【不貞慰謝料・請求された側】退職・転居・接触禁止まで求められた場合
上司と部下という関係の中で始まった交際が、後になって慰謝料の問題になることがあります。そのとき、当事者の側からも、請求する配偶者の側からも、同じ疑問が出てきます。二人の間に上下関係があったことは、慰謝料の判断にどう影響するのか、という疑問です。
この点について、「上司なのだから金額は高くなる」「部下だったのだから支払わなくてよい」といった単純な説明を見かけることがあります。ただ、実際の扱いはそのどちらとも違います。上下関係があったという事実は、それだけでは判断の材料として使われにくいからです。
この記事では、立場の差が慰謝料の判断のどこに、どのような形で届くのかを、上司の側と部下の側の両方から整理します。どちらの性別の立場でもお読みいただける内容です。
立場の差は、それ自体が金額の項目ではない
慰謝料は損害を埋めるための金銭
不貞を理由とする慰謝料は、民法709条・710条を根拠とするもので、婚姻共同生活の平穏を害されたことによる精神的な損害を金銭で埋めるという性質のものです。相手の行いを罰するための金銭ではないという点が出発点になります。
この出発点から考えると、二人の間に職場上の上下関係があったかどうかは、請求する配偶者に生じた損害の大きさを直接に左右するものではありません。役職が上であることが、そのまま相手方配偶者の受けた苦痛の大きさを増やすという関係にはないからです。
立場の差は、そのままの形では届かない
実務で目を向けられているのは、上下関係の有無そのものではなく、その関係がどのような具体的な事実に置き換えられるかです。慰謝料の判断で使われている物差しは、関係の始まり方、続き方、当事者それぞれの関与の程度といったものであり、「立場」という独立した欄があるわけではありません。
したがって、上司と部下であったという事実は、いったん別の言葉に置き換えられて、はじめて判断に届きます。置き換えができないまま「上司だったのだから」「部下だったのだから」とだけ述べても、受け取る側には評価しようのない情報にとどまります。
立場の差が働く場面は4つに分かれる
慰謝料をめぐる話し合いや裁判では、性質の異なる判断がいくつも並行して行われています。立場の差はそのすべてに同じように効くわけではなく、届きやすい場面と届きにくい場面があります。
| 判断の場面 | そこで問われること | 立場の差の届きやすさ |
|---|---|---|
| 支払義務があるかどうか | 不貞行為があったか、故意または過失があったか | 届きにくい |
| 金額をいくらとみるか | 関係の始まり方、続き方、発覚後の対応 | 事情の一つとして届くことがある |
| 当事者二人の間でどう分けるか | それぞれがどの程度の役割を果たしたか | 比較的表れやすい |
| 金額以外の条件をどう決めるか | 今後の接触をどう避けるか、職場をどうするか | 実際の取り決めに影響しやすい |
この4つを分けずに話すと、話が噛み合わなくなります。たとえば部下の側が「立場上、断りにくかった」と述べたとき、それが支払義務そのものをなくす主張なのか、金額を下げる事情として述べているのか、上司との分担の話なのかで、必要な説明も、届く相手も変わります。
「立場の差」を4つの事実に置き換える
立場の差を判断に届く形にするとき、実際に使われる言葉はおおむね次の4つに整理できます。同じ事実が、上司の側と部下の側で、それぞれ別の意味を持つ点が特徴です。
| 置き換えられる事実 | 上司の側で問題になりやすいこと | 部下の側で問題になりやすいこと |
|---|---|---|
| 人事評価や業務配分への影響力 | 評価や配置に触れる形で関係を求めたことがあるか | 影響力を意識して応じざるを得なかった場面があるか |
| 年齢や社会経験の差 | 分別を期待されやすい立場にあったか | 経験の乏しさが関与の程度に表れているか |
| 関係の始まりと継続の主導 | 誘いや日程、場所を決めていたのはどちらか | 自ら関係を求めた場面がどの程度あるか |
| 関係を終える自由度 | 終わらせたいという申し出を受け入れなかったか | 終える機会が実際にあったかどうか |
この表からわかるとおり、上司であること自体が問われているわけではありません。問われているのは、その立場が関係の作られ方に具体的に表れているかどうかです。逆にいえば、役職の上下があっても、関係の始まりも継続も対等なやり取りの中で進んでいた場合には、立場の差は評価にほとんど届きません。
支払義務そのものは、立場の差では動きにくい
責任の有無を分けるのは別の事情
支払義務があるかどうかの段階で問われるのは、不貞行為があったといえるか、相手が既婚であることを知っていたか、知らなかったことに落ち度がなかったか、といった点です。ここは立場の差が入り込みにくい領域で、上司から誘われた関係であっても、それだけで支払義務が消えるという扱いにはなりません。
支払義務が認められない場面としては、関係が始まった時点ですでに夫婦関係が実質的に終わっていた場合や、既婚であることを知らず、知らなかったことに落ち度がなかった場合などがあります。これらは立場の差とは別の筋の話であり、それぞれ検討すべき事情も証拠も異なります。
意思に反する性的行為は、別の枠組みの問題
一方で、同意がないままの性的行為があったという事案は、不貞の慰謝料とはまったく別のレールに乗ります。この場合、その人は加害者ではなく被害を受けた側として扱われることになり、刑事の手続や、勤務先のハラスメントの手続が動くこともあります。
同じ「立場を利用された」という言葉でも、関係の主導性の問題として述べるのか、同意がなかったという主張として述べるのかで、その後に動く手続はまったく変わります。どちらの意味で述べるのかは、早い段階ではっきりさせておく必要があります。
金額の場面では、事情の一つとして働くことがある
関係の作られ方に表れているか
金額の判断では、上司の側に、関係の始まりや継続を主導していた、夫婦関係について事実と異なる説明をしていた、職場上の立場を背景に関係を続けさせていた、といった事情があると、それが金額を押し上げる方向の事情として扱われることがあります。
もっとも、上司と部下であったという一事をもって金額が上がるという関係にはありません。押し上げる方向に働くのは、あくまで具体的な言動として示せる部分に限られます。反対に、部下の側で関与が受け身にとどまっていたという事情は、金額を抑える方向の事情として述べられることがあります。
同じ事実が、双方の主張で使われる
注意しておきたいのは、立場の差という同じ一つの事実が、請求する側の主張にも、請求された側の主張にもなり得るという点です。部下の側が「立場上、受け身だった」と述べれば、その説明はそのまま「上司の側が主導していた」という説明にもなります。
そのため、部下の側が自分の関与の少なさを説明する場面では、上司に対する請求額を押し上げる材料を同時に提供している形になります。二人の間で連絡を取り合いながら対応を進めている場合、この点を意識しないまま説明を組み立てると、思っていた方向と違う結果になることがあります。
なお、配偶者と不貞相手の双方に請求が向かう場合でも、請求する配偶者が受け取れる総額は、その配偶者に生じた損害として評価される金額が上限になります。片方の金額が上がれば、その分もう片方から受け取れる金額が減るという関係です。
二人の間の分担では、より直接に表れる
不貞の慰謝料は、配偶者と不貞相手が共同で負う性質のものとされており、一方が支払った場合には、その後で当事者二人の間で負担を分け合う話が出てくることがあります。この分担の割合を決める場面では、どちらがどの程度の役割を果たしたかが正面から問われます。
立場の差がもっとも直接に働くのは、実はこの場面です。関係の主導性は、分担の話では中心的な検討事項になるためです。ただし、分担の割合をどう決めるか、いつ請求できるか、示談の中でどう扱うかといった仕組みそのものは、別の解説をご覧ください。ここでは、立場の差は請求する配偶者との関係よりも、当事者二人の間の関係でこそ問題になりやすいという点を押さえておけば足ります。
慰謝料と勤務先の措置は、別の土俵で判断される
判断する人も、基準も違う
社内で関係が発覚した場合、慰謝料の問題と、勤務先による人事上の措置の問題が、同時並行で進むことがあります。この二つは近い場所で起きているように見えますが、判断の枠組みはまったく別のものです。
| 比べる点 | 慰謝料の問題 | 勤務先の措置の問題 |
|---|---|---|
| 問題にされているもの | 婚姻共同生活の平穏が害されたこと | 職場の秩序や業務への支障 |
| 判断する人 | 当事者間の話し合い、または裁判所 | 勤務先(就業規則に基づく判断) |
| 動き出すきっかけ | 配偶者からの請求 | 社内での発覚、または相談窓口への申告 |
| 結論として出てくるもの | 金銭の支払いと今後の条件 | 配置転換や人事上の措置 |
片方の結論が、もう片方を決めるわけではない
勤務先が何らかの措置を取ったからといって、それが慰謝料の金額を自動的に決めるわけではありません。反対に、慰謝料の話し合いがまとまったからといって、勤務先の判断がそれに従うわけでもありません。
また、慰謝料の合意の中で「勤務先に伝えない」と取り決めたとしても、勤務先が別の経路ですでに把握している場合には、社内の手続はそれとは関係なく進みます。勤務先は、社内でハラスメントの相談があった場合に事実関係を確かめる体制を整えることが求められているため、申告があれば、当事者の合意とは別に調査が始まることがあります。
なお、業務時間外に社外で生じた私生活上のことがらについては、勤務先が特段の措置を取らないという判断をする場合もあります。この点は勤務先ごとの規程と実際の運用によるところが大きく、慰謝料の見通しから逆算できるものではありません。
同じ職場に残る場合、条件の設計が変わる
慰謝料の話し合いでは、金銭のほかに、今後の接触を避ける取り決めを置くことがよくあります。ところが、当事者が同じ職場に残る場合には、この取り決めをそのままの形で置くことができません。業務上必要なやり取りまで禁じてしまうと、守ることのできない約束になります。
実務では、業務上の必要がある場合の最低限のやり取りを除いたうえで、私的な連絡や二人だけで会うことを避けるという形で組み立てることがあります。あわせて、異動や退職を条件に含めるかどうかが議論になることもありますが、勤務先での身分に関わる約束は、本人の生活に長く影響し、また勤務先の判断が別に存在する以上、慎重な検討が必要です。
どこまでの取り決めを置くのが妥当か、違反があった場合の定めをどうするかは、事案によって大きく変わります。取り決めの作り方そのものについては、示談書の条項に関する解説もあわせてご覧ください。
請求する側から見た「立場の差」
配偶者の不貞相手が勤務先の上司や部下であった場合、請求する側から見ても、いくつか押さえておきたい点があります。ここでも、立場の差は主張の出発点であって、結論ではありません。
- 「上司だから多く払わせたい」という形の主張は、そのままでは判断に届きにくく、具体的な言動として示せる部分に置き換える必要があります。
- 上司の側に主導性があったと述べる場合、その説明は同時に、配偶者の関与が受け身であったという説明にもなり得ます。
- 誰に請求するかは選ぶことができますが、受け取れる総額は、損害として評価される金額が上限になります。
- 勤務先に事実を伝えて対応を求めたいという気持ちが生じることはありますが、伝え方によっては別の責任を問われるおそれがあり、慎重な判断が必要です。
最後の点は特に注意が必要です。多数の従業員が知り得る形で事実を伝えたり、勤務先に伝えることを持ち出して要求を通そうとしたりすると、不貞をされた側であることを理由に正当化されるわけではなく、別の問題として責任を問われるおそれがあります。勤務先への連絡については、別の解説で詳しく扱っています。
立場の差を持ち出すときに気をつけたいこと
- 役職名や勤続年数を挙げるだけでは説明になりにくく、どの場面でどのような言動があったのかまで具体化する必要があります。
- 立場の差についての説明は、上司の側と部下の側で結論が反対の方向に向かうため、二人で同じ書面に署名する場面では内容をよく確かめることが大切です。
- 勤務先での説明と、慰謝料の話し合いでの説明が食い違うと、どちらの場面でも受け止められにくくなります。
- 立場の差を強く押し出すほど、話が職場の問題へ広がり、当初は望んでいなかった手続が動き出すことがあります。
よくあるご質問
上司の方が多く払うのが当然ではないのですか
当事者二人の間の分担では、関係の主導性が正面から検討されるため、上司の側の負担が大きく評価されることはあります。ただ、請求する配偶者との関係では、二人はそれぞれ全額について責任を負う立場にあり、「上司が多く払うべきだから自分は一部でよい」という形で当然に減るわけではありません。二人の間の分け方と、配偶者に対する責任は、分けて考える必要があります。
異動や退職をすれば、金額は下がりますか
関係を断つための行動として説明できる場合、話し合いの中で考慮されることはあります。もっとも、それだけで金額が決まるものではなく、また異動や退職は生活に長く影響します。相手方から求められた場合も、応じる義務が当然にあるわけではありませんので、条件全体の中で検討することをおすすめします。
会社に知られると、慰謝料も高くなりますか
勤務先に知られたことと、慰謝料の金額とは、直接には結び付きません。判断の枠組みが別だからです。ただ、社内での発覚をきっかけに関係の詳細が明らかになり、それが金額の検討材料として現れることはあります。社内で説明を求められた場合の受け答えは、慰謝料の話し合いにも関わってくるため、早い段階でご相談ください。
まとめ
- 立場の差は、それ自体では判断に届かず、具体的な事実に置き換えられてはじめて意味を持ちます。
- 届く場面は、支払義務、金額、二人の間の分担、金額以外の条件の4つに分かれ、効き方はそれぞれ違います。
- 支払義務そのものを左右するのは、破綻の有無や既婚であることの認識といった別の事情です。
- 金額の場面では、関係の主導性や、職場上の立場が関係の継続に表れていたかが検討されます。
- 当事者二人の間の分担では、立場の差がもっとも直接に表れます。
- 慰謝料の問題と勤務先の措置の問題は別の土俵で判断され、一方の結論が他方を決めるわけではありません。
- 同じ職場に残る場合は、接触に関する取り決めを、業務上のやり取りと切り分けて設計する必要があります。
ご相談について
上司と部下という関係が絡む事案では、慰謝料の話し合いと、勤務先での立場と、当事者二人の間の関係が、同時に動きます。ひとつの発言が別の場面に影響することも多く、順序を決めないまま対応を進めると、後から取り返しにくい状況になることがあります。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、請求する側と請求を受けた側の双方から、この種のご相談をお受けしています。どの場面の話として組み立てるべきか、どこまでを書面に残すべきかを含めて整理いたしますので、対応にお困りの際はお早めにご相談ください。


