【不貞慰謝料】単身赴任・遠距離の場合

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「単身赴任中の配偶者の帰省が減り、様子が変わった。何かあるのではないか」というご相談と、「交際していた相手は単身赴任中で、家庭のことはもう終わっていると聞いていた。それなのに相手の配偶者から慰謝料を請求された」というご相談は、どちらも当事務所に寄せられます。離れて暮らす夫婦をめぐる不貞慰謝料は、請求する側からも、請求を受けた側からも相談が届くテーマです。

 調べてみると、「単身赴任は仕事の都合による別居だから、それだけで婚姻関係が破綻していたことにはならない」という説明をよく見かけます。この説明自体は誤っていません。ただ、離れて暮らしているという事実が働く場面は、責任があるかどうかを決める場面だけではありません。事実を確かめる場面や、交際相手の認識が問われる場面では、同じ事実が別の向きに働きます。

 この記事では、単身赴任や遠距離での別居が不貞慰謝料の話し合い・裁判でどう扱われるのかを、場面ごとに分けて整理します。別居の一般的な数え方や婚姻関係の破綻の抗弁そのもの、証拠の集め方、どの裁判所で審理されるかといった論点は、それぞれ別の記事で扱っており、ここでは離れて暮らしていることによって何が変わるのかに絞ります。

「単身赴任」「遠距離」は法律上の言葉ではない

同じ言葉が指している状態には幅がある

 単身赴任という言葉は、法律の条文には出てきません。日常語として使われている言葉なので、指している状態にはかなりの幅があります。

 次のような状態は、いずれも「離れて暮らしている」と表現されますが、中身は同じではありません。

  • 会社の辞令によって勤務地が変わり、住居を移して単身で生活している状態。
  • 子どもの就学や親の介護の事情から、家族の側が住む場所を変えずに離れて暮らしている状態。
  • 結婚したときから互いに別の住居で生活することを決めている、いわゆる別居婚の状態。
  • 夫婦の間で話し合いがまとまらず、離婚を視野に入れて家を出た状態。


 最後の状態だけは、離れた理由が夫婦の関係そのものにあります。他の状態は、離れた理由が夫婦の関係の外側にあります。この違いが、後で述べる評価の分かれ目になります。

離れて暮らしていても夫婦の義務は続く

 民法は、夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないと定めています(民法752条)。また、夫婦はその資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担するとも定めています(同法760条)。

 勤務の都合で住居を分けているだけであれば、同居していないこと自体が直ちに義務違反として扱われるわけではありません。離れて暮らしていることと、夫婦としての関係が終わっていることは、別の事柄です。

離れていることは、場面によって働く向きが変わる

 不貞慰謝料の問題では、いくつもの判断が順番に行われます。「離れて暮らしていた」という一つの事実は、その場面ごとに違う向きに働きます。

場面「離れている」ことが働きやすい向き実際に見られていること
責任が生じるかどうかを決める場面請求する側に有利に働きやすい離れることになった理由と、その間の夫婦の関わり方
事実があったかどうかを確かめる場面請求する側の負担になりやすい手元にどれだけ材料が残っているか
交際相手の認識が問われる場面双方に振れる赴任先での暮らしが外からどう見えていたか
手続を進める場面双方の負担になりやすい当事者と裁判所との位置関係


 同じ「単身赴任中の出来事」であっても、結論は一方向には偏っていません。公表されている裁判例を見ても、単身赴任中に生じた不貞について、婚姻関係は終わっていなかったと判断されたものもあれば、事情を考慮して金額が抑えられたもの、逆に態様が重いとして高めに認められたものもあります。外形が同じでも、中身が違えば結論は動きます。

仕事の都合による別居が、破綻の材料になりにくい理由

別居の「理由」が先に見られる

 不貞慰謝料は、不法行為に基づく損害賠償として請求されます(民法709条)。ここで守られているのは、婚姻共同生活の平穏という利益だと考えられており、不貞の時点でその関係がすでに破綻していた場合には、特段の事情がない限り交際相手は責任を負わないとした最高裁の判断があります(最高裁平成8年3月26日判決)。

 そのため、請求を受けた側からは「別居していたのだから破綻していた」という反論が出ることがあります。しかし、判断されているのは別居という外形ではなく、その別居がどういう性質のものだったかです。勤務先の指示で住居を移したという事情は、夫婦の関係が悪化したことによる別居とは出発点が違います。

生活の結びつきが途切れていないことが多い

 単身赴任では、生活費の送金や住宅費の負担が続いていることが少なくありません。休暇のたびに帰宅していた、家族の行事に参加していた、家計を分けていなかったといった事情も、関係が続いていたことを示す材料になります。

 もっとも、生活費の分担は法律上の義務でもありますから(民法760条)、支払いが続いていたという一点だけで関係の状態が決まるわけではありません。見られているのは、離れているという外形ではなく、離れた理由とその間の関わり方の中身です。

他の制度でも、勤務の都合による別居は別扱いになっている

 勤務の都合で住居が分かれている状態を、生活が分かれた状態とは区別して扱う仕組みは、他の分野にもあります。

 所得税の取扱いでは、「生計を一にする」とは必ずしも同じ家屋に起居していることをいうものではないとされ、勤務などの都合で日常の起居を共にしていない親族がいる場合であっても、余暇には起居を共にすることを常例としているとき、または常に生活費などの送金が行われているときは、生計を一にするものとして取り扱われます(所得税基本通達2-47)。

 また、国家公務員の単身赴任手当は、異動に伴って住居を移転し、やむを得ない事情により同居していた配偶者と別居することとなり、単身で生活することを常況とする職員に支給される仕組みになっています(一般職の職員の給与に関する法律12条の2)。制度の側が、単身赴任を「やむを得ない事情による別居」として位置づけていることが分かります。

 これらは税や給与という別の目的のための基準であって、不貞慰謝料における婚姻関係の評価を決めるものではありません。ただ、勤務の都合による別居を通常の別居と同じには扱わないという考え方が、分野を越えて共通していることは参考になります。

いつから「離婚に向けた別居」に変わったのか

外形が変わらないまま中身が変わることがある

 単身赴任として始まった別居の途中で、夫婦の関係が悪化し、離婚を前提とした別居に変わっていくことがあります。このとき問題になるのが、どの時点から性質が変わったのかという点です。

 家を出て別居が始まる場合と違い、単身赴任では住居も生活の形も変わりません。帰省の回数が減り、連絡が途絶えていったとしても、外から見える形は赴任開始の日から変わらないままです。そのため、切り替わりの時点をあとから示すことが難しくなりがちです。

時点を示しやすいもの・示しにくいもの

 次のような資料は、日付が動きにくいため手がかりになりやすいものです。

  • 離婚の意思をはっきり伝えたやり取りの記録。
  • 離婚調停の申立てが受け付けられた日付。
  • 生活費の送金が止まった時期が分かる入出金の記録。
  • 住民票を移した日や、賃貸借契約を結び直した日付。


 一方で、赴任先の住居が勤務先の手配によるものであったり、生活費が給与から自動的に振り分けられていたりすると、関係が変わった時期を示す資料が残りません。単身赴任という形そのものが、時点を曖昧にする方向に働くことがあります。なお、別居の起算点をどう考えるかという一般的な整理は、別居についての記事で詳しく扱っています。

離れていることは、事実を確かめる側の負担になる

日々の生活が見えない

 同居していれば、帰宅時間や持ち物、生活の様子から気づけることがあります。離れて暮らしていると、そうした手がかりが入りません。手元に残るのは通話や連絡のやり取りだけで、赴任先で誰とどう過ごしていたかは、相手の側にしか記録が残らないことが多くなります。

気づくのが遅れやすい

 生活が見えないぶん、事態を知るのが遅くなりがちです。不貞慰謝料の請求には期間の制限があり(民法724条)、知った時点から数える期間もあります。気づいた時期が遅いこと自体は不利益ではありませんが、そこから確かめられる範囲は、時間が経つほど狭くなっていきます。

確かめようとする動きが伝わりやすい

 遠方まで出向いて確認しようとしたり、急に訪ねたりすると、その行動自体が相手に伝わります。相手が身構えれば、その後に材料を集めることは難しくなります。早く確かめることと、気づかれずに確かめることは、離れているほど両立しにくくなります。証拠の集め方や、集める方法の適法性については、それぞれ専用の記事で扱っています。

遠距離だからこそ残りやすい記録もある

 一方で、離れているからこそ生じる記録もあります。会うためには移動という工程が挟まるため、近くで会う場合には残らない記録が生まれます。

残りやすい記録そこから言えることそれだけでは言いにくいこと
乗車券・航空券・高速道路の利用記録その日にどの区間を移動したか同行者がいたかどうか
宿泊にかかわる記録どこに滞在したか部屋で誰と過ごしていたか
赴任先の住居への出入りの様子誰が出入りしていたか滞在中に何があったか
帰省の回数や時期の変化生活の形が変わった時期変化の理由


 いずれも、それ単独で結論まで届く材料ではありません。ただ、複数の記録が同じ時期を指していれば、相手の説明が成り立ちにくくなることはあります。記録の取り寄せ方や保存できる期間については、証拠に関する各記事で扱っています。

赴任先での暮らしは、独身の人の暮らしと見分けがつきにくい

請求する側から見たとき

 交際相手に慰謝料を請求すると、「既婚だとは知らなかった」「家庭は終わっていると聞いていた」という説明が返ってくることがあります。単身赴任先での生活は、一人暮らしをしている独身の人の生活と外形がよく似ています。指輪をしていない、家族の話をしない、住まいに家族の気配がないといった事情は、この説明を後押しする方向に働きます。

 そのため、請求する側では、交際相手が婚姻の事実を知り得た事情を具体的に示せるかどうかが問題になります。職場が同じであった、家族の話を聞いていた、帰省の予定を知っていたといった事情は、この点にかかわってきます。

交際していた側から見たとき

 逆に、請求を受けた側が「知らなかった」「終わっていると聞いていた」と述べる場合、その言葉だけでは足りないと言われやすいのが実際です。本人からそう聞いたという説明にとどまるのか、当時のやり取りや自分が見聞きした事情まで示せるのかで、受け止められ方が変わります。

 なお、婚姻関係が破綻していると信じたことに相当の理由があったかどうかを検討すべきだとする最高裁の判断が近年出されています。もっとも、この事件は差し戻されており、結論はまだ確定していません。この点については、破綻の主張を扱った記事で詳しく整理しています。

手続の場所が離れることの影響

 当事者が遠く離れている場合、話し合いがまとまらなければ、どの裁判所で審理するかという問題が出てきます。訴える側の住所地だけで決まるわけではないため、遠方の裁判所に出向くことになる可能性があります。

 近年は、期日にウェブ会議を使う運用が広がっており、毎回出向く必要があるとは限りません。それでも、移動の負担や日程の調整が交渉の進み方に影響することはあります。管轄の決まり方については、裁判所の管轄を扱った記事をご覧ください。

立場ごとに確かめておきたいこと

請求する側


  1. 赴任が始まった経緯と、その後の帰省・連絡・生活費のやり取りを時系列で書き出しておく。
  2. 相手が既婚であることを知り得た事情として、何が示せるかを整理しておく。
  3. 移動や宿泊にかかわる記録のうち、取り寄せられるものと期限があるものを分けて確認する。
  4. 確かめる行動を取る前に、それが相手に伝わったときに何が起きるかを考えておく。


請求を受けた側


  1. 「別居していた」とだけ述べるのではなく、離れていた理由と当時の夫婦の様子を分けて確認する。
  2. 当時どのような説明を受けていたのか、その裏づけになるやり取りが残っているかを確かめる。
  3. 届いた書面に応答の期限が書かれている場合、その期限が誰の決めたものかを確認する。
  4. その場で事実関係を認める言い方をする前に、何を認めることになるのかを確かめる。


よくあるご質問

単身赴任が長く続いていれば、それだけで破綻していたと扱われますか。

 期間の長さだけで決まるものではありません。勤務の都合で長期にわたって離れている夫婦は珍しくなく、その間も帰省や連絡、生活費の分担が続いていることがあります。年数と併せて、離れた理由とその間の関わり方が見られます。

赴任先が遠く、確かめに行くことができません。

 現地に出向くことだけが方法ではありません。手元に残っている連絡の記録や、取り寄せられる範囲の記録から確認できることもあります。ただし、記録には保存されている期間があるものもあるため、何が残っているかを早めに把握しておくことをおすすめします。

相手が単身赴任中だと聞いていましたが、既婚者だとは思いませんでした。

 単身赴任という言葉自体は、配偶者がいることを前提とした言い方です。もっとも、どういう文脈でその言葉を聞いたのか、他にどのような説明を受けていたのかによって受け止め方は変わります。当時のやり取りが残っていれば、そのまま保存しておいてください。

まとめ


  1. 単身赴任や遠距離は法律上の言葉ではなく、指している状態には幅がある。
  2. 離れて暮らしていても、同居・協力・扶助の義務と婚姻費用の分担の義務は続く(民法752条・760条)。
  3. 不貞の時点で婚姻関係が破綻していれば交際相手は原則として責任を負わないが(最高裁平成8年3月26日判決)、見られているのは別居の外形ではなく、その理由と関わり方の中身である。
  4. 勤務の都合による別居を通常の別居と区別する考え方は、税の取扱い(所得税基本通達2-47)や単身赴任手当の仕組み(一般職の職員の給与に関する法律12条の2)にも見られる。
  5. 単身赴任の途中で離婚に向けた別居へ変わった場合、外形が変わらないため、切り替わりの時点を示す資料が残りにくい。
  6. 離れていることは、責任の有無を決める場面では請求する側に有利に働きやすい一方、事実を確かめる場面では負担になりやすい。
  7. 赴任先での暮らしは独身の人の暮らしと見分けがつきにくく、交際相手の認識が争点になりやすい。


離れて暮らす夫婦の不貞慰謝料でお悩みの方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。単身赴任や遠距離の別居が絡む事案では、離れていた理由や当時の夫婦の様子をどう示すか、手元にどのような記録が残っているかによって、進め方が変わってきます。

 請求をお考えの方には、いま手元にある材料から何が言えるのかと、これから確かめられる範囲を整理したうえでの進め方をご説明します。請求を受けてお困りの方には、届いた書面の内容と当時の事情を照らし合わせ、どの点を確認しておくべきかをお伝えします。お一人で判断される前に、一度ご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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