【カスハラ対策】対応記録を従業員に書かせる|労務管理とプライバシーの線
「取引先から、組合の会合でうちの名前を出すと言われました」「同業の集まりで、うちだけ値段を下げるなと言われて、断れば仕事が回らなくなると感じています」。事業者の方からのご相談には、要求してくる相手が目の前の当事者ではなく、業界団体や同じ業種の会社を経由して届く、という形のものがあります。反対に、「業界の決まりを守らない同業者がいるので、団体から言ってもらいたい」というご相談を受けることもあります。
不当要求への対応として一般に説明されているのは、要求には応じない、窓口を一本化する、記録を残す、といった内容です。これ自体は誤りではありません。ただ、第三者を経由した圧力では、断るべき相手が目の前にいないことが少なくありません。声をかけてくるのは古くからの取引先や、長年会費を払ってきた団体の役員です。断ること自体が取引や会員としての立場を失うことに直結して見えるため、通常の助言が現実の手当てになりにくいのです。
この記事では、要求が業界団体や同業者を経由して届く場面に絞って、実際に動きうるものは何か、どこまでが交渉の話で、どこからが別の規律の話になるのかを整理します。通告先が行政である場合、相手方の勤務先や取引先である場合、士業の懲戒である場合は、制度の系統が異なるため、それぞれ別の記事で扱います。
この記事で扱うこと・扱わないこと
はじめに、範囲をはっきりさせておきます。
- 扱うのは、要求が同業者・業界団体・取引先を経由して届く場面です。
- 扱うのは、事業者側つまり要求を向けられた側から見た整理です。
- 扱わないのは、行政や監督官庁への通報を持ち出された場面です。
- 扱わないのは、士業や専門職の懲戒を持ち出された場面です。
- 扱わないのは、要求してきた相手が交渉の場に第三者を同席させた場面です。
いずれも別の記事で扱っていますので、当てはまる場合はそちらをご覧ください。
「第三者を経由する」とはどういう場面か
ひとことで第三者経由といっても、実際には経路が分かれます。経路によって、実際に動きうるものも、こちらが最初に確かめるべきことも変わります。
三つの経路
相談の中で多いのは、次の三つです。
| 経路 | 実際に動きうるもの | 最初に確かめること |
|---|---|---|
| 要求してくる相手が「団体に言う」と告げてくる | 団体の苦情窓口への持ち込み、会員への情報の共有 | 要求の中身と、告げられた予告とが別のものかどうか |
| 団体や同業者の側から足並みをそろえるよう求められる | 会合での申合せ、会員としての扱い、取引の継続 | 求められているのが価格・取引先・営業のやり方に関わることかどうか |
| 取引先を通じて伝わってくる | 取引条件の見直し、発注の停止 | 伝えているのが取引先自身の判断なのか、他者からの伝言なのか |
最後の経路は見落とされがちです。取引先から「あちらの会社が困っているようだ」と伝えられたとき、それが取引先自身の要望なのか、単に間に立って伝えているだけなのかで、こちらの返し方は変わります。伝えてきた人と、要求している人は、同じとは限りません。この点をあいまいにしたまま話を進めると、誰との間で何を約束したのかが後から分からなくなります。
なぜ断りにくく感じるのか
第三者経由の圧力が重く感じられるのは、要求の強さよりも、断った場合に失うものが具体的に見えるからです。会合に出られなくなる、紹介が回ってこなくなる、名前が同業の間に伝わる。こうした見通しが先に立つと、中身を検討する前に結論が決まってしまいます。要求の中身と、断った場合に起きうることとは、別々に見ることをおすすめします。
予告そのものは止められない
「団体に持ち込む」「同業者に話す」と言われたとき、それを言わせないようにすることは、基本的にはできません。苦情を述べることや、団体の窓口に相談すること自体は、誰にでも開かれています。
告知と、くっついている要求は別
問題になるのは、告知そのものではなく、それと組み合わされた要求のほうです。手続や苦情の告知が、金銭その他の要求と一体で用いられている場合には、要求の側が別途の評価を受けることがあります。権利や手続を告げることと、脅迫や恐喝との境界については、一般的な枠組みを別の記事で整理していますので、そちらをご覧ください。
止めることより、切り離すこと
現実的な手当ては、予告を止めさせることではなく、団体や同業の場で判断されることと、目の前の交渉で決めることを切り離すことです。苦情が持ち込まれれば、団体はそれを受けるかもしれません。それでも、その手続で何がどう判断されるかと、こちらが今日いくら払うかは、本来つながっていません。
同業者・団体からの要求は、別の規律の対象になることがある
ここからは、二つ目の経路、つまり団体や同業者の側から要求が来る場面です。この場面には、こちらへの要求という顔とは別に、市場の側から見た規律が働くことがあります。
事業者団体とはどこまでを指すのか
独占禁止法は、事業者としての共通の利益を増進することを主たる目的とする2以上の事業者の結合体を事業者団体としています(独占禁止法2条2項)。公正取引委員会の指針では、工業会、協会、協議会、組合といった名称のものやその連合体が挙げられており、各社の役員や部課長が集まる継続的な会合であっても、共通の利益の増進を主たる目的とするものは含まれるとされています。名称や法人格の有無で決まるわけではありません。
禁止されている行為の形
同法は、事業者団体について、一定の取引分野における競争を実質的に制限すること、一定の事業分野における事業者の数を制限すること、構成事業者の機能又は活動を不当に制限すること、事業者に不公正な取引方法に該当する行為をさせるようにすることなどを禁じています(同法8条1号・3号・4号・5号)。5号については、指針の中で、団体に加わっていない事業者と取引しないようその取引先に圧力を加える行為が例として挙げられています。
言われ方から見た整理
実際の言われ方に置き換えると、次のように整理できます。表の右列にある一般指定とは、公正取引委員会が告示で定めている不公正な取引方法の類型です。
| 言われ方の例 | 問題となり得る場面 | 関係する規定 |
|---|---|---|
| 会員どうしで価格をそろえるよう求められた | 価格を決める申合せに当たらないか | 8条1号・4号 |
| 特定の会社と取引しないよう求められた | 共同の取引拒絶に当たらないか | 2条9項1号・8条5号 |
| 従わないなら会員ではいられないと言われた | 参入の制限や排除に当たらないか | 8条3号・4号 |
| 団体の中で扱いに差をつけられた | 団体内部での差別的な取扱いに当たらないか | 一般指定5項 |
| 取引先に取引をやめるよう働きかけられた | 競争者に対する取引妨害に当たらないか | 一般指定14項 |
どれも、当てはまれば直ちに違反と決まるものではなく、行為の内容や市場での位置づけを踏まえて個別に判断されます。ただ、同業の集まりでの要求は、こちらが応じるかどうかという私的な問題にとどまらない場合があるという点は、押さえておく価値があります。指針は、こうした制限行為が原則として問題とされるのは、値段を安定させるためとか品質を守るためといった理由のいかんを問わない、としています。
それ自体は問題にならない活動もある
誤解を避けるために、逆の側も書いておきます。団体の活動がすべて疑わしいわけではありません。
合理的な範囲の自主的な取り決め
指針は、団体がその設立目的や事業内容に照らして合理的な内容の加入資格要件や除名事由を定めること、環境の保全や安全の確保といった目的から合理的に必要とされる範囲で品質や営業の方法に関する自主的な基準を設けること、取引条件を明確にするためにモデル契約書を作成することなどは、それ自体としては問題とならないとしています。国や地方公共団体に対して、制度の内容や運用について一般的な要望や意見を表明することも同様です。
名前が回るという問題
一方で、情報のやり取りには注意が必要です。指針は、顧客の信用状態について客観的な事実の情報を集めて会員に提供すること自体は原則として問題とならないとしつつ、特定の事業者を不良業者あるいは優良業者として掲載した一覧を作成し配布することは、特定の相手と取引しないという合意を生じさせるおそれがある、と注記しています。会合の場で特定の会社名が繰り返し挙がり、それが一覧の形で共有され始めたときは、性質が変わり始めていると考えたほうがよい場面です。
団体の内部処分には手続がある
「除名する」「会員資格を止める」と告げられた場合、その処分は団体の自由裁量で行えるわけではありません。団体の法的な形によって、根拠となる条文が異なります。
一般社団法人の場合
社員の除名は、正当な事由があるときに限り、社員総会の決議によってすることができます。この場合、法人は当該社員に対し、社員総会の日から1週間前までにその旨を通知し、かつ、社員総会において弁明する機会を与えなければならないとされています(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律30条1項)。除名は、除名した社員にその旨を通知しなければ、これをもって対抗することができません(同条2項)。
事業協同組合などの場合
組合員の除名は、法が定める事由に当たる組合員について、総会の議決によってすることができます。この場合、組合は総会の会日の10日前までにその組合員に通知し、かつ、総会において弁明する機会を与えなければなりません(中小企業等協同組合法19条2項)。除名した組合員に通知しなければ対抗できない点も同じです(同条3項)。
まず定款・規約を読む
実際の手当てとしては、口頭で告げられた段階で、定款や規約に定められた除名事由と手続を確認することが出発点になります。告げられた事由が定款に書かれていないもの、あるいは手続を踏まずに扱いだけが変えられている場合は、それ自体が争点になり得ます。加えて、団体に加わっていなければその地域で事業を続けることが難しいという状況で、不当に加入を制限したり除名したりすることは、先に触れた独占禁止法の観点からも問題となり得るとされています。
応じる前に切り分ける三つ
要求が第三者経由で届いたとき、返事をする前に切り分けておきたいものが三つあります。
一つ目は、事実の確認
こちらに手違いや不備が本当にあったのかどうかは、要求への評価とは切り離して確かめます。あったのなら是正します。是正することと、求められた金額や条件を受け入れることは、別の話です。
二つ目は、取引上の判断
取引を続けるか、条件を見直すかは、本来こちらが自分で決められることです。第三者を経由して伝えられたからといって、決定権が移るわけではありません。誰の要望としてその話が来ているのかを確かめたうえで、取引先ごとに判断します。
三つ目は、支払いや約束
金銭の支払い、値段の変更、特定の相手との取引をやめること。この三つは、いったん動かすと元に戻しにくく、後から交渉の前提にされやすい部分です。その場で答えず持ち帰る伝え方については、別の記事で整理しています。
後から響きやすい対応
急いで収めようとした対応が、後で負担になることがあります。次のようなものです。
- その場で口頭の申合せに同意し、内容を書面で確認しないこと。
- 会合の場で、自社の価格や取引先を具体的に説明してしまうこと。
- 求められるままに、特定の相手との取引をやめると約束すること。
- 団体の役員個人の口座など、経路のはっきりしない先に支払うこと。
- 処分の内容や理由を書面でもらわないまま、扱いの変更を受け入れること。
- やり取りを記録に残さず、記憶だけに頼ること。
特に一つ目と三つ目は、こちらが不利益を受けるだけでなく、応じたこと自体が後から別の問題として扱われる可能性があります。同業者との間で価格や取引先について何かを取り決めることは、求められて応じた側にとっても安全な行為ではないためです。
動かせる窓口と、残しておく記録
第三者経由の要求では、目の前の交渉以外にも使える経路があります。
- 公正取引委員会への申告。独占禁止法に違反する事実があると思うときは、誰でもその事実を報告し、適当な措置を採るよう求めることができます(独占禁止法45条1項)。
- 申告で動くものの範囲。ここでいう適当な措置は違反行為を排除するための措置であり、当事者間の民事的な紛争を仲介するものではないとされています。
- 氏名・住所を記載した書面で具体的な事実を示して報告した場合には、措置を採ったか、採らないこととしたかが報告者に通知されます(同法45条3項)。
- 裁判所への差止請求。不公正な取引方法に当たる行為によって著しい損害を受け、または受けるおそれがある者は、その行為の差止めを請求することができます(同法24条)。
- 身近な相談先。全国の商工会議所・商工会が独占禁止法相談ネットワークの窓口となっているほか、中小企業向けの取引に関する相談窓口として取引かけこみ寺が設けられています。
- 記録の残し方。日時、場所、同席者、言われた言葉、その後の取引の変化を、時系列で残します。
申告は、自分のトラブルを解決してもらう手続ではありません。それでも、同じ働きかけが複数の会社に向けられている場面では、経路として意味を持つことがあります。記録の具体的な残し方は、別の記事で扱っています。
求める側・伝える側にも触れておきます
立場が逆の場合についても書いておきます。理由のある苦情を団体の窓口に伝えることや、安全や品質のために合理的な範囲で自主的な基準を設けることは、控えなければならない行為ではありません。
注意が必要なのは、それを金銭その他の要求と組み合わせて告げる形です。この形になると、苦情の内容が正当であったかどうかとは別に、要求の側が評価の対象になります。同業者に対して取引先や価格の扱いを求める場面では、求めた側にも独占禁止法上の問題が生じ得ます。伝えたいことがあるのなら、要求とは切り離し、窓口を通じて内容だけを伝える形が、結果として通りやすい形でもあります。
よくあるご質問
ご相談の中で繰り返し出てくるものを挙げます。
「業界の決まりだから」と言われた場合、従う義務はありますか
団体の申合せが、そのまま法的な義務になるわけではありません。定款や規約に基づく会員としての義務がどこまでかを確認したうえで、価格や取引先に関わる内容であれば、それが独占禁止法の観点から問題とならないかを併せて検討することになります。合理的な範囲の安全基準や規格の取り決めと、価格や取引先の制限とでは、扱いが異なります。
団体を辞めれば済む話でしょうか
脱退で解決する場合もありますが、その団体に加わっていないと事業を続けることが難しい地域や業種では、脱退が事業の縮小に直結します。そうした状況での加入の制限や除名は、それ自体が問題となり得るものとして扱われています。辞めるかどうかを決める前に、置かれている状況を整理することをおすすめします。
同業者から言われただけで、まだ何も起きていません。相談は早すぎますか
早い段階のご相談のほうが、選べる手当ては多くなります。言われた内容と日時を記録しておくこと、返事を保留しておくこと、この二つだけでも後の選択肢が変わります。実際に取引が止まってからでは、原因の裏づけが難しくなることがあります。
まとめ
- 第三者経由の要求では、伝えてきた人と要求している人が同じとは限らないため、経路の確認から始めます。
- 団体や同業に持ち込むという予告そのものは止められないため、焦点はそこで判断されることと交渉で決めることを切り離すことに置きます。
- 事業者団体には、価格や取引先、参入の制限などについて独占禁止法上の規律があります(独占禁止法8条1号・3号・4号・5号)。
- 合理的な範囲の加入資格や自主基準の設定、行政への要望などは、それ自体としては問題とならないとされています。
- 特定の事業者を挙げた一覧の作成・配布は、取引しないという合意を生じさせるおそれがあると指針で注記されています。
- 除名には手続があり、通知と弁明の機会が定められています(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律30条1項、中小企業等協同組合法19条2項)。
- 違反があると思うときは誰でも公正取引委員会に報告できますが、民事の紛争を仲介する手続ではありません(独占禁止法45条1項)。
- 不公正な取引方法により著しい損害を受け、または受けるおそれがある場合には、差止めを請求する道があります(同法24条)。
同業者・業界団体からの要求にお悩みの方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、事業者の方が受ける不当要求に関するご相談を、池袋と新橋の事務所でお受けしています。取引先や同業者を経由して要求が届いている場面では、どこまでが取引上の判断で、どこからが別の規律の話になるのかを整理するだけでも、次の一手が決めやすくなります。
要求を向けられている側の方はもちろん、同業者の対応に困り、団体を通じて伝えるべきか迷っている側の方からのご相談もお受けしています。返事を保留したまま、まずは状況の整理からご相談ください。


