【解決事例】反社会的勢力からの不当要求|警察と連携しながら、代理人を通じた交渉で数百万円の支払を免れ関係を遮断した事例
整体院や治療院を運営していると、施術から数日後に「あの日から痛みが出た」「かえって症状が悪くなった」という連絡を受けることがあります。話が進むと、治療費を負担してほしい、仕事を休んだ分を補償してほしいという要求に発展することもあります。
このとき必ず問題になるのが、施術と症状との因果関係です。ただ、この言葉は現場では曖昧に使われがちで、「施術の後に症状が出た」ことと「施術が症状を生じさせた」ことは、法律上は同じ意味ではありません。この区別があいまいなまま対応を始めると、認めるべきでない責任を認めてしまったり、逆に不用意な否定で関係をこじらせたりすることがあります。
本コラムでは、施術後のクレームで何が争点になるのか、因果関係がどのような材料で判断されるのか、そして請求を受けた側が判断材料の揃っていない段階で何をしておくべきかを、事業者の立場から整理します。悪質な要求そのものへの対応は別のコラムで扱っており、ここでは責任の有無がまだ定まっていない局面に絞ってお話しします。
施術後のクレームで争われる3つのこと
施術後の連絡を受けると、話が「払うか払わないか」に一足飛びに進んでしまうことがあります。しかし、法律上の損害賠償請求は、次の3つが順に問われる構造になっています。
過失・因果関係・損害は別の問題
| 争点 | 問われること | 主に見られる材料 |
|---|---|---|
| 過失 | 注意義務に反する施術だったか | 問診の内容、手技の選び方と強さ、既往への配慮 |
| 因果関係 | その施術が症状を生じさせたか | 施術前の状態、施術後の経過、医師の所見 |
| 損害 | どの範囲の損害が生じたか | 治療費、休業の実額、慰謝料 |
この3つは、それぞれ独立して判断されます。手技に問題があったとしても因果関係が認められないことがあり、因果関係が認められても注意義務違反まではないと判断されることもあります。そして、これらを主張し裏づける立場に立つのは、原則として請求する側です。
「施術の後に出た」は出発点にすぎない
施術と症状の発現が時間的に近いことは、因果関係を推測させる事情の1つではあります。しかし、それだけで因果関係が認められるわけではありません。もともとあった症状の自然な経過、年齢による身体の変化、施術以外の日常動作など、別の説明が成り立つ場合があるためです。
国民生活センターが公表した「手技による医業類似行為の危害」(平成24年8月2日)では、施術を受けて危害が発生したという相談が約5年間で825件寄せられ、危害の程度について回答のあった640件のうち498件が医療機関を受診し、そのうち167件は治療に3週間以上を要していたと報告されています。同じ資料は、相談処理の実情として、施術との因果関係が明らかにならないために交渉が進まない事例が多く見られたことにも触れています。消費者庁も平成29年5月26日に「法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に」を公表し、事故情報1,483件のうち治療期間が1か月以上のものが240件、全体の約16パーセントを占めるとしています。
つまり、因果関係がはっきりしない状態でにらみ合いになるのは、この分野では珍しいことではありません。事業者側に必要なのは、その状態を前提にした進め方です。
施術契約は結果を約束する契約ではない
求められるのは結果ではなく注意
施術を受ける契約は、一般に、依頼された行為を適切に行うことを内容とする契約として理解されています。「痛みが取れる」「症状が治る」という結果そのものを約束した契約ではないため、期待した効果が出なかったというだけで直ちに賠償責任が生じるものではありません。
もっとも、行為を適切に行う義務がある以上、身体に働きかける以上の注意は求められます。事前に体の状態や既往を確かめること、症状に照らして適切でない手技を避けること、強さを調整すること、施術中や施術後の訴えに対応することは、いずれもこの義務の中身に関わります。
資格の有無で民事の枠組みは変わらない
あん摩マッサージ指圧、はり、きゅうは「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」1条により、柔道整復は柔道整復師法15条により、それぞれ免許を持つ者でなければ業として行えないとされています。一方、整体やカイロプラクティックと呼ばれる施術には、法的な資格制度がありません。
ただ、これは行政上の規制の話であり、利用者に生じた損害についての民事責任は、資格の有無にかかわらず同じ枠組みで判断されます。国家資格がないから責任を負わない、ということにはなりません。
注意義務の中身を考える手がかり
厚生労働省の通知「医業類似行為に対する取扱いについて」(平成3年6月28日医事第58号)は、いわゆるカイロプラクティック療法について、禁忌対象疾患を認識すべきこと、頸椎に急激な回転伸展を加える手技は危険が大きいこと、症状が改善しない場合や悪化する場合は施術を中止して医療機関の受診につなげるべきことを挙げています。
この通知は整体全般を直接規律するものではありませんが、手技を行う者に何が期待されているかを示す資料として、注意義務の内容を検討する場面で参照されることがあります。日々の運用を見直す手がかりとしても有用です。
因果関係はどのように判断されるのか
求められるのは「高度の蓋然性」
裁判所は、訴訟上の因果関係の立証について、一点の疑義も許さない自然科学的な証明までは求めず、経験則に照らして全証拠を検討し、高度の蓋然性が証明されれば足りるという考え方を示しています(最高裁昭和50年10月24日判決・民集29巻9号1417頁。いわゆるルンバール事件)。
この基準は、事業者側から見ると2つの意味を持ちます。1つは、施術以外の原因が理論上あり得るというだけでは因果関係の否定にならないこと。もう1つは、逆に、医学的に完全な解明ができていなくても、経過や記録の積み重ねから因果関係が認められることがある、ということです。
主張と立証をするのはどちらか
民法709条に基づく請求では、故意または過失があり、それと因果関係のある損害が発生したことを主張し立証するのは、請求する側です。消費者庁の消費者契約法の逐条解説も、この立証責任は消費者にあると整理しています。
したがって、事業者側が「施術が原因ではないこと」を積極的に証明しなければならない、という関係にはありません。ただし、施術の内容を説明できる記録がなければ、相手方の主張に対して反論する材料も持てないことになります。
実際に見られる材料と、その限界
| 材料 | 読み取れること | 注意点 |
|---|---|---|
| 問診票・施術前の訴え | 施術前にどの症状がどの程度あったか | 記載が簡略だと施術前後の差を示せない |
| 施術録 | どの部位にどの手技を行ったか | 後から書き足すと記録全体の信用性が問われる |
| 施術直後のやり取り | その場で異常の訴えがあったか | 口頭のみでは残らず、水掛け論になりやすい |
| 医療機関の診断 | 傷病名と受診の時期 | 傷病があることと原因が施術であることは別 |
| 既往症・体の状態 | 別の原因の可能性 | 申告がなかった経緯も記録がないと示せない |
表のとおり、どの材料にも単独では限界があります。実務では、これらを組み合わせて全体像から判断していくことになります。だからこそ、記録の有無が結論に影響しやすい分野だといえます。
連絡を受けた直後にしておくこと
責任の有無を判断するのは後の段階です。最初にすべきなのは、判断材料が失われないようにすることと、症状が重くならないようにすることの2つです。
- 申し出の内容を、日時・連絡手段・話された内容の順で、その日のうちに書き留める。
- 施術録・予約記録・問診票・同意書を、施術当日の状態のまま保管する。
- 症状が続いている場合は、医療機関の受診をお勧めする。受診をためらわせる言い方をしない。
- 担当した施術者から、当日の手技と強さ、体調の申告内容を聞き取り、記録に残す。
- 賠償責任保険に加入している場合は、示談や支払いの約束をする前に保険会社へ連絡する。
- 連絡窓口を1か所に決め、施術者個人が直接やり取りを続けない体制にする。
特に3番目は誤解されやすい点です。受診を勧めることは責任を認めることではありません。症状が長引けば、結果として損害の額が大きくなる可能性があります。厚生労働省の通知が受療の遅延防止に触れているのも、同じ発想によるものです。
この段階で避けたい対応
国民生活センターの資料には、症状を伝えたところきちんと施術していると言われて話を打ち切られた、因果関係がはっきりしないという理由で支払いを断る通知が届いて納得できない、といった趣旨の相談が紹介されています。いずれも、初期対応そのものが紛争の原因になった例といえます。
- その場で「因果関係はない」と断定し、話を打ち切ってしまう。
- 内容を確かめないまま、治療費の支払いや返金をその場で約束する。
- 施術録の記載を後から書き換える、または該当部分を削除する。
- 面談の内容を残さず、口頭のやり取りだけで交渉を進める。
- 施術者個人の携帯番号や私的な連絡先を伝えて、個別に対応を続ける。
- 口コミやSNSへの返信の中で、相手の症状や施術内容に触れてしまう。
記録の残し方そのものについては別のコラムで詳しく扱っていますので、あわせてご覧ください。
「責任を負いません」と書いた同意書は効くのか
施術前に同意書を取っている施術所は少なくありません。ただ、利用者が個人であれば消費者契約法が適用され、免責の書き方によっては条項自体が無効となります。
全部を免除する書き方
事業者の損害賠償責任の全部を免除する条項や、責任の有無を事業者が決められるとする条項は、消費者契約法8条1項1号・3号により無効とされています。「いかなる場合も一切責任を負いません」という記載は、この類型に当たります。
金額の上限を定める書き方
責任の一部を免除する条項も、事業者側に故意または重大な過失があった場合には、同条1項2号・4号により無効となります。さらに、令和4年の改正で加わった同条3項により、軽い過失の場合にのみ適用されることを条項上明らかにしていない一部免責の記載は無効とされます。「法律上許される範囲で」という書き方では足りない、という趣旨です。
書き換えるとしたら何を書くか
| 同意書によくある記載 | 法律上の評価 | 置き換えの方向 |
|---|---|---|
| いかなる場合も一切責任を負いません | 全部免除として無効となる | 禁忌に当たる症状や既往の申告を求める記載 |
| 当院が認めた場合に限り対応します | 責任の有無を決める権限を与える条項として無効となる | 施術後に症状が出た場合の連絡先と受診の案内 |
| 法律上許される範囲で賠償は〇円を上限とします | 軽過失に限る趣旨が明示されず無効となる | 説明した内容と当日の体調を確認する欄 |
なお、免責条項が無効になったとしても、それによって直ちに責任を負うことになるわけではありません。無効になれば特約がなかった状態に戻るだけで、過失や因果関係が認められない限り賠償責任は生じないという整理です。
その意味で、書面に持たせるべき役割は免責ではなく事実の確認です。何を伝え、何を聞き取り、どの状態で施術に入ったのかが書面に残っていれば、後日の主張の食い違いを減らすことができます。
金額の話に入る前に切り分けること
返金と賠償は別のもの
施術料の返金と、損害賠償の支払いは、性質の異なるものです。当事者間では同じ「支払い」に見えても、返金は契約上の清算、賠償は責任を前提とした支払いです。混ぜたまま金額だけを決めると、後から責任を認めたと受け取られることがあります。
保険を使う可能性がある場合
賠償責任保険は、過失があった場合の賠償に備えるものです。保険会社への連絡より先に当事者だけで示談してしまうと、想定していた補償を受けられないことがあります。金額の提示や約束をする前に、加入内容と手続を確認しておくことをお勧めします。
合意する場合の書面
支払う・返金するという結論になった場合は、支払う範囲と、それ以外に債権債務がないことを書面で確認しておくことが重要です。書面がないまま支払うと、後日改めて請求を受けることがあります。示談書の条項の作り方についても、別のコラムで扱っています。
要求が過大になってきた場合
施術後の連絡がすべて不当な要求というわけではなく、多くは症状への不安から始まります。一方で、金額が根拠なく上がっていく、営業時間中に長時間拘束される、監督官庁や口コミへの通報を持ち出して支払いを迫るといった段階に入ると、対応の性質が変わります。正当なクレームと不当な要求の切り分け、複数人で押しかけられた場合の対応、行政への通報を持ち出された場合の考え方については、それぞれ別のコラムで詳しくご説明しています。
いずれの場合も、事実関係の確認と要求への対応を切り離すこと、そして窓口を1か所にまとめることが基本になります。
よくあるご質問
Q. 自費のみで施術録を作っていません。不利になりますか
自費の施術について、記録の作成が一律に法律で義務づけられているわけではありません。ただし柔道整復の療養費を扱う場合には、施術録を施術完結の日から5年間保管することとされています(平成9年4月17日保険発第57号)。記録がないこと自体が責任に直結するわけではありませんが、施術内容を説明する材料も残らないことになります。日付、部位、手技、強さ、当日の申告内容といった簡単な項目からでも、記録を始めておくことをお勧めします。
Q. 診断書が出てきたら支払うべきですか
診断書は、その時点でどのような傷病があるかを示す資料です。傷病の存在と、その原因が施術であることは別の事柄ですので、診断書が出たことだけで賠償の要否が決まるわけではありません。受け取ったうえで、施術前の状態や施術内容の記録と照らして検討することになります。判断が難しい場合は、支払いの約束をする前にご相談ください。
Q. 国家資格がないことは、それ自体で不利になりますか
資格の有無は、民事責任の要件そのものではありません。ただし、広告や説明で医療と紛らわしい表現を使っていた場合や、禁忌に当たる症状を見極める前提の説明をしていた場合には、期待された注意の水準や説明の内容が問題になることがあります。広告表現の点検は、トラブルの予防としても意味があります。
まとめ
- 施術後の請求では、過失・因果関係・損害の3つが別々に問われる。
- 施術と症状の時間的な近さだけでは、因果関係は決まらない。
- これらを主張し立証する立場に立つのは、原則として請求する側である。
- 一方で、施術内容を説明できる記録がなければ、反論の材料も残らない。
- 連絡を受けた直後にすべきなのは、記録の確定と、医療機関の受診の案内である。
- 「一切責任を負いません」という同意書の記載は、消費者契約法により無効となる。
- 金額の話に入る前に、返金と賠償を分け、保険の加入内容を確認しておく。
施術後のクレーム対応でお困りの方へ
施術後のクレームは、責任の有無がはっきりしない段階でのやり取りが、その後の展開を大きく左右します。断定的に否定しても、あわてて支払いを約束しても、いずれも後の交渉を難しくすることがあります。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、整体院・治療院をはじめとする事業者の方から、施術後の請求への対応や、同意書・問診票の見直し、示談書の作成についてご相談をお受けしています。窓口を弁護士に一本化することで、施術に集中していただける体制を整えることも可能です。池袋と新橋に事務所を構えておりますので、お困りの際はお早めにご相談ください。


