一度払うと終わらない|「これで最後」が繰り返される構造
身に覚えのない金銭を請求された、要求が止まらない、家や職場に来ると言われている——こうしたとき、多くの方が最初につまずくのが「そもそも、どこに相談すればいいのか」という一点です。
警察に行くほどのことなのか。弁護士に頼むと費用がいくらかかるのか。どちらでもない気がして、結局どこにも相談しないまま日が過ぎてしまう。実はこの「相談先が決められないまま止まる」ことが、いちばん惜しい状態です。
先に結論だけ申し上げます。警察と弁護士は「どちらが上か」ではなく「担当する場面が違う」だけです。そして、相談先を一つに絞らなければならないというルールはありません。両方に相談しても、公的な無料窓口を併用しても、何の問題もありません。
この記事では、どの窓口が何をしてくれて、何はしてくれないのかを整理し、状況別の早見表としてまとめます。
1. 警察と弁護士は「担当が違う」
ごく大まかに言えば、次のような役割分担になっています。
- 警察……その行為が犯罪にあたるかどうかを扱う機関です。危険を止め、捜査し、処罰につなげる方向で動きます。
- 弁護士……そのお金を払う義務が本当にあるのかを判断し、あなたの代理人として交渉・請求・遮断を行います。刑事の手続をとる場合の補助も含みます。
不当要求と呼ばれる場面は、この両面をあわせ持っていることが少なくありません。たとえば「示談金として300万円払え。払わなければ会社にばらす」という要求には、①300万円という金額に法的根拠があるのか(民事)と、②「ばらす」という言い方が脅迫や恐喝にあたらないか(刑事)という、性質の違う二つの問題が同居しています。
片方だけに相談すると、もう片方が手つかずのまま残ることがあります。「どちらか」ではなく「どちらも視野に入れる」という発想のほうが、実際には近道になります。
2. 早見表①:状況別・まずどこへ連絡するか
迷ったときの入口を、状況ごとに整理します。あくまで一般的な目安であり、事情によって最適な順番は変わります。
| いまの状況 | まず連絡する先 | 理由 |
|---|---|---|
| 目の前で怒鳴られている、暴力の気配がある | 110番 | 即時に人が来る手段は警察だけです |
| 帰ってほしいと伝えたのに帰らない | 110番 | 不退去罪(刑法130条後段)にあたる余地があります |
| 「家に行く」「職場に行く」「ばらす」と言われた | 警察署の相談窓口・#9110/並行して弁護士 | 脅迫罪(刑法222条)等の検討と、接触を断つ民事の手当ての両方が要ります |
| 金銭を請求されたが、払う義務があるか分からない | 弁護士(費用が心配なら法テラス) | 支払義務の有無は警察の判断事項ではありません |
| すでに払ってしまい、取り戻したい | 弁護士 | 返還請求は民事の手続となります |
| 相手が暴力団や、その関係をほのめかしている | 警察+暴力追放運動推進センター+弁護士 | 専門の相談体制が用意されています |
| 事業者との契約・架空請求が絡む | 消費者ホットライン188+弁護士 | 消費生活相談の枠組みで扱える場合があります |
| 仕事中に客から嫌がらせなどの被害を受けている | 勤務先の相談窓口・都道府県労働局+弁護士 | 事業主の対応義務が定められています(後述) |
| ネット上に書き込む・拡散すると言われた | 弁護士+違法・有害情報相談センター等 | 削除・発信者の特定は民事の手続が中心です |
| 相手が誰なのか分からない | 弁護士 | 発信者情報開示や弁護士会照会という手段があります |
判断に迷ったら、「いま危険があるか」「お金の話か」の二つで切り分けるのがおおよその目安になります。危険が先、お金の当否はその次です。
3. 警察に相談すると、何が起きて、何が起きないか
起きること
- その場を止められる……110番通報で警察官が臨場します。人が来ること自体が、その場を収める力を持つことがあります。
- 事情を聴いてもらえる……緊急性が高くない場合は、所轄警察署の相談窓口や警察相談専用電話「#9110」を使います。#9110は全国共通で、かけた地域を管轄する警察本部等の窓口につながります。受付時間は平日8時30分から17時15分が基本ですが、都道府県警によって異なり、24時間受け付けているところもあります。匿名での相談を受け付けている本部もあります。
- 相談した記録が残る……その場ですぐ捜査が始まらなくても、「いつ、何を相談したか」が残ること自体に意味があります。後で被害届を出すときや、民事の手続に進むときに、経過を裏づける材料になります。
- 被害届・告訴の受理、捜査……犯罪の疑いが認められれば、事情聴取などの捜査が行われます。
起きないこと
ここは正直にお伝えしておきます。
- お金は戻ってきません。 警察は、あなたが払ってしまったお金を取り返してくれる機関ではありません。
- 「払う義務があるか」は判断しません。 請求の当否は民事の問題で、最終的には裁判所が判断する領域です。
- 代わりに交渉してくれません。 相手との窓口になることはありません。
- 必ず事件として動くとは限りません。 証拠の有無や行為の内容によっては、助言や注意にとどまることがあります。
「民事不介入」をどう理解するか
「これは民事だから警察は動かない」という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。ただ、「民事不介入」という条文があるわけではありません。警察の責務を定めているのは警察法2条1項で、そこには「個人の生命、身体及び財産の保護」「犯罪の予防、鎮圧及び捜査」などが挙げられています。
つまり、私人どうしの権利義務の当否そのものには警察は踏み込まない、という運用上の考え方があるにとどまります。裏を返せば、脅迫・恐喝・強要・不退去・業務妨害といった行為が現に起きているなら、それは「民事」ではなく刑事の問題です。警察官職務執行法5条は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときの警告と、急を要する場合の制止についても定めています。
「民事だから無理だろう」と自分で結論を出してしまわないことが大切です。
伝え方のコツ
警察に相談するとき、「この請求は不当です」という言い方から入らないほうが伝わりやすい傾向があります。請求が正当か不当かは、まさに警察が判断しないと決めている領域だからです。
そうではなく、「何をされたか」を時系列で話すことをおすすめします。「◯月◯日◯時ごろ、自宅前で30分ほど大声で怒鳴られ、帰ってほしいと言ったが帰らなかった」「LINEで『職場に行く』と3回書かれた」——このように、行為・日時・回数を事実として並べるほうが、犯罪の成否を検討してもらいやすくなります。
4. 弁護士に相談すると、何が起きて、何が起きないか
起きること
- 払う義務があるかの見立て……契約・不法行為・不当利得といった発生原因があるのか、金額は相当か、という点を検討します。
- 窓口の一本化……代理人として受任すれば、以後の連絡は弁護士が受けます。相手と直接やり取りしなくてよくなること自体が、負担を大きく減らします。
- 交渉・示談・書面の送付……請求の拒絶、条件の交渉、合意書の作成などを行います。
- 裁判所を使った手当て……支払義務がないことを確認する訴え(債務不存在確認訴訟)、面談の強要や押しかけをやめさせる仮処分などを検討します。
- 刑事手続の補助……被害届や告訴状の作成を手伝い、警察への相談に同行することもあります。
- 相手の特定……ネット上の書き込みであれば発信者情報開示、一定の場合には弁護士会照会という制度を使える場面があります。
起きないこと
- 逮捕も捜査もできません。 捜査権限を持つのは警察・検察です。
- その場に駆けつけることはできません。 いま危険がある場面で頼るべきは110番です。
- 費用がかかります。 相談料・着手金・報酬金の体系は事務所ごとに異なります。
- 結果を保証するものではありません。 相手が支払能力を欠いていれば、勝っても回収できないことがあります。
費用が心配な場合の入口
- 法テラス(日本司法支援センター)……収入と資産が一定の基準以下であることなどの要件を満たせば、無料の法律相談や費用の立替えを利用できます。ただし民事法律扶助は民事事件が対象で、刑事事件に関する相談は対象外とされています(犯罪の被害を受けた側については、犯罪被害者支援の枠組みがあります)。
- 弁護士会の法律相談センター……各地の弁護士会が有料の相談を実施しています。東京弁護士会・第二東京弁護士会には、暴力団等が絡む事案を扱う「民事介入暴力被害者救済センター」も置かれています。
- 法律事務所の初回無料相談……実施している事務所もあります。
なお、弁護士には守秘義務があります(弁護士法23条)。家族にも言えていない事情がある場合でも、そこを伏せたままでは適切な見通しが立てられません。話しにくいことほど、先にお伝えいただくほうが結果的に有利に働きます。
5. 早見表②:窓口ごとにできること
| してほしいこと | 警察 | 弁護士 | 公的な相談窓口 |
|---|---|---|---|
| いますぐ止めてほしい | ◎(110番) | ✕ | ✕ |
| 相手を処罰してほしい | ◎ | △(告訴の補助等) | ✕ |
| 払う義務があるか知りたい | ✕ | ◎ | △(一般的な助言) |
| 払ったお金を取り戻したい | ✕ | ◎ | ✕ |
| 代わりに交渉してほしい | ✕ | ◎ | ✕ |
| 連絡・接触を断ちたい | △(警告等) | ◎ | ✕ |
| 費用 | 無料 | 有料(無料相談あり) | 多くは無料 |
「相手を懲らしめたい」のか「お金の話に決着をつけたい」のか。この二つは同じようでいて、進む道が違います。ご自身がどちらを望んでいるのかをはっきりさせると、窓口は自然に決まります。
6. 無料で使える「第三の窓口」
弁護士に依頼する前の段階で使える窓口もあります。
- 警察相談専用電話 #9110……緊急ではないが警察に相談したいとき。内容に応じて担当部署を案内してもらえます。
- 暴力追放運動推進センター……都道府県ごとに設置されています。相談は無料で、弁護士や警察OBなどの暴力追放相談委員が対応します。相談の秘密を守る義務が法律上定められており、必要に応じて警察の援助や弁護士会への引継ぎも行われます。
- 法テラス サポートダイヤル(0570-078374)……どの制度・どの窓口を使えばよいか分からないときの案内窓口です。犯罪の被害を受けた方向けの専用ダイヤルも設けられています。
- 消費者ホットライン 188……事業者との契約や悪質商法に関するトラブルの入口です。
- 都道府県労働局……仕事中に顧客等から著しい迷惑行為を受けている場合の窓口です。カスタマーハラスメントについては、事業主に雇用管理上の措置を義務づける改正法が2026年10月1日に施行される予定で、労働者を一人でも雇用する事業主が対象とされています。フリーランスの方については「フリーランス・トラブル110番」があります。
- 法務局 みんなの人権110番(0570-003-110)……名誉やプライバシーの侵害に関する相談を受け付けています。
7. 順番と、同時に相談してよいということ
**原則は「危険が先、判断はその次」**です。いま押しかけられている、暴力の気配がある——そういう場面で「弁護士に予約を取ってから」と考える必要はありません。まず110番です。
一方、差し迫った危険がなく、争点が「この金額を払う義務があるのか」であれば、先に弁護士に相談してから警察へ行くほうが進めやすいことがあります。どの行為がどの罪にあたりうるのかを整理してから相談したほうが、話が通りやすくなるためです。書面の準備や、相談への同行を頼める場合もあります。
両方に相談することは、何ら不利になりません。 警察に「弁護士に相談しています」と伝えても差し支えありませんし、弁護士に「警察に相談済みです」と伝えれば、その経過を踏まえた方針を立てられます。
なお、相手に対して「警察に行く」「弁護士に頼む」と予告する必要はありません。予告が抑止になることもありますが、逆に相手を刺激したり、証拠を消される契機になったりすることもあります。告げるかどうかは、方針が固まってから決めれば足ります。
8. 相談前に用意しておきたい3点
どの窓口に行く場合でも、次の3点があるだけで話が早く進みます。
- 時系列のメモ……いつ、どこで、誰に、何をされたか。回数も分かる範囲で。
- 相手を特定できる情報……氏名、連絡先、アカウント名、所属など、分かっている範囲で構いません。
- 要求の原文……LINEやメールの文面、留守電、書面。自分の言葉に要約せず、そのままの形で残しておくことが大切です。「誠意を見せろ」を「金を要求された」と書き換えてしまうと、実際に何を言われたのかが分からなくなります。
記録の残し方や、後で通用する形にするための注意点については、別のコラムで詳しく整理しています。
9. おわりに
「警察か、弁護士か」は、どちらかを選ばなければならない二択ではありません。担当する領域が違うだけで、多くの場合、両方が必要になります。
そして、相談したからといって必ず事件にしなければならないわけでも、必ず依頼しなければならないわけでもありません。「これは相談していい話なのか」を確かめるための相談があってよいのです。法的な根拠のない請求であれば、そう確認できただけで対応は大きく変わります。
一人で抱えている時間が長くなるほど、判断は難しくなります。迷っている段階でも、どうか早めに窓口へつないでください。


