不当要求のサイン10|こう言われたら要注意のフレーズ集
「今すぐ払ってほしい」「誠意を見せてくれ」——突然そう迫られたとき、多くの方が最初に悩むのは「これは応じなければならない話なのか、それとも応じる必要のない話なのか」という点ではないでしょうか。
この見極めがつかないまま相手のペースで話が進むと、本来は負担する必要のなかった金額まで支払ってしまうことがあります。逆に、応じるべき部分まで一律に拒んでしまえば、話がこじれて解決が遠のくこともあります。
本コラムでは、「不当要求」という言葉の意味を整理したうえで、目の前の要求がそれにあたるかを考えるための 3つの問い をご紹介します。個人の方が個人から金銭を求められる場面でも、お店を営む方がお客さまから要求を受ける場面でも、判断の順番は共通しています。
1.「不当要求」に法律上の定義はありません
「不当要求」は、法律で一律に定義された用語ではありません。暴力団対策法に「不当要求防止責任者」の制度が置かれるなど、法令の中に言葉自体は登場しますが、「これが不当要求である」と定める一般的な条文はないのです。
実務では、おおむね 要求の「内容」 と 要求の「態様(通し方)」 という二つの面から、法的な根拠や社会的な相当性を欠く要求行為を指す言葉として使われています。
ここで、二つ誤解しやすい点があります。
ひとつは、「無理な要求=不当要求」ではないこと。 受け取る側から見れば到底のめない内容でも、相手は本気で正当な請求だと考えている場合があります。内容に納得できないというだけであれば、こちらは理由を示して断ればよく、それを直ちに「不当要求」と決めつけると、かえって話がこじれることがあります。
もうひとつは、内容が正当でも不当要求になりうること。 請求する権利が本当にあったとしても、その通し方が度を越えていれば、その部分が違法と評価されます。2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法のカスタマーハラスメント指針も、顧客からの苦情のすべてがカスハラにあたるわけではなく、社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れである、という整理を示しています。
つまり、「内容」と「通し方」は分けて考えるというのが出発点になります。
2. 見分けるための3つの問い
問い① そもそも応じる法的根拠があるか
金銭を支払う義務が生じる場面は、法律上そう多くありません。大きくは、契約(約束した以上は支払う)、不法行為(民法709条。違法に他人へ損害を与えた)、不当利得(民法703条。法律上の理由なく利益を得た)、事務管理の四つです。
これらのどれにも当てはまらないのが、いわゆる 「法的根拠のない請求」 です。たとえば次のようなものが挙げられます。
- 交際を解消したこと自体を理由とする慰謝料。別れること自体は原則として違法ではありません(婚約の不当破棄、既婚であることを隠していたなど、別の事情があれば話は変わります)
- 私人が科す「罰金」。罰金は国が刑罰として科すものであり、個人や会社が誰かに罰金を科すことはできません。契約で定めた違約金であれば別途その有効性を検討することになります
- 「誠意を見せろ」「常識で考えろ」といった、何に対するいくらの請求なのかが示されないもの
- まったく身に覚えのない請求(いわゆる架空請求)
確認していただきたいのは、何をした(しなかった)ことに対する請求なのか、金額の内訳は示されているか、その事実を裏づけるものはあるか、そして 時効期間が過ぎていないか という点です。ここが説明できない請求は、根拠の面で弱いと考えてよい場合が多いといえます。
問い② 根拠があるとして、その金額は相当か
請求する理由自体はあっても、金額が見合っていないケースがあります。これが 「過大すぎる請求」 です。
損害賠償は、実際に生じた損害を埋め合わせるのが原則です。請求額がそのまま支払義務の額になるわけではありません。 次のような事情があるときは、金額の見直しを検討する余地があります。
- 内訳がまったく示されず、総額だけが提示されている
- 慰謝料の額が、裁判で認められている水準から大きく離れている
- こちらの落ち度の程度と、請求額とが釣り合っていない
- 相手側にも原因の一端がある事情(過失相殺。民法722条2項)がまったく考慮されていない
- 同じ損害について、別の名目で重ねて請求されている
契約であらかじめ違約金を定めていた場合も同じです。金額が著しく過大であれば、公序良俗違反(民法90条) として全部または一部が無効と判断される余地があります。事業者と消費者の契約であれば 消費者契約法9条、使用者が労働者に対して定める場合であれば 労働基準法16条(賠償予定の禁止) といった規定も関わってきます。また、権利の行使が度を越えていれば、権利の濫用(民法1条3項) が問題となることもあります。
こちらに落ち度があることと、相手の言い値をそのまま受け入れることとは、別の話です。
問い③ 要求の通し方は相当か
3つ目が態様の問題です。この点について、最高裁は次のような枠組みを示しています。
他人に対して権利を有する者がその権利を実行することは、その権利の範囲内であり、かつ、その方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えない限り違法の問題を生じないが、その範囲・程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪が成立することがある(最高裁昭和30年10月14日判決の趣旨)
権利があるかどうかと、その通し方が許されるかどうかは、別々に判断されるということです。態様の面で問題になりやすいのは、次のような行為です。
| 行為の例 | 問題となり得る法律 |
|---|---|
| 危害を加えるかのような言動をとる | 脅迫罪(刑法222条) |
| そうした言動で金銭を渡させる | 恐喝罪(刑法249条) |
| 土下座など義務のないことを強いる | 強要罪(刑法223条) |
| 自宅や職場に押しかけ、退去を求められても居座る | 不退去罪(刑法130条後段) |
| 長時間の拘束や執拗な連絡で業務を妨げる | 業務妨害罪(刑法233条・234条) |
| 家族・勤務先・SNSに知らせると告げる、実際に投稿する | 脅迫罪、名誉毀損罪(刑法230条)など |
一方で、「訴訟を起こす」「弁護士に依頼する」と伝えること自体は、正当な権利行使の予告であり、それだけで直ちに違法とはいえません。 この点を取り違えると、応じるべき請求まで感情的に突っぱねてしまうおそれがあります。
3. 判断を誤らせやすい3つの思い込み
「こちらにも落ち度があるのだから、言われた額を払うしかない」
落ち度の有無と、金額が相当かどうか、通し方が相当かどうかは、それぞれ別の問題です。落ち度があるからこそ強く出られている、という構図は少なくありません。
「一度払えば終わる」
その場を収めたいという気持ちは自然なものですが、応じたこと自体が「この人は払う」という評価につながり、要求が続く例もあります。
「弁護士名の書面が届いた=支払義務が確定した」
内容証明郵便は、いつ・どのような文面の手紙が出されたかを郵便局が証明する制度であり、書かれている内容が正しいことまで証明するものではありません。 代理人が就いた合図ではありますが、金額の当否はなお検討の対象です。
4. 迷っている段階でしておきたいこと
判断がつかないうちは、次の点を意識してみてください。
- その場で即答・署名・支払いをしない。 「持ち帰って確認します」で構いません
- 要求の内容を形に残す。 誰が、何を理由に、いくらを、いつまでに求めているのか。可能であればメッセージや書面でのやり取りに寄せる
- こちらから新たな個人情報を渡さない。 勤務先や家族構成などが、次の要求の材料になることがあります
- 身の危険を感じる場面では、安全確保を最優先に。 その場を離れる、110番するといった判断をためらわないでください
- 早めに相談する。 「これは法律問題ではないかもしれない」という段階でも構いません。法律問題ではないと確認できること自体に意味があります
おわりに
改めて、3つの問いです。
- そもそも応じる法的根拠があるか
- 根拠があるとして、金額は相当か
- 要求の通し方は相当か
このうち一つでも「いいえ」がつくのであれば、そのまま応じてしまう前に、いったん立ち止まって確認する価値があります。逆に、三つとも「はい」であれば、それは応じ方や条件を検討すべき正当な請求ということになります。
不当要求は、反社会的勢力が関わる特別な事件だけの話ではありません。取引先とのやり取り、お店とお客さまとの間、交際相手や元交際相手との間など、日常の延長線上で起こります。一人で抱え込むと、相手のペースのまま判断を迫られやすくなります。判断に迷った段階でご相談いただければ、応じるべき部分と応じる必要のない部分を切り分けたうえで、対応の方針を一緒に考えることができます。


