【不貞慰謝料】求償権放棄条項|入れるべきか、応じるべきか
同じ職場の人との関係が社内で知られたとき、次に何が起きるのかが見えないまま時間だけが過ぎていく、というご相談は少なくありません。慰謝料の話なのか、会社の処分の話なのか、明日からの働き方の話なのか。三つが同時に押し寄せるため、どこから手をつければよいのかが分かりにくくなります。
整理の手がかりは、社内で発覚した場面では性質の異なる二つの手続が別々に進むという点にあります。一つは慰謝料をめぐる当事者どうしの問題で、民事のルールで判断されます。もう一つは会社と自分との雇用関係の問題で、労働のルールで判断されます。二つは互いに影響し合うこともありますが、同じ物差しで動いているわけではありません。
この記事では、社内で不貞が発覚した場合に動き出すものを分けて整理し、それぞれの場面で何が問われるのかを、請求を受ける側と請求する側の双方から見ていきます。
この記事で扱うこと・扱わないこと
- 誰に知られたかによって、動き出すものがどう変わるか。
- 会社が処分を検討する際に用いられている判断の枠組み。
- 会社から事情を聞かれた場面での考え方。
- 同じ職場に残る場合の実務と、勤務先に責任を問えるのかという論点。
一方、慰謝料の金額の組み立て方、書面が届いた場合の初動、退職や転居を求められた場合の対応、家族や職場に知られないための手続上の工夫については、それぞれ別の記事で扱っています。上司と部下という力関係が背景にある場合の主張についても、別の記事で取り上げています。
「社内で発覚した」は一つの出来事ではない
発覚と一口に言っても、最初に知ったのが誰かによって、その後に動き出すものは変わります。誰が知ったのかを先に確かめておくと、対応の順番を決めやすくなります。
| 知られた相手 | そこから動き出すこと | 時間の切迫度 |
|---|---|---|
| 自分または相手の配偶者 | 慰謝料の請求、離婚を含めた話し合い | 書面が届けば返答の期限が付くことがある |
| 同じ職場の同僚 | うわさとしての広がり、業務上の気まずさ | 手続上の期限はないが広がりは早い |
| 上司・人事部門 | 事実確認の聞き取り、席の見直し、処分の検討 | 会社の手続の速度による |
| 取引先など社外 | 会社が業務への影響を意識し始める | 状況によって大きく異なる |
この表で見ておきたいのは、手続上の期限が付くのは主に配偶者側から書面が届いた場面だという点です。社内のうわさは早く広がりますが、それ自体に期限はありません。これに対し、書面には返答の期限が書かれていることがあり、そちらを後回しにすると選べる対応が狭まることがあります。
二つのレールは別々に進む
慰謝料の問題は、不法行為に基づく損害賠償として当事者どうしの間で判断されます(民法709条)。会社の処分は、雇用契約と就業規則に基づいて判断されます。判断する人も、基準も、時間の流れも違います。
会社の判断が金額を決めるわけではない
処分が重かったから慰謝料が高くなる、処分がなかったから慰謝料が低くなる、という関係にはありません。会社が問題にしているのは職場の秩序や業務への影響であり、慰謝料で問題になるのは相手方が受けた精神的苦痛だからです。
支払いが済んでも会社の判断は別に行われる
示談が成立しても、会社の判断はそれとは別に進みます。逆に、会社の処分が決まっていない段階でも、慰謝料の話し合いは進んでいきます。片方の結論を待っているうちに、もう片方の期限を落としてしまう事態は避けたいところです。
会社はどこまで処分できるのか
個人向けの解説では「懲戒処分を受けるおそれがある」とまとめられ、企業向けの解説では「私生活上の行為であり、それだけで懲戒の対象とはなりにくい」と説明される、という違いがあります。どちらかが誤っているというより、見ている段階が違うと考えると整理しやすくなります。
就業規則に定めがあることが前提になる
制裁の定めを置く場合には、その種類と程度を就業規則に記載することが求められています(労働基準法89条9号)。定めのない処分は根拠を欠くことになりますので、最初に確認したいのは就業規則の懲戒に関する条項です。
「風紀を乱した」といえるかは具体的な影響で判断される
同僚との不貞関係を理由とする懲戒解雇が争われた事案で、裁判所は、就業規則にいう「職場の風紀・秩序を乱した」とは企業運営に具体的な影響を与えるものに限ると解したうえで、二人の地位、職務内容、交際の態様、会社の規模や業態などに照らして具体的な影響を与えたとは認められないとして、処分を無効としました(旭川地裁平成元年12月27日判決)。社内で知られていたことや、取引関係者の間で話題になっていたことだけでは足りない、という判断です。
あわせて、懲戒は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない場合には、権利を濫用したものとして無効になるとされています(労働契約法15条)。
立場や職種によって判断が変わることもある
教員が生徒の保護者と関係を持った事案では、生徒への影響や学校の名誉との関係から懲戒解雇が有効とされた例もあります(大阪地裁平成9年8月29日判決)。役職が上位である場合、業務時間中や職場内での行為があった場合、業務そのものに支障が生じた場合には、判断は変わり得ます。
処分の種類ごとに限界が違う
処分と一括りにされがちですが、種類によって法律上の制限は異なります。
| 処分の種類 | 法律上の位置づけ | 確認しておきたいこと |
|---|---|---|
| けん責・戒告 | 就業規則の定めが前提となる | 懲戒として行われているか、注意指導にとどまるか |
| 減給 | 1回の額と一定期間の総額に上限がある | 上限を超えていないか |
| 出勤停止 | 減給と同じ上限の対象としては扱われていない | 期間の長さが相当といえるか |
| 降格・配置転換 | 懲戒として行う場合と人事上の措置として行う場合がある | どちらとして行われているか |
特に見落とされやすいのが減給です。減給の制裁は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超えてはならず、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならないとされています(労働基準法91条)。これに対し、出勤停止の期間中に賃金が支払われないことや、降格に伴って賃金が下がることは、この上限の対象としては扱われていません。名称の違いが、そのまま手取りへの影響の違いになることがあります。
会社から事情を聞かれたとき
上司や人事部門から個別に呼ばれ、事実関係を尋ねられることがあります。この場面で戸惑いやすいのは、どこまで答える必要があるのかという点です。
調査に協力する義務は無制限ではない
最高裁は、企業が秩序の維持のために事実関係の調査をすることができるとしたうえで、労働者がいつ、いかなる場合にも調査に協力する義務を負うわけではないと述べています(最高裁昭和52年12月13日判決)。他の従業員の指導監督や秩序の維持を職責とする立場にある人は、調査への協力が職務の履行そのものになりますが、そうでない場合は、調査の対象となっている行為の性質や内容、その人が事情を知ることになった経緯と職務との関係、より適切な調査方法があるかどうかといった事情を踏まえ、協力することが必要かつ合理的といえる場合に限って義務が生じる、という枠組みが示されています。
この判断は事案によって分かれます。「答えなくてよい」と一般化できるものではなく、「すべて答えなければならない」というものでもない、という理解が実際に近いといえます。
話した内容が社内に留まるとは限らない
聞き取りの記録は、処分を検討するための資料として残ります。相手方の配偶者がすでに勤務先へ連絡している場面では、会社が把握した内容が何らかの形で相手方に伝わることもあります。会社に向けて述べたことが、後の話し合いで前提として扱われる場面はあり得ると考えておいたほうが安全です。
事実確認の場か、弁明の場か
懲戒処分では、本人に言い分を述べる機会が与えられたかといった手続の適正さも、有効性を判断する材料になります。呼ばれた場が事実確認のためのものなのか、処分を前提とした弁明の場なのかは、その場で確認しておくとよいでしょう。
会社への説明と、相手方への説明
社内で発覚した場合、説明を求められる相手が二つに分かれます。会社と、相手方(自分の配偶者または相手の配偶者)です。ここで起きやすいのが、二つの説明が食い違うという問題です。
会社に対しては処分を軽くしたいという気持ちから関係を小さく説明し、相手方に対しては早く収めたいという気持ちから求められるまま認める、という組み合わせが典型です。ところが、会社に提出した文書や聞き取りの記録が後から出てくると、二つの説明の差が、説明のつかないものとして扱われることがあります。
どちらに対しても同じ事実を述べる、というのが基本になります。先に決めておくべきは「どこまでを事実として述べるか」であって、相手ごとの言い分ではありません。認めるかどうかを決める前に確認しておきたいことは、別の記事で扱っています。
同じ職場に残る場合
業務上の接触をどう扱うか
話し合いの条件として接触の禁止が求められることがありますが、同じ職場では業務上の接触を避けられません。実務では、業務上必要な範囲を除いて私的な連絡を取らない、という形で範囲を区切ることが行われています。条項の書き方とその限界は、別の記事で扱っています。
配置転換を命じられた場合
会社が席を離す目的で配置転換を行うことがあります。配転命令については、業務上の必要性があるか、不当な動機や目的によるものでないか、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものでないか、といった観点から判断されるとされています(最高裁昭和61年7月14日判決)。生活への影響が大きい事情がある場合は、早い段階で伝えておくことに意味があります。
退職や転居まで求められた場合の考え方は、別の記事で扱っています。
勤務先に慰謝料を請求できるのか
請求する側から、監督責任として勤務先にも請求したい、という声が出ることがあります。使用者責任は、被用者がその事業の執行について第三者に損害を加えた場合の規定です(民法715条1項)。職場で始まった関係であっても、私的な交際が事業の執行として行われたものと評価されることは考えにくく、勤務先が慰謝料の支払義務を負うと判断される場面は限られます。
もっとも、勤務先に通知が届けば社内で事実が共有され、結果として本人の立場に影響します。請求する側から見ると、狙った効果とは別の効果を同時に生む選択になります。勤務先へ連絡することの是非そのものは、別の記事で扱っています。
社内であることが金額の評価に影響する場面
社内での関係だから金額が高くなる、あるいは低くなる、という決まりはありません。ただし、社内であるがゆえに主張が通りにくくなる場面はあります。
既婚であることを知らなかったという主張
同じ職場では、配偶者の存在が社内で知られていることが多く、慶弔に関する手続や日常の会話を通じて知る機会もあります。そのため、既婚であることを知らなかったという主張は、社外での出会いに比べて、より具体的な裏づけを求められやすくなります。この主張の立て方そのものは、別の記事で扱っています。
発覚した後も関係が続いたと見られる場合
同じ職場にいると、業務上の接触と私的な接触の線引きが外からは見えにくくなります。発覚後も関係が続いたと受け取られると、その事情が金額の評価に影響することがあります。同じ場所で働き続ける前提であれば、接触の範囲を早い段階で決めておく意味は大きくなります。
請求する側から見ると
配偶者の不貞が社内で起きていた場合、請求する側にも特有の判断が生じます。
- 職場という共通の場があるため、出退勤の記録や周囲の認識など、関係を裏づける手がかりが残っていることがある。
- 会社に知らせることと、慰謝料を受け取ることは、同じ方向を向くとは限らない。
- 相手の退職を求めた結果、収入が途切れれば、分割払いの原資が細ることがある。
- 同じ職場に残る前提であれば、業務上の接触を除いた形で取り決めるほうが実行されやすい。
よくあるご質問
会社に自分から報告したほうがよいのでしょうか
一律の答えはありません。すでに上層部が把握している場合と、同僚の間のうわさにとどまっている場合とでは、報告の意味が変わります。判断の材料になるのは、相手方が勤務先へ連絡しそうな状況かどうかと、業務に具体的な支障が出ているかどうかの二点です。勤務先へ通知が届く可能性が高い状況であれば、先に上司や人事部門へ伝えておくことで、事実確認が落ち着いた形で進むこともあります。
「会社に知らせる」と言われています
伝える相手や方法によっては、伝える側の行為が問題になる場面もありますが、その線引きは態様によって変わります。この点は別の記事で扱っています。ここで押さえておきたいのは、そう言われたこと自体によって慰謝料の支払義務がなくなるわけではない、という点です。二つの問題は切り離して考える必要があります。
会社から処分を受ければ、慰謝料は下がりますか
処分を受けたことが、そのまま金額を下げる事情として扱われるとは限りません。慰謝料は相手方が受けた精神的苦痛に対するものであり、会社の判断とは別の評価だからです。ただし、関係が解消され、同じことが繰り返されない状態にあるかどうかは、話し合いの中で意味を持つことがあります。
まとめ
- 社内で発覚した場面では、慰謝料の問題と雇用関係の問題が、別々のルールで進む。
- 最初に知ったのが誰かによって、動き出すものと時間の切迫度が変わる。
- 会社の処分には就業規則の定めが前提となり、私生活上の行為であることから判断は慎重に行われている。
- 処分の種類ごとに法律上の制限が異なり、減給には上限がある。
- 会社の調査に協力する義務は、必要かつ合理的といえる範囲で生じるとされている。
- 会社への説明と相手方への説明は、同じ事実に基づいて行う。
- 勤務先が慰謝料の支払義務を負うと判断される場面は限られる。
ご相談について
社内で発覚した場面では、慰謝料の話し合いと会社の手続が同時に進み、どちらにどう答えるかを短い時間で決めなければならないことがあります。どちらか一方だけを見て動くと、もう一方で選べる手が狭まってしまうこともあります。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談をお受けしています。書面が届いている場合、会社から事情を聞かれている場合、どこから手をつけるべきか迷っている場合など、状況に応じて対応の順序を一緒に整理いたします。池袋・新橋の各オフィスのほか、お電話でのご相談にも対応しておりますので、お一人で抱え込まずにご相談ください。


