中絶費用は相手に請求できる?男女の費用負担
配偶者の不貞が分かり、相手方に慰謝料を請求しようと考えた矢先に、当の相手と連絡が取れなくなる。LINEはブロックされ、電話はつながらず、勤めていたはずの会社も辞めていた——不貞慰謝料のご相談では、めずらしくない展開です。
「逃げられたら終わりなのか」と思われるかもしれませんが、相手にたどり着く方法も、相手が出てこないまま進められる手続きも、一応は用意されています。一方で、時間の経過が不利に働く場面や、どうしても追い切れない場面があることも事実です。
この記事では、請求したい相手が音信不通になった、あるいは所在が分からなくなったときに、どこまで追えるのか、追えないときに何ができるのかを整理します。請求する側が男性でも女性でも、考え方は変わりません。
1. まず切り分ける──「連絡が取れない」と「どこの誰か分からない」は別の問題
同じ「音信不通」でも、次の二つは対応がまったく違います。
(1)相手が誰かは分かっているが、連絡が取れない
氏名と住所が分かっているのであれば、相手が電話に出なくても手続きは進められます。書面を送る、訴訟を起こすといった手段が使えるからです。この場合の「音信不通」は、交渉が難しいという問題であって、請求そのものの障害ではありません。
(2)そもそも相手が特定できていない
下の名前が分からない、住所を知らない、連絡先がLINEのIDしかない——こちらは前提が欠けています。慰謝料を請求する書面は相手の住所に届ける必要がありますし、訴訟を起こすにも、訴状に被告を特定して記載しなければならないためです(民事訴訟法134条2項)。
ご自身の状況がどちらなのかを最初に見極めてください。(2)であれば、「請求する」より先に「特定する」という工程が入ります。
2. 特定できないまま時間が経つと、何が起きるか
追う手段の話に入る前に、時間の問題に触れておきます。
不貞を理由とする慰謝料請求権には消滅時効があり、「損害及び加害者を知った時から3年」と「不法行為の時から20年」の二つが定められています(民法724条)。
ここで重要なのが、「加害者を知った時」の意味です。判例は、加害者の住所や氏名が分からず、賠償請求をすることが事実上できない状況にあった場合には、その状況がやみ、住所・氏名を確認した時が「加害者を知った時」にあたる、という考え方を示しています(最高裁昭和48年11月16日判決)。
この考え方によれば、相手が誰か分からないままの期間について、3年の時効が進んでいないと評価される余地はあります。ただし、次の理由から「特定できていないのだから急がなくてよい」とは考えないほうが安全です。
- どの時点で「知った」といえるかは評価の問題であり、相手方から「もっと前に分かっていたはずだ」と争われる余地がある
- 20年の時効は、不貞行為の時から進行する
- ホテルの利用履歴、メッセージのやり取り、目撃者の記憶といった証拠は、時間とともに失われていく
- 相手が転居や転職を重ねるほど、たどるための手がかりが古くなる
なお、相手方に書面が届かない状況では、内容証明郵便による催告(民法150条)で時効の完成を先送りすることもできません。時効が迫っているケースでは、訴えの提起そのもので完成猶予を確保する(民法147条)という考え方をとることがあります。
時効の数え方そのものについては、別のコラム「不倫慰謝料の時効|『知ってから3年・行為から20年』の数え方」で詳しく扱っています。
3. 手元にある手がかり別・どこまでたどれるか
特定の可能性は、いま何を握っているかでほぼ決まります。
| 手元にある情報 | 見通し |
|---|
氏名(フルネーム)と住所|住民票や戸籍の附票からたどれる可能性がある|
| 携帯電話番号 | 契約者の氏名・住所を照会できる可能性がある |
| 勤務先 | 勤務先への照会や、就業場所への書面送付という選択肢が出てくる |
| 車のナンバー | 登録上の所有者・使用者を照会できる可能性がある |
| 振込先の口座情報 | 金融機関への照会が考えられるが、開示のハードルは高め |
| LINEのIDやSNSのアカウントのみ | たどり着けない可能性がある |
| 下の名前や顔だけ | 単独では特定が難しい |
判明するのはあくまで「登録されている情報」である点にも注意が必要です。契約者が本人でない(家族名義・法人名義など)場合や、登録住所に実際には住んでいない場合には、そこで行き止まりになります。
4. 弁護士が使える正規のルートと、その限界
自力での調査には限界があり、やり方によっては後述のとおり別のトラブルを招きます。弁護士が使える主なルートは次の三つです。
職務上請求(住民票・戸籍の附票の取得)
弁護士は、受任している事件の処理に必要な場合に、住民票の写しや戸籍の附票を取得することができます(戸籍法10条の2、住民基本台帳法12条の3)。戸籍の附票には住所の履歴が記載されるため、転居を繰り返していても現住所にたどり着ける場合があります。
ただし、氏名や本籍といった入口の情報が必要です。また、相手方が配偶者からの暴力等を理由とする支援措置の対象になっている場合には、交付されません。
弁護士会照会(弁護士法23条の2)
弁護士が所属弁護士会を通じて、官公庁や企業に情報の提供を求める制度です。携帯電話会社、運輸支局、勤務先などが照会先になります。日本郵便に対しては、2023年6月1日から、一定の要件を満たす照会に限って転居届の新住所が提供される運用が始まっています。
押さえておきたい前提が三つあります。
- 主体は弁護士ではなく弁護士会で、必要性・相当性の審査を経る
- 受任している事件があることが前提で、「調査だけ依頼する」ことはできない
- 回答は義務とされているが、拒まれることもある。照会先が応じなくても、それだけで制裁が科される仕組みにはなっていない
訴訟提起後の調査嘱託(民事訴訟法186条)
訴訟を起こした後であれば、裁判所を通じて団体等に必要な事項の調査を嘱託してもらう方法もあります。ただし、これは訴訟が始まっていることが前提です。
いずれの方法も、「必ず判明する制度」ではありません。手がかりが少ないほど、空振りに終わる可能性は上がります。
5. 探偵に依頼するという選択肢
尾行や張り込みによって住所を突き止める調査会社に依頼する方法もあります。動きのある相手を追う場面では有効なこともありますが、費用の問題は避けて通れません。
見落とされがちなのが、かかった調査費用を相手に転嫁できるとは限らないという点です。裁判例では、調査費用は不貞行為と相当因果関係のある損害にはあたらないとして請求を認めないもの、必要性・相当性が認められる範囲でのみ一部を認めるものが多く、近時は原則として損害にあたらないという方向で判断した高等裁判所の裁判例も出ています。
慰謝料として認められる金額を調査費用が上回れば、経済的には手元に何も残りません。依頼する前に、見積もりと請求できる見込み額を並べて考えることをおすすめします。
6. 相手が出てこなくても進められる手続き
住所は分かったが受け取らない、あるいは住所すら分からない。そうした場合でも、訴訟には次のような手当てがあります。
就業場所への送達
住所への送達ができない場合、勤務先を送達場所として訴状を届ける方法があります(民事訴訟法103条2項)。
付郵便送達
その場所に住んでいることは確認できるのに受け取らない、という場合に、書留郵便等に付して発送し、発送の時に送達があったものとみなす扱いです(民事訴訟法107条)。実際に居住していることを裏づける現地調査の報告が求められるのが通常です。
公示送達
送達すべき場所が知れないときの最終手段です(民事訴訟法110条)。裁判所の掲示場への掲示等に加え、2026年5月21日に全面施行された改正民事訴訟法により、インターネットを利用して閲覧できる状態に置く措置が併せてとられることになりました(同法111条)。所定の措置が始まった日から2週間の経過で送達の効力が生じます。
ここで二つ、知っておくべき注意点があります。
一つは、公示送達で進めた訴訟では「擬制自白」が成立しないことです(民事訴訟法159条3項ただし書)。通常であれば、被告が欠席し何も争わなければ原告の主張が認められますが、公示送達の場合は例外とされ、原告が不貞の事実を主張・立証しなければなりません。相手が出てこないからこそ、証拠の重みが増すということです。
もう一つは、支払督促は使えないことです。支払督促は、公示送達によらずに送達できる場合に限って発することができるとされているため(民事訴訟法382条ただし書)、相手が所在不明のケースでは利用できません。簡易な手続きで債務名義を取る道は、この場面では閉じています。
なお、判決を得ることと、実際にお金を回収することは別の工程です。回収の現実については「不倫相手に慰謝料を払わせたいが資力がない|回収と分割の現実」で扱っています。
7. やらないほうがよいこと
追いたい気持ちが強いほど、次のような行動に傾きがちですが、いずれもご自身の立場を悪くしかねません。
- SNSでの氏名・写真の公表:名誉毀損やプライバシー侵害として、逆に責任を問われるおそれがあります
- 勤務先や実家への繰り返しの連絡:業務妨害等の問題になりうるほか、交渉が始まる前に相手を身構えさせます
- 車や持ち物へのGPS機器の取り付け:ストーカー規制法の規制対象となる行為があります
- 他人になりすまして住民票等を取得する:それ自体が違法な行為です
- 自宅を突き止めて押しかける:住居侵入やつきまといと評価されるおそれがあります
- 手元の記録を消す:LINEのやり取りやスクリーンショットは、特定にも立証にも使う材料です
住所を知りたいと配偶者に求める場合も、強い口調での要求は避けたほうが無難です。
8. どうしても特定できないときの選択肢
配偶者本人に請求する
不貞は、配偶者と相手方が共同で行った不法行為と評価され、両者は同じ損害について責任を負います(不真正連帯債務)。したがって、相手方が見つからなくても、配偶者本人に対して全額を請求すること自体は可能です。
ただし、同居して家計をともにしている段階では、支払っても実質的に家計の中で回るだけという面がありますし、配偶者が支払った後に相手方へ求償する余地も残ります。
時期を待つ
転職や転居が落ち着けば、後から手がかりが得られることもあります。ただし前述のとおり、時効と証拠の劣化という制約があります。「待つ」という判断をとる場合ほど、いま持っている証拠を保全し、いつ何を知ったのかを記録に残しておく意味が大きくなります。
区切りをつける
費やす費用と時間、得られる見込みを並べたうえで、相手方への請求は断念し、夫婦の問題の整理に集中するという判断もあります。どの選択が合理的かは、手がかりの量と相手の資力によって変わります。
よくあるご質問
Q. 名前しか分からないのですが、住所を調べられますか。
同姓同名が多い氏名だけでは難しいのが実情ですが、おおよその居住地域や生年月日、勤務先といった別の手がかりが一つでもあれば、可能性は上がります。何が残っているかを棚卸しするところから始めてください。
Q. 相手が海外に出てしまった場合はどうなりますか。
国内にいる場合と比べて、送達にも回収にも時間と費用がかかります。制度上まったく道がないわけではありませんが、現実的な負担は大きく変わります。早い段階で見通しを確認しておくべき類型です。
Q. 弁護士に依頼すれば、必ず相手を特定できますか。
そうとは限りません。照会先が回答を拒む、登録情報が古い、名義が本人でないといった理由で、たどれないケースはあります。ご自身で調べるより手段が多いのは確かですが、成功が保証された制度ではないという前提でご検討ください。
まとめ
- 「連絡が取れない」のか「誰か分からない」のかで、必要な手続きが変わる
- 相手を特定できていない期間について時効が進まないと評価される余地はあるが、証拠は時間とともに失われる
- 特定の可能性は、氏名・携帯番号・勤務先・車のナンバーといった手がかりの有無でほぼ決まる
- 弁護士が使えるのは職務上請求・弁護士会照会・訴訟提起後の調査嘱託。いずれも受任事件があることが前提で、確実な制度ではない
- 探偵費用は、相手に転嫁できるとは限らない
- 所在不明でも公示送達で訴訟は進められるが、擬制自白は成立せず、支払督促は使えない
- SNSでの公表や押しかけは、ご自身の立場を悪くする
相手が見つからないこと自体が悩みの中心になっているとき、何から手をつけるべきかは、手元に残っている情報の中身によって変わります。時効という時間の制約もありますので、早めに一度整理されることをおすすめします。


