「結婚詐欺だ」と損害賠償を請求されたときの対処法
不倫相手や交際相手に別れを告げたところ、「手切れ金を払ってほしい」と請求されて困惑している――。男女を問わず、こうしたご相談は少なくありません。突然まとまった金額を求められると、「払わないと何をされるかわからない」と不安になり、その場で応じてしまいたくなるものです。
しかし、結論から申し上げると、手切れ金そのものに、法律上の支払義務は原則としてありません。一方で、「手切れ金」という名目で請求されていても、中身によっては支払義務が生じるお金が混ざっていることもあります。慌てて払う前に、その請求が「本当は何を求めているのか」を見極めることが大切です。
この記事では、手切れ金を請求された側の視点から、支払義務の有無をどう判断すればよいか、そして慌てて損をしないための対応を整理します。
手切れ金とは何か――法律上の位置づけ
「手切れ金」は、法律で定められた言葉ではありません。一般には、男女関係(とくに不倫関係や交際関係)を清算する際に、一方が相手に対して任意で支払う金銭を指す俗称です。別れを切り出した側から相手へ渡されるケースが多いとされています。
ここで前提として押さえておきたいのが、恋愛や交際は本来自由だということです。婚約や結婚をしていない限り、相手の気持ちが一方的に変わって別れることになっても、そのこと自体で金銭を支払う法的な義務が生じるわけではありません。したがって、「別れるなら手切れ金を払え」と言われただけでは、支払う法的根拠はないのが原則です。
なお、手切れ金には慰謝料のような「相場」も、実は存在しません。金額は当事者間の話し合いで任意に決まり、その内容は公表されず、裁判所の判断も蓄積されないためです。「相場がこれくらいだから、これくらいは払う」という決め方をするものではない、という点は知っておいてよいでしょう。
慰謝料との違いが、支払義務の分かれ目
手切れ金と混同されやすいのが「慰謝料」ですが、両者は性質がまったく異なります。
慰謝料は、不法行為(違法な行為)によって精神的苦痛を与えた場合に、被害を受けた側が法律上請求できるお金です(民法709条・710条)。法的な根拠があり、要件を満たせば支払義務が生じます。これに対して手切れ金は、法的な根拠のない、あくまで任意のお金です。
問題は、「手切れ金を払って」と言われていても、その実質が慰謝料であるケースがある、という点です。つまり、名目ではなく中身を見て判断する必要があります。だからこそ、請求を受けたときにまず確認すべきは「相手が何を理由に、いくらを求めているのか」なのです。
「手切れ金」の名目でも支払義務が問題になりうるケース
請求の正体を切り分けると、おおむね次のように整理できます。あなたの状況が、どれに近いかを確認してみてください。
(1)純粋に別れるための任意の手切れ金
相手の気持ちの整理や、円満に関係を終わらせるために求められているだけであれば、支払う法的義務はありません。
(2)相手を欺いた事情がある場合(貞操権侵害の慰謝料)
既婚であることを隠して独身だと偽っていた、離婚間近だと嘘をついていたなど、あなた側に相手を欺いた事情があると、相手の性的自己決定権(貞操権)を侵害したとして、慰謝料が問題になることがあります。この場合は「手切れ金」ではなく、法的な慰謝料の話として検討する必要があります。
(3)婚約していて、正当な理由なく破棄した場合
単なる交際ではなく婚約が成立しており、正当な理由なく一方的に解消したときは、婚約破棄による慰謝料が問題になりえます。
(4)妊娠・中絶などをめぐる問題がある場合
妊娠や中絶に関わる費用・損害は、手切れ金とは別の枠組みで検討すべき事柄です。事情によって扱いが変わるため、自己判断は避けましょう。
(5)すでに合意書・示談書に署名している場合
「払う」という内容の書面にすでにサインしている場合は、契約としての拘束力が問題になります(次項で解説します)。
(6)度を越えた請求、脅しを伴う請求の場合
暴露や危害をちらつかせて金銭を求めてくる場合は、恐喝罪・脅迫罪の問題になりえます(後述します)。
このうち、慰謝料の相場・時効・減額といった詳しい話は、不貞慰謝料や貞操権侵害の記事に譲ります。ここで押さえていただきたいのは、「手切れ金」という一語で片づけず、請求の中身ごとに支払義務の有無を分けて考える、という視点です。
口頭でも「払う」と合意すると、後から覆すのは難しい
支払義務がないケースでも、注意したい落とし穴があります。それは、いったん「払う」と合意してしまうと、その約束自体に法的な拘束力が生じうるという点です。
当事者間で「手切れ金を支払う」という合意が成立すると、それは和解契約(民法695条)や贈与の意思表示として扱われ、後から「やはり払わない」と一方的に撤回することが難しくなります。その場の気まずさから逃れたいがために、安易に高額な金額を口約束してしまうと、後々その内容を争うのは容易ではありません。
「支払義務がないのだから、断ればいい」というのは正しいのですが、裏を返せば、焦って合意すること自体が不利につながりかねないということです。その場での即答・即支払いは避け、いったん持ち帰る姿勢が大切です。
度を越えた請求・脅しは、恐喝罪・脅迫罪になりうる
手切れ金の請求のなかには、金額や態様が度を越えているものもあります。たとえば「不倫の事実を配偶者にばらされたくなければ、期限までに◯◯万円払え」というように、暴露や危害をちらつかせて金銭を交付させようとする言動は、恐喝罪(刑法249条/10年以下の拘禁刑。金銭を得られなかった場合でも恐喝未遂罪=刑法250条)や脅迫罪(刑法222条/2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)にあたる可能性があります。金銭を求めず特定の行為を強いる場合は、強要罪(刑法223条)が問題になることもあります。
ただし、線引きは微妙です。相手が自分の気持ちの整理も兼ねて和解案を提案しているにとどまる場合や、事情によっては、直ちに恐喝とは言い切れません。また、権利の行使であっても、その範囲・程度が社会通念上認容される限度を超えると恐喝罪が成立しうる、という考え方が判例上も示されています(最高裁昭和30年10月14日判決)。
つまり、「高額だから即恐喝」でも「請求してきたから即犯罪」でもなく、言い方・手段・目的を踏まえた慎重な判断が必要だということです。自己判断で相手に「それは恐喝だ」と言い返すとかえってこじれることもあるため、脅しを感じるようなやり取りは、消さずに記録・保存したうえで、専門家に相談することをおすすめします。
支払わない場合・支払う場合、それぞれの注意点
支払わないと判断する場合は、感情的にならず「法律上支払う義務はない」と冷静に伝えるのが基本です。もっとも、強引に突き放すと、暴露をほのめかされたり、別れ話のもつれから執拗な連絡やつきまといに発展したりするおそれもあります。こうしたリスクが心配な場合は、弁護士を窓口にして交渉を任せる方法があります。第三者である弁護士が入ることで、感情的なやり取りを避けつつ、支払義務がないことを法的な見地から説得的に伝えられ、相手が冷静になって請求を取りやめることも少なくありません。
早期に関係を清算したい、口外を避けたいといった理由で、任意で一定額を払うと判断する場合は、支払う前に「支払った後に何を約束してもらうか」を決めておくことが重要です。具体的には、これ以上の金銭を請求しないという清算条項、追加請求の禁止、口外禁止、接触禁止といった内容を書面に残しておくことが望ましいといえます。支払いは口座振込や領収書で記録が残る形にし、分割よりも一括での清算のほうが、関係をきれいに断ち切りやすくなります。
請求されたら、まず取るべき初動
最後に、手切れ金を請求されたときの初動を整理します。
- その場で即答・即支払いをしない。 焦って合意すると拘束力が生じ、後から覆しにくくなります。
- 請求の「正体」を確認する。 相手が何を理由に、いくらを、いつまでに求めているのかを整理します。純粋な手切れ金なのか、慰謝料なのか、脅しを伴う不当な要求なのかで、対応は大きく変わります。
- やり取りの記録を残す。 メッセージのやり取りは消さずに保存しておきます。とくに脅しを感じる文言は、後で状況を判断する材料になります。
- 早めに弁護士に相談する。 支払義務の有無の見極め、書面の作成、相手との交渉窓口まで、状況に応じた対応を任せられます。
「手切れ金」という言葉に惑わされず、その請求の中身を冷静に見極めること。そして、支払義務がないケースで焦って合意しないこと。この2点が、不要な負担を避けるうえでの基本になります。ご自身の状況で判断に迷うときは、早い段階で専門家に相談されることをおすすめします。


