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「保護者からの電話が夜まで続き、担任が一人で抱え込んでいる」「同じ趣旨の要求が形を変えて繰り返され、授業の準備に手が回らない」。学校の側からは、このようなご相談が寄せられます。一方で保護者の側からは、「子どものことで改善を求めただけなのに、不当な要求として扱われてしまうのではないか」という不安の声も聞かれます。
インターネット上には、保護者対応の心構えや話の聞き方を説明した記事が数多くあります。書かれていること自体が誤っているわけではありません。ただ、2025年から2026年にかけて、学校への過剰な苦情や不当な要求をめぐる国の枠組みには、現場での運び方に関わる変更が加えられました。対応術を中心に説明した記事の多くは、この変更を前提にしていません。
この記事では、国の方針として何が変わり、何は変わっていないのかに絞って整理します。個々の要求が正当な範囲を超えているかどうかの判断基準、記録の残し方、2026年10月から始まるカスタマーハラスメント対策の措置義務の全体像については、それぞれ別の記事で扱っています。
2025年から2026年にかけて動いた3つの制度
保護者対応に関係する動きは、ひとまとまりの改正ではなく、時期も根拠法も異なる3つの流れとして進みました。
給特法が改正され、教育委員会に計画の策定が義務づけられた
2025年6月、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法等の一部を改正する法律(令和7年法律第68号)が成立し、公布されました。この改正で新設された給特法8条1項により、教育職員の服務を監督する教育委員会は、文部科学大臣が定める指針に即して「業務量管理・健康確保措置実施計画」を定めることとされました。計画を定め、または変更したときは公表し、総合教育会議に報告することも求められます(同条3項)。計画の実施状況は毎年度公表されます(同条4項)。施行は2026年4月1日です。
指針が全部改正され、業務の3分類が指針の本文に入った
これを受けて、文部科学省は2025年9月、従来の指針(令和2年文部科学省告示第1号)を全部改正しました(令和7年文部科学省告示第114号)。改正後の指針は2026年4月1日から適用されています。改正内容のうち保護者対応に直接関わるのが「学校と教師の業務の3分類」で、①学校以外が担うべき業務、②教師以外が積極的に参画すべき業務、③教師の業務だが負担軽減を促進すべき業務、という3つの分類が指針の本文(第2章第3節)に位置づけられました。保護者等からの過剰な苦情や不当な要求等の学校では対応が困難な事案への対応は、このうち①の「学校以外が担うべき業務」に置かれています。
2026年10月からは、別の流れとして措置義務が始まる
もう一つ、2026年10月1日から、労働施策総合推進法に基づき、顧客等からの言動に起因する問題について事業主が雇用管理上の措置を講じる義務が始まります。学校も職場である以上、この枠組みからも影響を受けます。ただし、根拠となる法律も、義務を負う相手も別のものです。措置義務の中身や、保護者がそこでいう「顧客等」に含まれるのかという論点は、別の記事で扱っています。ここでは、給特法と指針の側の変更に話を絞ります。
「学校以外が担うべき業務」に置かれたことの意味
報道では「過剰な苦情は学校外で対応」と短く伝えられました。この一文だけでは誤解が生じやすいため、指針が実際に何を求めているのかを確認しておきます。
求められているのは「体制の構築」である
指針は、この項目について、服務監督教育委員会が直接苦情等に対応する相談窓口を設置すること、学校が弁護士等の専門家を活用できる環境を整備することなどにより、教育委員会等の行政機関の責任において当該苦情および要求等に対応できる体制を構築することを求めています。対応そのものをなくすという趣旨ではなく、対応の担い手を学校の外に移すための体制をつくることが求められているという構造です。体制が整っていない段階で学校が窓口を閉じてしまえば、指針の趣旨からも離れることになります。
名宛人は教育委員会であって、保護者ではない
指針は給特法7条1項に基づくもので、その対象は服務監督教育委員会です(指針第1章第2節)。保護者に対して何かを禁じたり、義務を課したりする性質の文書ではありません。「国が保護者からの苦情を制限した」という受け取り方は、条文の建て付けとは異なります。学校の側が保護者に説明する場面でも、この点を取り違えると、かえって関係がこじれることがあります。
同じ分類には、ほかの業務も並んでいる
①には、登下校時の通学路における日常的な見守り活動、放課後から夜間などにおける校外の見回りと児童生徒が補導された時の対応、学校徴収金の徴収・管理、地域学校協働活動の関係者間の連絡調整も並んでいます。保護者対応だけが取り出されたわけではなく、学校が長く抱えてきた業務全体を組み替える流れの中に位置づけられた、という読み方になります。
変わっていないこと
制度が動いた一方で、そのままになっている部分もあります。むしろ、こちらを押さえておかないと現場での判断を誤ります。
正当な要望や相談まで断れるようになったわけではない
指針が①に置いたのは「過剰な苦情や不当な要求等の学校では対応が困難な事案」です。通常の要望や相談は、この言い回しには含まれません。文部科学省が保護者・地域向けに示した資料でも、学校運営への参画や役割分担への協力を呼びかけたうえで、怒鳴るような言動は控えること、相談は勤務時間内にすること、学校にはできないこともあることへの理解、といった配慮が挙げられているにとどまります。要望を伝えること自体が抑制されたわけではありません。
どこからが「過剰」なのかという線引きは、指針には書かれていない
指針は業務の分担に関する文書であり、個別の言動が違法かどうかを判断する基準を示すものではありません。度を超えた言動の評価は、従来どおり民事・刑事の一般的な枠組みで行われます。長時間にわたって居座り退去に応じない、義務のないことを求めて強く迫る、害を加えることを告げる、といった場面で問題になる条文は、今回の改正の前後で変わっていません。
私立学校には指針が直接及ばない
給特法と指針の対象は、公立学校の教育職員とその服務を監督する教育委員会です。私立学校の教職員は、この枠組みの外にあります。もっとも、2026年10月から始まる措置義務や、労働契約法5条に基づく安全配慮義務は、設置者が学校法人であっても働きます。公立と同じ根拠は使えないが、別の根拠はある、という整理になります。
設置者によって、根拠になる枠組みが分かれる
どの枠組みが働くかは設置者によって異なります。相談の初期段階で確認しておくと、話が早く進みます。
| 区分 | 中心となる枠組み | 押さえておく点 |
|---|---|---|
| 公立学校 | 給特法7条・8条と指針(令和7年文部科学省告示第114号) | 教育委員会が計画を定めて公表する。相談窓口の設置や専門家を活用できる環境の整備が求められる |
| 私立学校 | 指針の直接の対象ではない | 2026年10月からの措置義務と、労働契約法5条の安全配慮義務が働く |
| 公立・私立に共通 | 民事・刑事の一般的な枠組み | 度を超えた言動の評価の仕方は、今回の改正で変わっていない |
現場での運び方はどこが変わるか
制度の変更は、日々の対応の順序にも影響します。実務の面で意味があるのは、次の3点です。
担任個人から、学校組織と教育委員会へ
これまでは、最初に受けた教職員がそのまま最後まで対応することが少なくありませんでした。指針が求める体制が整えば、学校では対応が困難な事案について、教育委員会の窓口に引き継ぐという道筋が制度上の裏づけを持つことになります。担任が一人で抱え続ける運用は、指針が想定している姿ではありません。窓口の整備状況は自治体によって差がありますので、まず所管の教育委員会に確認しておくことが出発点になります。
計画と実施状況が公表される
教育委員会が定める計画は公表され、総合教育会議にも報告されます。自分の自治体が保護者対応についてどこまで踏み込んだ取組を掲げているかは、外から確認できるようになりました。学校が支援を求める場面でも、計画に書かれた内容は具体的な手がかりになります。
弁護士が関わる入り口が前倒しになる
教育委員会が弁護士等に法務相談を行う経費については、2020年度から普通交付税措置が講じられています。指針が専門家を活用できる環境の整備を求めたことで、訴訟になってから相談するのではなく、初期対応の段階で法的な見立てを得るという使い方が、いっそう想定されるようになりました。私立学校の場合は、顧問弁護士や外部の法律事務所が同じ役割を担うことになります。
避けたい進め方
制度が変わった直後は、運用の行き過ぎと不足の両方が起こりやすい時期です。ご相談の中でよく見かける、注意しておきたい進め方を挙げます。
- 担任や学年主任に対応を委ねたまま、記録が個人の手帳やメモにとどまっている。
- その場で回答や約束をしてしまい、後から組織として説明が難しくなる。
- 「学校以外が担う業務になったので対応しません」とだけ伝え、引き継ぎ先を示さない。
- 録音や記録を、相手との関係を悪くしたくないという理由だけで残さない。
- 暴行や脅迫にあたりうる言動が出ているのに、教育的な配慮を理由に学校内で抱え込む。
いずれも、後から第三者が経過を検証するときに、事実関係を確認する手がかりが残らないという点で共通しています。誰が、いつ、どのような要求を受け、何を回答したのかを、学校として残る形にしておくことが、制度の変更以前に必要な準備になります。
保護者の立場から見た読み方
この記事を保護者の立場でお読みの方もいらっしゃると思いますので、その視点からも触れておきます。
要望を伝えること自体は妨げられていない
学校の教育活動について疑問を伝えたり、改善を求めたりすることは、これまでどおり可能です。指針が想定しているのは、学校だけでは対応が難しくなった事案について、担い手を行政に移すという場面です。要望の内容そのものを評価する制度ではありません。
窓口が移ることは、たらい回しとは異なる
教育委員会の窓口に引き継がれると、話が遠のいたように感じられるかもしれません。ただ、学校限りでは判断できない事柄について、判断できる立場の担当者が入るという意味でもあります。伝えたい内容を時系列で整理し、求めている対応を具体的に書き出しておくと、引き継がれた後の話が進みやすくなります。
よくあるご質問
指針が変わったので、学校は保護者からの苦情に対応しなくてよくなったのですか
そうではありません。①に置かれたのは「過剰な苦情や不当な要求等の学校では対応が困難な事案」であり、通常の要望や相談は含まれていません。また、指針が求めているのは、教育委員会に相談窓口を設けるなどして行政の責任で対応できる体制を構築することです。体制がないまま学校が対応を打ち切ることを認めた規定ではありません。
私立学校にも今回の指針は適用されますか
給特法と指針の対象は公立学校の教育職員とその服務監督教育委員会ですので、私立学校に直接適用されるものではありません。ただし、2026年10月から始まる労働施策総合推進法上の措置義務や、労働契約法5条の安全配慮義務は学校法人にも及びます。私立学校では、これらを根拠に校内の体制を整えることになります。
教職員が受けた被害について、個人として請求することはできますか
言動の内容によっては、民法709条に基づく損害賠償請求や、刑事の手続の対象となることがあります。もっとも、実際にどこまで認められるかは、言動の具体的な内容、頻度、期間、記録の有無によって大きく変わります。組織として対応するのか、個人として請求するのかによって進め方も異なりますので、早い段階で整理しておくことをおすすめします。
まとめ
- 2025年6月に給特法等が改正され(令和7年法律第68号)、新設された給特法8条1項により、教育委員会は業務量管理・健康確保措置実施計画を定めることとされた。施行は2026年4月1日である。
- 2025年9月に指針が全部改正され(令和7年文部科学省告示第114号)、2026年4月1日から適用されている。
- 改正後の指針では、保護者等からの過剰な苦情や不当な要求等の学校では対応が困難な事案への対応が「学校以外が担うべき業務」に位置づけられた。
- 指針が求めているのは、教育委員会の相談窓口の設置や専門家を活用できる環境の整備による体制の構築であり、対応をなくすことではない。
- 指針の名宛人は服務監督教育委員会であり、保護者に義務を課すものではない。通常の要望や相談が制限されたわけでもない。
- どこからが過剰かという線引きは指針には書かれておらず、度を超えた言動の評価は従来どおり民事・刑事の一般的な枠組みによる。
- 私立学校には指針が直接及ばないが、2026年10月からの措置義務と労働契約法5条の安全配慮義務は学校法人にも働く。
学校での保護者対応にお悩みの方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、不当な要求への対応に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。学校・教育機関の側で対応に苦慮しておられる方も、保護者の立場でご自身の要望の伝え方に迷っておられる方も、経過を時系列で整理したうえでご相談いただければ、状況に応じた進め方をご説明します。
制度が変わった直後は、どの枠組みがどこまで及ぶのかが分かりにくく、判断に迷いが生じやすい時期です。対応が長期化してからでは選べる手段が限られることもありますので、迷いが生じた段階でお声がけいただければと思います。


