【不貞慰謝料】配偶者と不貞相手のどちらか一方だけに請求した場合の帰結
「不貞相手から慰謝料を受け取っても、そのお金が配偶者を通じて相手に戻るのなら、受け取った意味がないのではないか」。慰謝料を請求する立場の方から、こうしたご相談を受けることがあります。反対に、請求を受けた立場の方からは「相手方夫婦は離婚しないそうなので、私が分担を求めても同じ家計の中で行き来するだけだと言われた。それなら考えるだけ無駄なのか」というご相談が寄せられます。
インターネット上では、夫婦が離婚せず家計を一つにしている場合、支払われた慰謝料の一部が求償によってその家計から出ていくため、受け取った金額が目減りする、という説明が広く行われています。この説明そのものが誤っているわけではありません。ただ、そこで語られているのは「お金の収支」という一つの見方であり、誰の立場から見た話なのか、いつの時点の家計を指しているのかまでは書かれていないことが少なくありません。
この記事では、「同じ家計の中での求償に意味はあるのか」という問いを、立場・家計の中身・時点の三つに分けて整理します。求償という仕組みそのもの、負担割合の決まり方、交渉の場での持ち出し方、示談書に置く条項の書き方は別の記事で扱っていますので、本記事ではそれらに立ち入らず、「意味がある」「意味がない」と言われているときの中身に絞ってご説明します。
「意味がない」と言われている場面を分ける
同じ「意味がない」という言葉が、二つの別の場面で使われています。最初にここを分けておかないと、話が噛み合わなくなります。
夫婦の間でお金を渡す場面
一つは、不貞をされた側が、不貞をした配偶者本人にお金を求める場面です。同居して生活費をまとめている夫婦であれば、渡す側も受け取る側も同じ生活の原資に手をつけることになりますから、金額が動いても手元の合計は動きにくいと考えられています。離婚しない場合に配偶者へは請求せず不貞相手にだけ請求する例が多いのは、この理解が背景にあります。
支払った側がもう一方に分担を求める場面
もう一つは、慰謝料を支払った不貞相手が、不貞をした配偶者に分担を求める場面です。「求償に意味はあるのか」と問われるとき、実際に想定されているのはこちらの場面です。夫婦の間の授受ではなく、夫婦の外にいる人と夫婦の一方との間の授受であり、お金は家の外から入り、また家の外へ出ていきます。本記事はこの場面を扱います。
誰にとっての「意味」なのかで答えが変わる
この場面には三人の当事者がいます。同じ一つの求償でも、三人それぞれで起きることが違いますので、「意味がない」という評価も立場によって向きが変わります。
| 立場 | お金の面で起きること | 「意味がない」と言われる理由 |
|---|---|---|
| 請求した配偶者 | 受け取った額から、家計を通じて出ていく分が差し引かれる形になりやすい | 受け取った意味が薄れると感じられるため |
| 不貞をした配偶者 | それまで支払っていなかった分の負担が、あとから生じる | 負担が生じる側なので、そのようには言われにくい |
| 支払った不貞相手 | 支払った額のうち分担を超える部分が手元に戻ることがある | 戻る側なので、そのようには言われにくい |
三人で向きが違う
表のとおり、求償によって手元が薄くなるのは請求した配偶者であり、手元が厚くなるのは支払った不貞相手です。不貞をした配偶者には新たな負担が生じます。つまり「意味がない」という言葉は、三人のうち一人の立場から見た感想であって、求償そのものに効果がないという意味ではありません。
主語が入れ替わったまま語られやすい
解説の中には、「同じ家計だから求償しても意味がない」という表現が、支払った側へのアドバイスとして書かれているものもあります。しかし手元にお金が戻るのは支払った側ですから、この言い方は主語が入れ替わっています。ご自身がどの立場でその言葉を受け取っているのかを、まず確かめておくことをおすすめします。
この言葉が交渉の場で使われるときは、支払う金額を抑えたいという意向や、受け取った額を減らしたくないという意向と結びついていることがあります。事実の説明として述べられているのか、条件を動かすために述べられているのかを分けて受け止めると、話の見通しが立てやすくなります。
「同じ家計」は見た目ほど一つではない
「同じ家計」という前提そのものにも、確かめる余地があります。
法律の上では夫婦の財産は別々に扱われる
民法762条1項は、夫婦の一方が婚姻前から有する財産と婚姻中に自己の名で得た財産は、その一方が単独で有する財産、すなわち特有財産になると定めています。同条2項は、どちらに属するか明らかでない財産は共有に属するものと推定するとしています。生活の実感として財布が一つに見えていても、法律の上では夫婦それぞれの財産として扱われるのが出発点です。求償に応じて支払う人も、夫婦という単位ではなく、不貞をした配偶者その人になります。
生活費の口座と個人の手元は同じではない
実際のご家庭でも、生活費をまとめた口座のほかに、それぞれの小遣いや婚姻前からの預貯金、親から受け取った財産が別に管理されていることがあります。求償に応じる支払いをそうした資力から出すのであれば、日々の生活費が直接減るという関係にはなりにくくなります。この点を踏まえて、請求する側が「求償されても構わない」という判断をすることもあります。
同居していれば一つ、別居していれば別、とも限らない
同居していても生活費をそれぞれが負担し、預貯金を分けて管理しているご夫婦もあります。反対に、別居していても一方から他方へ生活費が渡されていれば、支出の面ではつながりが残っています。同居か別居かという外から見える形と、お金の流れが一つかどうかは、そのまま重なるわけではありません。
相手方の家計の中身は外からは見えない
もっとも、これは夫婦の内側の事情です。慰謝料を請求された側からは、相手方夫婦が同居しているかどうかは分かっても、生活費の出どころまでは分かりません。「同じ家計だから」という説明を相手方から受けたとしても、その中身を確かめる手立ては限られています。
行き来する金額は、受け取った額の全部ではない
仮に同じ家計から支払われるとしても、動く金額は受け取った額の全部ではありません。
動くのは分担を超えた部分
求償で問題になるのは、支払った額のうち自分の分担を超える部分です。受け取った慰謝料がそのまま戻るわけではありませんので、「支払ってもらった額の半分が出ていく」と決めてかかる必要はありません。何割になるのかは事情によって変わり、その決まり方は別の記事で扱っています。
半分が戻る前提で金額を決めない
同じことは支払う側にも当てはまります。分担の割合が話し合いで決まらなければ、請求しても相手が応じるとは限らず、手続を取れば時間と費用がかかります。あとで半分が戻ってくる見込みを前提に支払う金額を決めてしまうと、見込みどおりに進まなかったときに負担だけが残ります。
「同じ家計」はいつまで同じなのか
見落とされやすいのが時間です。示談の話し合い、支払い、求償は同じ日に起きるわけではありません。
| 時点 | そのときに想定される家計の状態 | 求償が持つ意味 |
|---|---|---|
| 示談の話し合いをしている時 | 支払いも求償もまだ起きていない | 将来の見込みとして語られる段階 |
| 支払いを終えた直後 | 話し合いの時と大きくは変わっていないことが多い | 家計の中の行き来として現れやすい |
| それから年月が経った後 | 別居や離婚によって分かれていることもある | 行き来という説明が当てはまりにくくなる |
三つの時点はそろわない
「同じ家計」という前提は、話し合いをしているその時点の状態にすぎません。求償を求めることができる期間は支払いの後もしばらく続きますので、その間に夫婦の状況が変われば、前提そのものが変わります。期間の数え方は別の記事で扱っています。
関係が変わっても権利は残る
夫婦が後に別居や離婚に至った場合、支払った側から見れば、求償の相手はもはや同じ家計にいる人ではありません。話し合いの時点で「意味がない」とされたことが、そのまま将来にわたって続くとは限らないという点は、双方が意識しておいてよい部分です。
お金の出入り以外に残るもの
「意味がある」かどうかを収支だけで測ると、抜け落ちるものがあります。
誰がどれだけ負ったのかという記録
求償は、二人のうち誰がどれだけ負担するのかを当事者の間で決め直す手続でもあります。金額としては行き来にとどまったとしても、分担を決めて書面に残せば、後から同じ話を蒸し返しにくくなります。反対に、決めないまま終われば、そのままの状態が続きます。
戻らないものがある
お金は動いても、そこに費やした時間や手続の費用は戻りません。話し合いがまとまらずに手続に進めば、その負担はさらに増えます。収支の上では差し引きが小さくても、当事者にとっての負担は差し引きになりません。
連絡が届くこと自体の負担
求償を求める書面は、相手の生活の場に届きます。夫婦が関係を立て直そうとしている時期であれば、そのこと自体が新たな摩擦になり得ます。請求する側が求償の取扱いを示談の中で決めておきたいと考えるのは、金額の問題だけが理由ではありません。
逆向きの場面には当てはまらない
「同じ家計だから意味がない」という説明は、お金が動く向きが決まっているときの話です。
配偶者の側が支払った場合
不貞をした配偶者が慰謝料を支払い、その後に不貞相手へ分担を求める場合、お金は家の外から入ってくる方向に動きます。この場合、夫婦の家計から出ていくという説明は当てはまりません。求償の向きによって話がまったく変わるということです。
一方向の話であることを確かめる
どちらが先に支払うかは、請求を受けた順番や交渉の進み方で決まります。ご自身の事案でどちらの向きになりそうかを確かめないまま、「同じ家計だから」という一般論を当てはめると、判断を誤ることがあります。なお、当事者の双方に配偶者がいる場合は、二つの家計が向かい合う形になり、行き来の見方はさらに変わります。この場合の整理は別の記事で扱っています。
それぞれの立場で確かめておきたいこと
最後に、立場ごとの確認点を整理します。
請求する側
次の点を、金額を決める前に確かめておくことをおすすめします。
- 受け取る金額と、後に家計から出ていき得る金額を分けて把握しているか。
- 求償への対応を示談の中で決めるのか、決めないままにするのか。
- 配偶者がどの資力から支払うことを想定しているのか。
- 将来、夫婦の関係が変わる見通しがあるかどうか。
請求を受けた側
支払う前に、次の点を確かめておくと判断がしやすくなります。
- 分担を求める相手は、請求してきた配偶者ではなくもう一方であること。
- 相手方夫婦の家計の状況は、こちらからは見えないこと。
- 分担の割合が話し合いで決まらない場合にどうするか。
- 支払った事実と金額を後から示せる形が残っているか。
よくあるご質問
同じ家計なら、求償のことは考えなくてよいのでしょうか
考えないままにすると、権利としては残ったままになります。行き来にとどまるかどうかは、家計の実際の中身と、その後の時間の経過によって変わります。示談の中で取扱いを決めるかどうかも含めて、支払いの前に検討しておくほうが後の負担が小さくなります。
相手方が同じ家計かどうかを、こちらで調べられますか
同居しているかどうかは分かっても、生活費をどう分けているかまでを外から確かめる手立ては限られています。相手方の説明を前提に判断せざるを得ない場面も多く、そのことを織り込んで条件を組み立てることになります。
「意味がないから減額してほしい」と言われました
求償の取扱いと金額を組み合わせて話し合うこと自体は、実務でよく行われています。ただし、何を手放して何を得るのかは分けて考える必要があります。交渉の場での具体的な進め方は、別の記事で詳しくご説明しています。
まとめ
- 「意味がない」と言われる場面には、夫婦間の授受と、支払った側からの分担請求の二つがある。
- 分担請求の場面では、手元が薄くなるのは請求した配偶者であり、支払った側から見れば効果が失われるわけではない。
- 民法762条1項・2項のとおり、夫婦の財産は法律上それぞれのものとして扱われ、支払う人は夫婦という単位ではない。
- 生活費の口座と個人の資力は別で、どこから支払うかによって家計への影響は変わる。
- 動くのは受け取った額の全部ではなく、分担を超える部分にとどまる。
- 「同じ家計」は話し合いの時点の状態にすぎず、支払い後の年月の中で変わることがある。
- 金額の収支のほかに、分担を決めて残すこと、時間と費用、連絡が届くことという要素がある。
同じ家計の中での求償についてご検討中の方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。求償をめぐる話は、金額の多寡だけでなく、誰が誰に対して何を求めるのかという関係の整理が先に必要になる場面が多く、前提の置き方によって結論が変わります。
慰謝料を請求する立場の方には、受け取る金額と後に動き得る金額を分けて見通したうえでの条件づくりを、請求を受けた立場の方には、支払う前に分担の取扱いを整理しておくことを、それぞれご提案しています。お一人で判断に迷われている段階でも、事情を伺いながら一緒に整理していくことができますので、お早めにご相談ください。


