【不貞慰謝料】給与はどこまで差し押さえられるのか

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

給与の差押えについて調べると、「手取りの4分の1まで」という説明にすぐ行き当たります。ただ、この数字だけでは、実際にどこまで差し押さえられるのかは決まりません。何の4分の1なのか、賞与や退職金は含まれるのか、その状態がいつまで続くのか、そして一度決まった範囲が後から動くことはあるのか。これらはいずれも別々の規定で決まっています。

 不貞慰謝料をめぐる場面でも、支払いが止まった後に給与の差押えが検討されることがあります。請求した側にとっては回収の見通しに関わり、支払う側にとっては生活の設計に直結します。どちらの立場でも、「4分の1」という一つの数字だけを手がかりにすると、見立てを誤ることがあります。

 この記事では、給与の差押えの「範囲」がどのような要素で決まるのかを整理します。差押えに至るまでの手続の流れ、公正証書の作り方、分割払いの条件の決め方、遅延損害金の計算、相手の支払能力の調べ方については別の記事で扱っていますので、ここでは範囲そのものに絞ってご説明します。

「どこまで」という問いには四つの問いが混ざっている

 給与の差押えの範囲を考えるとき、実際には性質の異なる四つの問いが同時に扱われています。先にこれを分けておくと、何を調べればよいのかがはっきりします。

問い何を決めるものか主に関わる規定
1回の支払いのうちいくらまでか金額の上限民事執行法152条・民事執行法施行令2条
何が「給与」に当たるのか対象に入る収入の種類民事執行法152条1項2号・2項
いつまで効力が続くのか将来の支払いへの及び方民事執行法151条
決まった範囲は動くのか事後の変更民事執行法153条


四つは順番に決まっていくものではない

 これらは段階を追って決まるわけではなく、同時に作用します。金額の上限が同じでも、対象に賞与が含まれているかどうかで年間の回収額は変わりますし、勤務先を辞めてしまえば上限の議論そのものが意味を持たなくなります。

 また、四つのうち三つは法律と政令が決めていますが、最後の一つは当事者が申し立てて裁判所が判断する領域です。ここに、当事者の側でできることが残されています。

金額としてどこまで|法律が決めているのは「差し押さえてはならない額」

 民事執行法152条1項は、給料等の債権について、その支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分は差し押さえてはならないと定めています。かっこ書きで、その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分が差押禁止になるとされています。

 条文の書き方に注目してください。法律は「いくらまで差し押さえられるか」を定めているのではなく、「ここは差し押さえてはならない」という下限の保護を定めています。差押えができる範囲は、その残りとして出てくる結果にすぎません。この向きの違いは、後で述べる範囲の変更を考えるときに効いてきます。

政令で定める額は支払期の定め方で変わる

 民事執行法施行令2条1項は、支払期の定め方ごとに額を分けています。よく紹介される33万円は、そのうち「毎月」の場合の額です。

支払期の定め方政令で定める額
毎月と定められている場合33万円
毎半月と定められている場合16万5000円
毎旬と定められている場合11万円
月の整数倍の期間ごとと定められている場合33万円に当該倍数を乗じた額
毎日と定められている場合1万1000円
その他の期間で定められている場合1万1000円に当該期間の日数を乗じた額


 なお、賞与およびその性質を有する給与については、同条2項が33万円と定めています。月々の給与とは別枠で判断される点に注意が必要です。

「44万円」という数字は条文には出てきません

 解説記事では「手取りが44万円を超えると33万円を超える部分が全額差し押さえられる」という説明をよく見かけます。これは条文の文言ではなく、4分の3にあたる額がちょうど33万円になる金額を逆算したものです。4分の3が33万円を超える水準に達すると、差押禁止となるのは33万円までにとどまり、それを上回る部分は差押えの対象に入る、という関係にすぎません。

 言い換えれば、44万円という数字自体に意味があるのではなく、4分の3と政令で定める額のどちらが小さいかで結論が切り替わる、という構造になっています。支払期が毎月ではない場合には、切り替わる水準も変わります。

基準になるのは額面ではなく「支払期に受けるべき給付」

 条文がいう「支払期に受けるべき給付」は、給与の額面額ではありません。実務上は、所得税、住民税、社会保険料など法律上当然に控除すべきもの(法定控除額)を差し引いた実質的な手取額を基準とする扱いが定着しています。法務局が第三債務者向けに示している供託の案内でも、同じ整理がされています。

給与から引かれているもの基準となる額の計算での扱い
所得税・住民税差し引く
健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料差し引く
通勤手当のうち実費に当たる部分差し引く扱いが一般的
住宅ローンの返済・団体生命保険料・社内預金・組合費など原則として差し引かない


私的な天引きは差し引く前の額が基準になります

 給与明細の「差引支給額」が、そのまま計算の基礎になるとは限りません。住宅ローンの返済や生命保険料、財形貯蓄、社宅費用といった私的な契約に基づく天引きは、法定控除額には含まれないのが原則です。したがって、これらを差し引く前の額を基準に計算されることになります。

 支払う側からすると、口座に振り込まれる金額の感覚と、差押えの計算に使われる額とがずれることがあります。請求した側からしても、勤務先から届く陳述書の金額を見て、想定と違うと感じる場面が生じます。

収入が少なければ差し押さえられない、とは限りません

 152条1項のかっこ書きは、差押禁止となる範囲の上限を定めるものであって、「この金額までは全額が保護される」という下限を定めたものではありません。収入が低い場合でも、割合による差押えは形式上可能という構造になっており、この点は弁護士会の意見書などでも指摘されてきました。

 ただし、それによって生活に著しい支障が生じる場合には、後述する範囲の変更を申し立てる余地があります。制度は、一律の線引きと個別の調整の二段構えになっていると理解しておくとよいでしょう。

何が「給与」に含まれるのか

 民事執行法152条1項2号は、給料、賃金、俸給、退職年金および賞与ならびにこれらの性質を有する給与に係る債権を挙げています。また同条2項は、退職手当およびその性質を有する給与について、その給付の4分の3に相当する部分を差押禁止としています。

収入の種類範囲の扱い
毎月の給料・賃金原則として4分の3が差押禁止
賞与原則として4分の3が差押禁止(政令で定める額は33万円)
退職手当4分の3が差押禁止
役員報酬・業務委託や請負の報酬給与に当たらないものとして扱われる場合がある
公的年金の受給権国民年金法24条・厚生年金保険法41条1項などで差押えが禁止


差押債権目録の記載が実際の枠を決めます

 法律上の枠とは別に、申立ての際に提出される差押債権目録に何が書かれているかも結論を左右します。目録に賞与や退職手当が挙げられていなければ、それらには効力が及びません。第三債務者である勤務先が、目録の記載を確認したうえで支払いの範囲を判断する運びになります。

 請求する側から見れば、目録の書き方が回収額に直結します。支払う側から見れば、届いた書面のうち目録の部分が、自分の何が対象になっているかを知る手がかりになります。

雇用によらない働き方の収入は枠の外に置かれることがあります

 取締役や監査役の報酬は、会社との委任関係に基づくもので雇用契約の対価ではないため、152条の給与には当たらないと整理されることがあります。業務委託や請負の報酬も同様です。この点をとらえて「役員報酬は全額差し押さえられる」と説明する記事もあります。

 もっとも、裁判所が公表している手続案内には、152条の差押禁止債権に当たらないものの給料に類似する報酬債権の全部について差押えを受けた方が、範囲の変更を申し立てる例がある旨の記載があります。契約の名称だけで一律に結論が決まるとは限らず、実質的な働き方や、その収入が生活の維持に充てられている事情が考慮される場面があるということです。

時間としてどこまで及ぶのか

 民事執行法151条は、給料その他の継続的給付に係る債権に対する差押えの効力は、差押債権者の債権および執行費用の額を限度として、差押えの後に受けるべき給付に及ぶと定めています。毎月の給与のように繰り返し発生する債権については、1回の申立てで、その後に支払われる分にも効力が続くという仕組みです。

限度は請求債権の額と執行費用の額です

 効力が続くとはいっても、際限なく続くわけではありません。請求債権の額と執行費用の額に達すれば、そこで役割を終えます。どこまでの期間が必要になるかは、請求債権の額と毎月の差押可能額との関係で決まります。

 支払う側にとっては、「いつまで続くのか」は月々の金額と総額から逆算できる事柄だということになります。請求した側にとっては、月々の金額が小さければ回収に相応の時間がかかる、という見通しの問題になります。

退職すると給与そのものが発生しなくなります

 差押えの効力は、その勤務先に対する給与債権に及ぶものです。退職すれば、その勤務先から支払われる給与は発生しなくなり、効力の及ぶ対象がなくなります。転職先の給与に自動的に引き継がれることはなく、新たな勤務先を把握したうえで、あらためて申し立てる必要があります。

 このため、請求する側から見た給与差押えの実効性は、相手が同じ勤務先で働き続けるかどうかに左右されます。差押えが継続的に働く仕組みであることと、対象が失われれば止まることは、同じ制度の表と裏の関係にあります。

決まった範囲は動くことがある|差押禁止債権の範囲の変更

 民事執行法153条1項は、執行裁判所が申立てにより、債務者および債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部もしくは一部を取り消し、または152条によって差し押さえてはならないとされる部分について差押命令を発することができると定めています。

申し立てる人求める内容根拠となる規定
支払う側(債務者)差押命令の全部または一部の取消し民事執行法153条1項
請求した側(債権者)差押えが禁止されている部分への差押命令民事執行法153条1項
双方事情が変わった後の再度の変更民事執行法153条2項


申立てを検討できる期間には限りがあります

 令和2年4月1日から、差押命令を債務者に送達する際に、この申立てができる旨を裁判所書記官が教示することとされました(民事執行法145条4項)。あわせて、給料等が差し押さえられた場合には、債権者が取立てをできるようになる時期が、債務者に差押命令が送達された日から4週間を経過したときに後ろ倒しされています(同法155条2項)。

 この4週間という期間は、支払う側が資料を整えて申立てを検討するための時間として設けられたものです。請求債権に婚姻費用や養育費など扶養義務等に関する債権が含まれている場合は1週間のままですが、不貞慰謝料を請求債権とする場合は、これらに当たらないため4週間となります。請求する側から見れば、差押命令が出てもすぐに取り立てられるわけではない、ということでもあります。

申し立てただけでは支払いは止まりません

 裁判所の手続案内によれば、範囲の変更を申し立てても、審理の間も差押えの効力は続きます。支払いを止めるには、第三債務者に対する支払の一時禁止を命じる決定を別に得る必要があります(民事執行法153条3項)。そして、取立てが完了した後は、この申立てをすることができません。

 つまり、この制度は「差し押さえられた後にいつでも巻き戻せるもの」ではなく、時期の制約のある手続です。書面を受け取ってから対応を考える時間は、思われているほど長くありません。

考慮されるのは債務者の事情だけではありません

 裁判所は、決定にあたり「債務者の生活の状況」「債権者の生活の状況」「その他の事情」を考慮するとされています。債務者側では家族構成や生活に必要な費用、給与以外の収入や資産・負債などが、債権者側では生活または営業の状態、他の収入や資産、請求債権の内容や額などが見られます。

 そして「その他の事情」については、債務者の誠実性や任意に履行する意思に関する事情が当たるといわれています。支払いを求められた段階でどのように対応してきたかが、後の手続の判断材料として顔を出す場面があるということです。

申立ての資料は相手方にも届きます

 範囲の変更の申立てでは、世帯の収入・支出、資産・負債、生活状況が分かる資料の提出を求められます。裁判所は提出された資料を相手方(債権者)に送り、反論の機会を与える運びになります。

 不貞慰謝料の場面では、請求してきた相手に自分の家計の状況が伝わることになります。申立てを検討する際は、この点も含めて考えておく必要があります。

認められても支払うべき額が減るわけではありません

 裁判所の手続案内は、申立てが認められても差押えの効力を受けなくなるだけで債務が減るわけではなく、完済までの期間が延びることで遅延損害金が増えることもあると注意を促しています。

 生活を立て直すための制度ではありますが、支払義務そのものを軽くする制度ではありません。金額を争いたいのか、支払い方を組み直したいのか、目的に応じて使う手続が変わってきます。

慰謝料が4分の1で、養育費が2分の1とされている理由

 民事執行法152条3項は、債権者が婚姻費用の分担や養育費、扶養などの義務に係る金銭債権を請求する場合、1項・2項の「4分の3」を「2分の1」と読み替えると定めています。同じ給与への差押えでも、請求債権の中身によって範囲が変わる仕組みです。

 この違いの理由として、裁判所の手続案内は、標準的な世帯の必要生計費には扶養を受ける側の生計費も含まれており、その分は本来負担されるべきものであるから、差押えが禁止されている4分の3の部分にも差押えが及ぶ、という考え方を挙げています。

 不貞慰謝料は、この読み替えの対象ではありません。したがって原則どおり4分の3が差押禁止となります。離婚に伴って養育費の取り決めもある場合には、請求債権の中身によって扱いが分かれますので、書面の記載を確認しておく必要があります。

請求する側から見た読みどころ


  1. 勤務先を把握できているかどうかが、給与差押えを選べるかどうかを分けます。
  2. 差押債権目録に何を挙げるかで、賞与や退職手当が対象に入るかが変わります。
  3. 月々の差押可能額と請求債権の額から、回収にかかるおおよその期間を見積もっておきます。
  4. 差押命令が出てもすぐに取り立てられるとは限らず、給与の場合は一定の期間を置くことになります。
  5. 相手が退職すれば効力の及ぶ対象がなくなるため、それを前提にした選択肢も考えておきます。


請求を受けた側から見た読みどころ


  1. まず差押債権目録と請求債権目録を確認し、何が対象で、何を根拠とする請求かを把握します。
  2. 計算の基礎になるのは額面ではなく法定控除後の額であり、私的な天引きは差し引かれません。
  3. 生活に著しい支障が生じる場合には、範囲の変更を申し立てる余地があります。
  4. 申立てには期間の制約があり、取立てが完了した後は利用できません。
  5. 申立てをすると、家計の資料が相手方にも届くことになります。


よくあるご質問


勤務先に知られてしまいますか

 給与の差押えでは、勤務先が第三債務者となるため、裁判所から勤務先に差押命令が送達されます。勤務先は支払いを止めたうえで取扱いを判断することになりますので、手続の存在自体は伝わります。書面には請求の根拠となった債務名義の種類なども記載されます。知られたくないという事情があるのであれば、差押えに至る前の段階で解決の方法を検討しておくことが現実的です。

給与を手渡しにしてもらえば避けられますか

 差押えの対象は、勤務先に対する給与債権です。支払いの方法を変えても、給与債権そのものが消えるわけではありませんので、それだけで差押えを免れることにはなりません。

 なお、給与が口座に振り込まれた後は、法律上は預貯金債権として扱われ、給与についての差押禁止の枠は直接には働かないと整理されています。ただし、その預貯金の原資が生活の維持に充てられるものであることを示して、範囲の変更を申し立てる余地はあります。

一度差押えが終われば、もう請求されませんか

 差押えの効力は、請求債権と執行費用の額を限度とするものです。回収された金額がそこに達していなければ、支払義務は残ります。相手が退職して差押えが空振りに終わった場合も同様で、その後に新たな勤務先や財産が判明すれば、あらためて手続がとられることがあります。

範囲の見立ては、解決の方法を選ぶための材料です

 給与の差押えの範囲は、法律と政令が定めた計算式だけで決まるわけではなく、対象に何が含まれているか、いつまで続くのか、そして事後の変更の余地があるかによって、実際の姿が変わります。請求する側にとっては回収の設計、支払う側にとっては生活の設計に、それぞれ直結する事柄です。

 もっとも、給与の差押えは当事者にとって負担の大きい手続でもあります。請求する側にとっては時間と費用がかかり、支払う側にとっては勤務先を巻き込むことになります。だからこそ、その前の段階で、支払い方や金額について現実的な合意にたどり着けるかどうかが重要になります。

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、不貞慰謝料の請求と、請求を受けた場合の対応の双方についてご相談を承っています。すでに書面が届いている場合は、記載されている期限や手続の段階によって取りうる方法が変わりますので、お早めにご相談ください。

まとめ


  1. 民事執行法152条1項が定めているのは「差し押さえてはならない部分」であり、差押えができる範囲はその残りとして決まります。
  2. 政令で定める額は支払期の定め方ごとに分かれており、よく紹介される33万円は毎月払いの場合の額です。
  3. 「44万円」は条文の文言ではなく、4分の3が政令で定める額に届く水準を逆算した数字です。
  4. 計算の基礎は額面ではなく、税や社会保険料などを差し引いた額であり、私的な天引きは差し引きません。
  5. 賞与や退職手当も対象になり得ますが、差押債権目録に挙げられているかどうかで扱いが変わります。
  6. 給与への差押えの効力は、請求債権と執行費用の額を限度として、その後の支払いにも及びます(151条)。
  7. 退職すれば効力の及ぶ対象がなくなるため、勤務先が変わらないことが実効性の前提になります。
  8. 差押禁止の範囲は、当事者の申立てにより裁判所が変更することがあります(153条)。
  9. 給与が差し押さえられた場合、取立てができるのは原則として送達から4週間経過後で、不貞慰謝料はこの原則にあたります。
  10. 範囲の変更が認められても支払うべき額が減るわけではなく、期間が延びれば遅延損害金が増えることもあります。

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専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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