【不貞慰謝料】不貞相手が妊娠した場合に生じる問題

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「交際していた相手から妊娠したと告げられた。何から手をつければよいのか分からない」「夫の交際相手が妊娠していると知った。この先どうなるのか」。不貞相手の妊娠が明らかになった直後、当事務所にはこうしたご相談が寄せられます。

 インターネット上には「まず事実を確認する」「誠実に話し合う」といった説明が並んでいます。どれもそれ自体が誤りというわけではありません。ただ、そこで扱われているのは主に妊娠させた側が取るべき行動の順序であって、この場面で同時に立ち上がっている問題が、それぞれ誰と誰の間の問題なのか、誰が決められるものなのかという点までは整理されていないことが多いようです。

 この記事では、不貞相手の妊娠によって生じる問題を、当事者の組み合わせ・決定権の所在・時間の制約という三つの角度から整理します。慰謝料の金額の目安や増減の事情、中絶費用の負担割合、認知の手続の進め方については、それぞれ別の記事で扱っていますので、本記事では立ち入りません。

妊娠が分かった時点で、複数の問題が同時に動き出す

 不貞相手の妊娠が問題を複雑にするのは、金額が上がりやすいからというより、それまで一つだった争いが、いくつもの別々の問題に枝分かれするからです。

当事者の組み合わせが一つではなくなる

 不貞慰謝料だけを考えているうちは、当事者の組み合わせは「不貞をされた配偶者」と「不貞をした二人」という一つの線でした。妊娠が分かると、ここに「妊娠した女性と相手の男性」という線と、生まれた場合には「子と父」という線が加わります。不貞相手にも配偶者がいる場合には、その配偶者との線も生じます。

 線が増えるということは、一つの話し合いですべてを終わらせられなくなるということです。同じテーブルに全員が着けるとは限りませんし、後述するように、当事者が合意しても動かない問題も含まれています。

問題ごとに「決める人」が違う

 もう一つ見落とされやすいのが、決定権の所在です。妊娠を続けるかどうかを決められるのは誰か、認知するかどうかを決められるのは誰か、離婚するかどうかを決められるのは誰か。これらはすべて別の答えになります。

同時に動き出す問題だれとだれの間の問題か決めるのは誰か
妊娠を続けるかどうか妊娠した本人の身体に関わる問題妊娠した本人(法律上の配偶者がいる場合はその同意も必要)
中絶に伴う費用の負担妊娠した女性と相手の男性話し合い、まとまらなければ裁判所
生まれた子と父との法律上の親子関係子と父父が自ら認知するか、子の側から訴えを起こすか
養育費子と父話し合い、まとまらなければ家庭裁判所
不貞慰謝料不貞をされた配偶者と、不貞をした二人話し合い、まとまらなければ裁判所
離婚するかどうか夫婦夫婦の二人(不貞相手が決めることはできません)


 この表を見ると、当事者のうち誰か一人がすべてを引き受けて片づけられる構造にはなっていないことが分かります。話が進まないときは、相手が不誠実だからではなく、そもそもその人に決める権限がないという場合があります。

話し合いで終えられる問題と、終えられない問題がある

 この場面でもっとも誤解が多いのが、書面を交わせばすべて終わると考えてしまう点です。同じテーブルで話し合った内容でも、合意によって終わらせられるものと、終わらせられないものが混ざっています。

問題当事者の合意で終わりにできるか理由
不貞慰謝料できる当事者が自分の判断で処分できる金銭の請求権だからです
中絶に伴う費用の負担できる同じく当事者の間の金銭の清算にあたるからです
認知できない認知を求める権利は身分に関わる権利で、放棄できないと解されているためです
養育費父母の合意だけでは終わらない子の側の権利にあたる部分が残るためです
離婚するかどうか不貞相手との合意では決まらない夫婦の間で決めることだからです


認知や養育費は取引の材料にならない

 「認知しないと約束してくれるなら金額を上げる」「慰謝料を請求しない代わりに認知を求めないでほしい」。実際の交渉では、こうした提案が出てくることがあります。

 しかし、子の父に対する認知請求権は放棄することができないというのが最高裁の考え方です(最判昭和37年4月10日)。同じ判決は、長い年月行使しなかったからといって行使できなくなるものでもないとしています。したがって、母親との間で「認知を求めない」と書面に残しても、その約束を理由に後の請求を止めることはできません。認知の訴えは、子やその法定代理人が提起できるものとされています(民法787条)。

 養育費についても、父母が合意で金額や支払方法を決めること自体はできますが、子の側の権利にあたる部分まで父母の取り決めで消えるわけではありません。終わらせられないものを終わったことにした書面は、その部分だけ効き目がないまま残ります。

清算条項を入れても子に関する権利までは終わらない

 示談書の末尾に置かれる清算条項は、その合意で扱った当事者間の債権債務を確定させるものです。子の扶養に関する権利は当然にはその射程に入りません。示談書の条項の設計や清算条項の書き方そのものについては、別の記事で詳しく扱っています。

出産するかどうかを決めるのは誰か

 この点は感情的な対立になりやすい一方で、法律上の枠組みは比較的はっきりしています。

法律が同意を求めている相手

 人工妊娠中絶は、母体保護法の指定医師が、一定の場合に本人および配偶者の同意を得て行うことができるとされています(母体保護法14条1項)。配偶者が知れないときなど一定の場合には、本人の同意だけで足りるとも定められています(同条2項)。

 ここでいう配偶者は法律上の配偶者を指します。日本産婦人科医会は、法律婚も事実婚もしていない女性の場合は本人の同意のみで足り、同意書の配偶者欄は空欄になるという説明を公表しています。つまり、交際相手であるというだけでは、法律が同意を求めている立場にはあたりません。医療機関の運用として署名を求められる場面があるとしても、それと法律上必要とされる同意とは別のものです。

 また、人工妊娠中絶は「胎児が母体外において生命を保続することのできない時期」に行うものと定義されています(母体保護法2条2項)。法律の条文に具体的な週数が書かれているわけではなく、実際に手術を受けられる時期は医療機関に確認する必要があります。

「産まない前提」で話を進めることの危うさ

 相手の判断がまだ固まっていない段階で、中絶を前提にした金額の話や日程の話を進めてしまうケースがあります。これは二つの意味で危険です。

 一つは、相手の意思に反して中絶させる方向に働きかけたと受け止められかねないことです。同意によらない堕胎については刑法に規定が置かれています(刑法215条)。もう一つは、結局出産に至った場合に、そのやり取りの記録が「相手の立場を顧みない対応だった」という評価の材料として残ることです。

 なお、中絶に伴う費用を誰がどの割合で負担するのかという問題は、それ自体が独立した論点です。負担割合の考え方や公的な給付との関係については、別の記事で扱っています。

出産に至った場合、記録はどのように残るのか

 出産に至ると、当事者の話し合いとは別に、戸籍という形で記録が積み上がっていきます。ここは思い込みで動くと後戻りしにくい部分です。

届出の段階では父の欄は空欄になる

 婚姻していない男女の間に生まれた子について、父との法律上の親子関係は認知によって生じます(民法779条)。出生の届出の段階では、子は母の戸籍に入り、母の氏を称し、母の親権に服するのが原則です(戸籍法18条2項、民法790条2項、819条4項)。

 言い換えると、認知がされるまでは、父の側の戸籍には何も記載されません。認知の手続や、認知後に生じる関係の詳細については、別の記事で扱っています。

不貞相手に配偶者がいる場合は別の推定が働く

 不貞相手が既婚の女性である場合、話は変わります。婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定されるためです(民法772条)。この推定を覆すには嫡出否認の手続によることになり、訴えの出訴期間は3年とされています(民法774条以下、777条)。

 この部分は令和6年4月1日に施行された改正の対象です。嫡出否認権が子や母にも広がったこと、出訴期間が1年から3年に延びたことなど、以前の説明のままになっている情報も残っていますので、時期に注意してご確認ください。

妊娠の事実は慰謝料の話にどう入ってくるのか

 妊娠が分かると、不貞慰謝料の話にも影響が及びます。ただし、その入り方は一通りではありません。

関係があったことを示す事実として働く

 不貞慰謝料の場面では、そもそも肉体関係があったのかどうかが争点になることが少なくありません。妊娠という事実は、その点についての説明を大きく制約します。金額の問題である以前に、争える範囲が狭くなるという意味を持ちます。

 金額そのものへの影響、たとえばどのような事情が増額や減額の方向に働くのかについては、相場の考え方を扱った記事と、増額・減額の事情を扱った記事に整理していますので、そちらをご覧ください。

妊娠したこと自体から当然に慰謝料が生じるわけではない

 不貞をした二人の間でも慰謝料のやり取りが問題になることがあります。もっとも、双方が同意して関係を持っていた以上、妊娠や中絶に至ったというだけで一方が当然に慰謝料を負担するという整理にはなりません。裁判例でも、妊娠に伴う不利益は共同の性行為に由来するものとして、双方が分担すべきものと考えられています。

 これに対して、既婚であることを隠していた、独身だと偽って交際を続けていたといった事情がある場合には、別の枠組みで責任が問題になり得ます。この点は貞操権に関する記事で扱っています。

配偶者の側から見て、できることとできないこと

 夫の交際相手が妊娠したと知った立場からは、何ができるのかが見えにくくなりがちです。整理しておきます。

 まず、次のことは配偶者の側から動かすことができません。

  • 中絶を求めたり、出産をやめさせたりすること。
  • 生まれた子と夫との父子関係を、妻の意思で生じさせないようにすること。
  • 夫が認知したという戸籍の記載を消すこと。
  • 不貞相手が誰に何を話すかを、あらかじめ封じておくこと。


 一方で、次のことは配偶者の側の判断で進められます。

  • 不貞をした二人に対して慰謝料を請求すること。
  • 離婚するかどうかを自分の側の問題として検討すること。
  • 接触の禁止など、金銭以外の条件を書面に盛り込むよう求めること。
  • 消滅時効を意識して、請求の時期を管理すること。


 配偶者の側にできるのは、自分と相手方との間の問題を動かすことであって、子に関する部分に手を伸ばすことではありません。ここを混同したまま交渉に入ると、相手が応じられない要求を出し続けることになり、解決が遠のきます。

期限は問題ごとに別々に進む

 最後に時間の話です。この場面では、性質の違う期限が同時に、それぞれの起点から進んでいきます。一つの期限を守れば全体が守られるという構造ではありません。

期限何についての期限か数え始める時点
14日出生の届出(国外で出生した場合は3か月)子が生まれた日(戸籍法49条1項、43条)
3年嫡出否認の訴え父や前夫は子の出生を知った時、子や母は子の出生の時(民法777条)
3年認知の訴え(父が亡くなった後)父が亡くなった日(民法787条ただし書)
3年不貞慰謝料の消滅時効(このほかに20年の期間もあります)損害および加害者を知った時(民法724条)


 このうち出生の届出の期限は最も早く到来します。話し合いがまとまっていないことを理由に届出を遅らせても、他の期限が止まるわけではありません。

書面にまとめるときに確認しておきたいこと

 合意を書面にする段階では、次の点を確認しておくと、後から蒸し返される余地を減らせます。

  1. 慰謝料と、子に関するお金を同じ「解決金」にまとめていないか。内訳が残らないと、後で何を清算したのかが分からなくなります。
  2. 清算条項が何と何との間の、どの範囲の権利を対象にしているのかが読み取れるか。
  3. 認知しないことや養育費を請求しないことを条件として組み込んでいないか。その部分は効き目を持ちません。
  4. 不貞相手だけとの二者間の合意なのか、配偶者も含めた三者間の合意なのかがはっきりしているか。
  5. 支払った後の求償の扱いを残すのか放棄するのかが決まっているか。


 個々の条項の書き方や、公正証書にするかどうかの判断については、示談書の条項を扱った記事で詳しく説明しています。

よくあるご質問

不倫相手が妊娠したことを、配偶者に自分から伝える義務はありますか

 法律上、自分から告げなければならないという定めがあるわけではありません。ただ、出産に至って認知をすれば戸籍に記載が残りますし、健康保険や勤務先の手続を通じて事実が伝わることもあります。伝えるかどうかは、隠し通せるかどうかではなく、後で知られたときにどう受け止められるかまで含めて考える問題です。

認知しないと約束してもらえば、それで終わりにできますか

 終わりにはなりません。認知を求める権利は放棄できないとされており、母親との約束を理由に後の請求を止めることはできません。金額の交渉においても、そこを条件にした取引は成り立たないという前提で組み立てることになります。

夫の不倫相手が妊娠したと聞きました。中絶を求めることはできますか

 できません。中絶するかどうかを決められるのは妊娠した本人であり、配偶者の側から求める立場にはありません。求めたこと自体が、後の交渉であなたの側に不利な事情として持ち出されることもありますので、慎重にご検討ください。

まとめ


  1. 不貞相手の妊娠は、一つの争いを複数の問題に枝分かれさせます。当事者の組み合わせと決定権の所在を先に分けることが出発点になります。
  2. 慰謝料や費用の負担は当事者の合意で終わらせられますが、認知や養育費はそうではありません。
  3. 子の父に対する認知請求権は放棄できないとされています(最判昭和37年4月10日、民法787条)。
  4. 中絶について法律が同意を求めているのは本人と法律上の配偶者であり、交際相手ではありません(母体保護法14条1項2項、2条2項)。
  5. 婚姻していない男女の子について、父との親子関係は認知によって生じます(民法779条、戸籍法18条2項)。
  6. 不貞相手が既婚の場合は嫡出推定が働き、覆すには出訴期間3年の手続によります(民法772条、777条。令和6年4月1日施行の改正に注意)。
  7. 出生の届出は14日以内、不貞慰謝料の消滅時効は3年など、期限はそれぞれ別の起点から進みます(戸籍法49条1項、民法724条)。


不貞相手の妊娠に関する問題でお悩みの方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。不貞相手の妊娠が絡む場面では、慰謝料の交渉と、子に関する手続とが別々に進みます。どちらか一方だけを見て動くと、片方が後から追いかけてくることになりがちです。

 妊娠を告げられて何から手をつければよいか分からない方も、配偶者として何ができるのかを知りたい方も、まずは現在の状況を整理するところからご一緒します。どの問題がいつまでに決まる必要があるのかが分かるだけでも、判断の見通しは変わります。お一人で抱え込まずにご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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