「示談金」名目の高額請求|相場から離れた金額を提示されたら
「返金に応じないなら弁護士会に懲戒請求します」。士業の方からご相談をいただく場面で、実際に耳にすることの多い言葉です。逆に、依頼した側から「対応に納得できないので懲戒請求を考えている」というご相談を受けることもあります。同じ制度が、一方では要求を通すための材料として持ち出され、他方では正当な不満の受け皿として使われています。
懲戒の請求は誰でもできる、請求されても処分に至る割合は高くない。こうした説明は、それ自体が誤っているわけではありません。ただ、この説明が語っているのは「請求された後にどうなるか」であって、まだ請求されておらず、要求と一緒に予告されている段階の話ではありません。予告の段階では、手続で判断される話と、目の前の要求に応じるかどうかの話が、ひとつづきのものとして迫ってきます。
この記事では、士業・専門職の方が「懲戒請求する」と告げられながら、返金や便宜の提供を求められた場面に絞って整理します。懲戒手続そのものの詳しい流れや、請求する側の異議の申出については別の記事で扱っていますので、ここでは予告された側の判断を中心に扱います。
「懲戒請求する」という言葉が出てくる場面
この言葉が単独で出てくることは、多くありません。たいていは、何らかの要求と組み合わされた形で告げられます。
要求と組み合わせて告げられる
ご相談で挙がることが多いのは、次のような組み合わせです。
- 報酬をすべて返金しなければ懲戒請求すると告げられる。
- 着手金の返還や値引きに応じるよう、期限を切って求められる。
- こちらの見立てとは異なる方針で進めるよう求められ、応じなければ会に申し立てると言われる。
- 辞任するな、あるいは今すぐ辞任しろと、相反する要求を受ける。
- 事実と異なる内容の書面や謝罪文に署名するよう求められる。
要求の中身はさまざまですが、共通しているのは、懲戒請求が「されること」ではなく「されるかもしれないこと」を材料に、その場での譲歩を求めているという構造です。
告げられた側が置かれる立場
士業の方がこの場面で動きにくくなるのには、いくつか理由があります。ひとつは、自分自身が当事者になるという点です。ふだんは代理人として距離を取って処理できることでも、自分の事件では同じようにいきません。
もうひとつは、反論の材料に制約があるという点です。守秘義務の対象となる情報を持ち出さなければ経緯を説明できない、という場面は珍しくありません。さらに、依頼者との関係が続いている最中であれば、事件処理の方針と、自分自身の金銭的な立場とが交錯します。同業だからこそ、自分で処理しようとして抱え込みやすい構造があります。
同じ「懲戒請求」でも、資格によって制度の作りが違う
相手が「懲戒請求する」と言うとき、その言葉が指している手続は、資格によって別のものです。ここを取り違えたまま話をすると、想定している時間軸も窓口もずれてしまいます。
弁護士は所属弁護士会への「請求」
弁護士の場合、何人も、懲戒の事由があると考えるときは、その事由の説明を添えて、所属弁護士会に懲戒することを求めることができます(弁護士法58条1項)。請求があったときは、弁護士会は事案を綱紀委員会の調査に付します(同条2項)。綱紀委員会が判断するのは処分の内容そのものではなく、懲戒委員会の審査に付すかどうかです。処分の種類は戒告、2年以内の業務停止、退会命令、除名の4つと定められています(同法57条1項)。なお、懲戒の事由があったときから3年を経過すると、手続を開始することができません(同法63条)。
他の士業は行政庁への「通知」
弁護士以外の多くの士業では、処分を行うのは所属団体ではなく行政庁です。第三者は、事実を行政庁に通知して適当な措置を求める形をとります。
| 資格 | 求める先 | 根拠となる条文 |
|---|---|---|
| 弁護士 | 所属する弁護士会 | 弁護士法58条1項 |
| 司法書士 | 法務大臣 | 司法書士法49条1項 |
| 土地家屋調査士 | 法務大臣 | 土地家屋調査士法44条 |
| 税理士 | 財務大臣 | 税理士法47条 |
| 行政書士 | 事務所所在地の都道府県知事 | 行政書士法14条の3 |
| 社会保険労務士 | 厚生労働大臣 | 社会保険労務士法25条の3の2 |
| 弁理士 | 経済産業大臣 | 弁理士法33条 |
通知を受けた行政庁は、その事実について調査を行います(司法書士法49条2項など)。一方で、通知をした人が、特定の処分を求める権利や、結論に不服を申し立てる権利を当然に得るわけではありません。弁護士に対する懲戒請求と同じ手続が動くと考えると、実際の制度とはずれます。
手続を開始できなくなるまでの期間も一律ではありません。弁護士は3年、司法書士と土地家屋調査士は7年(司法書士法50条の2、土地家屋調査士法45条の2)、税理士は10年(税理士法47条の3)と定められている一方、明文の定めが見当たらない資格もあります。
医師や看護師には懲戒請求という制度がない
医師や看護師については、「何人も懲戒を求めることができる」という規定が置かれていません。処分を行うのは厚生労働大臣であり(医師法7条1項)、処分をすべきかどうかを調査する必要があると認めるときの調査権限が定められています(同法7条の3)。「医道審議会に訴える」と告げられても、申立てを受け付ける入口が制度として用意されているわけではない、という点は押さえておいてよいところです。
予告そのものを止めることはできない
結論から言えば、相手が「懲戒請求する」と告げること自体を、こちらの側で封じることはできません。制度を使うと予告することが、それだけで違法と評価されるものではないからです。
手続を使うと告げること自体
懲戒の請求や行政庁への通知は、制度として用意された経路です。その経路を使うと告げる行為は、相手の手の内にある害を予告するものではなく、判断するのは弁護士会や行政庁の側という性質を持ちます。権利や手続の告知がどこから違法な言動として評価されるのかという一般的な線引きは、別の記事で整理していますので、ここでは繰り返しません。
評価が変わるのは、くっついている要求のほう
見るべきなのは、予告そのものではなく、それが何と結びついているかです。金銭の交付を求める形になっていれば恐喝罪(刑法249条)、義務のないことを行わせる形になっていれば強要罪(刑法223条)が問題となり得ます。反対に、理由のある苦情や、根拠のある返金の請求までが不当なものになるわけではありません。相手に不満があること自体と、求め方が度を越しているかどうかは、分けて考える必要があります。
根拠を欠く請求には、後から動く受け皿がある
最高裁判所平成19年4月24日判決は、弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が事実上または法律上の根拠を欠く場合において、請求者がそのことを知りながら、または通常人であれば普通の注意を払うことによって知り得たのにあえて請求するなど、懲戒制度の趣旨目的に照らして相当性を欠くと認められるときは、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると判断しました。
また、刑法172条は、人に刑事または懲戒の処分を受けさせる目的で虚偽の申告をした場合を対象としています。懲戒の処分が条文に明記されている点は、この場面で意味を持ちます。ただし、いずれも後から責任を問う仕組みであって、目の前の要求に応じるかどうかの判断とは、時間軸も判断材料も別です。
請求されると、実際には何が起きるのか
予告された段階で判断を誤りやすいのは、請求されること自体を過大にも過小にも見積もってしまうためです。手続として何が起きるのかを、事実として押さえておきます。
請求された段階では公告されない
公告の対象となるのは、処分がなされた場合です。弁護士については、懲戒したときに官報をもって公告することが定められています(弁護士法64条の6第3項)。税理士は官報(税理士法48条)、司法書士は所定の方法による公告(司法書士法51条)、行政書士は都道府県の公報(行政書士法14条の5)と、資格ごとに定めがあります。裏を返せば、請求や通知があったという事実そのものは、これらの公告の対象ではありません。
反論の機会は手続の中に用意されている
弁護士の場合、綱紀委員会の調査の過程で答弁書の提出を求められるのが通例です。行政庁が処分を行う資格では、戒告や業務停止をしようとするときに聴聞を行うことが定められています(司法書士法49条3項、社会保険労務士法25条の4など)。提出期限が短く設定されることもあるため、書面の準備には時間の余裕を見ておくほうが安全です。
取り下げても、当然に終わるわけではない
ここが実務上いちばん誤解されやすいところです。弁護士会は、懲戒の事由があると考えるとき、または請求があったときに、事案を調査に付します(弁護士法58条2項)。前段があるということは、請求が取り下げられたからといって、手続が当然に終了するとは限らないということです。行政庁への通知の場合も、通知を受けた行政庁には調査を行うことが定められており、通知した人が手続を引き取るという構造にはなっていません。
したがって、「取り下げること」を対価にした合意は、相手がその約束を果たしたとしても、期待した結果に結びつかないことがあります。応じるかどうかを検討する場面では、この点を織り込んで考える必要があります。
要求に応じるかどうかを決める前に
判断を分けやすくするために、三つに切り分けて考えることをおすすめしています。
手続で判断されることと、交渉で決めること
業務のやり方に問題があったかどうかは、最終的には弁護士会や行政庁が判断します。一方、報酬をどう精算するか、預かった資料をどう返すかは、当事者どうしで決められることです。この二つは別のテーブルで動きます。混ぜたまま譲歩すると、金銭で解決したはずのことが手続の側に残り、手続で説明すべきことが金銭の話に流れ込みます。
落ち度のある部分と、過大な部分
連絡が滞っていた、説明が足りなかったというように、こちらに改めるべき点がある場合もあります。その場合でも、落ち度があることと、要求されている金額や条件がそのまま相当であることとは、別の話です。謝るべきところは謝り、精算すべきところは精算したうえで、要求の範囲が広がりすぎていないかを見ます。こちらに落ち度がある場面での過大な請求への向き合い方は、別の記事で詳しく扱っています。
今日決めることと、期限を置いて決めること
その場で答えを出さなければならない要求は、多くありません。事実関係の確認、契約書や記録の突き合わせ、第三者への相談には、それぞれ時間がかかります。いつまでに、どの方法で、誰が回答するのかを伝えたうえで、期限を置く形が現実的です。
後から響きやすい対応
予告を受けた側が取りやすく、あとから問題を大きくしやすい対応を挙げます。
- 取下げを条件に金銭を渡すという口頭の約束をする。
- 守秘義務の対象となる情報を持ち出して、経緯を説明しようとする。
- 自分の金銭的な立場を守るために、進行中の事件の方針を変える。
- 求められるまま、事実と異なる内容の書面に署名する。
- 感情的なやり取りを続け、そのやり取り自体が新たな問題として扱われる。
- 記録を残さないまま、口頭だけで解決したことにする。
最後の点は、時間が経ってから効いてきます。合意したのであれば、その範囲を書面にしておくほうが、双方にとって見通しが立ちます。
記録と窓口の整え方
平時から準備しておけることと、要求を受けてから急いで行うべきことがあります。
- 受任から現在までの経過を、日付とともに時系列で整理する。
- 委任契約書、報酬の説明資料、見積りや請求の書面をそろえる。
- 説明した日、伝えた内容、相手の反応を、記憶が新しいうちに残す。
- 要求された文言そのものを、言い換えずにそのまま記録する。
- やり取りの窓口を代理人に一本化し、直接の応対を減らす。
- 事務所内で共有し、担当者が一人で抱え込まない形にする。
窓口を移すことは、相手を突き放すこととは違います。当事者どうしで続けると感情の応酬になりやすい場面を、事実と条件の話に戻すための手段です。
懲戒請求を考えている側の方へ
この記事は予告された側の視点で書いていますが、請求を検討している方に向けても、いくつか申し添えます。
まず、理由のある苦情や請求を控える必要はありません。制度は本来そのために置かれています。他方で、懲戒の手続は、請求した人の損害を回復するための手続としては設計されていません。返金や精算を求めるのであれば、弁護士会の紛議調停や訴訟など、別の経路を併せて検討することになります。この点は別の記事で詳しく扱っています。
そして、裏づけを確かめないまま処分を求める申告をした場合、先に挙げた不法行為の問題や、虚偽の申告に関する規定の問題が生じ得ます。求めたい結論が処分なのか、お金なのか、説明なのかを整理しておくと、選ぶ手続も変わってきます。
よくあるご質問
「懲戒請求した」と言われましたが、何も届いていません
まだ書面が届いていない段階では、手続としては動きようがありません。ただし、そのように告げられた事実と、その前後のやり取りは記録に残しておくほうがよいでしょう。届いた場合に備えて、経緯の整理と資料の収集を先に進めておくと、提出期限が短くても対応しやすくなります。
返金すれば取り下げると言われました。応じてよいですか
返金や精算に理由があるのであれば、それ自体は検討してよい話です。ただし、取下げによって手続が終わるとは限らない点は、先に述べたとおりです。精算の合意と、取下げの約束を同じものとして扱わず、精算するならその根拠と範囲を書面にしておくという整理をおすすめします。
事実無根なので、すぐに反論の書面を送りたいのですが
急いで送った書面が、その後の手続でそのまま材料になります。守秘義務との関係で書ける範囲、こちらの落ち度として認める範囲、争う範囲を分けたうえで、宛先を誰にするかも含めて検討したほうが安全です。相手方へ直接送るのか、手続の中で提出するのかによって、書くべき内容は変わります。
まとめ
- 懲戒の請求は誰でもできる仕組みであり(弁護士法58条1項)、予告すること自体を止めることはできない。
- 弁護士以外の士業では、行政庁への通知という形が多く、通知した人が処分を求める権利を当然に得るわけではない(司法書士法49条1項、税理士法47条など)。
- 医師や看護師には、懲戒請求にあたる申立ての制度が置かれていない(医師法7条1項、7条の3)。
- 評価が変わるのは予告そのものではなく、結びついている要求のほうである(刑法249条、223条)。
- 根拠を欠く請求には、不法行為(最高裁判所平成19年4月24日判決)や虚偽の申告に関する規定(刑法172条)という受け皿がある。
- 請求があった段階では公告されず、公告の対象は処分がなされた場合である(弁護士法64条の6第3項など)。
- 取り下げられても手続が当然に終わるとは限らないため(弁護士法58条2項)、取下げを対価にした合意は慎重に検討する。
懲戒請求をちらつかせた要求にお困りの方へ
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要求を受けている方からのご相談はもちろん、専門職の対応に納得できず、どの手続を選ぶべきか迷っている方からのご相談もお受けしています。ご自身の立場からどの選択肢があるのかを整理したいという段階でも、お気軽にご相談ください。


