【不当要求対応】相手が複数人で来る|多対一の場での対応と記録
窓口や電話で向き合っているとき、要求の中身よりも、言い方や時間の長さのほうが重くのしかかることがあります。行政の現場から寄せられるご相談には、そうした声が少なくありません。
自治体や府省の対応マニュアルは、ここ数年で整いつつあります。ただ、そこに書かれているのは主に「組織としてどう動くか」です。目の前で言われている職員ご本人が、自分の名前で何をできるのかという部分は、意外と整理されていません。
この記事では、公務員・行政窓口に向けられた不当要求について、職員個人の立場からできることを整理します。2026年10月1日に国と地方の双方で新しい枠組みが動き出すこと、「あなた個人を訴える」と言われたときに法律上どう考えられるのか、ご本人の名前で使える窓口はどこか、という順にご説明します。
要求の中身と、要求の仕方は分けて評価される
内容に理由があっても、手段や態様は別に見られる
行政に寄せられる声のうち、内容そのものには理由があるものも多くあります。手続の説明が足りなかった、回答が遅れた、対応に不備があった。そうした指摘を受けること自体は、行政サービスの一部です。
他方で、要求に理由があることと、その伝え方が許される範囲に収まっていることは、別の評価になります。長時間の拘束、人格を否定する言葉、庁舎の外での接触といった態様は、要求の中身が正しいかどうかとは切り離して判断される場面があります。「こちらに落ち度があるから、何を言われても受けるしかない」と考える必要はありません。
「組織で対応する」ことと「個人で動く」ことは両立する
不当要求への対応は組織で行うもの、という整理は基本として動きません。担当者を一人にしない、記録を共有する、対応の時間や場所に区切りを設ける。こうした運用は、職員を守るための仕組みです。
ただし、組織が動くことと、ご本人が自分の名前で使える手段があることは、両立します。組織としての対応方針が定まるまでの間に、ご本人の負担や権利に関わる部分が置き去りになることもあります。以下では、その部分に絞ってご説明します。
2026年10月1日から、行政の職場でも枠組みが変わる
地方公務員は民間と同じ法律、国家公務員は人事院規則
カスタマーハラスメントに関する事業主の防止措置義務は、改正労働施策総合推進法により2026年10月1日から施行されます。各種ハラスメントに関する民間の労働法は地方公共団体にも原則として適用されるため、自治体の職場もこの枠組みに入ります。
国家公務員については、人事院規則で定められる仕組みになっています。人事院は2026年4月15日、人事院規則10―17(カスタマー・ハラスメントの防止等)を制定したことを公表しました。施行日は同じく2026年10月1日です。国と地方で根拠が分かれていながら、動き出す日はそろっている、という状態です。
行政サービスの利用者等が行為者になり得ると明記された
人事院が公表した資料では、該当するかどうかを次の3つの要素で整理しています。
- 職員の職務に係る行政サービスの利用者等からの言動であること。
- 職員が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えるものであること。
- 職員が精神的又は身体的な苦痛を与えられ、職員の人格若しくは尊厳が害され、又は職員の勤務環境が害されること。
ここでいう「行政サービスの利用者等」は、対面であるかどうかを問わず、職員が従事する職務に関して当該職員に関わる全ての者とされています。窓口の利用者や電話の問い合わせだけでなく、事業者、報道機関、他省庁、地方自治体、議員なども例として挙げられています。同一省庁内の職員は原則として含まれません。
例示に、SNSへの投稿をほのめかす発言が入った
該当し得るものの例としては、暴行や物を投げつける行為のほか、庁舎の物を壊すことやインターネット上へ悪評を投稿することをほのめかして職員を脅すこと、職員のプライバシーに係る情報をインターネット上に投稿することが挙げられています。土下座の強要、盗撮や無断での撮影、同じ質問を執拗に繰り返すこと、長時間にわたる居座りや電話による拘束も示されています。
各府省の側には、方針の明確化と周知、部内規程の作成、研修の実施、苦情相談の迅速かつ適切な解決、特に悪質と考えられるものへ対処できる体制の整備などが求められます。あわせて、苦情を申し出たことや調査に協力したことを理由に不利益を受けないことを職員へ周知することも含まれています。声を上げること自体が守られる設計になっている、という点は知っておいてよいところです。
「あなた個人を訴える」と言われたとき
職務として行った行為は、国や自治体が賠償の主体になる
窓口で強い言葉を受けるとき、「お前個人を訴える」「個人的に払わせる」と告げられることがあります。ご本人にとっては、生活に直結する不安です。
この点について、国家賠償法1条1項は、公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が賠償の責に任ずる、と定めています。そして最高裁昭和30年4月19日判決は、職務の執行に当たった公務員は、行政機関としての地位においても個人としても、被害者に対して直接その責任を負担するものではないという考え方を示しました。この整理は、その後の裁判でも維持されています。
故意や重大な過失があるときの求償という枠
もっとも、職員側の責任がまったく問題にならないわけではありません。国家賠償法1条2項は、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体がその公務員に対して求償権を有すると定めています。賠償した国や自治体から、後になって求償という形で請求される可能性は残ります。
整理すると、職務として行った対応について、相手方が職員個人に直接賠償を求める道は原則として開かれていません。ご本人に向けられた言葉が、そのままの形で実現するとは限らない、ということです。他方で、職務を離れた私的な言動については、この枠組みの外に出ます。
苦情の申出や情報公開の請求とは別の話
「あなたの名前を出して申し立てる」「懲戒を求める」といった発言は、損害賠償とはまた別の枠に属します。制度上の申出や請求が行われること自体を止めることはできませんが、それによって処分が決まるわけでもありません。手続の中で判断されることと、目の前の交渉で決めることは、切り分けて考えるほうが負担が軽くなります。
どこからが「職務」で、どこからが「ご本人」か
同じ相手からの言動でも、庁舎の中で起きたことと、氏名を特定して庁舎の外に持ち出されたことでは、関わる枠組みが変わります。おおまかな対応関係は次のとおりです。
| 場面 | 主に関わる枠組み | 前に出やすい主体 |
|---|---|---|
| 窓口での長時間の居座り、大声 | 庁舎の管理、業務の保護 | 組織 |
| 職務の執行中の暴行や脅迫 | 公務執行妨害 | 組織(供述するのはご本人) |
| 氏名を挙げた中傷、自宅や家族への接触 | 名誉、プライバシー、平穏な生活の利益 | 職員個人 |
| インターネット上への氏名や写真の投稿 | 削除請求、発信者情報開示 | 職員個人 |
刑法上、職務を執行する公務員に対する暴行や脅迫は公務執行妨害の問題になります。また、窓口業務のように強制力を行使しない公務については、業務妨害の罪にいう「業務」に当たり得るとした判断もあります(最高裁昭和62年3月12日決定)。それぞれの成立要件は事案ごとの判断になりますので、ここでは枠の違いを押さえるにとどめます。
実務で見落とされやすいのは、庁舎の外に出た部分は、組織ではなくご本人が権利者になりやすいという点です。名誉やプライバシーが侵害されたと言えるかどうかは、その職員個人について判断されます。組織が動くのを待つ間に、ご本人の側で進められることがあります。
ご本人の名前で使える窓口
勤務環境の問題として申し出る
地方公務員の場合、人事委員会又は公平委員会は、職員の苦情を処理する事務を持っています(地方公務員法8条1項11号、同条2項3号)。給与や勤務時間その他の勤務条件については、同法46条により、当局が適当な措置を執るべきことを要求する制度もあります。ただし、組織に関する事項や行政の企画・執行に関する事項などの管理運営事項は対象外とされており、どの入口を使えるかは事案によって変わります。
国家公務員の場合は、人事院の苦情相談や、各府省の人事当局への相談が用意されています。いずれも、職員ご本人が自分の名前で申し出られる仕組みです。
体調に影響が出たときの公務災害
対応が続いたことで体調に影響が出た場合、公務災害の認定を求める道があります。地方公務員については、地方公務員災害補償基金の「精神疾患等の公務災害の認定について」(平成24年3月16日付、令和6年3月22日一部改正)という通知があり、発症前のおおむね6か月の間に業務により強度の精神的又は肉体的負荷を受けたと認められることなどが要件として挙げられています。
認定の判断は医学的な検討を伴うため、結論をあらかじめ見通すことはできません。ただ、どの日に何があったかという記録は、後から作り直せない資料になります。しんどさを感じている段階で、無理のない範囲で残しておく意味はあります。
刑事の手続は「誰が被害者か」で名義が変わる
暴行、傷害、脅迫、侮辱といった罪は、職員個人の身体や名誉に向けられたものとして扱われます。他方、不退去や業務妨害は、庁舎の管理者や組織の側が被害を受けたという構成になりやすい類型です。ひとつの出来事で両方が問題になることもあります。
被害届や告訴を出すかどうかは、名義をどちらにするかとあわせて検討します。組織の判断を待つ部分と、ご本人が判断できる部分が混ざりますので、事前に整理しておくと動きやすくなります。
インターネット上に書かれたとき
氏名や顔写真が投稿された場合、削除の請求や発信者情報の開示を求める手続があります。ここで権利者になるのは、名誉やプライバシーを侵害されたご本人です。自治体や府省が代わりに進められる範囲は限られます。組織への報告と並行して、個人としての対応を検討する場面と言えます。
顧問弁護士は組織の代理人という前提
自治体や府省の顧問弁護士は、組織のために助言する立場です。職員個人の代理人ではありません。多くの場面では利害が一致しますが、たとえば投稿の削除や発信者情報の開示をご本人が望む一方で、組織としては様子を見るという判断になることもあります。
こうした場面では、ご本人の立場から相談できる先を別に持っておくことが、選択肢を確保することにつながります。
その場でご本人ができる記録の作り方
記録の運用そのものは組織のルールに沿うことになりますが、ご本人の側で押さえておくと後から効いてくる点があります。
- 日時、場所、人数、滞在時間を、対応の直後に書き残す。
- 言われた言葉は要約せず、聞こえたとおりの表現で書く。
- 中断や退去をお願いした時刻を、あわせて記録する。
- 業務にどの程度の支障が出たかを、短くて構わないので添える。
要約してしまうと、後から評価する段階で判断の材料が減ります。丁寧に整える必要はありません。日付とそのままの言葉が残っていれば、資料としての役割を果たします。
慎重さが求められる場面
行政の職場には、民間とは異なる前提があります。利用者を選ぶことができず、公平・公正にサービスを提供する必要があること、要求の背景に生命や財産に関わる事情が控えている場合があること、利用者の権利を不当に侵害しないよう慎重な対応が求められることが、国の資料でも留意点として挙げられています。
あわせて、障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供義務にも配慮が必要です。説明を求めること自体、納得できないと述べること自体は、対象となる言動には当たりません。線が引かれるのは、内容が業務からして相当性を欠く場合や、手段や態様が相当でない場合です。この見極めは、ご本人が一人で背負う性質のものではありません。
よくあるご質問
名札を撮影され、SNSに載せると言われました
撮影された時点での対応と、実際に投稿された後の対応は、分けて考えます。投稿をほのめかして職員を脅す行為や、職員のプライバシーに係る情報を投稿する行為は、人事院が示す例にも挙げられています。まずは日時と言われた言葉を記録し、組織へ共有してください。投稿が行われた場合には、削除や発信者情報の開示という手続を検討することになります。
「上司を出せ」「首長に会わせろ」と繰り返されています
誰が対応するかは組織が決める事柄です。求めに応じて担当を代わらなかったことが、それだけで違法な扱いになるわけではありません。対応の時間や場所に区切りを設けるかどうかも、個人の判断ではなく組織のルールに沿って決めるほうが、ご本人の負担が軽くなります。
相手が要求を取り下げたら、記録は消してよいですか
残しておくことをおすすめします。同じ相手から後日また同種の要求が寄せられることもありますし、公務災害の認定や刑事の手続で、当時の経過が資料として必要になる場合もあります。保存の方法や期間は、所属の文書管理のルールに沿ってご確認ください。
まとめ
- 要求に理由があることと、伝え方が許される範囲に収まっていることは、別に評価される。
- カスハラ防止の措置義務は、2026年10月1日から地方公共団体を含む事業主に適用される。国家公務員については人事院規則10―17が同日施行される。
- 行政サービスの利用者等が行為者になり得ることが明記され、インターネット上への投稿をほのめかす発言なども例に挙げられている。
- 職務として行った行為について、職員個人が被害者に対して直接賠償の責任を負うものではないとされている(最高裁昭和30年4月19日判決)。
- 他方で、故意又は重大な過失があるときは、国や自治体からの求償という枠が残る(国家賠償法1条2項)。
- 氏名を挙げた中傷やインターネット上への投稿は、ご本人が権利者になりやすい領域である。
- 人事委員会・公平委員会への申出、公務災害の認定請求、被害届や告訴、削除・発信者情報開示など、ご本人の名前で使える手続がある。
ご相談について
弁護士法人若井綜合法律事務所では、不当要求を受けた方からのご相談を、個人のお立場からお受けしています。組織としての対応方針とは別に、ご自身の名誉やプライバシー、健康に関わる部分をどう扱うかについて、状況を伺ったうえで一緒に整理します。
「これは相談していい話なのか」という段階でも構いません。記録が手元にある方は、日時と経過が分かるものをお持ちいただけると、お話が早く進みます。池袋・新橋の各事務所でお待ちしています。


