「誠意を見せろ」と言われ続けている|要求内容が特定されない不当要求
「電話で何度も同じことを言われ、来店のたびに詰め寄られました。ただ、こちらの手元には何も残っていません。相手のスマートフォンには録音もやり取りも残っているはずなので、それを出させることはできませんか」。このようなご相談をいただくことがあります。反対に、「相手は証拠は全部押さえていると言うのですが、画面を一瞬見せられただけで中身が分かりません。本当にあるのかを確かめたい」というご相談も少なくありません。
インターネット上の説明では、弁護士に依頼すれば取り寄せられる、裁判になれば出させられる、と書かれていることがあります。制度としては、相手が持っている記録の提出を裁判所が命じる手続が用意されていますので、この説明そのものが誤りというわけではありません。ただ、その手続がいつの段階から使えるのか、誰を相手に使えるのか、そして出てこなかったときに何が起きるのかまでは、あまり触れられていないように思われます。実務で分かれ目になるのは、まさにそこです。
この記事では、不当な要求を受けている方に向けて、要求のやり取りの記録が相手の端末にしかないという場面を取り上げます。取り寄せができる場面とできない場面を手続ごとに整理し、取り寄せられないときに残る道筋までをまとめました。ご自身の側で記録をどう作るかという話は別の記事で扱っていますので、本稿では相手方が持っている記録に絞って説明します。
この記事で扱うこと・扱わないこと
はじめに、この記事の範囲をお示しします。
- 扱うのは、要求のやり取りの記録が相手方の端末やアカウントの中にある場面です。
- 交渉の段階、訴訟の段階、刑事事件になった段階のそれぞれで、何ができるかを分けて説明します。
- ご自身の側で記録を残す方法、応対記録の様式や粒度は、別の記事で扱っています。
- インターネット上の投稿について投稿者を特定する発信者情報開示の手続は、本稿では扱いません。
- 特定のサービスの仕様や保存期間の数値は、変更されることがあるため本文では扱いません。
なお、以下では要求を受けた個人の方と、店舗や事務所を営んでいる個人事業主の方の双方を想定して書いています。
「相手の端末にしかない」には二つの場面があります
同じ言葉で語られていても、中身は二つに分かれます。どちらなのかを先に決めておくと、進め方が整理しやすくなります。
要求されたこと自体の記録が手元にない場合
対面や電話で要求を受けた、あるいはメッセージが送られてきたものの後から取り消された、という場面です。この場合、相手方の端末に残っているであろう記録は、こちらが受けた要求の内容そのものを裏づける材料になります。
相手が証拠を持っていると言って見せない場合
相手方が、こちらに落ち度があることを示す写真や録音を持っていると述べ、それを背景に金銭その他の要求をしてくる場面です。この場合に問題になるのは、要求の裏づけではなく、相手方の言い分が実在の記録に支えられているのかどうかです。存在しないものを持っていると述べているだけの場合もあります。
二つは打てる手が違います
前者では、記録が出てこなくても、こちらが受けた要求を別の材料で示していく方向を検討します。後者では、そもそも相手方の側に説明の負担があるため、こちらから取りに行かなければならない場面は限られます。取り寄せの可否を考える前に、どちらの場面にいるのかを確かめておくことをおすすめします。
記録が置かれている場所を先に分ける
次に、記録がどこにあるのかを分けます。端末の中だけにあるのか、その外にもあるのかで、届きうる手続が変わるためです。
| 記録が置かれている場所 | 自分で確かめられるか | 届きうる手続の例 |
|---|---|---|
| 相手方の端末の中だけ | 確かめられない | 訴訟の中での提出命令、刑事事件になった場合の捜査 |
| 相手方のアカウントの側 | 確かめられない | 同上。端末を持っている人以外が対象になることもある |
| 通信事業者やサービス提供者 | 確かめられない | 弁護士会照会、調査の嘱託、送付の嘱託 |
| ご自身の端末や受け取った書面 | 確かめられる | ご自身で保存する |
| 店舗や建物の設備、その場にいた第三者 | 一部は確かめられる | 早めの保存の依頼、送付の嘱託 |
この表で申し上げたいのは、相手の端末にしかないという前提が、実際には成り立っていない場面がしばしばあるということです。通話であれば発着信の記録が双方に残り、来訪であれば入退館の記録や防犯設備の映像が残っていることがあります。
交渉の段階では、取り寄せの手続はほとんどありません
結論から申し上げますと、訴訟や刑事事件が動いていない段階で、相手方の端末の中身を取り寄せる手続は、ほぼ用意されていません。ここは誤解が生じやすいところです。
見せてほしいと求めること自体はできます
要求の根拠として写真や録音を挙げてきた相手方に対し、その内容を書面で示すよう求めることはできます。日時、場所、写っている内容といった外形を書面で答えてもらうだけでも、話がかみ合っているかどうかは見えてきます。
応じる義務は定められていません
もっとも、交渉の段階で相手方がこれに応じる義務を定めた規定はありません。求めても示されない、あるいは口頭で内容を述べるだけ、ということも起こります。
出てこないこと自体が意味を持つ場面があります
示されないまま話が進んだ場合、その経過は記録として残ります。裁判所は、証拠調べの結果だけでなく、それまでのやり取りの全体を踏まえて判断することとされています(民事訴訟法247条)ので、根拠として挙げながら一度も示されなかったという経過は、後の判断材料になり得ます。求めた事実と回答の有無を、日付とともに残しておいてください。
裁判の中で使える手続
訴訟が始まると、選べる手段が変わります。ここ数年の法改正で、この分野の枠組みは形を変えました。
2026年5月から、データそのものが証拠調べの対象になりました
従来は、メッセージや録音を証拠として出す場合、その内容を紙に印刷したものを提出するという運用が一般的でした。2026年5月21日に全面施行された改正民事訴訟法では、電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べという枠組みが新たに設けられ、データそのものを対象とする申出ができるようになっています(同法231条の2)。この申出は、自分でデータを提出する方法のほか、相手方にその提出を命じるよう裁判所に申し立てる方法によることができます。
命じられる相手は端末を持っている人とは限りません
注目したいのは、命令の名宛人の書き方です。書証の規定を準用するにあたり、文書の所持者という文言は、電磁的記録を利用する権限を有する者と読み替えられます(同法231条の3第1項)。端末を物理的に持っているかどうかではなく、そのデータを取り出せる立場にあるかどうかが問われる形になっています。データが端末の外側に置かれている場面が増えている現状に合わせた整理といえます。
出す義務がない場合も定められています
命令が出れば何でも出てくる、というわけではありません。準用される規定では、提出を拒めない場合が列挙され、その裏返しとして義務を負わない類型が定められています(同法220条)。個人の端末の中身については、専ら本人の利用に供するためのものに当たると主張されることが少なくありません。また、申立てには提出を求める対象の表示や趣旨を記載する必要があり(同法221条1項)、これを明らかにすることが著しく困難なときは、相手方が識別できる事項を示したうえで、表示を明らかにするよう求める申出をすることになります(同法222条1項)。何がどこにあるかが全く分からない状態からの申立ては、実務上は簡単ではありません。
命令に従わなかったときの扱い
命令が出たにもかかわらず提出されなかった場合、裁判所は、その内容についてのこちら側の主張を真実と認めることができるとされています(同法224条1項)。使用を妨げる目的で失わせた場合も同様に扱われ得ます。ただし、これは認めることができるという定めであって、当然にそうなるわけではありません。取り寄せられなかったこと自体が直ちに敗訴を意味しない一方、これだけを当てにして進めるのも心もとない、という位置づけになります。
求める相手ごとに手続が変わります
実際の場面では、誰に対して求めるのかによって使える手続が異なります。おおまかな見取り図としてまとめます。
| 求める相手 | 使える主な手続 | 留意しておきたいこと |
|---|---|---|
| 要求してきた本人(訴訟中) | 電磁的記録の提出命令の申立て | 訴訟が動いていることが前提。対象の特定が必要 |
| 要求してきた本人(訴訟前) | 証拠保全の申立て | 認められる条件が限られ、手続の存在は相手に伝わる |
| 通信事業者やサービス提供者 | 弁護士会照会、調査の嘱託、送付の嘱託 | やり取りの中身そのものは回答が得られにくい |
| 捜査機関や裁判所 | 被害の届出、記録の閲覧や謄写の申出 | 範囲をこちらの判断では決められない |
訴え提起前の証拠保全は、あらかじめ調べておかなければその証拠を使うことが困難になる事情があるときに用いられる手続です(同法234条)。制度としては存在しますが、個人の端末を対象とする申立てで条件がかみ合う場面は多くありません。また、提出義務が認められない記録でも、所持している側の協力が見込めるときは、送付の嘱託という形が取られることがあります(同法226条)。
刑事事件になった場合に起きること
脅迫や恐喝に当たり得る言動があった場合、被害の届出を検討することになります。ここで押さえておきたいのは、捜査が記録を押さえることと、こちらがその中身を見られることとは、別だという点です。
押収されても、こちらが中身を見られるわけではありません
捜査機関は、令状に基づいて端末を押収したり、記録を提出させたりすることができます。もっとも、捜査の書類は原則として公にしないこととされており、公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合に例外が置かれています(刑事訴訟法47条)。不起訴となった事件の記録についても、被害を受けた方が損害賠償を求めるために必要と認められるときに、関係者の名誉や捜査への支障を考慮しながら閲覧を認める運用が示されています。範囲は限られており、望んだ資料がそのまま得られるとは限りません。
起訴された後と、判決が確定した後
起訴された場合には、被害を受けた方やその委託を受けた弁護士が、第1回公判期日の後、事件が終わるまでの間に、記録の閲覧や謄写を申し出ることができる制度があります(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律3条1項)。判決が確定した後の記録については、保管する検察庁に対して閲覧を請求する仕組みが別に定められています。
刑事の手続に入ったことで民事側が取りにくくなる場面
あわせて知っておきたい点があります。民事の提出命令の規定では、刑事事件に関する書類や、その事件において押収されているものは、提出義務の対象から外されています(民事訴訟法220条4号ホ)。警察に持っていってもらえば民事でも使えるようになる、と考えていると、順序が逆になることがあります。刑事と民事のどちらを先に動かすかは、この点も含めて考える必要があります。
自分で取りに行く方法は選べません
ここまでの説明を読み、手続に時間がかかるのであれば自分で確かめたい、と感じられるかもしれません。その方向は取れないとお考えください。
端末を見る、持ち出すという行為そのものの問題
相手方の端末を無断で操作する、置いてある端末を持ち出す、認証情報を推測して入る、といった行為は、それ自体が別の責任を問われる可能性のある行為です。要求を受けている立場から、責任を問われる立場に移ってしまいます。
手に入れたとしても、後の手続で争われます
仮に内容を得られたとしても、その入手経緯は後の手続で説明を求められます。民事の裁判では、集め方に問題のある証拠であっても直ちに使えなくなるわけではないとされる一方、経緯によっては扱われなくなる場合もあると考えられています。この点は別の記事で詳しく扱っていますので、そちらをご覧ください。いずれにせよ、交渉の場で相手方から責任を追及される材料を、こちらから作ることになります。
相手の端末以外に残っていることがあるもの
取り寄せの手続が使いにくい場面でも、打つ手がなくなるわけではありません。ご相談の際に、次のようなものが残っていないかを一緒に確認しています。
- 発着信の記録や、通話の時刻と長さが分かるもの。
- 来訪の日時が残る入退館の記録、駐車場の記録、店舗の設備の映像。
- やり取りの直後に、ご自身が家族や知人、取引先に送った連絡。
- 要求を受けた直後にご自身で書いたメモや、業務日誌の記載。
- 支払いを求められて動かした資金の記録、振込の控え。
- その場に居合わせた従業員や同席者の記憶と、その方が残した記録。
これらは相手方の端末の中身そのものではありませんが、要求が実際にあったこと、その時期、繰り返された経過を示す材料になります。設備の映像のように保存の期間が限られているものは、早い段階で保存を依頼しておくことが有効です。
避けたい進め方
ご相談を受けていて、後から響きやすいと感じる進め方を挙げます。
- 相手方が示す証拠の中身を確かめないまま、その存在を前提に条件を決めてしまう。
- 証拠を出せと繰り返し迫り、やり取り自体が別のトラブルに発展する。
- 手続で取り寄せられるはずだと考えて、ご自身の側の記録を残さないまま時間が過ぎる。
- 不利に見える記録を手元から消してしまい、後で経過を説明しにくくなる。
- 刑事と民事のどちらを先に動かすかを決めないまま、双方に働きかける。
よくあるご質問
ご相談の場でよくいただく質問をまとめます。
弁護士に依頼すれば、相手のスマートフォンの中身を取り寄せてもらえますか
交渉の段階では、相手方の端末の中身を取り寄せる手続は用意されていません。訴訟の中で提出を命じるよう申し立てる方法はありますが、対象を特定できること、提出義務が認められることといった条件があります。弁護士が入ることで変わるのは、取り寄せの成否そのものよりも、どの手続をどの順序で使うか、その間に何を集めておくかという組み立ての部分です。
相手が証拠を持っていると言っていますが、本当にあるのか分かりません
この場合、こちらから取りに行かなければならない場面は限られます。要求の根拠として挙げている以上、その内容を示す負担は相手方の側にあると考えられるためです。日時や内容を書面で示すよう求め、その求めと回答の有無を記録に残しておくことをおすすめします。
警察に相談すれば、相手の端末を調べてもらえますか
捜査として端末が押さえられることはありますが、その中身をこちらが見られるかは別の問題です。起訴された後や不起訴となった後に記録を見る仕組みは定められているものの、範囲は限られています。また、押収された記録は民事の提出命令の対象から外れる場面があります。順序の判断が必要になりますので、届出の前にご相談いただくほうが選択肢を残しやすくなります。
まとめ
- 要求の裏づけがないのか、相手方の言い分の裏づけが不明なのかで、進め方が変わります。
- 交渉の段階では、相手方の端末の中身を取り寄せる手続はほぼ用意されていません。
- 根拠として挙げながら示されなかったという経過は、後の判断材料になり得ます(民事訴訟法247条)。
- 2026年5月21日施行の改正法で、データそのものを対象とする証拠調べの枠組みが設けられました(同法231条の2)。
- 命令の相手は、端末の所持者ではなく、その記録を利用する権限を有する者とされています(同法231条の3第1項)。
- 提出義務を負わない類型があり、対象の特定も必要です(同法220条、221条1項、222条1項)。
- 押収された記録は民事の提出命令の対象から外れる場面があります(同法220条4号ホ、刑事訴訟法47条)。
不当な要求への対応をご検討中の方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、不当な要求に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。相手方が持っている記録に手が届くかどうかは、いまどの段階にいるかによって変わります。まだ交渉の段階であれば、取り寄せよりも先に整えておきたいことがあります。
証拠が相手の手元にしかないと感じておられる方も、相手方から証拠があると言われて判断に迷っておられる方も、状況を伺ったうえで、いま取れる手立てと、順序の考え方をお伝えします。ご自身だけで結論を出す前に、一度ご相談ください。


