のない相手から、知人の代理人だと名乗るメッセージが届き、指定された口座に金銭を振り込むよう求められている」という個人の方からのご相談もあります。

 本人確認が大切だという説明そのものは、あちこちで目にします。もっとも、そこで語られているのは、申込みをしてきた人が本人かどうかを事業者が確かめる仕組みの話が中心です。要求を受けた側が、要求してきた相手の名乗りをどう扱えばよいのかという角度からの説明は、意外なほど見当たりません。

 この記事では、なりすましの疑いが残る相手から要求を受けた場面を取り上げ、本人確認をしないまま応じたときに法律上どのようなことが起きるのかを整理します。そのうえで、名乗りの確かめ方と、確かめている間の対応の仕方をご説明します。名乗った側にどのような責任が生じるかや、要求そのものへの返答をどう保留するかは、別の記事で扱っています。

この記事で扱うこと・扱わないこと

 はじめに、この記事の範囲をはっきりさせておきます。

  • 扱うこと=相手の名乗りが確かめられない状態で、支払い・合意・説明に応じたときに残るもの。
  • 扱うこと=名乗りの確かめ方と、確かめている間にできること。
  • 扱わないこと=なりすました側に生じる刑事・民事の責任。
  • 扱わないこと=要求の中身が正当かどうかの判断と、返答を保留する伝え方。


 なお、名乗りが確かめられないことと、要求の中身が不当であることは別の話です。本人であっても不当な要求はあり得ますし、なりすましであっても言っている中身は正しいことがあり得ます。この記事は前者、つまり「誰と話しているのか」の部分だけを扱います。

「なりすまし」と一口に言っても形が違う

 ご相談を伺っていると、名乗り方には大きく3つの形があります。どの形かによって、確かめたい事柄が変わります。

名乗り方よくある場面確かめたい事柄
本人になりすます形顧客・取引先・被害を受けた本人の名で連絡が来るその人が本当にその立場にあるか
代理人・関係者を名乗る形家族、知人、「代理の者」として連絡が来る本人からの委任があるか、本人の意思か
肩書きや資格を名乗る形弁護士、団体の役員、行政の担当者を名乗るその肩書きが実在し、その人のものか


同じ「本人確認」でも中身が違う

 本人になりすます形では、その人がその立場にあるかどうか、たとえば実際に利用や取引があったのかが焦点になります。代理人を名乗る形では、名乗った人が誰かという点に加えて、本人がその人に任せる意思を持っているかという点が加わります。肩書きを名乗る形では、その肩書きが公の記録で確かめられるかどうかが手がかりになります。

名乗りが確かめられない状態は珍しくない

 メッセージアプリやSNSのやり取りだけで始まった連絡では、相手の氏名も住所も分からないまま話が進むことがあります。連絡手段がDMだけ、名前は名乗るが所属は言わない、といった状態です。この状態は、相手が何かを隠しているとは限らず、単に相手が手軽な手段を選んだだけのこともあります。ただ、確かめられていないという事実は、後に述べるとおり、応じた側の側に不利益として残ります。

確認しないまま支払うと、支払いが残らないことがある

 本人確認をしないことの不利益が目に見える形で出るのは、金銭を支払う場面です。

受け取る権限のない人への支払いは、原則として効力がない

 民法は、弁済を受け取る権限を持つ人以外に対してした支払いについて、原則として効力を認めていません。例外として、取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を持つ人に支払った場合に、支払った側が善意であり、かつ過失がなかったときに限って効力が認められます(民法478条)。代理人だと名乗って請求してきた人も、この「外観を持つ人」に含まれ得ると説明されています。また、受け取る権限のない人に支払った場合でも、本来の相手方がそれによって利益を受けた限度では効力が認められます(同法479条)。

「過失がなかった」といえるかどうか

 問題は、確かめないまま支払った側が「過失がなかった」といえるかどうかです。相手の氏名も所属も確かめず、指定された口座に振り込んだという経過では、この点の説明が難しくなります。効力が認められなければ、本来の相手方からあらためて請求を受ける余地が残ります。支払った金銭を取り戻すには、受け取った人を特定して不当利得の返還などを求めることになりますが、相手の氏名や住所が分からないままでは、その入り口でつまずきます。

振込先の名義がずれていないか

 請求してきた人の名前と、指定された振込先の名義が違うことがあります。会社への支払いのはずが個人名義であったり、代理人を名乗る人の名義であったりする場合です。名義がずれている理由の説明を受け、その説明が記録に残る形になっているかを確かめておくと、後の説明がしやすくなります。

確認しないまま合意しても、清算にならないことがある

 金銭の授受と並んで影響が大きいのが、示談書や合意書に署名する場面です。

和解は当事者の間の契約

 和解は、当事者が互いに譲り合って争いをやめることを約束する契約です(民法695条)。契約である以上、効力が及ぶのは契約をした当事者の間だけです。相手が本人でも代理権を持つ人でもなかった場合、その書面に「これで解決とする」という条項が入っていても、本来の相手方との関係では働きません。代理権のない人がした契約は、本人が追認しなければ本人に対して効力を生じないとされています(同法113条1項)。つまり、お金を払い、書面にも署名したのに、本来の相手方からの請求は残っているという結果があり得ます。

書面がなくても合意は成立し得る

 逆の向きの注意もあります。契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除いて、書面の作成その他の方式は必要とされていません(民法522条2項)。メッセージのやり取りの中で金額と支払時期がかみ合えば、その時点で合意が成立したと評価される余地があります。名乗りを確かめる前に条件面の話を進めることは、この意味でも避けたいところです。

答えること自体が、情報を渡すことになる

 支払いや署名に至らなくても、質問に答えるだけで渡ってしまうものがあります。

事業者は本人以外に個人データを出せないのが原則

 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないとされています(個人情報の保護に関する法律27条1項)。また、保有個人データの開示を請求できるのは本人であり(同法33条1項)、代理人による請求については、法定代理人と本人が委任した代理人に限る旨が政令で定められています(同法37条3項、同法施行令13条)。家族や関係者を名乗る相手に、本人の利用状況を説明してしまうと、この枠組みを外れた提供になり得ます。確認を求めることは、事業者側の手続として必要だという説明ができます。

個人どうしのやり取りでも同じことが起きる

 事業者でない方の場合でも、事情は似ています。相手を本人だと信じて経緯を説明したところ、その説明が別の人の手元に残り、後から金銭の要求や公表の予告に使われるという流れは、ご相談の中で見かけます。いったん渡した説明は回収できません。名乗りが確かめられるまでは、事実関係の説明にも踏み込まない形にしておくほうが無難です。

名乗りをどう確かめるか

 確かめ方は、相手の名乗り方によって変わります。共通するのは、相手が示した情報だけで判断せず、こちらが独立に取れる手がかりと突き合わせるという点です。

相手の名乗り突き合わせる手がかり避けたい確かめ方
取引先や顧客の担当者公表された代表番号・公式の問い合わせ窓口相手が伝えてきた番号にかけ直す
本人の代理人・家族本人からの委任状、本人自身への確認名乗りと関係性の説明だけで足りるとする
弁護士弁護士名簿に基づく検索、事務所への確認送られてきた身分証の画像だけで判断する
会社・団体の役員登記事項証明書、公式サイトの記載名刺の画像だけで判断する


相手が示した連絡先ではなく、公表された連絡先へ

 電話番号もメールアドレスも、名乗りに合わせて用意することができます。折り返しの連絡は、相手から伝えられた番号ではなく、公式サイトや登記、これまでの取引書類に記載された連絡先に対して行います。郵送先の住所を尋ねて書面でやり取りする形に移すのも一つの方法です。住所を用意することは、番号を用意することよりも手間がかかるためです。

弁護士かどうかは名簿で確かめられる

 弁護士になるには、日本弁護士連合会に備えた弁護士名簿に登録されなければならないとされています(弁護士法8条)。したがって、氏名と所属する弁護士会が分かれば、日本弁護士連合会の弁護士検索で登録の有無を確かめ、そこに記載された事務所へ連絡することができます。日本弁護士連合会や各地の弁護士会は、弁護士になりすました人物が偽造した身分証明書の画像を示す手口について注意喚起を公表しています。画像データの加工は容易であるため、SNS上のやり取りだけで実在の弁護士本人と判断することは避けるよう呼びかけられています。なお、弁護士でない人が弁護士や法律事務所であるかのような標示をすることは、弁護士法で禁じられています(同法74条1項)。

身分証の画像を送ってもらえば足りるのか

 実務でよく採られるのが、本人確認書類の画像を送ってもらう方法です。手軽ではありますが、限界と副作用があります。

画像は加工でき、他人の書類でもあり得る

 画像は加工が可能で、写っている書類が実在のものであっても、送ってきた人のものとは限りません。画像の提出は手がかりの一つにとどめ、公表された連絡先への折り返しや、書面のやり取りと組み合わせて判断するほうが確かです。

受け取った側にも管理の責任が生じる

 本人確認書類の画像を受け取れば、その時点から、こちらがその情報を預かることになります。保管の方法、閲覧できる人の範囲、確認が終わった後の取扱いまで決めておかないと、別の問題を抱え込むことになります。必要な範囲にとどめ、目的が済んだら手元に残さない形が扱いやすいといえます。

確認している間にできること

 名乗りが確かめられるまでの間、何もできないわけではありません。次のような対応は、相手が本人であった場合にも不利には働きません。

  1. 連絡があった日時、手段、名乗った氏名や所属、要求の中身をそのまま記録に残す。
  2. メッセージや着信履歴は消さず、画面の保存に加えて元のデータも残しておく。
  3. 「確認のうえで改めてご連絡します」と伝え、確認に必要な期間の見当を示す。
  4. 社内であれば、対応する担当者を一人に絞り、窓口以外の者が個別に答えない形にする。
  5. 支払い、署名、事実関係の説明については、確認が済むまで判断を保留する。
  6. 確認のために取った行動(かけ直した番号、送った書面)も記録に残す。


 保留の伝え方や期限の置き方については、別の記事で詳しく扱っています。この記事の範囲では、確認が済むまで結論を出さないことは、相手への失礼にも法律上の不利益にもあたらないという点を押さえておけば足ります。

確認を求めることは、相手を疑うことと同じではない

 確認をお願いすると、なぜそんなことをするのかと反発を受けることがあります。ここは、相手の人柄の問題ではなく手続の問題として説明するのが穏当です。個人情報の取扱いに定めがあること、支払いや合意の効力が相手方の確定に左右されること、いずれも相手が誰であっても変わらない話だからです。

 相手が本人であった場合、確認に要した数日は、後の交渉に響くほどの遅れにはなりません。反対に、確認を省いて応じた後で名乗りが違っていたと分かった場合には、支払いも合意もやり直しになり、渡した情報だけが戻らないという形になります。手順を踏むことの負担と、踏まなかった場合の負担を比べておくと、判断がしやすくなります。

よくあるご質問

 ご相談の際に多くいただく質問を挙げます。

委任状があれば代理人として扱ってよいのでしょうか

 委任状は有力な手がかりですが、それだけで足りるとは限りません。委任状も作成することができるため、本人へ直接確認する、本人の連絡先が相手の申告によるものでないかを確かめる、といった手当てを組み合わせます。本人に確認する際は、要求の中身に立ち入らず、その人に任せているかどうかだけを尋ねる形にすると、余計な誤解を生みません。

相手が名乗りを確かめさせてくれない場合はどうすればよいですか

 確認に応じない、書面でのやり取りを断る、期限だけを繰り返すといった対応が続く場合、その経過自体を記録に残します。名乗りが確かめられない相手に対して、支払いや署名の判断を保留することは、法律上の義務に反するものではありません。要求の中身に理由があるのであれば、書面でのやり取りに移ることに支障はないはずです。

警察に相談したほうがよいでしょうか

 金銭の交付を求める言動や、公表をほのめかす言動を伴う場合には、警察への相談が選択肢になります。相談の際は、やり取りの記録と、確認のために取った行動の記録が判断材料になります。どの窓口に何を持ち込むかについては、事案の内容によって変わりますので、事前にご相談いただければ整理をお手伝いできます。

まとめ


  1. 名乗りが本当かどうかと、要求の中身が正当かどうかは別の問題として扱う。
  2. 受け取る権限のない人への支払いは原則として効力がなく、例外が認められるのは支払った側が善意かつ無過失のときに限られる(民法478条)。本来の相手方が利益を受けた限度では効力が認められる(同法479条)。
  3. 和解は当事者の間の契約であり(同法695条)、代理権のない人がした契約は本人の追認がなければ本人に効力を生じない(同法113条1項)。
  4. 契約の成立に書面は要らないため(同法522条2項)、名乗りの確認前に条件面の話を進めない。
  5. 事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供できず(個人情報の保護に関する法律27条1項)、開示を請求できるのは本人と一定の代理人に限られる(同法33条1項、37条3項、同法施行令13条)。
  6. 確かめ方は、相手が示した連絡先ではなく、公表された連絡先や公の記録と突き合わせる。弁護士は弁護士名簿への登録が要件とされている(弁護士法8条)。
  7. 確認が済むまで支払い・署名・事実関係の説明を保留し、その経過を記録に残す。


なりすましの疑いがある要求への対応をご検討中の方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、不当な要求への対応に関するご相談を、池袋と新橋の事務所でお受けしています。相手の名乗りが確かめられないまま要求だけが続いている状態は、応じるかどうか以前に、誰と話しているのかが定まっていない状態です。この段階で整理をしておくと、後の手当てが軽く済みます。

 すでに支払いや署名をしてしまった後であっても、経過の記録が残っていれば、取り得る手段を検討する余地はあります。要求を受けている方からのご相談も、相手方から要求をしている方からのご相談も、いずれもお受けしています。お一人で抱え込まず、早い段階でお声がけください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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