【不当要求対応】AIで作られた偽の証拠を突きつけられた|不当要求の新しい型

若井亮

若井亮

テーマ:不当要求

「これはあなたですよね」と言って、見覚えのない写真を示される。自分の声で話しているとしか思えない音声を聞かされる。交わした記憶のないやり取りのスクリーンショットを見せられ、金銭や謝罪、退職、取引の停止などを求められる。生成AIが身近になったことで、こうした形の要求についてのご相談が届くようになりました。

 これまでの不当要求は、実際に起きた出来事を材料にするものが中心でした。言い方がきつかった、対応が遅れた、商品に不備があった。事実の評価をめぐる争いですから、少なくとも出発点となる出来事は当事者の間で共有されています。ところが、画像も音声も文章も手元で作れるようになったことで、出来事そのものが用意される場面が現れました。示された側は「そのような事実はない」と言うほかなく、その一言をどう受け止めてもらうかという、これまでとは質の違う難しさに直面します。

 この記事では、作られたものである可能性のある資料を示されて要求を受けた方に向けて、その場で何をすればよいのか、そして後の手続でその資料がどのように扱われるのかを整理します。先に申し上げておきたいのは、その場で真偽を見分ける必要はないということです。見分けられないまま対応したとしても、そのことが直ちに不利に働くわけではありません。

この記事で扱うこと・扱わないこと


  • 扱うこと=作られた可能性のある画像・音声・やり取り・書面を示され、金銭その他の対応を求められている場面での考え方と、その資料が交渉や裁判でどう扱われるかを整理します。
  • 扱うこと=個人の方が個人から要求を受けている場面と、事業者が顧客や取引先から要求を受けている場面の双方を想定しています。
  • 扱わないこと=生成AIの技術的な仕組みや、AI生成物の見分け方そのものの解説は行いません。
  • 扱わないこと=すでに投稿・拡散されてしまった画像の削除や、投稿者の特定手続については、それぞれ別の記事で扱います。


「新しい型」と言えるのはどこか

 脅しや過大な要求そのものは、以前から存在します。新しいのは要求の中身ではなく、要求を支える材料の作り方です。

材料が「出来事の記録」から「出来事そのもの」へ広がった

 従来は、実際に起きたことを撮った写真、実際に届いたメール、実際に交わした契約書といった「記録」が材料でした。記録の意味づけをめぐって主張が対立するのが通常の紛争です。これに対して、生成された画像や音声は、記録されるべき出来事が存在しません。争点が「その出来事をどう評価するか」ではなく「その出来事があったのか」に移ります。

 この違いは、示された側の負担の重さに直結します。評価の争いであれば、こちらの言い分を並べれば議論は始まります。存在しない出来事については、ないことを示す作業から始めなければならず、通常はこちらの方が骨が折れます。

示されるもののバリエーションは広がっている

 ご相談の場面で示されるものとしては、顔や身体を合成した画像、本人の声に似せた通話の録音、送受信した覚えのないメッセージ画面、押印や署名が入った書面、位置情報や利用履歴を写したとされる画面などがあります。画像だけを想定していると、音声や書面で示されたときに反応が遅れます。求められる内容も、金銭の支払いのほか、謝罪文の作成、退職や取引先への連絡、SNSでの投稿、返金や無償対応の約束など、後戻りしにくい行為に及ぶことがあります。

その場で真偽を判断しなくてかまいません

 示された資料が本物かどうかを、その場で見極めようとする必要はありません。理由は二つあります。

見た目だけで判断するのは専門家でも難しい

 画像や音声の生成技術は年々精度を上げており、見た目や聞こえ方だけで判断するのは容易ではありません。この点は、裁判所の判断にも現れています。後ほど紹介する大阪地方裁判所令和6年8月30日判決は、作られた画像をもとに訴訟が提起された事案について、その画像が一見して明らかに作られたものであるとはいい難いと評価しました。専門的な業務に携わる立場の者であっても直ちに見抜けるとは限らない、という前提で考えておくのが現実的です。

 AIが生成したことを示す電子透かしなどの仕組みも整えられつつありますが、付いていないことをもって本物だとは言えず、技術的に取り除くことも可能とされています。判定ツールの結果だけを頼りにするのも安全ではありません。

その場で決めるべきことと、決めなくてよいこと

 真偽が分からない状態でも、決められることと決めなくてよいことは分けられます。決めなくてよいのは「これは本物か」という評価です。決めておいた方がよいのは、今この場で支払わない、署名しない、認める言葉を使わないという三つの線引きです。

 「分かりません」「心当たりがありません」「持ち帰って確認します」という応答は、何も認めていない応答です。相手に押し切られて「もしかしたらそうかもしれない」と口にしてしまうと、後にその発言の方が問題になります。返答を保留する具体的な伝え方については、別記事で詳しく整理しています。

示されたものの種類ごとに、その場で確認しておきたいこと


示されたものその場で確認しておきたいこと後から効いてくる記録
画像・写真いつ、どこで撮られたものとされているのか。元のデータはどこにあるのか。同じ日時の自分の所在が分かる記録。
音声通話なのか対面なのか。誰が録音したとされるのか。前後を含む全体があるのか。通話履歴、勤務記録、同席者の存在。
動画途切れている箇所はないか。音声と映像が同じ場面のものとされているか。同じ時間帯の別系統の記録。
メッセージ画面自分の側の端末に同じやり取りが残っているか。相手の表示名や日時の表示は自然か。自分の端末のトーク履歴やバックアップ。
書面・契約書原本があるのか。署名や押印は自分のものか。印章の管理状況、当日の予定や所在。


 表の右側は、その場ですぐ用意できるものではありません。まずは左と中央の二列、つまり「何が、いつのものとして示されたのか」を聞き取って書き留めておくことが、後の作業を大きく楽にします。相手の説明が場面ごとに変わることも珍しくないため、聞いた内容と日時を残しておいてください。

「本物である」と示す側の負担は、出す側にあります

 交渉の場では、示された側が「偽物だと証明しなければならない」ような空気になりがちです。しかし、手続の枠組みは逆に近い形で組み立てられています。

文書は、成立が真正であることを証明してから使う

 民事訴訟法228条1項は、文書について、その成立が真正であることを証明しなければならないと定めています。ここでいう「成立が真正」とは、その文書が、作成者とされている人の意思に基づいて作られたことを指します。内容が正しいかどうかとは別の段階の問題です。証拠として使いたい側が、この点をまず示すことになります。

 押印や署名がある書面については、本人のものと認められると成立が推定される扱いがあり、争う側はその推定が働かない事情を示すことになります。もっとも、押印も署名もない画面の画像などに、この推定は働きません。

画像や音声も、同じ枠組みで扱われます

 民事訴訟法231条は、図面、写真、録音テープ、ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で文書でないものについて、文書の規定を準用すると定めています。画像や音声も、文書に準ずるものとして同じ土俵に乗るわけです。

 民事訴訟規則148条は、写真や録音テープなどの証拠調べを申し出るときは、証拠説明書において撮影・録音・録画の対象と、その日時および場所も明らかにしなければならないと定めています。裁判所によっては撮影者の記載を求める運用もあります。いつ、どこで、何を撮ったものなのかを説明する作業は、提出する側の仕事だということです。この説明が曖昧なまま提出された資料は、それ自体が説明を求められる対象になります。

ただし「偽物だ」の一言では足りません

 示された側にも作法があります。民事訴訟規則145条は、文書の成立を否認するときは、その理由を明らかにしなければならないと定めています。理由を伴わない否認は、主張として扱われにくくなります。

 また、民事訴訟法230条1項は、当事者やその代理人が故意または重大な過失により真実に反して文書の成立の真正を争ったときは、裁判所が決定で10万円以下の過料に処することがあると定めています。実際に適用される例は多くありませんが、身に覚えのないものを身に覚えがないと述べること自体は、この規定が想定する場面ではありません。作られたものだと考える理由を、順を追って示していくことが求められている、と理解しておけば足ります。

作られたものかどうかは「周りとの食い違い」から見えてきます

 画像そのものを鑑定して覆すという発想に立つと、対応の見通しは暗くなります。実際の手続で手がかりになってきたのは、資料の中身ではなく、資料と周囲の記録との整合性でした。

表示されているはずのものが表示されていなかった例

 大阪地方裁判所令和6年8月30日判決の事案では、ある投稿への返信があったかのような外観の画像をもとに、投稿者を特定する手続と損害賠償請求が進められました。ところが、名指しされた側には身に覚えがなく、後にその画像が作られたものであったことが判明します。

 この判決は、示された画像について、返信であれば表示されるはずの返信先や投稿日時が表示されていないという、振り返れば不自然と思われる事情が確かに存在したと指摘しました。そのうえで、それらが返信投稿の外観上の主要な構成要素とまではいえないことなどから、一見して明らかに作られたものであるとはいい難いとして、提訴した側の責任は否定しています。

 この事案から読み取れることは二つあります。一つは、作られた資料を見抜くのは容易ではなく、見抜けなかったこと自体を過度に責められる筋合いではないということ。もう一つは、それでも手がかりは画像の外側の作法に残るということです。本物であれば当然あるはずの表示がない、という指摘は、実際に手続の場で意味を持ちました。

データの状態そのものについて説明を求められた例

 名古屋地方裁判所令和4年10月5日判決の事案では、損害賠償請求訴訟に提出された車載映像について、音声データ部分の状態が整いすぎており、そもそも音声が入っていない可能性があることなどを裁判所が指摘し、説明を求めました。その結果、提出した側は当初の前提を維持せず、主張を改めています。

 中身の映像を細かく検討する前に、データの状態そのものが問われた例です。示された資料について「元のデータを提示してほしい」と求めることには、こうした意味があります。

照合しておきたい4つの軸


  1. 時刻=示された日時に、自分がどこにいたのか。勤務記録、交通系ICカードや決済の履歴、通話履歴などが手がかりになります。
  2. 場所=写り込んでいるとされる場所に、自分が立ち入り得たのか。入退館の記録や、当日の予定表が対応します。
  3. 文脈=そのやり取りの前後に、本来あるはずの連絡や動きが残っているか。会話だけが浮いていないかを見ます。
  4. 媒体=そのアプリやサービスで、実際にそう表示されるのか。表示形式、通知の残り方、自分の側の端末に同じ記録があるかを確認します。


 いずれも特別な調査ではなく、日常の記録の突き合わせです。相手が示した一枚を否定しようとするのではなく、自分の側の記録を並べて、そこに入り込む余地がないことを示すという向きで考えると、作業が具体的になります。

いま固めておきたい自分側の記録


  1. 示された資料そのものを、可能な範囲で控えておきます。相手の端末の画面を撮らせてもらえない場合でも、示された内容と日時、その場にいた人を書き留めておきます。
  2. やり取りの経過を、日付と時刻とともに記録します。誰が、どこで、何を求めたのかを、聞いた言葉に近い形で残します。
  3. 自分の側の履歴を消さないようにします。位置情報、通話、決済、勤怠、入退館などの記録は、期間が過ぎると自動的に消えるものがあります。
  4. 相手から届いた通知やメッセージは削除せず、自分の端末に残る該当期間のデータとあわせて、別の場所にも保存しておきます。
  5. 事業者の場合は、対応した従業員の記憶が新しいうちに、経過を書面にまとめておきます。


 自分にとって不利に見える記録も、意図的に消すことは避けてください。後になって、消したこと自体の説明を求められる場面があります。

避けたい対応


  • 示されたその場で支払いに応じることは避けてください。作られたものであった場合、返してもらう作業が別に必要になります。
  • 念書、謝罪文、示談書への署名も、その場では行わないでください。事実を認めた書面は、後の手続で扱いが重くなります。
  • 相手の資料を自分で加工して反論することは避けてください。加工した経緯の説明が新たな争点になります。
  • 「そんなことをしていない」と繰り返すだけで終えないでください。理由と、こちらの記録を添えていく必要があります。
  • 自分から相手を刺激する連絡を重ねることも避けたい対応です。連絡の回数や内容自体が別の問題を生むことがあります。


相手の行為はどのように評価され得るのか

 作られた資料を用いた要求は、材料が新しいだけで、評価の枠組みは既存の規定の組み合わせで考えられます。

相手の言動問題になり得る規定補足
作った資料を示して金銭を求める恐喝罪、詐欺罪人を怖がらせて交付させたのか、だまして交付させたのかで整理が分かれます。
公表すると告げて要求する恐喝罪、脅迫罪告げている内容と、求めている中身との関係が見られます。
作った資料を実際に公開する名誉毀損罪、侮辱罪民事の損害賠償やプライバシー侵害も併せて問題になります。
署名や押印を作出した書面を用いる私文書偽造罪、同行使罪名義人の意思に基づかない文書を作ったといえるかが出発点です。
作った資料を添えて被害を申告する虚偽告訴等罪刑事処分等を受けさせる目的が要件とされています。


「作ったこと自体」を広く罰する規定は限られています

 誤解されやすい点として、日本の刑法には、本物に見える画像や音声を作る行為そのものを一般的に処罰する規定は置かれていません。文書の偽造に関する規定は、作成名義を偽ることを問題にするものですし、電磁的記録の不正作出に関する規定も、事務処理の用に供される記録を対象としています。

 また、証拠隠滅等罪は、他人の刑事事件に関する証拠を対象とする規定です。民事の場面で用いるために資料が作られたとしても、この規定では捉えきれません。

 このことは、対応の重心をどこに置くかに関わります。相手を処罰してもらうことを軸にすると、思うように進まない場面があります。まずは要求を止め、こちらの立場を手続の中で確定させることを先に置いた方が、結果として早く落ち着くことが多いといえます。

警察や裁判所に持ち込まれた場合

 相手が被害を申告し、事情を聴かれる立場になることもあります。その場合も考え方は同じで、心当たりがないことは心当たりがないと述べ、示された資料がいつのものとされているのかを確認して、自分の側の記録と突き合わせていきます。訴訟を起こされた場合には、成立の真正を争う旨とその理由を書面で示すことになりますので、早い段階で記録を整理しておくことが役立ちます。

「公表する」と言われた場合

 作られた資料を公表すると告げられ、それを材料に要求されることがあります。公表を止めることと、要求に応じるかどうかは、切り離して考えてください。応じたとしても公表しないという保証が得られるとは限らず、応じたこと自体が次の要求の材料になることもあります。

 実際に投稿されてしまった場合の削除や、投稿者を特定する手続については、2025年4月に施行された情報流通プラットフォーム対処法により、大規模なプラットフォーム事業者について削除の申出への対応や運用の公表が求められるようになりました。具体的な進め方は別記事に譲りますが、削除の申出と、要求への対応は別々に進められます

事業者の立場で生じやすい問題

 事業者の場合、示される相手が従業員であることが少なくありません。接客中の様子とされる画像や、従業員が発言したとされる音声を示され、責任者への面談や補償を求められるという形です。

 このとき、対応する側が困るのは、その場にいた従業員の記憶と、示された資料のどちらを前提に話すかが決まらない点です。判断を保留したまま、事実確認を行う旨だけを伝えて持ち帰るのが現実的です。従業員に対しては、その場で結論を求めるのではなく、当日中に経過を書き出してもらうことをおすすめします。

 口コミサイトやSNSに作られた画像とともに投稿されると、営業上の損害が生じます。削除の申出と並行して事実関係を整理した記録を残しておくと、後の請求の検討に役立ちます。同じ資料が取引先にも送られている場合は、取引先への説明の順序まで含めて早めに方針を決めておきたいところです。

よくあるご質問


鑑定を依頼すれば、作られたものだと証明できますか

 画像や音声の解析を行う専門機関はありますが、生成されたものであると断定できるとは限らず、費用も一定額かかります。実務では、解析よりも先に、日時や場所についての客観的な記録との突き合わせから着手することが多くあります。

相手が「AIではない、本物だ」と言い張っています

 主張が食い違うこと自体は珍しくありません。手続の中では、その資料を証拠として使いたい側が、いつ、どこで、どのように得たものかを説明することになります。説明が求められる場面が来るまで、こちらが結論を出す必要はありません。

身に覚えがないのに、相手が細かい事情まで知っています

 SNSの公開情報や、共通の知人からの伝聞で、周辺の事情が集められている場合があります。細部を知っていることは、示された資料が本物であることを意味しません。むしろ、どこまでが公開情報から得られる範囲なのかを整理しておくと、後の説明に使えます。

まとめ


  1. 示された資料の真偽を、その場で見分ける必要はありません。支払わない、署名しない、認める言葉を使わない、という三つの線を守れば足ります。
  2. その資料を証拠として使いたい側が、成立の真正や、いつ・どこで得たものかを説明する立場に立ちます。
  3. 一方で、示された側にも争う理由を示す作法が求められ、理由を伴わない否認は扱われにくくなります。
  4. 作られたものかどうかは、資料の中身よりも周囲の記録との食い違いから見えてきます。時刻、場所、文脈、媒体の4つの軸で照合してください。
  5. 自分の側の履歴は消さず、期間が過ぎると失われるものから順に保存しておきます。
  6. 相手の行為は恐喝や詐欺、名誉毀損といった既存の枠組みで評価されますが、作る行為そのものを広く罰する規定は限られています。処罰を求めることよりも、要求を止めて立場を手続の中で確定させることを先に置く方が、落ち着くまでの道のりは短くなります。


ご相談について

 作られたものである可能性のある資料を示され、金銭その他の対応を求められている場合、初期の対応がその後の進み方を左右します。示された内容を書き留め、こちらの記録を保全したうえで、窓口を代理人に移すことで、直接のやり取りを止められる場面もあります。

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、不当な要求への対応について、個人の方からのご相談も、事業者の方からのご相談もお受けしています。何を示されたのか、何を求められているのか、いつまでにと言われているのかを整理してお越しいただければ、その日のうちに次の一手までご案内できることがあります。お一人で抱え込まず、早い段階でご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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