「示談金」名目の高額請求|相場から離れた金額を提示されたら
弁護士への相談を考えたとき、最後に立ち止まる理由は、費用でも時間でもなく「こんなことで相談していいのだろうか」という迷いであることが少なくありません。
金額が小さい、証拠がない、自分にも落ち度がある、まだ何も起きていない――理由はさまざまですが、共通しているのは「相談してよい案件かどうかを、相談する前に自分で判断しようとしている」という点です。
この記事では、その迷いを分解し、どこまでが自分で判断できることで、どこからが判断しなくてよいことなのかを整理します。分野を限定しない一般的な内容としてお読みください。
1. 「相談していいかどうか」は、相談する前には判断しにくい
法律問題かどうかの切り分け自体が、法的な判断
「これは法律問題なのか、それとも単なる人間関係のもつれなのか」。この切り分けは、一見すると相談の前段階に思えます。しかし実際には、事実関係を聞き取り、どの法律のどの枠組みに当てはまるかを検討する作業そのものであり、法律相談の中身と重なります。
自分では「揉めているだけ」と思っていた出来事が、法的には請求できる権利の問題として整理されることもありますし、逆に「これは訴えられるのでは」と不安だった出来事が、法的にはほとんど問題にならないと分かることもあります。どちらであっても、その見立てを得ること自体が相談の目的になり得ます。
「小さいこと」かどうかは、金額だけでは決まらない
相談してよいかを金額で判断される方は多いのですが、実務上、案件の扱いにくさは金額と比例するとは限りません。次のような要素が絡むと、金額が小さくても対応の難易度が上がることがあります。
- 期限があるか(裁判所からの書面、相手方が示した回答期限など)
- 相手との関係が続くか(同居している、職場が同じ、取引が継続しているなど)
- 記録が残る形かどうか(書面に署名した、送金した、メッセージが残っている)
- 相手が繰り返し接触してくるか
たとえば数万円の請求でも、裁判所を通じた手続に乗っていれば期限があります。逆に、金額が大きくても当面動きがなく、時間的な余裕があることもあります。
弁護士は、相談内容の重大さを審査する立場ではない
弁護士の役割は、持ち込まれた事実に法的な整理をつけ、取り得る手段と見通しを示すことです。相談内容が相談するに値するかどうかを判定する立場ではありません。「その程度のことで来たのか」と評価されることを心配して相談をためらう必要は、基本的にありません。
2. 迷う理由別に整理する
実際にご相談をためらう理由は、いくつかの型に分かれます。
2-1.「金額が小さいので申し訳ない」
金額の大小は、相談してよいかどうかの基準にはなりません。ただし、費用対効果の問題は現実に存在します。回収できる見込みの金額に対して、手続にかかる費用と時間が見合わないケースはあります。
もっとも、それは相談の結果として分かることであり、相談してはいけない理由ではありません。「費用倒れになりそうかどうか」も含めて聞いてよい事柄です。
2-2.「証拠がないので相談しても無駄では」
証拠が十分かどうかの評価は、法的な判断です。ご本人が「証拠にならない」と思っていたやり取りが、他の事実と組み合わさって意味を持つことがありますし、反対に「決定的だ」と考えていた記録が、単独では弱いこともあります。
また、これから証拠を集められる場合もあります。何が足りず、どこまで補えるのかを確認するための相談は成り立ちます。
2-3.「自分にも落ち度がある」
自分の側にも問題があった、判断を誤った、うかつだった――こうした事情があると、相談すること自体をためらいがちです。
しかし、法律上の責任は「どちらが悪いか」の二択で決まるものではなく、双方の事情を踏まえて範囲や程度が判断されます。落ち度があるとお考えの事情こそ、早い段階で共有していただいたほうが、見通しの精度は上がります。相談の場は、道義的な評価を下す場ではありません。
不利に見える事実を伏せたまま話を進めると、後から前提が変わって方針を組み直すことになりかねません。この点は別稿でも触れています。
2-4.「まだ何も起きていない」
「請求されるかもしれない」「連絡が来るかもしれない」という段階での相談も、内容としては成立します。むしろこの段階のほうが、取り得る選択肢は多く残っていることがあります。
何も起きないまま終わることも当然あります。その場合でも、起きなかったこと自体は不利益ではありません。
2-5.「大ごとにしたくない」
相談することと、法的手続に踏み切ることは別です。相談の結果、「今は動かない」という判断をすることもできますし、そのほうが適切な場面もあります。
弁護士に相談したからといって、直ちに相手方へ通知が届くわけではありません。何をいつ相手に伝えるかは、依頼するかどうかを含めてご本人が決める事柄です。
2-6.「費用が不安」
費用については、次の3つを分けて考えると整理しやすくなります。
- 相談料(相談の時間に対して発生する費用。30分あたり5,000円台とする事務所が多いとされますが、初回無料としている事務所もあります)
- 依頼した場合の費用(着手金・報酬金など。依頼して初めて発生します)
- 相手方に支払う金銭(示談金、賠償金など。弁護士に支払う費用とは別枠です)
相談の段階で発生するのは1だけです。また、収入・資産が一定の基準以下であるなど所定の要件を満たす場合には、法テラス(日本司法支援センター)の民事法律扶助による無料法律相談を利用できることがあります。
2-7.「人に知られたくない」
弁護士には守秘義務があります。弁護士法23条は、職務上知り得た秘密を保持する権利があり義務を負うと定めており、弁護士職務基本規程23条にも同趣旨の規定があります。秘密を漏らした場合には刑法134条1項の秘密漏示罪(6月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金)の問題にもなり得ますし、民事訴訟法197条1項2号・刑事訴訟法149条により、職務上知った秘密については証言を拒むことができるとされています。これらは、依頼に至らない相談の段階にも及ぶと考えられています。
もっとも、弁護士法23条は「正当な理由がある場合」を除くという構造になっており、およそいかなる場合も外部に出ないと言い切れる性質のものではありません。連絡方法(電話をかけてよい時間帯、郵便物の送付の可否、家族の同居の有無など)に配慮してほしい事情がある場合は、相談の冒頭で伝えておくとよいでしょう。
2-8.「話がうまくまとまっていない」
時系列が整理できていない、記憶があいまいな部分がある、何を聞きたいのかもはっきりしない。この状態で相談してはいけない、ということはありません。
むしろ、分かっていることと分かっていないことを切り分ける作業は、相談の中で一緒に行えます。あいまいな部分は「あいまいなまま」伝えていただいたほうが安全です。断定して伝えた内容が後から違っていた場合、前提が崩れてしまうためです。
3. 迷っている間に変わってしまうことがあるもの
早めの相談を勧める理由は、「早ければ良い結果になる」からではありません。時間の経過によって選択肢が減ることがある、という構造的な理由です。
期限のある書面
裁判所から届く書面には期限があります。たとえば支払督促の場合、債務者は支払督促または仮執行宣言付支払督促の送達を受けた日から2週間以内に督促異議を申し立てることができ(民事訴訟法386条2項、391条1項)、異議があれば通常の訴訟手続に移行します。訴状が届いた場合も、答弁書の提出期限と第1回期日が指定されています。
こうした書面が手元にある場合は、準備が整っていなくても先に相談の予約を取ることをお勧めします。
記録
メッセージアプリの保存期間、通話履歴の上書き、店舗や施設の記録の保存期間など、放置すると参照できなくなる記録があります。自分に不利に見える記録も、消さずに残しておくほうが無難です。
すでにした行動
支払った、署名した、認める趣旨の返信をした――こうした行動は、後から巻き戻すのに手間がかかります。事後に争う余地がまったくないわけではありませんが、主張と立証の負担は増えます。
時効
権利には期間の制限があります。不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害および加害者を知った時から3年(生命・身体の侵害の場合は5年)、不法行為の時から20年で消滅するとされ、契約に基づく債権は原則として権利を行使できることを知った時から5年、権利を行使できる時から10年とされています。実際の起算点は事案によって異なるため、期間が過ぎているように見えても、まず確認してみる価値はあります。
4. 相談することと、依頼することは別
相談したら依頼しなければならない、という決まりはありません。
- 相談だけで終えてかまいません
- その場で結論を出す必要はありません
- 複数の弁護士に相談し、説明を比べてもかまいません
依頼するかどうかは、費用の見込みと、示された見通しに納得できるかどうかで判断する事柄です。相談の場で即答を求められることに抵抗がある場合は、「持ち帰って検討したい」と伝えていただいて差し支えありません。
5. 相談しても、状況が変わらないこともあります
正直に申し上げると、弁護士に相談すればどの問題も解決に向かう、というわけではありません。
- 法的に主張できる根拠が見当たらない場合があります
- 権利があっても、相手に資力がなければ現実の回収は難しいことがあります
- 手続にかかる費用と時間が、得られる結果に見合わないことがあります
- 弁護士より他の窓口のほうが適している場合があります
ただ、「この件は法的手段を取りにくい」と分かること自体にも意味があります。迷いを抱えたまま時間を使い続けるより、どこまでできてどこからができないのかの線が引けるためです。
また、内容によっては次のような窓口が入口として適していることもあります。
- 犯罪に当たるかもしれない行為、身の危険を伴う事態 → 警察(緊急時は110番、相談は警察相談専用電話#9110)
- 事業者との契約や取引に関するトラブル → 消費者ホットライン188
- どこに相談すればよいか分からない → 法テラス・サポートダイヤル(0570-078374)
- 職場の労働条件やハラスメント → 各都道府県労働局の総合労働相談コーナー
6. 迷いが強いときの、小さな一歩
準備が完璧に整うまで待つ必要はありません。次の3つがあれば、相談は始められます。
- 出来事を時間順に並べたメモ(A4用紙1枚程度。日付、何があったか、誰が関わったか。あいまいな箇所は「あいまい」と書いておく)
- 届いた書面(封筒ごと。期限が書かれているものを最優先で)
- 聞きたいこと3つ
予約の際に「法律問題かどうか分からないのですが」と伝えていただいてかまいません。相談時間の目安や、無料で相談できる範囲は事務所によって異なりますので、あわせて確認しておくと安心です。
用意しておくものの詳細については、別稿で解説しています。
まとめ
「こんなことで相談していいのか」という迷いは、相談内容の軽重ではなく、判断の順番から生まれています。相談してよいかどうかを先に決めようとすると、判断材料がないまま迷い続けることになりがちです。
- 法律問題かどうかの切り分けは、相談の中で行える作業です
- 案件の扱いにくさは、金額よりも期限・記録・相手との関係に左右されることがあります
- 落ち度がある、証拠がない、まだ何も起きていない――いずれも相談を控える理由にはなりません
- 相談することと依頼することは別で、相談だけで終えてかまいません
- ただし、期限のある書面が届いている場合は、準備を待たずに動くことをお勧めします
迷っている時間そのものが負担になっているのであれば、その状態を整理するために相談の場を使う、という考え方もあります。


