【不貞慰謝料】どこの裁判所に起こされるのか|管轄の基本

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「訴えるとしたら、どこの裁判所になるのでしょうか」というご質問をいただくことがあります。請求する側からは「相手が遠方に住んでいるので、自分の近くの裁判所では起こせないのか」という形で、請求を受けた側からは「まったく縁のない土地の裁判所から書類が届いたが、どうしてそこなのか」という形で持ち込まれます。

 インターネット上では「原則は相手の住所地の裁判所」「140万円を境に簡易裁判所と地方裁判所に分かれる」という説明が広く見られます。どちらも誤りではありません。ただ、実際の場面で迷いが生じるのはその先です。候補が複数あるときに誰が選ぶのか、選ばれた場所を後から動かせるのか、動かせるとしていつまでなのか。そこまで書かれた説明は多くありません。

 この記事では、不貞慰謝料をめぐる裁判の「場所」がどう決まるのかを、決まっていく順番に沿って整理します。訴状が届いた後の答弁書の書き方や期日の進め方、書類がどこに届くかという送達の問題は別の記事に譲り、ここでは管轄そのものに絞ります。

この記事で扱うこと

 次の5点を順に取り上げます。

  • 簡易裁判所・地方裁判所・家庭裁判所のどれになるのかという分かれ方。
  • 140万円という線に、何を数えて何を数えないのか。
  • 土地の候補が複数あるときに、誰がどこまで選べるのか。
  • 訴訟・調停・支払督促で、選べる幅がどう変わるのか。
  • いったん決まった場所を動かす方法と、その期限。


管轄は三つの段階を経て絞られる

 管轄とは、ある事件をどの裁判所が扱うかという分担の決まりです。一つの条文で一気に決まるのではなく、次のように段階を追って絞られていきます。

段階決まること主な決まり
1 種類簡易裁判所か地方裁判所か、家庭裁判所か裁判所法33条1項1号・24条1号、人事訴訟法4条1項
2 土地全国のどこにある裁判所か民事訴訟法4条1項・5条1号・5条9号
3 変更決まった場所を動かせるか民事訴訟法12条・16条・17条・19条


「どこの裁判所か」と「どこに届くか」は別の問題

 混同されやすいのですが、事件を扱う裁判所がどこかという問題と、裁判所からの書類が自宅と勤務先のどちらに届くかという問題は、それぞれ別の決まりで動きます。管轄が決まっても、書類の届け先が自動的に決まるわけではありません。届け先の希望がある場合の手続については、送達を扱った別の記事をご覧ください。

どの種類の裁判所になるのか

 まず、簡易裁判所・地方裁判所・家庭裁判所のどれで審理されるのかが決まります。

140万円という線の引き方

 訴訟の目的の価額、いわゆる訴額が140万円を超えない請求については簡易裁判所が第一審の裁判権を持ち、それを超える請求については地方裁判所が扱います(裁判所法33条1項1号、24条1号)。条文は「超えない」という書き方なので、140万円ちょうどであれば簡易裁判所です。「140万円未満なら簡易裁判所」と説明されることがありますが、境目の扱いが変わってきます。

線の内側に何を数えるのか

 訴額は、訴えで主張する利益によって算定します(民事訴訟法8条1項)。不貞慰謝料の場面では、次の3点が実際の振り分けに影響します。

  1. 支払いが遅れたことによる遅延損害金は、附帯請求として訴額に算入されません(民事訴訟法9条2項)。
  2. 弁護士費用相当額は、損害そのものの一部として請求されるため、これを加えた金額で線を越えることがあります。
  3. 配偶者と不貞相手の二人に対し、同じ損害について連帯して支払うよう求める場合は、二人分を足し合わせるのではなく、共通する利益の額を基準に見るのが原則です(同法9条1項ただし書)。


 請求書に並んでいる総額と、裁判所の振り分けに使う金額は一致しないことがある、ということです。

家庭裁判所で審理される場合

 離婚そのものを争う訴訟は家庭裁判所が扱い、夫婦のいずれかが普通裁判籍を有する地を管轄する家庭裁判所に提起します(人事訴訟法4条1項)。そして、離婚訴訟と、その原因である事実によって生じた損害の賠償の請求は、一つの訴えですることができます(同法17条1項)。すでに離婚訴訟が係属している家庭裁判所に、後から損害賠償請求の訴えを提起することも認められています(同条2項)。
 その結果、不貞相手が被告になる場合であっても、自分の住まいとも相手の住まいとも直接の関係がない土地の家庭裁判所で審理されることがあります。夫婦の一方がそこに住んでいるために、離婚訴訟がその裁判所で進んでいる、という理由によるものです。

どの土地の裁判所になるのか

 種類が決まったら、次は全国のどこにある裁判所かという問題です。

候補は一つではない

 通常の民事訴訟として不貞慰謝料を請求する場合、次の三つがいずれも候補になります。

  1. 被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所(民事訴訟法4条1項)。個人の普通裁判籍は住所によって定まります(同条2項)。
  2. 財産権上の訴えとして、義務履行地を管轄する裁判所(同法5条1号)。金銭の支払いは持参債務とされているため(民法484条1項)、請求する側の住所地がこれにあたると扱われるのが一般的です。
  3. 不法行為があった地を管轄する裁判所(同法5条9号)。


 三つが同じ裁判所を指すことも珍しくありませんが、当事者が各地に散らばっている事案では、候補が三か所に分かれることもあります。

選ぶのは訴えを起こす側

 候補が複数あるとき、そのどこに訴えを提起するかを決めるのは原告です。訴えられる側には、どの候補にするかを選ぶ権限がありません。請求する側から見れば自分の住所地を選べる場面がある一方、請求を受ける側から見れば、思いがけない土地の裁判所から書類が届くことがある、という関係になります。
 さらに、配偶者と不貞相手を一緒に被告にする場合には、一方の請求について管轄がある裁判所に、まとめて訴えを提起することができます(民事訴訟法7条、38条前段)。二人の住所が離れていても、片方の住所地の裁判所に両方を呼び出せるということです。

不法行為地は絞り込みにくいこともある

 5条9号の不法行為地には、行為が行われた場所のほか、損害が生じた場所も含まれると理解されています。もっとも不貞の事案では、いつどこで何があったのかという点そのものが争いの中心になることが多く、この号だけを頼りに場所を決めるのは実際には簡単ではありません。

手続を変えると、選べる幅も変わる

 同じ「慰謝料を求める」であっても、どの手続を使うかによって、申立て先の決まり方は大きく違います。

手続申立て先の決まり方選べる幅
民事訴訟被告の住所地、義務履行地、不法行為地から選べる(民事訴訟法4条1項・5条1号・5条9号)三つの候補から選べる
民事調停相手方の住所地等を管轄する簡易裁判所、または当事者が合意で定めた裁判所(民事調停法3条1項)合意がなければ相手方の住所地
支払督促債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所の裁判所書記官(民事訴訟法383条1項)相手方の住所地に限られる
家事調停相手方の住所地を管轄する家庭裁判所、または当事者が合意で定めた家庭裁判所(家事事件手続法245条1項)合意がなければ相手方の住所地


手軽な手続が近い場所とは限らない

 支払督促は書面のやり取りで進むため、負担の軽い手続として紹介されることがあります。ただ、申立て先は相手方の住所地の簡易裁判所に限られ、相手が督促異議を述べれば、支払督促を発した簡易裁判所またはその所在地を管轄する地方裁判所に訴えの提起があったものとみなされます(民事訴訟法395条)。手軽さを理由に選んだ手続によって、争う場所が相手方の住所地に固定されることがあります

あらかじめ決めておくこともできる

 当事者は、第一審に限り、合意で管轄裁判所を定めることができます(民事訴訟法11条1項)。この合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関して、かつ書面でしなければ効力を生じません(同条2項)。合意の内容が電磁的記録で残されているときは、書面でされたものとみなされます(同条3項)。
 不貞の場面では、示談で分割払いを定めるときなどに、支払いが滞った場合の訴えについて管轄の定めを置くことがあります。注意したいのは、その定めが対象としている争いの範囲と、そこでしか訴えられない趣旨なのか、法律上の候補に一つ加える趣旨なのかという点です。条項の組み立て方については、示談書を扱った別の記事をご覧ください。

決まった場所は動かせるのか

 訴えが起こされた後でも、事件を別の裁判所に移す仕組みがあります。これを移送といいます。

三つの動かし方

 管轄のない裁判所に訴えが起こされた場合、裁判所は申立てにより又は職権で、管轄裁判所に移送します(民事訴訟法16条1項)。管轄はあるけれども、そこで進めるのが適当でない場合には、当事者や証人の住所、検証物の所在地といった事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときに、他の管轄裁判所へ移送することができます(同法17条)。当事者の申立てと相手方の同意があるときは、原則として移送しなければならないとされています(同法19条1項)。
 移送の申立ては、期日でする場合を除いて書面で行い、理由を明らかにする必要があります(民事訴訟規則7条)。裁判所は相手方の意見を聴いたうえで決定します(同規則8条1項)。移送の決定と、申立てを却下した決定のいずれにも即時抗告ができ(民事訴訟法21条)、移送が確定すると、訴訟は初めから移送先の裁判所に係属していたものとみなされます(同法22条3項)。

遠いという事情だけでは通りにくい

 17条による移送は「著しい遅滞」「当事者間の衡平」という枠で判断されるため、距離があることだけを理由に認められるとは限りません。近年はウェブ会議を利用した期日が広く行われるようになり、移動の負担を理由とする主張は以前より通りにくくなっているという指摘もあります。移送が認められる場合を想定しつつも、その裁判所で進む前提の準備を並行して進めておくのが現実的です。

動かすなら中身の反論より前に

 被告が第一審裁判所において管轄違いの抗弁を提出しないで本案について弁論をし、又は弁論準備手続において申述をしたときは、その裁判所が管轄権を有します(民事訴訟法12条)。応訴管轄と呼ばれる仕組みです。場所を争うのであれば、請求の中身についての反論を述べる前に申し立てる必要があります。事実関係の認否や金額への反論だけを書いた書面を先に出してしまうと、後から場所を争う余地が失われることがあります。

遠い裁判所になった場合に何が変わるのか

 場所が決まった後に気になるのは、実際の負担がどう変わるかという点です。

期日への参加

 裁判所が相当と認め、当事者の意見を聴いたときは、映像と音声の送受信による方法で口頭弁論の期日の手続を行うことができます(民事訴訟法87条の2第1項)。この方法で関与した当事者は、その期日に出頭したものとみなされます(同条3項)。また、令和8年5月21日に改正民事訴訟法が全面施行され、訴えの提起や書面の提出をオンラインで行えるようになりました。もっとも、どの期日をウェブ会議で行うかは裁判所の判断によるため、尋問など出向くことが必要になる場面は残ります。

家庭裁判所の手続は対象が異なる

 裁判所の公表によれば、人事訴訟手続や家事事件手続、民事執行などの手続は、今回のオンライン申立て等の対象外とされ、令和10年6月までに対象となる予定とされています。離婚訴訟と一緒に家庭裁判所で進める場合と、不貞相手だけを地方裁判所や簡易裁判所で訴える場合とでは、手続の進め方が同じではありません

場所によって結論が変わるわけではない

 適用される法律は全国で共通しており、慰謝料の判断の枠組みが裁判所ごとに入れ替わるわけではありません。場所によって変わるのは、主に出頭や打ち合わせの負担、依頼する弁護士の選び方、日程の組み方といった進め方の部分です。場所を争うかどうかは、そこで得られるものと、争っている間に費やす時間とを見比べて決めることになります。

訴えられた側が最初に確認すること

 届いた書類の表紙から順に、次の点を確かめておくと見通しが立てやすくなります。

  1. 裁判所の名称、事件番号、指定された期日の日時。
  2. なぜその裁判所なのか。相手方の住所地、自分の住所地、不貞行為があったとされる場所のどれにあたるのか。
  3. 場所を争う意向があるかどうか。争うのであれば、中身の反論を述べる前に動く必要があります。
  4. そのまま進む可能性も踏まえ、期限までに提出する書面の準備を並行して進めること。


よくあるご質問

訴えられた後に引っ越したら、裁判所は変わりますか

 裁判所の管轄は、訴えの提起の時を標準として定めるとされています(民事訴訟法15条)。したがって、その後に転居したことによって、いったん認められた管轄が失われるわけではありません。書類の届け先については、別に手続がありますので、送達を扱った記事をご覧ください。

相手が海外に住んでいる場合はどうなりますか

 日本の裁判所が管轄権を持つ場合が法律で定められており、被告の住所が日本国内にあるとき(民事訴訟法3条の2第1項)や、不法行為があった地が日本国内にあるとき(同法3条の3第8号)などが挙げられています。日本の裁判所が管轄権を持つ場合でも、事案の性質や証拠の所在地などの事情から特別の事情があると認められるときは、訴えが却下されることがあります(同法3条の9)。書類を届ける方法や期間の点でも通常とは異なるため、早い段階で個別に検討したほうがよい類型です。

簡易裁判所と地方裁判所では何が違いますか

 簡易裁判所は比較的少額の請求を扱い、手続が簡略化されている点に特色があります。第一審が簡易裁判所であれば控訴は地方裁判所へ、第一審が地方裁判所であれば控訴は高等裁判所へ、というように上級の裁判所も変わります。また、簡易裁判所は、その管轄に属する事件であっても、相当と認めるときは地方裁判所に移送することができるとされています(民事訴訟法18条)。

まとめ


  1. 管轄は、裁判所の種類、土地、変更の可否という三つの段階を経て絞られます。
  2. 訴額が140万円を超えない請求は簡易裁判所、超える請求は地方裁判所が扱います(裁判所法33条1項1号、24条1号)。140万円ちょうどは簡易裁判所です。
  3. 遅延損害金は訴額に算入されず(民事訴訟法9条2項)、二人に連帯して求める場合も単純に足し合わせません(同法9条1項ただし書)。
  4. 土地の候補は、被告の住所地、義務履行地、不法行為地の三つで(同法4条1項・5条1号・5条9号)、どこにするかを選ぶのは訴えを起こす側です。
  5. 離婚訴訟と併せる場合は家庭裁判所で審理され、不貞相手への請求も同じ裁判所に提起できます(人事訴訟法4条1項、17条1項2項)。
  6. 支払督促は相手方の住所地に限られ、異議が出れば同じ場所で訴訟に移ります(民事訴訟法383条1項、395条)。
  7. 移送には管轄違い、裁量による移送、合意による移送があります(同法16条1項、17条、19条1項)。
  8. 場所を争うのであれば、本案について弁論をする前に申し立てる必要があります(同法12条)。


どこの裁判所になるのかお悩みの方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。管轄は手続の入り口にあたる問題で、どの手続を選ぶか、どこに申し立てるかによって、その後の負担や進み方が変わってきます。

 これから請求をお考えの方には、候補となる裁判所と手続の組み合わせを踏まえた見通しを、書類が届いて戸惑っている方には、その裁判所になった理由と、場所を争う余地があるかどうかの整理を、それぞれの状況に沿ってご説明します。お一人で判断される前に、一度ご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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