【不貞慰謝料】一度結んだ示談を撤回・やり直しできるか
配偶者の不貞が分かったとき、相手の勤務先や取引先に事実を伝えたいという気持ちが生まれることがあります。責任を自覚してほしい、関係を断ち切ってほしい、自分が受けた苦しさを知ってほしい。動機はさまざまですが、いずれも自然な感情です。
一方で、「職場にバラす」という言葉でひとまとめにされている行為は、実際には中身がかなり違います。人事の窓口に事実を伝えることと、同僚に言い広めることと、取引先に連絡することとでは、伝わる範囲も、その相手が動かせることも、自分に返ってくる問題も別物です。
この記事では、勤務先や取引先に知らせる行為について、どこに線が引かれているのかを整理します。「やめておきましょう」という結論だけで終わらせるのではなく、線がどの位置にあり、何を基準に分かれているのかを見ていきます。
この記事で扱うこと・扱わないこと
- 扱うのは、勤務先や取引先に事実を伝えようとしている側から見た整理です。
- 名誉毀損やプライバシーの侵害が成立するための要件の詳細は、別の記事で扱っています。
- 「伝える」と告げて金銭の支払いを求めた場合の境界は、別の記事で扱っています。
- 会社が従業員をどこまで処分できるのかという労働法の問題も、別の記事で扱っています。
「職場にバラす」と呼ばれる行為は一つではない
同じ「知らせる」でも、伝える先が変われば、その相手にできることも、自分に向きやすい問題も変わります。まず、この違いを分けておくと考えやすくなります。
| 伝える先 | その相手が動かせること | 自分に向きやすい問題 |
|---|---|---|
| 勤務先の人事・相談窓口 | 社内での事実確認と、就業規則に沿った検討 | 伝えた内容が正確かどうか |
| 相手の上司・同僚 | うわさとしての広がり | 広がる範囲を自分で決められない |
| 取引先・顧客 | 相手の勤め先との取引を続けるかどうか | 不利益が相手本人ではなく勤め先に向かう |
| 不特定多数に向けた投稿 | 止めることが難しい拡散 | 削除や訂正が行き届かない |
このうち不特定多数に向けた投稿については、別の記事で詳しく扱っています。ここでは勤務先と取引先に絞って見ていきます。
勤務先と取引先では、働きかけている相手の立場が違う
勤務先には雇用契約という枠がある
相手の勤務先は、相手と雇用契約でつながっています。会社は、業務に関わる問題であれば、事実を確認したり、就業規則に沿った対応を検討したりできる立場に一応はあります。伝えた情報を扱う枠組みが、もともと存在しているということです。
もっとも、私生活上の出来事について会社ができることの範囲は、多くの方が想像するよりかなり狭いのが実情です。この点は別の記事で詳しく扱っています。
取引先は相手本人と契約関係にない
これに対して取引先は、相手本人とは何の契約関係もありません。取引先が判断できるのは、相手が所属する会社との取引を続けるかどうかだけです。相手個人に対して確認をしたり、対応を求めたりする立場にはありません。
その結果、取引先に伝えた場合、不利益が向かう先は相手本人ではなく、相手が所属する会社になります。取引の縮小や停止という形で会社に損失が生じれば、その損失は、情報を伝えた人の責任として問われる可能性が出てきます。相手に責任を取らせるつもりで伝えた行為が、相手とは別の会社に損害を与える行為として評価されうる、という構造です。
もう一点、取引先への連絡には、後から取り消しにくいという性質があります。社内であれば、事実確認の結果として扱いが落ち着くこともありますが、取引先は社外の第三者であり、いったん受け取った情報を訂正して回ることは事実上できません。後で示談がまとまっても、伝えた事実そのものを元に戻すことは難しくなります。
線は一本ではなく、内容・伝え方・目的に分かれている
「どこまでなら言ってよいのか」という問いは、一本の線を探す問いのように見えます。実際には、線は次のように複数の位置に引かれており、それぞれ基準が違います。
| 場面 | 何が評価を分けるか | 関係する規定 |
|---|---|---|
| 名指しで事実を伝える | 事実かどうかにかかわらず、伝えた範囲と目的 | 刑法230条1項 |
| 事実と異なる内容や誇張が混じる | 内容が正確かどうか | 刑法233条 |
| 繰り返しの連絡や押しかけ | 伝え方そのもの | 刑法234条 |
| 支払いの要求と結びつけて告げる | 求めているものの内容 | 別の記事で扱っています |
事実であることが答えにならない場面がある
刑法230条1項は、公然と事実を摘示して人の名誉を毀損した場合について、その事実の有無にかかわらずと定めています。つまり、伝えた内容が本当のことであっても、それだけで問題がなくなるわけではありません。
一方で、刑法233条が定めているのは、虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて人の信用を毀損し、その業務を妨害する行為です。ここでは内容が事実に反するかどうかが問題になります。さらに刑法234条は、威力を用いて業務を妨害する行為を対象としており、こちらは内容の正確さとは別に、伝え方や態度が評価されます。
「事実だから大丈夫」とも、「正確に伝えれば大丈夫」とも言い切れないのは、このように線の引かれ方が場面ごとに違うためです。それぞれの規定の詳しい成立要件については、別の記事で扱っています。
相手が一人ではなくなる
相手本人との関係
伝えられた本人は、私生活に関わる事柄を職場で知られたことについて、民法709条・710条に基づいて損害の賠償を求める立場に立ちうることになります。不貞についての責任と、伝えた行為についての責任は、別々に評価されます。
相手が所属する会社との関係
信用や業務についての規定は、個人だけでなく法人にも及ぶと理解されています。取引先への連絡がきっかけで相手の勤め先の取引に影響が出た場合、問題になるのは相手本人との関係だけではなくなります。
伝えた先との関係
取引先は、伝えられたことによって、どう扱えばよいか分からない情報を抱える立場に置かれます。内容が不正確であれば、その判断の結果について取引先から説明を求められることも考えられます。伝えた側から見れば、当事者が一人増えるということです。
「相手についての話」から「会社についての話」に変わる線
実務でよく問題になるのが、伝える内容が途中から変わっていく場面です。「担当者にこういうことがあった」という私生活についての話と、「そういう社員を置いている会社だ」「管理ができていない会社だ」という会社についての話は、別のものです。
後者に踏み込むと、話の対象が相手個人から会社の経済的な評価へと移ります。この段階では、自分が直接確かめたわけではない推測や、程度を強めた表現が混じりやすくなります。あわせて「処分してほしい」「取引をやめてほしい」といった要求を添えると、伝えた目的が読み取られやすくなります。
伝える内容を、自分が確かめられた事実の範囲にとどめるという線引きは、この場面で意味を持ちます。
自分から知らせる場合と、聞かれて答える場合
問い合わせを受けて答える場合
会社や取引先の側から先に問い合わせが来て、それに答える場合は、自分から働きかける場合とは位置づけが異なります。ただし、聞かれたからといって何をどこまで答えてもよいということではありません。答える範囲を、問われた事項と業務に関わる部分にとどめるという判断は、この場面でも必要になります。
手続の中で勤務先が登場する場合
裁判上の手続では、自分の意向とは関係なく勤務先が書類の宛先になる場面があります。これは自分の判断で知らせることとはまったく別の話であり、別の記事で扱っています。両者を混同すると、「どうせ職場に伝わるのだから自分から伝えても同じだ」という誤った整理になりやすいため、分けて考えることをおすすめします。
伝える前に確認しておきたい4つの問い
- 伝えようとしている相手は、その情報を受け取って何かを判断できる立場にあるか。
- 伝えようとしている内容は、自分が確かめられた事実の範囲にとどまっているか。
- 伝えることで実現したいのは、請求の解決なのか、それ以外のことなのか。
- 同じ目的を、伝えないで実現する方法が残っていないか。
この4つのうち、答えに迷うものが一つでもある場合は、伝える前に一度立ち止まる場面だと考えてよいと思われます。
知らせても、思っていた結果にならないことがある
伝える前に押さえておきたいのは、伝えた結果として期待していることが、実際には起きにくいという点です。
会社は、私生活上の出来事だけを理由に従業員を辞めさせられる立場にありません。取引先は、相手個人に対して何かを求められる立場にありません。そして相手が退職したり収入が下がったりすれば、慰謝料の支払いを受けること自体が難しくなります。伝えることで動くのは、多くの場合、期待していたのとは違う部分です。
実際に動きやすいのは、相手の周囲にいる人たちの受け止め方です。うわさは、伝えた本人が意図した範囲や内容のままでは広がりません。事実関係が単純化されたり、関係のない事柄が付け加わったりしながら伝わっていきます。その過程で内容が変わってしまっても、最初に伝えた人がその責任から完全に切り離されるとは限りません。
自分の請求にどう跳ね返るか
- 交渉の場で、相手方から自分の行為を問題として持ち出されることがあります。
- すでに社会的な不利益を受けたとして、金額の評価に影響することがあります。ただし、当然に減額される事情というわけではありません。
- 相手から自分に対する請求が別に立ち、話し合いが二本立てになることがあります。
- 相手の側が態度を硬化させ、話し合いの窓口が閉じてしまうことがあります。
勤務先や取引先に伝えられた側から見ると
- まず、どこに、いつ、どのような内容が、どの手段で伝えられたのかを確認します。
- 会社から説明を求められた場合、答える範囲を業務への影響に関わる部分にとどめる方法があります。
- 伝えた行為について責任を問える場合がありますが、それによって不貞についての責任が消えるわけではありません。
- 慰謝料の話と、伝えられたことについての話は、別々の問題として整理して進めます。
よくあるご質問
匿名で伝えれば問題にならないのでしょうか
名前を出さずに伝えた場合でも、伝えられた内容や時期から、誰が伝えたのかが絞り込まれることは少なくありません。また、匿名であることによって、伝えた行為そのものについての評価が変わるわけではありません。受け取った側が内容を確かめにくくなる分、情報の扱いがかえって不安定になりやすい面もあります。
会社の内部通報窓口に伝えるのはどうでしょうか
社内の窓口は、業務に関わる問題を受け付けるために設けられていることが多く、従業員の私生活についての申告を想定していない場合があります。窓口という形をとったこと自体が、伝えた内容の評価を大きく変えるとは限りません。そもそも社外の人が利用できる窓口かどうかも、あらかじめ確認が必要になります。
自分の勤務先が相手の取引先にあたる場合はどうなりますか
判断が特に難しい場面です。自分の職務上の立場を使って取引に影響を与えようとしたと受け取られると、相手との関係だけでなく、自分と自分の勤務先との関係にも影響が及ぶことがあります。私的な問題と職務上の立場が重なっている場合は、行動に移す前に整理しておくことをおすすめします。
まとめ
- 「職場にバラす」と呼ばれる行為は一つではなく、伝える先ごとに意味が違います。
- 勤務先には雇用契約という枠がありますが、取引先は相手本人と契約関係になく、不利益は相手の勤め先に向かいます。
- 線は一本ではなく、内容・伝え方・目的のそれぞれに別の基準で引かれています。
- 事実であることは、それだけで問題がなくなる理由にはなりません。
- 「相手についての話」から「会社についての話」に踏み出すと、対象が変わります。
- 伝える前に、相手の立場・内容の範囲・目的・代わりの方法の4点を確認しておくと判断しやすくなります。
ご相談について
勤務先や取引先に伝えるかどうかで迷う場面は、感情の整理がついていない時期と重なりやすく、一人で線を引くのが難しい局面です。弁護士が窓口に入れば、伝えるという手段を使わずに、請求として形にする方法を検討できます。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルについてのご相談をお受けしています。どこまでなら伝えてよいのか、伝えずに何ができるのかを含め、状況を伺ったうえで進め方をご提案いたします。お一人で抱え込まず、早い段階でご相談ください。


